沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第44回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告は「埋め立て工事中止」という和解、について。
三上さんは、3月4日の意味を、「埋め立て中止」を、「まずは、現場と共に狂喜乱舞を味わって欲しい」とこう報告する。


「ジュゴンを追いかけて撮影し、アオサンゴを見つけて世に出し、歩くサンゴの特ダネに期待して奔走した私の大浦湾に対する尽きることのない張り詰めた想いは『埋め立て中止』と聞いただけでもう本当に瓦解するほどだ。いつか『白紙撤回』という言葉を勝ち取った時には、そのままあの世に行って先に行ったみんなに報告してしまうかもしれない。ずっとこの問題に向き合ってきた人にとっては、3月4日はそんな日になった。まずは読者のみなさんにも、現場と共に狂喜乱舞を味わって欲しい。」


 三上さんは、続ける。


 「感慨に浸っている私たちに向かって、お願いだから簡単に、訳知り顔に『油断してはいけないよ』『選挙対策だ』『政府はきっと強行する』『ポーズだけで和解をする気なんてない』『これで終わると思ったら大間違いだ』などという言葉をすぐ投げかけないでもらいたい。国の作戦が失敗し、『中止』を含む和解にまで応じさせるほど、私たちは政府を追い込んだのだ。」、と。
 それは、「普天間基地を封鎖しても、ゲート前の道路に身を投げ出しても、何百というブロックを積み上げても、止むことがなかった建設工事。それが、裁判所の和解勧告で、国がそれ応じたことで『止まった』のだ。」、ということなのだと。
 だから、「このコトの大きさがわかるだろうか。夢にまで見た瞬間だ。いや、悲観的な私は夢に見ることさえできなかった。そんなことが起きるのか? 信じられないことに、実際に、本当に、工事は『止まった』。」、ことを「まずはヒイヒイ声を上げて泣くヒロジさんの姿を見て欲しい。」、と。


 三上さんは、今回の報告をさらに続ける。


「週が明けて7日月曜日、国は早々に知事に是正を指示する手続きに入ってしまった。今回和解の中で裁判所は『工事を中止して、本来はオールジャパンで話し合うべきだ』とまで踏み込んでいる。話し合いもなしに、是正の指示という手続きもすっ飛ばして、最も強権的な『行政代執行』という手段で臨んだ国のやり方に対し、裁判所は今回冷ややかな対応を見せた。裁判長は国と地方は対等な関係にあるとした地方自治の精神を尊重し、主に県側の主張を認めて話し合いによる解決を促し、少なくとも一つ前の手続きから国は順序を踏むべきだと示唆している。
 ところが、国は県との協議についてはまだ何も動かないうちから新たな法廷闘争へさっさとコマを進めてみせた。時間を取るつもりはない。次の裁判では勝つし、辺野古計画を考え直す気は毛頭無い、そう宣言した形だ。これでは円満解決に向けて努力するポーズさえ取るつもりはないということだ。知事も弁護団も不快感をあらわにした。やはり『和解』などに応じたのではなく、不利な裁判を闘うより譲歩したように見せて次の裁判で沖縄を叩きのめす。本音はそこなのだろう。
 そうであっても、である。今現在は和解によって『国が知事の権限を奪った措置を取り下げた』ことで沖縄県知事が埋め立てを撤回した、その状態に戻ったのだ。知事がダメだと言っている間、何人たりとも大浦湾のサンゴを潰したりはできないのだ。そう思うだけで、朝から空気はおいしい。」


 「朝から空気はおいしい。」から、また闘える。
 三上さんは、そう言っています。
  最後に、三上さんは、このように語りかけます。


「それにしても『工事中止』には本来、いっさいの関連工事も当然含まれているのだから、工事は一切やめて欲しい。そしてもう埋め立ては中止になっているのだから、埋め立てに向けて海に投入した人工物はすべて引き上げてもらう。アンカーブロックもオイルフェンスもオレンジ色のウキも、すべて海に負荷がかかっている。一刻も早く撤去して欲しい。その声を上げ続けるためにも、海と陸の監視行動は休めない。
 前半、私が喜び過ぎたから、三上さんがあんなに喜んでたからもう応援に行かなくて良いのかしら? と勘違いしないで欲しい。今こそ、みなさんの力が必要です。知事が認めていない工事ですよ! と大手を振って監視し、春に向かって輝きを増す大浦湾を満喫し、結束を固めて次に備える絶好の時期だ。安心して遊びに来て欲しい。そして連帯行動に、激励に現場に来て大いに賑やかして帰って欲しい。これから沖縄は一番美しい時期を迎えるのだから。」


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 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第44回の引用。






第44回「埋め立て工事中止」という和解



「沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設先とされている名護市辺野古沖の埋め立て承認を巡り、国が沖縄県を訴えた裁判は、埋め立て工事を中止して双方が協議するなどとする裁判所の和解案を国と県がいずれも受け入れ、和解が成立しました。」
―3月4日NHK昼ニュース

 3月4日の昼過ぎ、キャンプ・シュワブのゲート前に予想もしていなかった大ニュースが飛び込んできた。「埋め立て工事を中止して双方が協議」。「和解が成立」。ニュースの字面を見るだけでもクラクラする。「中断」でも「一時停止」でもなく、裁判所が和解勧告に盛り込んだ文言は「中止」なのだ。私は混乱した。よく考えてみる。「中止」は「止める」という意味だ。遠足“延期”、はいつか行くけど遠足“中止”、は二度と行かない。中止という言葉を、辺野古基地建設に関してこの耳で聞く日が来るとは、まさに青天の霹靂だった。

 海上で本格的な作業に入った2004年から数えても、12年間、惜しげもなく巨額の税金を投じて進められてきた辺野古基地建設の日々。身体を張り、声を枯らして、止めても止めても入っていくトラック。海に落とされるブロック。市民投票も衆院選も、市長選挙も県知事選挙も、どんなに反対の民意を示しても止まらなかった工事。何度も何度も怒りの拳を挙げた県民大会、いずれも無視して進められてきた工事。普天間基地を封鎖しても、ゲート前の道路に身を投げ出しても、何百というブロックを積み上げても、止むことがなかった建設工事。それが、裁判所の和解勧告で、国がそれ応じたことで「止まった」のだ。

 このコトの大きさがわかるだろうか。夢にまで見た瞬間だ。いや、悲観的な私は夢に見ることさえできなかった。そんなことが起きるのか? 信じられないことに、実際に、本当に、工事は「止まった」。

 まずはヒイヒイ声を上げて泣くヒロジさんの姿を見て欲しい。私だって現場で大空に手を挙げて泣き崩れたかった。この辺野古の大地での、地を這うような抵抗の日々がなかったら、たどり着けなかった地平に今私たちはいる。この瞬間を夢見て現場を去っていったおじい、おばあ! 見ていますか? 止めましたよ! とりあえず、明日から工事しないんですよ! 海保はもう私たちを羽交い締めにしないし、警察にも笑って挨拶できるんですよ! もう強行はしないんですって! 少なくとも当分は!

 島の未来のために必死で基地建設を止めようとしてきたたくさんの方々の顔が走馬燈のように浮かぶ。移設先が辺野古と決まり、この海が暗雲に覆われていった1997年から19年、取材当初からずっとこのことで心が晴れたことがなかった。19年分の涙が、溢れて止まらない。思いもよらなかった「中止」という言葉の約束する世界は、まさに悲願の、誰にもこの海を奪われない解放と平穏。その先に、守り抜いた青い海が広がっている光景である。

 感慨に浸っている私たちに向かって、お願いだから簡単に、訳知り顔に「油断してはいけないよ」「選挙対策だ」「政府はきっと強行する」「ポーズだけで和解をする気なんてない」「これで終わると思ったら大間違いだ」などという言葉をすぐ投げかけないでもらいたい。国の作戦が失敗し、「中止」を含む和解にまで応じさせるほど、私たちは政府を追い込んだのだ。
 本土メディアどころか県内メディアもほとんど辺野古の抵抗を取り上げなかった時期もあった。それでも地道にずっとずっと抵抗してきたあの日々があったから、オール沖縄の闘いまで発展して国の横暴を止めさせているのだ。そんな力を沖縄県民とそれを支える全国のみなさんが持ち得たのだということをまずは祝福したい。嚙み締めたい。みんなと乾杯したい。ハグしたい。私が会社を辞めてまで止めたかったこと。アナウンサー人生もなげうってでも絶対に守らなければいけないと覚悟したこと。それはこの埋め立てなのだから。
 ジュゴンを追いかけて撮影し、アオサンゴを見つけて世に出し、歩くサンゴの特ダネに期待して奔走した私の大浦湾に対する尽きることのない張り詰めた想いは「埋め立て中止」と聞いただけでもう本当に瓦解するほどだ。いつか「白紙撤回」という言葉を勝ち取った時には、そのままあの世に行って先に行ったみんなに報告してしまうかもしれない。ずっとこの問題に向き合ってきた人にとっては、3月4日はそんな日になった。まずは読者のみなさんにも、現場と共に狂喜乱舞を味わって欲しい。

 その前に説明をしなければならないのだが、この日は「サンシンの日」といって沖縄を代表する弦楽器「三線」を、島中で同じ時間に響かせるという県民にとって大事なイベントの日であった。去年はゲート前のテントの撤去を迫られる中、サンシンを弾いて抵抗した。今年は、朝、工事車両がやってきて機動隊が排除にかかる7時前に照準を合わせて、サンシンの名手35人が楽器を手に集まった。曲はめでたい席にまず座開きで奏でる「かぎやで風」と決まっている。難しい曲だが、厳かで心が改まる名調子だ。踊り手も15人、簡単に衣装をまとってスタンバイした。

 本来は、毎年この日の正午から時報に合わせて同時に、県内各地で心を一つにして同じ曲を一斉に奏でるというイベントだ。でもゲート前の行動は朝が本番だから、早朝から音楽に心を合わせて平和な沖縄の未来を心に描こうじゃないかとみんな暗いうちから準備万端集まったのだった。その前日「明日のサンシンの日はここで一大文化イベントをやろう。警察も工事業者も県民ならその時間はみんなで輪になって歌と踊りで心を一つに楽しもうではないか」と呼びかけていた。沖縄らしい抵抗の形だ。しかし、そうはならなかった。

 準備した歌と踊りを最後まで披露する間もなく、機動隊が投入された。排除が始まっても表情を変えずに踊り続ける人。サンシンを放さず歌い続ける人。騒然とする中でも調子を崩さずに歌が響いていることに、沖縄の芸の凄みをみた。中城村議会の議員でもある新垣徳正さんは、この日はあくまで歌で抵抗しようと試みた。文化イベントをむちゃくちゃに、道路に身を投げ出して抵抗する人々の間を縫って、震える声で歌い続けていた。

 「涙が出て、思うように歌えませんでした。本来はサンシンは、闘いの場に持ち込むようなそういう楽器じゃないですから」。悔しそうにそう言って、琉球音楽の始祖とされる赤犬子(あかいんこ)が三線を作って音楽を奏でて歩いた伝説の話をしてくれた。建設現場に楽器。なにもふざけているわけではなく、それぞれに思いがあって楽器や衣装を厳しい場面に持ち込んだ参加者たち。人々の思いもおかまいなしで、その上に襲いかかる国家権力の情け容赦ない振る舞いに胸が塞がる。

 しかし、実はこの瞬間まで警察も防衛局も、もちろんアルソックの警備員も海の上の保安庁も、いつものように工事を進めるとだけと思っていたことはこの映像からもわかるだろう。それが急転直下、国が興味も示していなかった和解案に同意するという一報が入ったのだ。この日は朝から演奏して歌って泣いて排除され、昼までに何回戦も衝突を終えてみんなぐったりしていた。そこに、「中止して話し合う」という新たな決定が持ち込まれたのだ。本当になんという一日だろう。沖縄県警もぽかんとしていたという。もしもこの決定が一日早かったら、三線の日は朝から大演芸大会になっていただろうに。警察も無粋なことをしないですんだろうに、残念だ。

 週が明けて7日月曜日、国は早々に知事に是正を指示する手続きに入ってしまった。今回和解の中で裁判所は「工事を中止して、本来はオールジャパンで話し合うべきだ」とまで踏み込んでいる。話し合いもなしに、是正の指示という手続きもすっ飛ばして、最も強権的な「行政代執行」という手段で臨んだ国のやり方に対し、裁判所は今回冷ややかな対応を見せた。裁判長は国と地方は対等な関係にあるとした地方自治の精神を尊重し、主に県側の主張を認めて話し合いによる解決を促し、少なくとも一つ前の手続きから国は順序を踏むべきだと示唆している。
 ところが、国は県との協議についてはまだ何も動かないうちから新たな法廷闘争へさっさとコマを進めてみせた。時間を取るつもりはない。次の裁判では勝つし、辺野古計画を考え直す気は毛頭無い、そう宣言した形だ。これでは円満解決に向けて努力するポーズさえ取るつもりはないということだ。知事も弁護団も不快感をあらわにした。やはり「和解」などに応じたのではなく、不利な裁判を闘うより譲歩したように見せて次の裁判で沖縄を叩きのめす。本音はそこなのだろう。

 そうであっても、である。今現在は和解によって「国が知事の権限を奪った措置を取り下げた」ことで沖縄県知事が埋め立てを撤回した、その状態に戻ったのだ。知事がダメだと言っている間、何人たりとも大浦湾のサンゴを潰したりはできないのだ。そう思うだけで、朝から空気はおいしい。
 やがてまた、「沖縄県知事が違法なのであって、国は好きに埋めて良いのだ」という結論が新たな裁判で導き出されてくるのかも知れないが、それまで最低でも半年はおいしい空気が吸える。当然のことながら、埋め立てはしなくても陸上の工事を姑息に進めることを前提に警戒は緩めない。毎日のゲート前行動も継続するし海の監視も継続、これまで通りである。抵抗運動が激しくブロックの搬入が難しいとみた政府は、基地内に生コンのプラントを作って中でコンクリート製造を開始しようとしている。それも警戒しなくてはならない。

 それにしても「工事中止」には本来、いっさいの関連工事も当然含まれているのだから、工事は一切やめて欲しい。そしてもう埋め立ては中止になっているのだから、埋め立てに向けて海に投入した人工物はすべて引き上げてもらう。アンカーブロックもオイルフェンスもオレンジ色のウキも、すべて海に負荷がかかっている。一刻も早く撤去して欲しい。その声を上げ続けるためにも、海と陸の監視行動は休めない。

 前半、私が喜び過ぎたから、三上さんがあんなに喜んでたからもう応援に行かなくて良いのかしら? と勘違いしないで欲しい。今こそ、みなさんの力が必要です。知事が認めていない工事ですよ! と大手を振って監視し、春に向かって輝きを増す大浦湾を満喫し、結束を固めて次に備える絶好の時期だ。安心して遊びに来て欲しい。そして連帯行動に、激励に現場に来て大いに賑やかして帰って欲しい。これから沖縄は一番美しい時期を迎えるのだから。



三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。


by asyagi-df-2014 | 2016-03-10 18:09 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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