大分合同新聞特集「沖縄の叫び 日出生台の今 米軍訓練2016」から(2)(特集④⑤)

 大分合同新聞(以下、合同とする)は、「15日から大分県の陸上自衛隊日出生台演習場で11回目となる米軍の実弾砲撃訓練が始まる。19年前、県と湯布院、玖珠、九重の地元3町(当時)は沖縄の負担軽減を目的に苦渋の選択を強いられ、訓練を受け入れた。当時の目的は果たされているのか。地元3町などが要望していた将来に向けた訓練の縮小・廃止は進んでいるのか。米軍問題に翻弄(ほんろう)される沖縄、大分の現場を取材した。」、と特集を始めた。
  合同は、この特集で、(1)沖縄の負担軽減を目的に苦渋の選択を強いられ、訓練を受け入れた。当時の目的は果たされているのか、(2)地元3町などが要望していた将来に向けた訓練の縮小・廃止は進んでいるのか、という問いを設定した。
 今回は、特集(④⑤)から、この問い(2)についての報告。
 反対し続けることの辛さは生半端なものではない。
 (2)の答えを求めるために、「慣れとの闘い」が必要となっていると、合同は伝えるのである。
 残念ながら、虐げられ、圧迫を受けるの者の方が、自らの生活を通して、その間違い(人権侵害)を証明しなければならという構図がやはりここでも造られてしまっている。
 だから、虐げ、圧迫する者たちは、自らの利益のために既成事実を積み重ね、冷静に平気で次の手を打ってくる。まさに、米軍が「地元説明会」を拒否する段取りもこれにあたるのである。
闘い続ける人たちの声を、合同は、拾う。


「最近はこの時季だけしか話題にならない」

「寂しくなったもんですよ。将来は集落として成り立たなくなる」

「米兵を見かけることはほとんどなく、町民の多くは米軍による訓練という実感がないのでは。陸自玖珠駐屯地と共存共栄の面もある。防衛、安全保障にはさまざまな考えがあり、議会としても反対、賛成を明確に打ち出せない」


 合同は、(2)の答えとして、「“地元”置き去り」との結論で報告を終わる。
 「痛みにあえぐ“地元”をよそに、今年も砲撃音が鳴り響く。」、と。 
 それは、畜産業衛藤洋次さんや「ローカルネット大分・日出生台」の浦田龍次事務局長たちの怒りと、それでも不退転の意志を示す次の声たちでもある。


「なぜ開かないのか。地元を軽視しているのか」

「住民はただでさえ不安に思っている。分かっているのか」

「回を重ね、外出日程も非公表となった。少しずつ情報開示が後退している。このままでは訓練の中身が見えなくなる」

「訓練自体も大きく変わった。明らかに拡大している」

「僕は日出生に生まれ、日出生で生きてきた。水も空気も素晴らしく、住んでいる人の心も純粋。そんな大好きな大地で戦争につながる訓練をするのは許せない。無駄な抵抗かもしれない。ただ、いつの日か廃止されると信じて、死ぬまで反対運動を続ける」


 最後に、合同のこの特集に、この問題を自分たちの問題として捉えようとする意志を感じることができた。これからも、沖縄を大分を、追い続けて欲しい。できたら、沖縄タイムスや琉球新報のように。

 ただ、やはり、次の押さえが必要であると考えています。
 大分県の日出生台への米軍演習の移転が、大分県における「沖縄基地問題」の原点と理解することだけでは、正しい沖縄問題の理解に繋がるのか、沖縄問題の解決を実現させることになるのか。
 やはり、これまでの歴史を見た時、大きな疑問を持たざるを得ません。
 何故なら、新崎盛暉の次の視点を日本人が自らのものにしない限り、「構造的沖縄差別」を解決することはできない、と考えるからです。


「象徴天皇制、日本の非武装化、沖縄の(分離)軍事支配は、占領政策の上で、三位一体の関係になったのである。
 構造的沖縄差別の上に成り立つ対米従属的日米関係は、ここから始まる。一九四七年の、『沖縄を二五年ないし五〇年、米軍統治に委ねることに異存はない』といういわゆる天皇メッセージや、講和後も米軍の駐留を希望するという天皇のGHQへの積極的働きかけなどは、天皇がこの仕組みの中で自らに与えられた役割を果たしたものといえるだろう。
 日本の非武装化は、日本国憲法にも明記され、それは平和憲法と呼ばれるようになった。
平和憲法は、沖縄を除外することによって成立した。」
 

「構造的沖縄差別」の解決のために、私たち一人一人が何ができるかを考えることが、緊急な課題として、私たちに必要だと考えます。


 以下、大分合同新聞の引用。







大分合同新聞-慣れとの戦い 沖縄の叫び 日出生台の今 米軍訓練2016④-2016年2月12日


 陸上自衛隊日出生台演習場で11回目となる米軍実弾砲撃訓練を間近に控えた7日、九重町の河川敷では九州各地から200人以上が集まり、反対の声を上げていた。「訓練の廃止を求め、全力を尽くす」。高らかに読み上げられる集会決議案。拍手が湧く会場で玖珠町小野原から駆け付けた畜産業衛藤洋次さん(56)の表情はどこか寂しげだった。「最近はこの時季だけしか話題にならない」

 衛藤さんの住む日出生南部地区は玖珠町北東部にある畜産、農業を主産業としたのどかな中山間地だ。演習場に接し、他地域と同様に過疎、高齢化は進む。米軍訓練に伴う住宅移転補償措置は地区の衰退に拍車を掛け、農地や空き地に埋め込まれた赤い標柱が目立つ。「防衛省」と書かれ、国が買い取った土地であることを示す。この15年で住民は78世帯197人から53世帯152人へと減った。
 「寂しくなったもんですよ。将来は集落として成り立たなくなる」と衛藤栄一同地区自治委員長(67)はため息をついた。「訓練の縮小、廃止を求めてきたが、みんな年齢を重ねた。これまで大きな事故は起きておらず、慣れが生じ、訓練は仕方ないといったあきらめの声さえ聞く」
 1997年、当時の県知事らが米軍訓練の受け入れを表明した際、町ぐるみで反対していた様子は大きく変わった。演習場から離れた町中心部では「反対」の声はほとんど聞こえない。
 町議会基地対策特別委員会の繁田弘司委員長(68)は「米兵を見かけることはほとんどなく、町民の多くは米軍による訓練という実感がないのでは。陸自玖珠駐屯地と共存共栄の面もある。防衛、安全保障にはさまざまな考えがあり、議会としても反対、賛成を明確に打ち出せない」と説明した。
 訓練を実施する米海兵隊の本隊約60人が沖縄から日出生台に到着した9日午後、衛藤洋次さんは演習場ゲート前にいた。拳を突き上げ、「米軍は帰れ」とシュプレヒコールを上げた。
 「僕は日出生に生まれ、日出生で生きてきた。水も空気も素晴らしく、住んでいる人の心も純粋。そんな大好きな大地で戦争につながる訓練をするのは許せない。無駄な抵抗かもしれない。ただ、いつの日か廃止されると信じて、死ぬまで反対運動を続ける」


大分合同新聞-“地元”置き去り 沖縄の叫び 日出生台の今 米軍訓練2016⑤-2016年2月13日


 「なぜ開かないのか。地元を軽視しているのか」。陸上自衛隊日出生台演習場で米軍訓練の監視活動を続ける「ローカルネット大分・日出生台」の浦田龍次事務局長(52)は不快感をあらわにした。11回目となる実弾砲撃演習を目前に控えた9日、米軍が地元説明会を開催しないと通告したためだ。
 予感はあった。9回目訓練まで必ず開催していた説明会は、昨年の10回目に初めて実施されなかった。2年連続での説明見送り。「住民はただでさえ不安に思っている。分かっているのか」
 これだけではない。前回、米軍は演習場事前調査の日程も初めて非公表とした。訓練公開対象から報道機関を除外した。「回を重ね、外出日程も非公表となった。少しずつ情報開示が後退している。このままでは訓練の中身が見えなくなる」。浦田さんは心配する。
 「訓練自体も大きく変わった。明らかに拡大している」と指摘するのは県平和運動センターの河野泰博事務局長。初回はなかった機関銃や小銃を使用した訓練、照明弾の使用といった新しい事態が加わってきた。砲撃数は前回、約1100発。過去最多だった9回目の約720発を大きく上回った。地元自治体が九州防衛局との覚書を通じ、米軍に要請していた午後8時までの砲撃終了は、訓練初日に破られた。
 沖縄では毎年していなかった夜間砲撃も日出生台では当たり前になっている。「訓練優先ということだ。特定秘密保護法、集団的自衛権を容認する戦争法が成立し、米軍と自衛隊の一体化が進んでいる。この演習場を舞台に、何か生臭さを感じざるを得ない」
 こうした地元の懸念を踏まえ、12日に九重町役場で記者団の質問に応じた訓練指揮官のニール・オーウェンズ大隊長。「訓練はわれわれにとって重要なものであり、日米安全保障条約に基づく義務を遂行する意味でも必要。適切な手続きの下で実施し、所用の目的を達成したい」。防衛局職員の合図で、質疑応答は約15分間で打ち切られた。
 米兵による少女暴行事件をきっかけに、沖縄の基地負担軽減を目指した日米間の「SACO合意」から12月で20年を迎える。痛みにあえぐ“地元”をよそに、今年も砲撃音が鳴り響く。 


by asyagi-df-2014 | 2016-02-15 06:15 | 米軍再編 | Comments(0)

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