本からのもの-沖縄は「不正義」を問う

著書名;沖縄は「不正義」を問う
著作者:琉球新報社論説委員会
出版社;高文研

 琉球新報社(以下、琉球新報とする)が「沖縄への『不正義』」を世に問うたこの本について、その社説を中心とした主張を自分史の記録として残すことが、この本の問いかけに答える自分なりの一歩である。

 「沖縄、そして日本の未来を切り開く判断を」。
 「沖縄への『不正義』」は翁長雄志知事のこの証言に続いている。
 それは、権力側からの対話拒否時の翁長知事の「あるがままの状況を県民や本土の方に見てもらい、考えてもらえればいい」という凛とした語り口にも通じる。
 琉球新報にとって、はっきりしていることは、次の背景である。


「沖縄戦体験者の4割は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症、または発症の可能性があるという。阪神大震災経験者の倍だ。専門家は『沖縄戦と今が地続きだからだ。米国の存在が日常の沖縄では米軍による事件事故のたびに心の傷口が開く』と分析する。その傷口に塩を塗り込むように、政府は新たな基地の建設を辺野古で強行している。沖縄の民意がどうであろうと沖縄を基地として差し出す、という構図だ。犠牲を強いる点で、沖縄戦の構図と何が異なるだろう。」


 もう一つ、明確なものとして位置付けているものは、「違法状態の原因者である米軍基地を国が撤去しようとせず、違法な飛行を止めようともしない沖縄は、国が違法状態の永続を住民に強制しているということだ。一地域に永続的違法を強制する国が、法治国家と言えるのか。」、という視点である。
 だから、「島ぐるみ会議に名を連ねる人々は、在日米軍専用施設の約74%が沖縄に集中する現状を『社会的正義にもとる軍事植民地状態』と認識し、県民の生存権が脅かされている状況を『経済的、社会的および文化的発展の自由を否定する構造的差別』だと主張する。」、とも伝える。
 だから、琉球新報は、その視点を日本人に向けて次のように訴える。

(1)「普天間の危険性除去策も、県民が求める普天間飛行場の閉鎖・撤去、県外・国外移設こそ早道だと認識すべきだ。」
(2)「『沖縄のことは沖縄が決める』。われわれは地方自治の原則に根差した知事の決断を強く支持する。」
(3)「私たちは犠牲強要の再来を断じて許さない。過去に学び、戦争につながる一切を排除せねばならない。疎開船撃沈を報じず、沖縄戦でも戦意高揚を図った新聞の責任も、あらためて肝に命じたい。」
(4)「これは単なる基地の問題ではない。沖縄が、ひたすら政府の命ずるままの奴隷のごとき存在なのか、自己決定権と人権持つ存在なのかを決める、尊厳を懸けた闘いなのである。知事はもちろん、われわれ沖縄全体が、近代以来の歴史の分岐点に立っている。」


 この本の内容を、「はじめに」と、社説を、Ⅰ「歴史という事実」、Ⅱ「事実」、Ⅲ「米国との関係の事実」、Ⅳ「琉球新報の主張」という四つに分け、大事な部分を抜き出してみた。
 ただ、百田尚樹関係事件は省いている。







はじめに

(1)国の対応の問題点
①国が2015年10月、地元の理解が得られないとして、米軍普天間飛行場所属オスプレイ訓練の佐賀空港移転計画を取り下げたことはその一例である。取り下げは当然ではあるが、沖縄からすれば釈然としない。佐賀では地元の反対を重視し、尊重する一方で、沖縄では圧倒的な反対を無視する。国は矛盾を感じないだろうか。
②中谷元・防衛省は山口祥義佐賀県知事との会談で、「佐賀県に負担が集中するような利用は考えていない」と述べた。なぜ沖縄に対しても同じことが言えるように努力しないのか。
③沖縄基地負担軽減担当相を兼務する管義偉官房長官は、県内移設を認めないならば対案を出すべきだと暗に言う。防衛は国の専権事項と言いながら、対案を求めるおかしさに気づかないのだろうか。
④国は普天間飛行場の危険性除去のためには、辺野古移設が「唯一の選択肢」とする。だが、危険性を70年間も放置しておいた上に、さらに新基地が完成するまでの間も普天間飛行場の存在によって危険な状態は続くのである。これを危険性除去と言えるのか。
⑤現実対応を求める姿勢も理解できない。理想の実現を徹底的に追求することなく、現実的対応という言葉だけで片づけることは、政治や行政の責任を放棄したも同然である。現実的対応を言う前に、理想的な対応を目指したと胸を張って果たして言えるのだろうか。

(2)本書から浮かび上がるもの

 本書に収録した社説から浮かび上がることは、沖縄に対する安倍政権の強権姿勢であり、対米従属姿勢である。それを反映して社説では「民意」という言葉が多用されている。それは取りも直さず、沖縄の民意が踏みにじられていることの証である。これは日本の民主主義に関わる問題であり、改めなければならない。社説で訴えていることは、まさにそのことである。

 民意の重みに差があれば、県民は差別だと感じる、当然だろう。


Ⅰ.歴史という事実

・①沖縄の新聞にとって、沖縄戦を取材し、記録し、読者に伝え続ける作業は重要な主題であり続けている。多くの住民の犠牲を強いた沖縄戦の実相を伝え続けるのは「不戦の誓い」を確認する作業だ。それは69年前、国家の言論統制を受け、「大本営発表」という郡部の虚偽の情報を基にした戦意高揚の記事を書き、住民を戦場に駆り出した新聞人としての反省の上に立った覚悟である。
②政府は今、再び戦争ができる国へと歩みを進めている。それも急速に。2013年12月、特定秘密保護法が成立した。防衛、外交、スパイ活動など「安全保障に関する機密」を
「特定機密」に指定し、処罰対象にするこの法律は沖縄戦時の改正軍機保護法と重なる。
 1944年以降、沖縄から九州、台湾へと向かった住民の疎開船は次々と米軍潜水艦の魚雷攻撃を受け、多くの命が海へと消えた。軍機保護法では撃沈の事実が公表されず、疎開船に乗る住民がその後も続いたために犠牲が拡大したのだ。戦場では住民と日本軍が渾然一体となり、米軍の投降に応じようとした住民らがスパイ視された虐殺される事件も起きた。琉球新報が2013年8月以降、特定秘密保護法に反対する社説を30回以上掲載したのも、沖縄戦の教訓を忘れていないからだ。2014.6.23

・だが沖縄は過去17年も埋め立てを許してはいない。そもそも沖縄の戦後史ほど、意志的に民主主義を獲得し、自力で尊厳を回復してきた歴史は、世界的に見てもそうない。沖縄の民意の力を信じよう。2014.1.3

・①普天間飛行場は沖縄戦のさなか、米軍が本土攻撃に備えて住民の土地を同意なしに占拠したものです。このため普天間飛行場の存在自体が、戦時の財産奪取を禁ずるハーグ陸戦条約(戦時国際法)への違反の疑念が拭えません。                ②普天間飛行場は米国の航空法上安全確保のために義務づけられているクリアゾーンが設定されていません。これは重大な人権問題だと自覚すべきです。
③危険な状況に、オスプレイ配備や騒音被害が拍車をかけています。県民の目には、普天間固定化は人権侵害の固定化と、辺野古移設は人権侵害の移転と映るのです。2014.4.23

・米軍は1953年以降、土地収用例を根拠に「銃剣とブルドーザー」で住民を追い出し、家屋を次々となぎ倒し、土地を強制接収して基地を拡大した。今回の着工は、民意無視という意味では60年前の蛮行とうり二つだ。米軍の強権下での圧政と同じ強権発動が民主国家で起きている。                   
 新潟県の旧巻町では国策の電源開発基本計画の一環で進められていた原子力発電所の建設計画が中止に追い込まれた。住民投票で建設反対が6割を占め、建設反対派の町長が当選を繰り返したからだ。地元の合意が得られなかったことが計画断念の最大の理由である。
 名護市も1997年に市民投票が実施され、基地受入反対が半数を超えた。建設反対を公約に掲げた稲嶺氏は既に2回当選している。旧巻町と同じく、地元の合意は得られていない。それなのに基地建設は強行される。政府は沖縄と県外で、二重基準を適用している。明らかな差別だ。2014.7.3

・沖縄戦では米軍がサイパンでの日本本土への攻撃に向けて沖縄を拠点にしようとした。日本軍は本土決戦を先延ばしにする時間稼ぎとして沖縄での地上戦を繰り広げた。沖縄住民を犠牲にした「捨て石」作戦だった。
戦後70年を迎え、再び本土防衛の「捨て石」になりかねない沖縄の軍事要塞化を認めるわけにはいかない。陸自部隊配備は白紙に戻すべきだ。2015.5.11

・第2次世界大戦末期に住民が収容所に入れられていた時、米軍は勝手に基地を造った。1950年代には住民に銃剣を突きつけて住居や農地を奪い、いずれも占領下の民間地奪取を禁ずるハーグ陸戦条約(戦時国際法)46条違反である。今、日米両国が造ろうとしている名護市辺野古の新基地もまた、沖縄住民の意思に反する強制接収だ。大戦後70年も国際法に違反し、今後も続けるというのである。2015.5.27

・①沖縄戦の教訓は、「軍隊は住民を守らない」である。言い換えれば「軍の駐留は住民の犠牲を招く」ということだ。これは抽象的なスローガンでない。職場の実態に即した事実である。沖縄戦で壊滅被害を受けた島と日本軍が駐留していた島は、見事なほど一致する。駐留のない島の被害は軽微だ。駐留と被害は明らかに連動したのである。 
②別の背景もある。沖縄戦直前、軍部は住民に堀を掘らせ、戦争準備を強いた。従って住民が投降すれば、どこに司令官がいてどこに武器弾薬があるか、敵軍に知られてしまう。だから住民が生き残るよりは住民の全滅を願ったのだ。それを裏打ちする文書がある。日本軍の「報道宣伝防諜等に関する県民指導要綱」だ。「軍官民共生共死の一体化」とある。意図的に、住民へ「共死」を強いたのだ。
③もっと本質的な問題もある。大本営は「帝国陸海軍作戦計画大綱」の中で沖縄を「高度防衛の前線」とし、現地の軍に「出血持久戦」を求めた。米軍の本土上陸を一日でも先延ばしするため、沖縄を「捨て石」としたのだ。沖縄の住民は「防衛」の対象ではなく、本土を守るために犠牲に供するものと位置づけたのである。2015.6.23

・隔たりのある主張の内容自体が象徴的な意味を帯びていた。
 辺野古新基地建設をめぐる政府と県の第1回集中協議での翁長雄志知事と管義偉官房長官の発言のことである。管氏は、普天間基地の県内移設を決めた1996年の橋本・モンデール合意が原点だと述べた。一方、翁長知事は、沖縄戦時、住民が避難している間に強制接収したのが原点だと訴えた。
 この違いは象徴的だ。日米合意を重視する管氏の発言は、両政府の決定だから沖縄も従えという意味であろう。これに対し、翁長氏は、沖縄戦以来の長い軍事植民地状態を問題視している。人道に照らして何が正義なのかと訴えているのである。2015.8.14

・1879年、明治政府は、武力を用い、独自の王国だった琉球を強引に併合した。太平洋戦争では本土決戦を先延ばしにするために沖縄を「捨て石」にした。戦後、講和条約を結ぶ際には、自らの独立と引き換えに、沖縄を米軍の占領統治下に差し出した。
 普天間飛行場は国内のほとんどの基地と同様、沖縄戦で住民が収容所に入れられている時に米軍が勝手に建設したものだ。それ以外の基地は、1950年代、「銃剣とブルドーザー」で米軍が家や畑を強制接収して造ったものである。
 沖縄の住民が自ら差し出して建設された基地など一つもない。
 近代以降の歴史を通じて沖縄は、その意思をついぞ問われないまま、常に誰かの「道具」にされ続けた。今回の政府の姿勢は、その再現である。沖縄は今後も民意を聞くべき対象ではないとする意思表示にほかならない。2015.9.15

・①静かな憤りに満ちた、あの張り詰めた空気の記憶は今も鮮明だ。あれから20年、変わらぬ現状に、名状しがたい感情が湧く。
 米軍人による少女乱暴事件に抗議するため8万5千人(主催者発表)が結集した10.21県民総決起大会からきょうで20年となった。あの大会で何を誓ったか、あらためて思い起こしてみたい。
 大田昌秀知事(当時)は大会でこう述べた。「行政を預かる者として、本来一番に守るべき幼い少女の尊厳を守れなかったことをおわびします」
 今日はどうか。基地集中は変わらず、住居侵入などの犯罪は今も毎日のように繰り返される。在日米軍構成員の犯罪は例年、47都道府県中30県近くは発生ゼロだが、全体の反数は毎年沖縄に集中する。
 差別の構造は歴然としている。われわれは「尊厳」を守れる状態に何ら近づいていないという現実を、揺るがずに直視したい。
 あの事件では、あれほど悪質な犯罪者であっても、基地に逃げ込めば逮捕もできなかった。大会の視線は日米地協定の犯罪隠蔽的在り方にも向けられていたのだ。
②その後、地位協定は「運用改善」された。だが内容は、身柄を引き渡すかどうか、米軍の「好意的考慮」に委ねるというものだ。「考慮」の結果、拒否できるし、現に拒否した例もある。しかも「考慮」の対象は殺人と強姦だけ。放火犯も強盗犯も、基地内での証拠隠滅は今も十分可能だ。複数犯なら、いくらでも口裏合わせができる。正義が実行されない状態もまた当時と何ら変わらないのである。
③大会で決議した「基地の整理縮小」は翌年、米軍普天間飛行場の返還合意をもたらした。だがその合意は今も絵に描かれただけの「果実」で、現実ではない。 
 「沖縄の基地負担軽減」はいつの間にか「負担を同じ沖縄に移す」話しになった。翁長雄志知事の言うように「強奪した基地が老朽化したから、代わりを差し出さない限り返さない」というのが日米両政府の態度だ。2015.10.21

・①日米同盟の肩代わりに沖縄の民意を切り捨てるような非道は、サンフランシスコ講和条約による沖縄切り捨てに比すべき不条理と言えよう。このような歴史の桎梏から逃れたいという県民の訴えを政府はことごとく退けてきた。
 1971年11月、沖縄返還協定が衆院特別委員会で強行採決された際、屋良朝苗行政主席は敗れた草履を意味する「へいり(弊履)」という言葉を使い、「沖縄県民の気持ちというのはまったくへいりの様にふみにじられる」と日記に記した。
 安倍政権の姿勢は、まさに沖縄を「弊履」のように扱うものだ。
 その態度は、普天間飛行場所属のMV22オスプレイの佐賀空港での訓練移転計画を防衛省が取り下げたことにも表れている。
 米国と地元の理解が得られないことが取り下げの理由だ。管義偉官房長官は「知事などに地元からの了解を得るのは当然だ」と述べた。
 沖縄では反対を押し切ってオスプレイを強行配備し、新基地建設を強行しているに、佐賀では「地元の了解」は必須という。このような「二重基準」を弄するような行為は県民を愚弄するものだ。
 名護市の久辺3区(久志・辺野古・豊原区)を対象とした防衛省の振興費拠出もそうだ。地方自治への露骨な介入であり、住民分断を意図した米統治時代の「高等弁務官資金」の再来を思わせる。
②明治の言論人太田朝敷は「琉球処分」後の沖縄は植民地的な「食客」の位置に転落したと嘆いた。安倍政権の沖縄政策は、沖縄を「食客」の位置に固定するものだ。
③1996年の代理署名訴訟の最高裁判決は補足意見で、沖縄の基地負担軽減に向け「日米両政府の合意、さらに、日本国内における様々な行政的措置が必要であり、外交上、行政上の権限の適切な行使が不可欠」と指摘し、政府の責任に言及している。
 それから19年が過ぎても基地負担の軽減が進んでいないのは、政府が「権限の適切な行使」を怠ったためだ。2015.10.30


Ⅱ.事実

・防衛局は2013年3月3日、名護漁協が辺野古移設に関する公有水面埋立申請に同意した総会についても、会場借り上げ費用とバスのレンタル料を支払っていた。漁業者は先人から受け継がれてきた恵みの海を手放すのか。2014.5.24

・沖縄は全国のどこよりも米軍基地の被害を深く受けてきた。例えて言えば、原発災害の辛酸をなめた福島県で、県民の7割越が原発新設に反対する中、政府が原発建設を強行したりするだろうか。だが沖縄ならそれをしてもよい。政府は明らかにそうみなしている。誰が考えても差別であろう。2014.7.29

・県道の路側帯(歩行用)で阻止行動をする住民を排除するため、路側帯を米軍専用区域に変更するという。政府のやりたいことのために法的規定の方を変えるというわけだ。およそ法治国家とは思えない。県道の路側帯を県民が通れない。車道に出て歩くよう求める。そんな県道が沖縄以外のどこにあるか。「琉球処分」の際、明治政府は官吏と軍人を差し向け、併合に反対する市民を逮捕、拷問した。住民に軍を対峙させようとする今の政府の姿はそれと二重写しになる。2014.8.8

、確かに抵抗運動への弾圧は過去にも散見される。だが辺野古移設は県民の74%が反対する事案だ。一県の圧倒的多数の民意を踏みにじって強行した例が他にあるか。
 百姓一揆弾圧を想起させるが、近代以降なら「琉球処分」と「軍官民共生共死」を強いた沖縄戦しかあるまい。沖縄にしか例がないなら構造的差別の表れに他ならない。国際的の恥ずべき蛮行だ。2014.8.18

・①就任あいさつで上京した翁長雄志知事に、安倍晋三首相や管義偉官房長官らは会わなかった。露骨な嫌がらせではないのか。翁長知事は12月24~26日の日程で就任後初めて上京し、関係閣僚との面談を求めたが、応じたのは最終日の午後に日程が決まった山口俊一沖縄担当相だけだった。外務、防衛両省では同じく26日午後に北米局長、事務次官がそれぞれ会ったが、岸田文雄外相や中谷元・新防衛相との会談は設定されなかった。・・・。その2週間後に、落選した仲井間氏が「知事選のお礼と退任のあいさつ」で上京している。その際は安倍首相や管氏らが面接、首相は仲井間氏を「よく仕事しましたね」とねぎらったという。                               ②政権の政策に賛同する知事は歓迎するが、反対する知事には簡単には会わないというのなら、あまりにも大人げない対応だ。来年度予算編成を前に、政権内には移設反対の知事就任を理由に沖縄振興予算の減額を求める信じられない意見もあるという。基地と振興のリンクを否定してきた方針を覆す主張であり、見識を疑う。2014.12.28

・政権側の対話拒否について翁長知事は、「あるがままの状況を県民や本土の方に見てもらい、考えてもらえればいい」と語った。2015.1.8」

・そもそも海保はなぜ辺野古にいるのか。市民の安全を守るためではないことだけは確かなようだ。世界最強の米軍に差し出す新基地の建設作業を邪魔されないように、市民から守っているのだ。・・・。海保の言う「安全確保」は市民の安全ではなく作業現場の安全を指し、無抵抗の市民を「危険」とみなす。暴力行為は慎むものではなく「最低限許される」。2015.1.25

・中国のミサイル射程内にある沖縄での海兵隊基地移設を軍事専門家も疑問視する中、豊かな海を埋め立てる事業に公益性はない。承認判断の本質をつまびらかにしてほしい。2015.2.8

・県漁業調整規則では漁場内でサンゴなどの岩礁を破壊する者は知事の許可が必要だと定めている。その理由について県は許可取扱方針で「本県水産業は、これらサンゴ礁などが持つ大きな生産力をよりどころとしており(中略)多くの有用な魚介類が生育する重要な場所」だからとしている。2015.2.11

・日本政府の対米従属もここに極まれりと強い憤りを禁じ得ない。
 政府は2月17日、米軍北部訓練場の一部返還に伴うヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設計画で、東村高江集落に最も近いN4地区の着陸帯2か所について、米側に先行提供することを閣議決定した。
 施設区域返還前の先行提供により、米軍は既存の着陸帯に加え、新設着陸帯でのオスプレイ運用が可能になる。今後、訓練が一層激化し、騒音や低周波、高質排気熱など、住民生活や自然環境への影響が悪化するのは避けられない。これは誰の目から見ても米軍基地強化そのものだ。沖縄の基地負担軽減に逆行しており、到底許されない。2015.2.19

・①翁長雄志知事が安倍晋三首相と会談した。何より最後の一言が大きい。知事は、米軍普天間飛行場の辺野古移設について「知事をはじめ沖縄県民が明確に反対していることをアバマ大統領に伝えてほしい」と伝えた。
②現防衛省の中谷元氏は2013年、「沖縄の基地を分散しようと思えば九州へも分散できるが、反対が大きくてできない」と述べていた。他県は反対があるから移設しないが、沖縄はいくら反対しても移設を強行するというわけである。これがダブルスタンダードでなくて何であろうか。
 元防衛相の森本敏氏も同じ主旨のことを在任中に述べている。最近も「海兵隊が沖縄にいなければ抑止にならないというのは軍事的には間違いだ」と明言した。県外移設でも何ら支障がないことを担当大臣の発言は明言している。
首相らの言う「辺野古が唯一」論はとうに破綻しているのである。
管義偉官房長官が切り返す「16年前に沖縄も同意した」という主張のウソを知事が指摘したのも痛快だった。
 1999年に閣議決定した計画は、政府が2006年に破棄し現計画に変更した。政府自ら破棄しておいて「16年前に同意」とは許称に等しい。
しかも16年前は、軍民共用でかつ15年後には基地として使用してはならないというのが絶対条件だった。使用期限が受け入れられなければ容認は撤回すると当時の名護市長も明言していた。
だが現計画になり、軍民共用も使用期限雲散霧消した。これで「地元も受け入れていた」と称するのは虚言以外の何ものでもない。
③普天間移設は沖縄の紀井負担軽減がそもそもの出発点であったはずだ。基地を沖縄から沖縄へ移すのが解決策と主張するのは、どう見ても倒錯した論理である。
政府は沖縄の反対が極論であるかのように言うが、普天間飛行場をなくしたところで、国内の米軍専用基地の沖縄への集中度は73.8%から73.4%へ、わずか0.4ポイント下がるにすぎない。これが過大な要求だろうか。2015.4.18

・安倍首相は「自由、民主主義、人権、法の支配など基本的価値の上に立つ日米同盟」と口にした。
だが辺野古をめぐる現実はどうか。つい先日まで漁師が自由に航行できた海は突然、法的根拠もあやしい「臨時制限区域」なるののが設けられ、民間人は閉め出された。キャンプ・シュワヴのゲート前では昨日まで歩けた範囲に突然、線が引かれ、一歩でも足を踏み入れた途端、後ろ手に拘束する。航行や歩行の「自由」はあっけなく奪われたのである。
 名護市長選でも知事選、衆院選でも辺野古移設の推進・容認派は全敗し、反対派は完勝した。にもかかわらず移設工事を強行しようとする政府は、「沖縄には民主主義を適用しない」のであろう。
例えば他の地域で知事や市長が反対する中、原発建設を強行できるだろうか。他府県では到底できない行為を沖縄に対してだけなすのは、差別と呼ぶしかない。2015.4.30

・米軍普天間飛行場騒音訴訟の判決で那覇地裁沖縄支部は約7億5400万円の支払を命じた。「騒音被害は深刻かつ広範だ。受忍しなければならない程度とは評価できない。」と明言している。国の防音対策も飛行場の違法性軽減に影響しないと一蹴した。違法性は明確だ。法治国家であるなら国は飛行停止を求めるべきだ。2015.6.12

・2015年2月に見つかった17本のドラム缶からもダイオキシン類が検出された。沖縄防衛局の発表によると、ドラム缶のたまり水(未ろ過水)から廃棄物処理法に基づく排出基準の2100倍のダイオキシンが検出された。公共用水を対象としたダイオキシン類対策特別措置法に基づく環境基準からは2万Ⅰ千倍になる。同環境基準は「人の健康を保護する上で維持されることが望ましい」とされるものだ。たまり水をろ過した後は、環境基準値の150倍に下がったというが、専門家は「(人が触れる可能性がある状態での)2万Ⅰ千倍という数値は見過ごせない。異常な数値。」(池田こみち環境総合研究所顧問)と懸念を示している。指摘を重く受け取るべきだ。2015.7.1

・辺野古埋め立てに対する前知事の承認について検証した第三者委員会が「法律的な瑕疵が認められる」と報告した。新基地建設はついに重大な局面を迎えた。
 委員会は弁護士や環境の専門家だ。その有識者が1月の委員会発足以来、6ヶ月もかけて慎重かつ多角的に検証した結果である。翁長雄志知事は言葉通り、報告を「最大現尊重」すれば、やはり承認は取り消すしかない。2015.7.17

・米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古沿岸部への新基地建設をめぐり、翁長雄志知事が前知事の埋め立て承認を取り消した。
 沖縄の将来を見据え、新基地建設阻止への決意を意義ある一歩として、高く評価したい。
 裁判などで問題解決までには長い道のりが予想される。だが、新基地建設反対の民意は圧倒的であり、土地を同意なく奪って建設した普天間飛行場の形成過程からしても、理は知事にある。
 阻止運動を県外、国外に広げ、新基地建設断念と普天間飛行場の閉鎖を勝ち取る新たな出発点に、承認取り消しを位置づけたい。2015.10.11

・①「環境専門家」の権威はもはや地に落ちた。辺野古の環境保全など望むべくもないのは明らかだ。米軍普天間飛行場の代替となる名護市辺野古の新基地建設事業で、環境保全措置を客観的に指導・助言するために沖縄防衛局が設置した「環境監視委員会」委員13人のうち7人が、2012年の環境影響評価(アセスメント)の評価書補正に関する防衛省の有識者研究会の委員を務めていた。
②7人のうち荒井修亮京都大学教授と原武史全国水産技術者協会理事長の2委員は、新基地建設事業を多数受注する建設環境コンサルタント会社「いであ」(東京都)との共同研究で天然記念物ジュゴンの保全システムを開発していた。
 その共同研究を基に辺野古沖のジュゴン保全措置が作成され、環境監視委で審議されたが、異論は出なかったという。これで保全策はお墨付きを得たことになるのか。はなはだ疑問だ。
 荒井委員には「いであ」から800万円の寄付があり、原委員には同社関連法人から年間200万円越えの報酬が支払われていた。2015.10.24

・権力を濫用した民意への弾圧としか言いようがない。
 国は、翁長雄志知事が「新基地建設反対」の民意に基づき前知事の埋め立て承認を取り消した処分の効力を停止した。併せて国による代執行に向けた手続を進め、県に是正勧告することも決めた。
 民意を踏みにじるもので、許されるものではない。県が勧告に従う必要性は一切ない。
 最終的に、県と国が新基地建設の是非を法廷で争うことになる。裁判での結着に向けて踏み出したのは国の側である。司法判断が出るまで作業再開は認められない。2015.10.28

・国内の行政法研究者98人は共同で「行政機関が審査請求することを行政不服審査法は予定していない」とし、「執行停止」は不適法との声明を出した。防衛省の申請を「私人になりすまし」と批判し、「法治国家にもとる」とまで断じている。
 法の専門家がここまで言い切るのだ、不公正は歴然としている。2015.11.3

・埋蔵文化財は私たちの来し方を探る最大の手掛かりである。ウチナーンチュ(沖縄人)とは何かを知る大きな手掛かりを、生かさない手はない。
 名護市辺野古の新基地建設の埋め立て予定地内で土器や石器が発見された。2015年2月にこれも埋蔵文化財「碇石」が見つかった現場の近くだ。ここが新たな遺跡と認定される公算が大きくなった。2015.11.5

・人事権を駆使して思うまま法の解釈を変え、都合に合わせて「国」にも「私人」にもなり、選手であり審判ともなる政府である。裁判所の判決も意のままとみる。普通はこれを「人治国家」と呼ぶ。
 それにしても最近の政府の振る舞いは常軌を逸している。県も市も飛び越え、区に直接お金を渡すという。植民地の人々を仲間割れさせ、宗主国への反発を弱体化させる「分断統治」は植民地政策の常だが、まさに教科書通りである。さらには中央から機動隊を送り込み、市民運動を露骨に弾圧する。開発独裁の軍事政権と何が違うだろうか。
 米紙ニューヨーク・タイムズ社説の表現を借りれば、まさに、「平和、人権、民主主義を約束する国家を自称する日本と米国の主張が試されている」。この試験に合格できないなら、安倍政権に民主主義を名乗る資格はない。2015.11.10

・①訴状で政府は、知事の承認取り消しによる不利益と取り消しをしないことによる不利益とを比較している。そして「航空機事故や騒音問題といった普天間飛行場周辺住民の生命・身体に対する重大な危険は現実化している」と強調し、辺野古移設を正当化する。
 しかし、1996年に米側が海兵隊の沖縄撤退を打診したのに対し、逆に日本政府が引き留めたという事実を、当時のモンデール駐日大使がつい先日証言したばかりだ。現在の辺野古新基地計画を決めた2005年の在日米軍再編交渉の際も、米側が海兵隊の九州や関東への移転を打診しても日本政府の方が取り合わなかった事実を、米側当事者が証言している。
 そして深夜・未明の飛行禁止を定めた嘉手納・普天間両基地の騒音防止協定を結んだ後も、未明の爆音発生を許容し続け、抗議一つしなかったのも日本政府だ。前知事との約束である「普天間基地の5年内運用停止」を米側に持ちかけてすらいないのも政府である。
 それなのに飛行機事故で沖縄の人の生命が失われるのを心配しているというのである。沖縄の騒音被害を危ぶんでいると言うのである。片腹痛いとはこのことだ。
②政府の訴状はさらに、移設作業が中断すれば「日米の信頼関係が崩壊しかねず、外交などに計り知れない不利益」と主張する。だが当の米国のエレンライク在沖総領事は移設計画が滞っても「(日米関係に)影響はまったくない」と述べている。政府の主張は言ったそばから否定されているのだ。
③その上、既に工事で473億円も支払ったから、承認が取り消されれば「全くの無駄金」とも主張する。工事の中止要求を無視していたずらに税金を投じてきたのはいったい誰か。居直るのもたいがいにしてもらいたい。
④一方で訴状は「承認を取り消さないことによる不利益」も考慮に入れる。だがそれを辺野古周辺の騒音被害と環境問題に限定する。沖縄全体がさらされる墜落や爆音の被害、基地がなければ存在しない米兵による事件の被害も、政府の目には見えないようだ。
 新基地は米国総務省の報告書で耐用年数200年と想定する。埋め立てなので国有地である。沖縄が手出しできない基地が半永久的に存在していくのだ。これが巨大な不利益でなくて何であろう。
⑤そもそもこの両方向の「不利益」は、沖縄の基地負担軽減に照らしてどちらが不利益かという観点が主である。それなら判定する主体は、沖縄であるべきだ。そうであれば、結果はもうはっきり出ている。県民は再三再四、選挙でこれ以上ないほど明瞭に新基地は不要と判定しているのである。2015.11.18

・①人々の「思い」の総量は、いったいどれほどに達するだろう。辺野古新基地建設に反対する市民のキャンプ・シュワヴゲート前の座り込みが500日を超えた。
 18日は千人もの人が参加した。行ったことのない政府の人には分からないだろうが、例えば県庁前からあそこまで行くには相当な時間を要する。平日に行くからには無理を重ねてのことだ。よほどの思いがなければできない。そしてその背景には体力その他の事情でどうしても行けなかった人が膨大にいるはずだ。それが500日にも及ぶのである。市民が選挙で示した意思を、その通り実行してほしい。ただそれだけの、ほんのささやかな望みを実現するために、これほどの努力と犠牲を払わなければならない地域がどこにあろう。
②驚異的なのは、その膨大な時間の中で市民の側は徹底的に非暴力を貫いていることだ。
③むしろ暴力的なのは日本政府の方である。市民が道路に倒されてけがをしたり、頭を水中に沈められたりといった行為が頻発している。救急車の出動は何度もある。いぜれも運ばれるのは市民の方だ。一昨日も海上保安庁に押さえられた際に意識もうろうとなった市民がいた。何と野蛮な政府であろうか。2015.11.20

・「国家権力が牙をむく」と形容するしかない事態である。
 名護市辺野古への新基地建設をめぐり、キャンプ・シュワヴのゲート前や大浦湾の埋め立て予定海域で、抗議する市民の側にけが人が相次いでいる。
 まず、確認しておこう。
 今、全国で市民の非暴力の抵抗に対し、警察や海上保安庁の警備要員が連日投入されている現場は名護市辺野古と周辺海域しかない。新基地建設にあらがう市民社会の行動を、屈強な体力と装備を備えた要員が抑え込み、危険にさらしている。2015.11.23

・防衛省は名護市辺野古への新基地建設をめぐり、地元に久辺3区(久志、辺野古、豊原区)に対して直接交付金を交付できる制度を創設した。各区の事業申請に基づき、1300万円を上限に支出する。
 交付要綱には「航空機40機、人員千人以上増加する地域の地縁団体」と明記されており、実質的に久辺3区だけを対象にした補助率100%の補助金だ。
 新たな法律は制定せず、現行の予算措置範囲内の補助として制度化した。地元3区を移設容認に傾ける以外には目的が見いだせない血税の投入である。ばらまきに等しいつかみ金のような性質だ。
 補助対象について「影響の増加に特に配慮することが必要」と記し、将来の負担増に補助金を支出する尋常ではない措置だ。しかも、事業の内容は、前名護市長時代の再編交付金の残額を基金にして、名護市が進めている事業とほぼ重なっており、制度の必要性の議論が置き去りにされている。
 国がその手で地方自治をかき乱し、財政支出の規律に背を向けた。政権のモラルハザ-ド(倫理崩壊)が一層くっきり像を結んだ。「無理が通れば、道理が引っ込む」は許されない。2015.11.30

・①知事が陳述書で述べた通り、自国民の人権、平等、民主主義を守れない国が世界と普遍的価値を共有できるのか、この訴訟で問われるのはまさにそのことだ。
②翁長知事は「日本には本当に地方自治や民主主義は存在するのか。沖縄県のみに負担を強いる今の日米安保体制は正常と言えるのか」と問い掛けた。そして裁判所に「沖縄、そして日本の未来を切り開く判断を」と訴えた。
③「憲法の理念が生かされず、基地の重圧に苦しむ県民の過去現在を検証し、基本的人権の保障や地方自治の本旨に照らし、若者が夢と希望を抱けるよう、沖縄の未来の可能性を切り開く判断を願う」
 今回の翁長知事の言葉と見まがうこの発言は、12996年7月、大田昌秀沖縄県知事(当時)が最高裁大法廷で述べたものだ。
④何より、基本的人権や民主主義、地方自治という民主国家が最低限保障すべきものを、あらためて要望せざるを得ないという沖縄の状況が、何ら変わっていないことを思い知らされる。
⑤いや、状況はむしろ悪化している。かつては沖縄の苦難の歴史に思いを致す空気が日本社会に濃厚だだったが、今や沖縄側が政府に何か物申せば「生意気だ」という避難が陰に陽に示される。
 つい先日も新基地建設反対運動に参加した市民を「けとばせばいい」と、「選良」たる兵庫県洲本市の市議が書いたばかりだ。れっきとして岐阜県の県庁職員も「馬鹿な沖縄県民は黙ってろ。我々は粛々と辺野古移設を進める」と書く始末である。2015.12.3


Ⅲ.米国との関係の事実

・事故通報の迅速化が危機管理官設置の目的の一つだったはずだ。今回の米軍の態度は、このポストが機能していないことの証明と言える。存在意義が問われる事態と認識すべきだ。
 米軍機の墜落は復帰後も年1回以上起きている。部品落下や着陸失敗などを含めると540件を超える。こんな県がほかにあるか。
 このような事態が放置されるのも、米軍による基地の使い方に日本側が一切口出しできないと定める日米地位協定があるからだ。主権国家なら協定を抜本改定すべきだ。2014.3.8

・「ワシントン拡声器」という仕組みがある。新外交イニシアティブの猿田佐世氏が名付け親だ。
 日本の政党や官僚が国内向けに実現したい政策があるとする。だが国民の大多数には不人気だ、そこで、米国内にせいぜい30人、主だった人はたった5、6人しかいない「知日派」にその政策を吹き込む。アーミテージ元国務副長官、グリーン元国家安全保障会議アジア上級部長がその代表格だ。「知日派」はその政策を、自らの要求として発言する。米国民の大多数はその政策を知らないのに、発言はたちまち「米国の意図」となる。結果、政策は実現する。
 沖縄に基地を置きたがる外務・防衛両省の役人や、一部の政治家ら「安保マフィア」がよく使う仕組みだ。われわれは、この「声の増幅器」に振り回されてきた。
 時にそれは「声の減衰器」としても使われる。新基地建設に対する沖縄の反対についての日本の安保マフィアは米側に「補助金をつり上げるための手練手管」と吹き込む。だから反対の声は本気と思われず、過小評価される。メア元国務相日本部長が「沖縄はゆすりの名人」と発言したのがいい例だ。2015.5.27

・本年1月、言語学者ノーム・チョムスキー氏ら欧米、豪州などの知識人が辺野古の新基地建設は「沖縄の軍事植民地状態を深化・拡大する取り決め」だと批判し、普天間の無条件返還を訴えました。声明は「沖縄の人々は米国独立宣言が糾弾する『権力の濫用や強奪』に苦しめられ続けている」と指摘し、県民の「平和と尊厳、人権と環境保護のための非暴力の闘い」を支持しました。心強く思います。2014.4.23

・このところ、米兵が容疑者となる事件が頻発し、8日間で7人の逮捕者を出す事態となっている。・・・。狭い基地の島に2万数千人の規模の米兵を抱え続ける限り、統計学的に米兵の事件をゼロにすることは困難だ。日米両政府は、在沖米軍の綱紀粛正とともに
基地と兵員の規模を大幅に削減する責務があることを忘れてはならない。2015.6.8

・米陸軍のヘリコプターMH60が浜比嘉島の東の海域に墜落した。本土復帰から43年で46回目の墜落だ。年1回以上も墜落があり、着陸失敗などを含めると43年間で540件を超す。こんな地域が他にあるだろうか。2015.8.13

・1993~96年に駐日米大使を務めたウオルター・モンデール氏が本紙インタビューに応じた。96年4月に橋本龍太郎首相との共同記者会見で普天間飛行場の返還合意を表明した人物だが、インタビューで移転先の選定を振り返り「われわれは沖縄だとは言っていない」と語った。
①同氏は「沖縄も候補の一つ」と述べた上で「基地をどこに配置するかを決めるのは日本政府でなければならない」と付け加えた。
 返還合意の際に付した県内移設の条件は日本側の要望に沿ったものであることを示唆した証言だ。同氏が2004年に米国務省外郭団体のインタビューで語った内容と照合すると、さらにはっきりする。
 1995年の米兵による少女乱暴事件に関し、こう述懐している。「(事件から)数日のうちに米軍は沖縄から撤退すべきか。最低でも駐留を大幅に減らすかといった議論に発展した」が、「彼ら(日本側)はわれわれが沖縄を追い出されることを望んでいなかった」
 日本政府の意向で県外・国外移設の大きな機会を逸したといっても過言ではない。沖縄の犠牲を黙認するどころか、負担が劇的に軽減する機運を水面下でかき消していたとなれば、国民への背信にほかならない。犯罪的でさえある。
①海兵隊は50~60年代、本土での反対運動を背景に米統治下にあった沖縄に移転してきた。復帰直後の70年代前半には、米政府内で在沖海兵隊の撤退や大幅削減が検討されたながら日本政府がこれに反対したことも分かっている。
 軍事的必然性ではなく、政治的理由から沖縄の負担が強いられていく構図は、辺野古の新基地建設問題につながる。モンデール氏は、「日本政府が別の場所に決めれば米政府は受け入れるだろう」との理解を示した。安倍政権が移設作業を強行する非民主的な姿勢を改めることがまずは必要だ。2015.11.11


Ⅳ.琉球新報の主張

・6月23日は、「慰霊の日」。戦後69年のこの日に思う。本土防衛の「捨て石」にされた沖縄戦の悲劇を二度と切り返さないための論陣を張り続けたい。そして日米安全保障条約の「捨て石」とも言える沖縄の基地機能強化に異議を唱え続けたい。不戦の言論を守るためにも。2014.6.23

・私たちの基地報道の軸足は、米兵が日常的に起こす事件・事故で人権をむしばまれ、上空を飛び交う米軍機の遮りようのない爆音被害に曝されている県民の苦しみを共有することにある。その上で、基地の弊害を改善するよう求める報道を尽くしているのである。
 それは沖縄の新聞の譲れない使命だと肝に命じたい。2015.6.27

・他国を攻撃すれば、反撃されるのは常識である。在日米軍基地の74%が集中する沖縄は真っ先に標的となる。沖縄をまた「捨て石」にするつもりなのか。2015.7.15

・全面対決の様相だ。これはもはや国と県の単なる意見の相違ではない。基地問題にもとどまらない。沖縄が政府の命令に隷従するだけの存在か、自己決定権と人権を持つ存在なのかを決める、尊厳を懸けた闘いなのである。2015.10.15

・①今こそ国際社会に訴える時だ。われわれだけでなく次世代の、子や孫の命と尊厳がかかっているからだ。日米両政府が沖縄の差別と犠牲を強いる姿勢を変えようとしないから、政府任せで打開はあり得ない。解決策は沖縄の自己決定権回復しかない。2014.1.3
②沖縄は、自由と民主主義が普遍的価値であるとの価値観に立っていると言い換えてもいい。・・・いずれにせよ、自己決定権を拡大しない限り、幸福追求はなしえない。差別的処遇を撤回させ、自らの尊厳を取り戻そう。2014.1.3

・選挙結果は、辺野古移設を拒む明快な市民の審判だ。地域の未来は自分たちで決めるという「自己決定権」を示した歴史的意思表明としても、重く受け止めたい。
 日米両政府は名護市の民主主義と自己決定権を尊重し、辺野古移設を断念すべきだ。普天間の危険性除去策も、県民が求める普天間飛行場の閉鎖・撤去、県外・国外移設こそ早道だと認識すべきだ。2014.1.20

・①建白書の意義は、特定のイデオロギーの主張ではなく、県民の生命と人権、沖縄の尊厳を守る立場から大同団結したということだ。当時の全首長が保革の立場を超えて賛同したことがそれを物語る。
 言い換えれば、日米両政府が事あるごとに喧伝する自由と民主主義、基本的人権の尊重といった普遍的価値を沖縄にも適用せよ-とごく当然の要求をしたものだ。
 1966年の国連人権規約第1条は「すべての人民は自決の権利を有する」とうたう。沖縄県民にも沖縄の未来を自ら決める自己決定権があると理解できる。2014.3.23
②島ぐるみ会議に名を連ねる人々は、在日米軍専用施設の約74%が沖縄に集中する現状を「社会的正義にもとる軍事植民地状態」と認識し、県民の生存権が脅かされている状況を「経済的、社会的および文化的発展の自由を否定する構造的差別」だと主張する。2014.3.23

・集団的自衛権とは、自国が攻撃されていなくても同盟国などが攻撃されている時に反撃する権利を指す。日本が海外で米国の戦争に巻き込まれるだけでなく、米艦隊を護衛しただけで日本の国土が攻撃される可能性も指摘される。2014.5.4

・①平和学者の第一人者であるヨハン・ガルトゥング氏は、単に戦争がない状態を、「消極的平和」と規定する。人々や社会の安全を脅かす抑圧や差別などの不正義を「構造的暴力」と称し、それがない状態を「積極的平和」と呼ぶ。同氏は、基地の過重負担を強いられる沖縄について「構造的暴力の下に置かれている」と指摘した。移設工事の強行はまさに「構造的暴力」だ。それを実行する安倍首相が「積極的平和主義」と称するとは、盗作そのものだ。
②環境省の有識者会議は日本の排他的経済水域(EEZ)内で生物学や生態学の観点から重要な場所を「重要海域」に選定した。辺野古沖も含まれる。この海を埋め立てるのは海の生物多様性を保全する国際的な流れにも逆行する。この国が真の民主主義国なら工事を即座に中断し、辺野古移設を断念するほか道はない。2014.7.3

・何も絶望することはない。民主主義と人道に照らせば、理は沖縄にある。沖縄が一つになって意思表示すれば、世界最強の米軍でさえ土地の買い上げを撤回した。「島ぐるみ」の効果は歴史で実証済みなのだ。差別を受けてもいいという人は世の中にいない。だから人としての尊厳ある扱いを求める沖縄の意思は不可逆的である。辺野古移設強行はそんな差別の象徴だ。理不尽な扱いの代償の重さを、日米両政府に思い知らせよう。2014.7.29

・海上保安庁の馬乗りは、現在の安倍政権と沖縄県の関係を象徴しているようにも見える。翁長雄志知事を先頭に辺野古移設反対を訴える沖縄の民意を、安倍政権は馬乗りのように力ずくでねじ伏せようとしている。もはや法治国家ではない。恐怖政治がまかり通る「一党独裁国家」のようではないか。2015.1025

・「沖縄のことは沖縄が決める」。われわれは地方自治の原則に根差した知事の決断を強く支持する。2015.3.24

・いったい今はいつの時代なのか。歴然と民意を踏みにじり恬として恥じぬ政府の姿は、中世の専制国家もかくや、と思わせる。まして民主主義の国とは到底思えない。もっと根源的にいえば、この政府が人権意識をかけらでも持っているか疑わしい。2015.3.31

・①「キャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される」
 就任以来要約実現した管義偉官房長官との会談で、翁長雄志知事が言い放った。かって米国の軍事植民地に置かれた沖縄に君臨したキャライウェイは「(沖縄住民の)自治は神話でしかなく、存在しないものだ」と語り、強権を振るった、翁長知事はキャラウェイに重ねて安倍政権を批判した。沖縄の戦後史の中で、これほど強い言葉はないだろう。
 名護市長選、知事選、衆院選で示された辺野古移設反対の民意が存在しなかったのように振る舞うことは「自治は神話」で日本は独裁国家と言うに等しい。
②辺野古移設を「唯一の解決策」と言い張ることは、県外に移設先を求めない日本政府の怠慢でしかない。
③知事は普天間飛行場が沖縄戦の最中に住民から土地を奪って建設された史実を語った。戦争中に民間地の奪取を禁じるハーグ陸戦条約に違反する行為であり、日本が降伏した時に、返されるべき施設である。それを70年もの長きにわたって占拠し続ける米国の異常さを認識すべきである。
代替の新基地を求めること自体もっての外だ。日本政府が米国の不当行為に加担して、普天間の危険性除去のために沖縄が負担しろというのは、知事が主張するように「日本の政治の堕落」でしかない。2015.4.6

・県民は、「沖縄の尊厳」に裏打ちされた基地の島からの脱却、沖縄のことは沖縄が決める「自己決定権」の獲得という二つの決意を日々、強めている。2015.5.18

・嘉手納基地でも3次にわたり爆音訴訟があり、1次、2次では一審と控訴審でそれぞれ賠償が命じられた。1県だけで爆音をめぐる国への賠償命令が7回も下ったのだ。こんな県がどこにあるか。
 裁判所が賠償を命じるというのは、沖縄の現状が合法の範囲を逸脱すると認めたに等しい。賠償命令が繰り返され、一向に改善されないなら、違法は常態化するということになる。
 では、違法状態の原因者である米軍基地を国が撤去しようとせず、違法な飛行を止めようともしない沖縄は、国が違法状態の永続を住民に強制しているということだ。一地域に永続的違法を強制する国が、法治国家と言えるのか。2015.6.12

・沖縄戦体験者の4割は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症、または発症の可能性があるという。阪神大震災経験者の倍だ。専門家は「沖縄戦と今が地続きだからだ。米国の存在が日常の沖縄では米軍による事件事故のたびに心の傷口が開く」と分析する。その傷口に塩を塗り込むように、政府は新たな基地の建設を辺野古で強行している。沖縄の民意がどうであろうと沖縄を基地として差し出す、という構図だ。犠牲を強いる点で、沖縄戦の構図と何が異なるだろう。
 私たちは犠牲強要の再来を断じて許さない。過去に学び、戦争につながる一切を排除せねばならない。疎開船撃沈を報じず、沖縄戦でも戦意高揚を図った新聞の責任も、あらためて肝に命じたい。2015.6.23
 
・米軍跡地の現状回復や補償義務を免除した不平等な日米地位協定の改定が必要だ。それなくして、かって安倍晋三首相が前面に掲げた「戦後レジーム(体制)からの脱却」はあり得ないはずだ。2015.7.1

・公有水面埋立法は環境保全に「十分配慮」することを要件とする。新基地の環境保全措置は、日本政府が示すものの、実際に守るかどうかは米軍次第である。第三者委員会がこの点を踏まえ、「保全策が適正にこじられたとは言い難く、十分とも認めがたい」と指摘したのは納得がいく。
 実はこの点は、基地をめぐる最も本質的な指摘である。米軍の姿勢は、ひとえに日米地協定3条で排他的管理権を米側に認めたことに起因する。日本側が基地の使い方に一切口出しできないという規定だ。ドイツでもイタリアでも米軍は現地の国の法律に従う。日米地位協定は、他国ではあり得ない植民地的規定なのである。これがある以上、どんな対策もほごになりうる。「適正に講じる」ことは不可能なのだ。2015.7.5

・歴史の射程の長さが違う。覚悟が違う。どちらに道理があるかは、火を見るより明らかだ。
①知事は「自分が奪った基地が世界一危険になり、老朽化したからまたお前たち(沖縄)が出せとは、こんな理不尽なことはない」と述べた。沖縄が強いられる理不尽を的確に表したと評していい。
②安全保障についての論点の深さも際立っていた。日米両政府は海兵隊が沖縄に駐留する必要性の根拠として機動性・即応性を挙げるのが常だ。しかし知事は、海兵隊員の移動手段である強襲揚陸艦が佐世保を母港としていることに触れ、揚陸艦と一体ではない沖縄駐留は機動性を欠くと指摘した。
③沖縄に基地が集中する現状では、中国のミサイルわずか1、2発で全軍が壊滅的な被害を受けかねない。知事は、そうした脆弱性に関する米側専門家の見解も紹介した。沖縄への基地偏在の軍事合理性欠如を論理的に指摘したのである。
④知事が言う通り、政府が負担軽減の証とする嘉手納より南の基地返還が実現しても、米軍専用基地の沖縄への集中度は73.8%からたった0.7ポイントしか減らない。もはや県内移設をのませる材料はどこにもないと政府は悟るべきだ。2015.8.14

・沖縄は抜き差しならない重大な局面に入った。
 翁長雄志知事は辺野古新基地建設をめぐり、前知事の埋め立て承認の取り消しに向け手続を始めた。就任後最大の行政権限行使だ。政府が対抗措置を取るのは確実で、法廷闘争に突入する。
 これは単なる基地の問題ではない。沖縄が、ひたすら政府の命ずるままの奴隷のごとき存在なのか、自己決定権と人権持つ存在なのかを決める、尊厳を懸けた闘いなのである。知事はもちろん、われわれ沖縄全体が、近代以来の歴史の分岐点に立っている。2015.9.15

・住民の安全を考えているように装うことはやめるべきだ。新基地は完成まで10年かかるとされる。10年がかりの危険性除去などあり得ない。普天間飛行場を即時閉鎖することが唯一の解決策である。
①行政不服審査法に基づき、知事の取消処分の無効を求めて審査請求する資格は、そもそも防衛局にはない。請求制度は行政機関から「私人」への不利益処分に対する救済が主旨である。「私人」ならば、米軍への提供水域を埋め立てできないからだ。このことからも防衛局に資格がないのは明らかだ。
②また管義偉官房長官は代執行に向けた手続に着手することを決めたことに対し、「外交・防衛上、重大な損害を生じるなど著しく公益を害する」と述べている。
 県民は外交・防衛の犠牲になれと言うに等しい。県民は戦後70年にわたり、米軍基地の重圧に苦しんできた。県民の「重大な損害」は一顧だにせず、過重な基地負担を押しつける姿勢は、知事の言う「政治の堕落」そのものだ。2015.10.28

・①明治の言論人太田朝敷は「琉球処分」後の沖縄は植民地的な「食客」の位置に転落したと嘆いた。安倍政権の沖縄政策は、沖縄を「食客」の位置に固定するもだ。

・ただ米国も当事者であることを忘れてはならない。合意から19年も返還が実現していないのは、移設計画の混迷を見ながら「日本の国内問題」として距離を置いてきた米側の責任も大きい。民意に反した基地建設やそれに基づく安全保障の在り方に対し、日本に再考を促すことこそが世界のリーダーを自任する超大国の最低限の義務であるはずだ。2015.11.11

・民主主義の手続とは最低限、①必要な情報を共有する、②議論し互いの主張を擦り合わせる、③互いに納得できる合意点を見いだす-といった過程が必要だ。
 辺野古埋め立てに当てはめれば、この条件をまるで満たしていない。普天間飛行場の危険性除去という前提は国、県とも一致するが「なぜ辺野古でなければならないのか」という県民の疑問に、国は何一つ答えていない。
 埋め立て承認の取り消しをめぐって、知事は第三者委員会の調査に基づき「違法」と判断し、その根拠を説明した。国は県の判断を無視し、代執行手続記を進めながら「承認取り消し」の執行停止も認めている。矛盾する手続を並行することについて、県から公開質問状が提出されたが、石井国交省は「回答の義務はない」として、議論に応じる姿勢すら見せない。
 議論ができない状態では、当然一致点を探ることも不可能だ。「国家事業に口を挟むな」というのであれば、それは独裁であり「民主国家」ではない。
 「主権在民」「基本的人権の尊重」は民主主義にとって当然のことだ。主権者、とりわけ当事者たる沖縄県民の7割以上辺野古新基地建設に反対する中、法的手続を踏めば国は何をしてもいいわけではあるまい。
 翁長知事は是正指示拒否を表明する記者会見で「国と地方は対等であり、安全保障で地方は黙っておれというのは1人ひとりの人権を無視するものだ。多くの意見を聞きながら進むのが当然で、それが民主主義国である」と述べた。
 知事の言葉を首相らは深く心に刻んでもらいたい。新基地建設を強行すれば日本は「民主主義国家」の看板を下ろさねばなるまい。2015.11.12

・だが知事は、基地が恩恵どころか経済の最大の阻害要因となっている事実を、数字を挙げて証明した。「沖縄振興予算という特別な予算を沖縄は3千億円も他県より余分にもらっている」という認識も「完全な誤り」だと論証した。海兵隊が沖縄になければ機能しないという誤解も過去現在の言葉を引いて見事に論破している。
 これら「基地経済」「財政的恩恵」「抑止力」という思い込みが「神話」にすぎないのは、県内では周知の事実だ。だが全国ではいまだに広く信じられている。知事は代執行訴訟という国民注視の場で訴えることにより、それらの虚構性を全国に発信したのである。 今回の訴訟で沖縄県が、基地の沖縄集中は軍事合理性の面でも合理性を欠くと主張するのに対し、国は「翁長氏は県知事にすぎない」と主張する。「安全保障の判断は知事には無理だ」というわけである。一方で行政不服審査では防衛局は「私人」「一事業者」だと主張している。支離滅裂だ。
 福岡高裁那覇支部はこれらの理非曲直を見据えてほしい。「人権の砦」たえうこの国の司法の公正性を、われわれに信じさせてもらいたい。2015.12.3


by asyagi-df-2014 | 2016-04-04 06:27 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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