大分合同新聞の「ルポ・福島はいま」を読む。

 大分合同新聞(以下、合同とする)は2016年3月2日、「廃棄物の袋並ぶ田畑 ルポ・福島はいま 東日本大震災5年」、と一面トップの大見出しで特集を組んだ。
あわせて、同日、「放射能汚染風向き次第 最短45キロの大分 『楽観はできない』」、と伝えた。
 まず、合同は、この特集の意味を、次のように位置づける。


「東日本大震災は11日で発生から5年になる。福島県では東京電力福島第1原発事故が重なり、今も約10万人が避難生活を余儀なくされるなど『当たり前の暮らしを奪われている』(内堀雅雄知事)。古里を突然追われた住民は家族やコミュニティーの分断を経験し、被ばくの不安を抱えながら将来帰還するかどうかの選択を迫られるなど、苦悩の中にいる。影響が原発30キロ圏外にも及んでいる重い現実は、再稼働の動きが進む四国電力伊方原発(愛媛県)が対岸にある大分県にとって人ごとではない。」


 つまり、東京電力福島第1原発事故の引き起こした問題を自らの問題として、あらためて捉え直す必要があると指摘する。

合同は、福島県飯舘村の今を、次のように伝える。


(1)福島県飯舘(いいたて)村。福島第1原発の北西30~50キロ弱に位置し、2011年3月の事故前は約1700世帯・6100人が暮らしていた。だが、村は事故時に風下になり、放射性物質を含む雲状のプルームが飛来して放射線量が急上昇。翌4月に村全域が計画的避難区域に指定され、全村避難が続く。
(2)避難区域は12年7月、年間の積算線量に応じて(1)帰還困難区域(2)居住制限区域(3)避難指示解除準備区域―に再編された。(2)と(3)は一時帰宅などが可能だが、(1)は高線量のため立ち入りができない。
(3)帰還困難区域の長泥地区へ続く道にはバリケードが設置され、「通行止め」の看板が立っていた。持参した測定器で付近の空間放射線量を測ると、毎時2・54マイクロシーベルト。一般の人の年間追加線量は国の基準で1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルトに相当)が上限だが、その11倍の値を示した。
(4)「あの時季、風はほとんど内陸から海へと吹くはずだったのに、偶然こちらに吹いた。そこに雪が降り、放射性物質が落ちてきた」。菅野典雄村長(69)は、そう振り返る。
(5)村は帰還困難区域を除くエリアでの来年春の避難指示解除をにらみ、福島市飯野町に移している役場機能を7月、村に戻す。村内では現在、公民館や太陽光発電施設などの建設も進む。村外に移転している幼稚園や小中学校は、来年4月に村内で再開させる方針だ。
(6)「帰還に向けた一丁目一番地は除染」と菅野村長。帰還困難区域を除く宅地の除染はほぼ終了、田畑は16年度に終える見込み。ただ、村面積の75%を占める森林の除染は困難。多くの民家は裏手に屋敷林があり、「自宅の裏は線量が高くなる」(地元住民)という。


 この上で、合同は、「この先、村民は帰るのか。」、と問いかける。
 合同は、この問いに関して、こう報告する。


「村民アンケートでは、すぐに帰還を希望するのは十数%にとどまる。高齢者に『愛着のある土地に戻りたい』と帰村志向がある一方、子育て世代からは『戻れない』『学校の再開は早すぎる』と反発も。村議の一人は『安心できる放射線量ではない。セシウム137(放射性物質)の半減期は30年。なぜ行政は帰還を急ぐのか』と訴える。」

「菅野村長は言う。
 『放射線、帰還などに対する考え方は百人百様。事故は、いろんな意味で『分断の連続』を生んでいる』」


 合同は、「国は福島事故の後、各地の原発から30キロ圏内を事故対策の重点区域に設定した。伊方原発から最短45キロにある大分県は対象外」であるにもかかわらず、「大分県にとって人ごとではない」という自らの指摘の意味を、菅野典雄飯舘村村長の「一律同心円の線引きは、被害の有無には関係ない」との明言をもって説明する。
 だから、合同は同日、「放射能汚染風向き次第 最短45キロの大分 『楽観はできない』」、と主張した。
 合同は、次のように指摘する。


(1)原子力規制庁が2012年12月に公表したシミュレーション結果では、伊方原発で東京電力福島第1原発と同規模の事故が起きた場合、住民の避難が必要となる線量(1週間で100ミリシーベルト)の放射性物質の拡散は原発の南南西21・9キロにとどまり、大分県には及ばないとされている。」
(2)大分県はこの結果について「実際の気象条件に沿っており、信頼性が高い」と判断。県内で避難計画の策定は必要ないとする根拠の一つになっている。
(3)規制庁は「あくまで防災対策上の参考としての試算。地形を考慮していないなど、中身の信頼性については限界がある。気象条件は1年間の平均的なものを踏まえており、季節によって変わる可能性がある。実際は、事故の規模や当日の気象条件に左右される」とくぎを刺す。
(4)「防災対策の重点区域は30キロ圏だが、福島の事故では圏外でも線量が高かった地域があることを踏まえると、試算で拡散の範囲外になっているからといって100%楽観できるものではない」と説明。「30キロ圏外でも屋内退避が必要になる場合がある。万が一のために、最悪のときにどうあるべきかを考えて防災対策を考えるのが重要だ」としている。


 確かに、合同の主張する「原発事故を楽観視してはいけない」、当然のことである。


以下、大分合同新聞の引用。







大分合同新聞-廃棄物の袋並ぶ田畑 ルポ・福島はいま 東日本大震災5年 -2016年3月2日


 日本大震災は11日で発生から5年になる。福島県では東京電力福島第1原発事故が重なり、今も約10万人が避難生活を余儀なくされるなど「当たり前の暮らしを奪われている」(内堀雅雄知事)。古里を突然追われた住民は家族やコミュニティーの分断を経験し、被ばくの不安を抱えながら将来帰還するかどうかの選択を迫られるなど、苦悩の中にいる。影響が原発30キロ圏外にも及んでいる重い現実は、再稼働の動きが進む四国電力伊方原発(愛媛県)が対岸にある大分県にとって人ごとではない。

 2月中旬。のどかな農村地帯を車で走ると、あちこちの田畑に黒いフレコンバッグが並んでいた。除染作業で出た土などの汚染廃棄物を保管する大型の袋だ。
 福島県飯舘(いいたて)村。福島第1原発の北西30~50キロ弱に位置し、2011年3月の事故前は約1700世帯・6100人が暮らしていた。だが、村は事故時に風下になり、放射性物質を含む雲状のプルームが飛来して放射線量が急上昇。翌4月に村全域が計画的避難区域に指定され、全村避難が続く。
 避難区域は12年7月、年間の積算線量に応じて(1)帰還困難区域(2)居住制限区域(3)避難指示解除準備区域―に再編された。(2)と(3)は一時帰宅などが可能だが、(1)は高線量のため立ち入りができない。
 帰還困難区域の長泥地区へ続く道にはバリケードが設置され、「通行止め」の看板が立っていた。持参した測定器で付近の空間放射線量を測ると、毎時2・54マイクロシーベルト。一般の人の年間追加線量は国の基準で1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルトに相当)が上限だが、その11倍の値を示した。

 「あの時季、風はほとんど内陸から海へと吹くはずだったのに、偶然こちらに吹いた。そこに雪が降り、放射性物質が落ちてきた」
 菅野典雄村長(69)は、そう振り返る。
 国は福島事故の後、各地の原発から30キロ圏内を事故対策の重点区域に設定した。伊方原発から最短45キロにある大分県は対象外だが、菅野村長は「一律同心円の線引きは、被害の有無には関係ない」と明言する。
 村は帰還困難区域を除くエリアでの来年春の避難指示解除をにらみ、福島市飯野町に移している役場機能を7月、村に戻す。村内では現在、公民館や太陽光発電施設などの建設も進む。村外に移転している幼稚園や小中学校は、来年4月に村内で再開させる方針だ。
 「帰還に向けた一丁目一番地は除染」と菅野村長。帰還困難区域を除く宅地の除染はほぼ終了、田畑は16年度に終える見込み。ただ、村面積の75%を占める森林の除染は困難。多くの民家は裏手に屋敷林があり、「自宅の裏は線量が高くなる」(地元住民)という。

 この先、村民は帰るのか。
 村民アンケートでは、すぐに帰還を希望するのは十数%にとどまる。高齢者に「愛着のある土地に戻りたい」と帰村志向がある一方、子育て世代からは「戻れない」「学校の再開は早すぎる」と反発も。村議の一人は「安心できる放射線量ではない。セシウム137(放射性物質)の半減期は30年。なぜ行政は帰還を急ぐのか」と訴える。
 菅野村長は言う。
 「放射線、帰還などに対する考え方は百人百様。事故は、いろんな意味で『分断の連続』を生んでいる」


大分合同新聞-放射能汚染風向き次第 最短45キロの大分 「楽観はできない」-2016年3月2日


 再稼働に向けた手続きが進む四国電力伊方原発(愛媛県伊方町)で、重大事故が起きて放射性物質が漏れ出した場合、豊後水道を挟んで最短45キロの大分県が汚染される可能性はどのくらいあるのか。
 放射性物質が雲状の固まりになった「プルーム」は、原発から風下へ向かう。つまり、事故時の風向きをはじめとした気象条件が鍵を握る。福島県飯舘(いいたて)村のケースのように雨や雪が降れば、放射性物質が地上に落ちやすい。
 気象庁の統計では、伊方原発周辺は年間を通じて南または北に向かって吹く風が多く、大分方向は少ない。
 原子力規制庁が2012年12月に公表したシミュレーション結果では、伊方原発で東京電力福島第1原発と同規模の事故が起きた場合、住民の避難が必要となる線量(1週間で100ミリシーベルト)の放射性物質の拡散は原発の南南西21・9キロにとどまり、大分県には及ばないとされている。
 大分県はこの結果について「実際の気象条件に沿っており、信頼性が高い」と判断。県内で避難計画の策定は必要ないとする根拠の一つになっている。
 これに対し、規制庁は「あくまで防災対策上の参考としての試算。地形を考慮していないなど、中身の信頼性については限界がある。気象条件は1年間の平均的なものを踏まえており、季節によって変わる可能性がある。実際は、事故の規模や当日の気象条件に左右される」とくぎを刺す。
 さらに「防災対策の重点区域は30キロ圏だが、福島の事故では圏外でも線量が高かった地域があることを踏まえると、試算で拡散の範囲外になっているからといって100%楽観できるものではない」と説明。「30キロ圏外でも屋内退避が必要になる場合がある。万が一のために、最悪のときにどうあるべきかを考えて防災対策を考えるのが重要だ」としている。


by asyagi-df-2014 | 2016-03-07 05:45 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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