沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第46回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。


 今回の報告は、「先島台風、本土上陸!~宮古・石垣の要請団が東京行動~」、について。
 三上さんは、このように今回の報告をまとめます。
 そうです。三上さんは、あるべき民主主義の夢を見ています。


「琉球王府に抵抗した英雄オヤケアカハチを生んだ石垣島も、人頭税と闘ったアララガマ精神の息づく宮古島も、離島苦を乗り越えてきた団結力と反骨精神は島々の土に染みこんでいる。そこから起き上がってくるパワーが、西から戻って来る台風のように沖縄本島に逆上陸し、長年基地に喘ぐ本島の邪気まで力強く払っていく。そんな夢を見ながら今日は眠りにつきたい。宮古・石垣・与那国・東京と撮影した数日間の映像を全部見終わった今夜は、今まで見たこともない夢が見られそうだ。」


 さて、今回の三上さんの問題設定は、「今着々と進められている先島への自衛隊配備が、どう戦争法と直結するか。日本の運命をどう変えるか。」、ということです。
このことについて、三上さんは、次のように指摘します。


①「アメリカの対中国軍事戦略の中ではもはや日本全体が防波堤の役割を免れない。アメリカが優位に立つための『制限戦争』の舞台となるのも恐らく日本であり、口火を切るのは南西諸島になる可能性が高い。」
②「もしも宮古・石垣に計画通りに自衛隊のミサイル基地が置かれてしまえば、台湾有事をきっかけに中国の軍艦が動き出した際、『これは我々西側諸国への挑戦だ。最初が肝心だ。威嚇攻撃しろ』とアメリカに指示されれば拒否できないだろう。近くに自衛隊があるんだから撃て、といわれ、例えば宮古島から攻撃すれば報復されるのは日本であって、アメリカではない。アメリカは自分の国土を戦場にせず、自国の兵士の犠牲も少なくして、日本の国土と自衛隊を防波堤にしながら中国をコントロールするための制限戦争を始めることができる。それがアメリカのエア・シーバトル構想だ。『集団的自衛権』で自衛隊が動いてくれるという確約があって初めて作動する防衛構想なのだ。」


 三上さんは、現状をこのように告発するとともに、希望について語る。


①「この大がかりな要請の直後、宮古島の自衛隊配備計画の一部が崩れた。宮古島の島民が目の色を変えて反対する地下水問題が浮上した、東海岸の福山地区への配備計画が白紙になったのだ。これは予想外の展開だった。どうやら宮古島の水源地を汚染から守ることができたのだ。それはきのう4月5日のニュースとなった。
 自衛隊の是非でもない、配備の有無でもない、とにかく『地下水しかない島で水を汚されたら島の生活は瓦解する』という一線で住民の共通認識を先に成立させた宮古島の人々の勝利だろう。生命線の上に無謀な計画図面を引いていたことに防衛省自ら気付き、撤回せざるをえなかったのだと思う。まだまだ反対を表明して行動できる人が少ない宮古島で、少人数ながら地道に声を上げ続けてきた女性たち、ママさんたちのグループや市議会に訴えてきた団体などの粘り強い抵抗が実を結んだ形だ。
②「一つの基地計画を住民運動が撤回させたことは、かなり喜んでいいことだ。もちろん、宮古島への自衛隊配備計画自体は変わっていないし、間もなく違う候補地の名前が挙がってくるのだろう。千代田ゴルフクラブへの兵舎配備も今のところ変更はない。でも、一つずつこうして計画を潰していくことで時間を稼ぎ、周知を図り、最終的にはこの島への配備を諦めさせることができれば大勝利だ。住民の気持ちも安全も度外視して進める基地建設は失敗するという前例を積み重ねることも大きな力になる。
③「特に、若いお母さんたちの会が誘致賛成派も含めてシンポジウムを計画し、大事な意見が対立する中でも水の問題に限っては危機意識を共有できたことも大きかったと思う。まずは、宮古島で反対の声を上げてきたみなさんにおめでとうと言いたい。」


 ただ、与那国島の状況につても、このように伝える。


「島を二分して住民投票までもつれ込んだ与那国島は、見事に『軍隊の島』になってしまった。28日の式典でそれを目の当たりにした。迷彩服を身につけた隊員が、それまで島では見たこともない大量の軍用車両を乗り回す光景。山の稜線から飛び出す奇怪なレーダー施設の数々。軍服姿の人で溢れる空港。町のあちこちに掲げられた自衛隊歓迎の横断幕。活発だった反対運動も意気消沈して、発足式典会場に抗議に駆けつけたのは十数人だった。すでに沿岸警備隊は発足したものの、賛成反対で口も聞かなくなった島民同士の絆は回復しない。電磁波の影響を恐れ、標的になることを恐れて島を出て行った人もおよそ200人いるという。果たして、誘致派はこの状況に満足しているだろうか。」


 三上さんは、大事なことは次のことではないかと、提起する。

「宮古島、石垣島の人々はこのあまりにも近く、リアルな与那国の事例から多くのことを学んでいるだろう。二束三文の土地を防衛省に売って土地成金になった人を羨ましいと思うか、工事で予約が埋まる民宿の経営をみてそれを狙うか、はたまた変わり果てた島の風景から取り返しのつかない物の大きさを知るか、副村長は自衛隊から、という提案を聞いて地方自治まで手放すことに気付くか。」


 最後に、「自衛隊には協力的だった翁長知事まで先週『先島を要塞化することに懸念』を表明した。」と。


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 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第46回の引用。







第46回先島台風、本土上陸!~宮古・石垣の要請団が東京行動~


 先月29日、「戦争法だ」と国民に嫌われた安保関連法がとうとう施行された。施行されても諦めないぞ! という人々がこの日の前後、国会前や各地で廃案を求める集会に結集した。それに合わせて宮古島と石垣島、沖縄の先島と呼ばれる離島の代表団が上京し、国会前で「戦争法が施行されれば真っ先にその舞台となるのは私達の島だ」と窮状を訴えた。

 今着々と進められている先島への自衛隊配備が、どう戦争法と直結するか。日本の運命をどう変えるか。マガジン9での私の連載を読んできて下さった方はもう理解して頂いていると思うが、安倍政権と安保法に危機感を抱いている意識の高い方でも、そこが結びついていないという人がまだ多いかも知れない。

 何度も書いてきたように、アメリカの対中国軍事戦略の中ではもはや日本全体が防波堤の役割を免れない。アメリカが優位に立つための「制限戦争」の舞台となるのも恐らく日本であり、口火を切るのは南西諸島になる可能性が高い。

 もしも宮古・石垣に計画通りに自衛隊のミサイル基地が置かれてしまえば、台湾有事をきっかけに中国の軍艦が動き出した際、「これは我々西側諸国への挑戦だ。最初が肝心だ。威嚇攻撃しろ」とアメリカに指示されれば拒否できないだろう。近くに自衛隊があるんだから撃て、といわれ、例えば宮古島から攻撃すれば報復されるのは日本であって、アメリカではない。アメリカは自分の国土を戦場にせず、自国の兵士の犠牲も少なくして、日本の国土と自衛隊を防波堤にしながら中国をコントロールするための制限戦争を始めることができる。それがアメリカのエア・シーバトル構想だ。「集団的自衛権」で自衛隊が動いてくれるという確約があって初めて作動する防衛構想なのだ。

 その思惑通りに、自分の島に自衛隊を配備すればどうなるか。みすみす軍事作戦の犠牲になり自ら導火線となって島を滅ぼすわけにはいかないから、宮古と石垣の代表は必死になっている。戦争法施行日の29日には国会前に37000人が集まったと言うが、中でもこの状況を最も我が身に迫る危機と捉え切羽詰まった気持ちでいたのは先島から上京した要請団だったろうと私は思う。

 その前日には、同じ先島の最西端、与那国島に新たに配備された自衛隊の発足式が行われたばかりだった。県内のメディアからは「これがあの与那国島か?」「まるで日本軍の上陸だ」と愕然とするような写真と映像が溢れ、ついにここまで来たかという焦りと緊張に包まれた上京となった。
 今回の映像は、代表団の東京要請行動に先立って行われた二つの島の「自衛隊配備反対市民集会」の様子と、国会前での必死の訴え、そして防衛省への要請行動を一挙に紹介する。

 結論から先に言う。この大がかりな要請の直後、宮古島の自衛隊配備計画の一部が崩れた。宮古島の島民が目の色を変えて反対する地下水問題が浮上した、東海岸の福山地区への配備計画が白紙になったのだ。これは予想外の展開だった。どうやら宮古島の水源地を汚染から守ることができたのだ。それはきのう4月5日のニュースとなった。

 自衛隊の是非でもない、配備の有無でもない、とにかく「地下水しかない島で水を汚されたら島の生活は瓦解する」という一線で住民の共通認識を先に成立させた宮古島の人々の勝利だろう。生命線の上に無謀な計画図面を引いていたことに防衛省自ら気付き、撤回せざるをえなかったのだと思う。まだまだ反対を表明して行動できる人が少ない宮古島で、少人数ながら地道に声を上げ続けてきた女性たち、ママさんたちのグループや市議会に訴えてきた団体などの粘り強い抵抗が実を結んだ形だ。

 一つの基地計画を住民運動が撤回させたことは、かなり喜んでいいことだ。もちろん、宮古島への自衛隊配備計画自体は変わっていないし、間もなく違う候補地の名前が挙がってくるのだろう。千代田ゴルフクラブへの兵舎配備も今のところ変更はない。でも、一つずつこうして計画を潰していくことで時間を稼ぎ、周知を図り、最終的にはこの島への配備を諦めさせることができれば大勝利だ。住民の気持ちも安全も度外視して進める基地建設は失敗するという前例を積み重ねることも大きな力になる。

 特に、若いお母さんたちの会が誘致賛成派も含めてシンポジウムを計画し、大事な意見が対立する中でも水の問題に限っては危機意識を共有できたことも大きかったと思う。まずは、宮古島で反対の声を上げてきたみなさんにおめでとうと言いたい。

 しかし、島を二分して住民投票までもつれ込んだ与那国島は、見事に「軍隊の島」になってしまった。28日の式典でそれを目の当たりにした。迷彩服を身につけた隊員が、それまで島では見たこともない大量の軍用車両を乗り回す光景。山の稜線から飛び出す奇怪なレーダー施設の数々。軍服姿の人で溢れる空港。町のあちこちに掲げられた自衛隊歓迎の横断幕。活発だった反対運動も意気消沈して、発足式典会場に抗議に駆けつけたのは十数人だった。すでに沿岸警備隊は発足したものの、賛成反対で口も聞かなくなった島民同士の絆は回復しない。電磁波の影響を恐れ、標的になることを恐れて島を出て行った人もおよそ200人いるという。果たして、誘致派はこの状況に満足しているだろうか。

 宮古島、石垣島の人々はこのあまりにも近く、リアルな与那国の事例から多くのことを学んでいるだろう。二束三文の土地を防衛省に売って土地成金になった人を羨ましいと思うか、工事で予約が埋まる民宿の経営をみてそれを狙うか、はたまた変わり果てた島の風景から取り返しのつかない物の大きさを知るか、副村長は自衛隊から、という提案を聞いて地方自治まで手放すことに気付くか。

 いずれにしても、もう引き返せない与那国の要塞化を見てから賛否をじっくりと考える、などという時間を防衛省はくれていない。もっと言えば受け入れるか入れないかを島民に決めてもらうチャンスさえ用意していない。今回の要請で奇しくも防衛省の担当者が口走っていたが、彼らが常に理解を求めると言うその「当事者」とは市長であり、土地の所有者なんだそうだ。住民は蚊帳の外。軍事機密を扱っていることを御旗に、基地計画をつまびらかにすることを避けながら住民に選択肢を与えない手法で時間をかけずに作る。そんな方針が今回如実に表れている。

 今回、宮古島は水源地のことでつまづいたものの、防衛省の施設担当はすごい勢いで巻き返しを図るだろう。それでも、住民たちが一つ勝ち取った感触を得たことは重い。抵抗しても無駄、と思っていた多くの伏兵を揺り起こすことになるだろう。そして37000人を前に宮古石垣の旗を掲げて助けを求め、問題を共有したことも大きい。大手メディアが黙殺してもネットメディアがそれをすくい上げていく。流れは少しづつ太くなっている。20年の闘いになろうとしている辺野古に比べれば、まだ1年にも満たない宮古と八重山の住民の抵抗だが、自衛隊には協力的だった翁長知事まで先週「先島を要塞化することに懸念」を表明した。

 琉球王府に抵抗した英雄オヤケアカハチを生んだ石垣島も、人頭税と闘ったアララガマ精神の息づく宮古島も、離島苦を乗り越えてきた団結力と反骨精神は島々の土に染みこんでいる。そこから起き上がってくるパワーが、西から戻って来る台風のように沖縄本島に逆上陸し、長年基地に喘ぐ本島の邪気まで力強く払っていく。そんな夢を見ながら今日は眠りにつきたい。宮古・石垣・与那国・東京と撮影した数日間の映像を全部見終わった今夜は、今まで見たこともない夢が見られそうだ。


三上智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)


by asyagi-df-2014 | 2016-04-11 06:05 | 沖縄から | Comments(0)

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