沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第38回

 沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。

三上知恵の沖縄撮影日記
 
 今回の報告は、SEALDs琉球の「ぼくたちはまだ民主主義を手放してはいない」との若者の実践について。

 その姿を、このように映します。


 今回の映像は彼らの本領発揮、始動の記録である。辺野古の埋め立てを止める最後のチャンスと注目される宜野湾市長選挙。現職の市長が通れば「オール沖縄」が崩れたと政府はなりふり構わず強硬姿勢で来るだろう。1月24日投開票のこの市長選を、絶対に負けられない闘いと位置づけたSEALDs琉球のメンバーは、辺野古移設による普天間問題の解決に反対する新人候補の応援に立った。

普天間  要らない
辺野古も 要らない

僕らの未来に 基地は要らない
僕らの未来に 基地は要らない

言うこと聞かせる番だ 宜野湾が
言うこと聞かせる番だ 宜野湾が
言うこと聞かせる番だ 沖縄が!


 その中の若き女性のひとりのゲ-ト前での行動を、映します。


 去年の1月、夜中の資材搬入をめぐる大混乱の中で、ゲート前でたった一人で沖縄県警に向かって必死に叫び続けている愛ちゃんの姿があった。

 「皆さんは何のためにここに立っているのでしょうか。沖縄県民を守るために警察官になったのなら、私たちを守ってください。言うことを聞かせるだけではなくて、私たちの声にも耳を傾けてください。お願いします!」


 三上さんは、SEALDs琉球の若者の姿とともに、次のように訴えます。


 アピールでも、パフォーマンスでもなく、実態と実感を伴った叫びだった。
 自分たちの選択。その先に未来がある。
 いろんなことがおかしくなっているけれど、私たちはまだ、民主主義を手放してはいない。


 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第38回の引用。








第38回ぼくたちはまだ民主主義を手放してはいない~SEALDs琉球 本領発揮!~


 2014年の春、東京で学生をしている島出身の青年、元山仁士郎くんから私の携帯にダイレクトメッセージが来た。今はフェイスブックがあるので、個人のメールアドレスを知らなくても直接メッセージを送ることができる。だから紹介が無くても知らない人から様々な依頼が舞い込むようになった。いきなり長いメッセージを送ってきた元山くんもその一人だった。

 「学生団体で『標的の村』を上映したい。学生だから資金がないのでなんとかしてもらえないか」。学生が政治問題に関心を持って議論し行動する必要があるという彼らの団体の趣旨が述べられ、また自分が普天間基地を抱える宜野湾市の出身であるとも書かれていた。並々ならぬ熱意や誠意も感じたが、多少の甘えも感じた。私はこう返信した。

 「事情を話して配給会社と交渉してみてください。でも、他の大学の学生たちもなんとか規定の料金を捻出するために頑張って上映にこぎ着けているので、2つの料金をつくるわけにはいかない。あまり期待しないでください」

 配給会社からも、やけに押しが強い沖縄の青年から交渉があったがどうしましょう、と苦笑しながら相談があった。なんとか折り合いはついて、上映会は実現した。

 その日私はたまたま東京にいたので、トークも引き受けて彼の大学に行った。電話でしか知らなかった元山くんというのは、意外に背が高く、思いっきり眉毛が太くて意志が強そうな青年だった。一方で、携帯を見ながら人と話すようなドライな感じと、大人を舐めているともとれる感じが言葉の端々に伺える今風な学生でもあった。私は彼に、とにかく辺野古も高江も自分の目で見た方がいいと勧めた。

 2014年の真夏。辺野古のゲート前で連日熱中症と闘いながら撮影をしていると、彼がゲートにやってきた。「ようやく来たね」。少し嬉しくなってインタビューをすると、彼はカメラに向かってこんなことを言った。

 「リーダーの山城さん、ですか。こんなやり方、若い人は誰もついてこないッすよ。悪いけど、わっしょいわっしょいとか、宗教みたいじゃないですか」

 この言葉にはカチンと来た。その頃はまだヒロジさんのやり方は今ほど浸透していなかった。撮影スタッフの身内からも、この旧態依然とした闘争スタイルは映画の観客に受けないのではという意見もでていて、私の目には魅力溢れるヒロジさんの人間性をどう表現したらいいのか、私自身がナーバスになっていた時期でもあった。ヒロジさんを魅力的に描けなければこの映画は成立しない。悶々としていただけに、ちょっと感情的に応じてしまった。

 「ここで見て、あのやり方は古いとか言って帰る若い人はたくさんいる。誰でも言えるよね、そんなこと。じゃあ、あなただったらどうやるの?」
 「・・・例えば、ですね。アルソック(警備員)がいるじゃないですか。彼らのCMをパロッて・・・。1、2、3、4、アルソック!! って行進するんですよ」
 「・・・。それ面白い?」
 「だめ・・・すかねえ」
 「わかんないけど、そんなにみんながかっこいいと言う方法があるんだったら、自分でやればいいじゃん」
 「わかりました。やります。絶対、かっこいいと思うのを、やりますよ」

 この会話は本編ではカットされているが、編集の4時間バージョンくらいまで実際に残っていた。でもそのあと、実際に彼らはSASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)を本格稼働させ、サウンドカーを先頭に渋谷の街をコールしながら歩く独自のスタイルのデモを作り上げていく。サウンドデモ自体は原発反対のうねりとともに定着しつつあったが、民主主義を真正面から問う直球の迫力に、私はネット映像を見て身震いがした。素直すぎるほどの問題提起と、自分たちの見え方にこだわる計算と、沿道を巻き込むノリ。涙ぐむ大人たち。憧れの目を向ける女子高校生。彼らのパフォーマンスと感染力、すべてが新鮮だった。

 「やったな」私は降参した。ちょっと生意気な元山くんは、有言実行の人だった。私は沖縄国際大学の講義の中で学生にSASPLの動画ページを紹介し、絶対見るようにと言い、中心人物に宜野湾出身の学生がいることを、さも自分の弟のことであるように自慢した。

 SASPLがex SASPLになり、安保法制に反対するSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)になってからのことはもうここに書くまでもない。そして安保法が成立すると、各地で名乗りを上げたSEALDsの熱狂や活動も取りざたされなくなってきた。しかし、SEALDs琉球だけは違う。元山くんたちSEALDs琉球は、言ってみればこれからが正念場だ。安保法や集団的自衛権がこの国にもたらす危機と辺野古の基地建設は一体だし、彼らはそのことをよく知っている。全国のSEALDsが動かないとしても、彼らだけはここに向き合わないわけにはいかない。

 今回の映像は彼らの本領発揮、始動の記録である。辺野古の埋め立てを止める最後のチャンスと注目される宜野湾市長選挙。現職の市長が通れば「オール沖縄」が崩れたと政府はなりふり構わず強硬姿勢で来るだろう。1月24日投開票のこの市長選を、絶対に負けられない闘いと位置づけたSEALDs琉球のメンバーは、辺野古移設による普天間問題の解決に反対する新人候補の応援に立った。

普天間  要らない
辺野古も 要らない

僕らの未来に 基地は要らない
僕らの未来に 基地は要らない

言うこと聞かせる番だ 宜野湾が
言うこと聞かせる番だ 宜野湾が
言うこと聞かせる番だ 沖縄が!

 動画でそう叫んでいるのは、名桜大学に通う玉城愛さん。彼女も大学で『標的の村』の上映会に取り組んでくれた縁で、やがて辺野古にも来てくれるようになった。おととし、海上作業が始まったあと辺野古の浜で行われた県民大会で、学生代表で挨拶した愛ちゃんは、ミニスカートをはいて、緊張で声が震えているような女の子だった。でも去年の1月、夜中の資材搬入をめぐる大混乱の中で、ゲート前でたった一人で沖縄県警に向かって必死に叫び続けている愛ちゃんの姿があった。

 「皆さんは何のためにここに立っているのでしょうか。沖縄県民を守るために警察官になったのなら、私たちを守ってください。言うことを聞かせるだけではなくて、私たちの声にも耳を傾けてください。お願いします!」

 強くなった。何かが彼女の中でめきめきと音を立てて成長しているようだった。やがて安保法反対で盛り上がる国会の前で、沖縄の青年代表としてスピーチをする愛ちゃんの姿がネットで大拡散されていた。私は見逃していたのだが、国会前にいた友人が「こんなに胸を打つスピーチを聞いたのは初めてだった」と沖縄の女子学生の活躍を教えてくれた。

オスプレイこわい!
ジェット機こわい!

だって落ちるじゃん!
だって落ちたじゃん!

 ほんとうはとっくに、沖縄の若者はそう叫びたかったのだ。そういうスタイルがなかっただけなんだ。この日のコールを聞いていてしみじみそう思った。
 子どもっぽいとか、どうでもいい。18歳が選挙権を持つ意味は「大人ぶってて言えないこと」や「大人の事情で黙殺すること」なんかが病んだ世の中を作ったんだ、と一蹴して、自分たちの未来のために「ガチで思うこと」に1票を行使してもらうためではないのか。

かき消されずに 授業を受けたい
かき消されずに 授業を受けたい
かき消されずに テレビを見たい
かき消されずに 話がしたい!

 このコールは、元山くんの身体から搾り出した言葉だった。普天間高校で野球にあけくれていたという元山くんは、基地の騒音で授業が中断され、試合が中断され、友との会話が中断される日常に鈍感になっていた。その異常さに東京に行ってから気づいたと言う。

 隣で暮らす米兵の親子とゴールデンレトリバー。気さくなアメリカ人と友達になりたいとは思っても、嫌いだと思ったことはなかった。騒音や事件・事故のたびに心は曇ったが、基地を否定することは彼らやそこに働く県民を否定するように思えた。戦争はいけないけど、隣にある基地とそれがどう繋がっているのかわからなかった。でも、今は違う。自分のためにも、島の未来のためにも、米兵の命の尊厳のためにも、声を上げようと思った元山くん。この日の街宣の最後はこう締めくくった。

宜野湾Democracy!
Our future!
Our choice!

 アピールでも、パフォーマンスでもなく、実態と実感を伴った叫びだった。
 自分たちの選択。その先に未来がある。
 いろんなことがおかしくなっているけれど、私たちはまだ、民主主義を手放してはいない。


三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画「標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~」は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。これまで300回を超える自主上映活動が続いている。現在、次回作の準備を進めている。


by asyagi-df-2014 | 2016-01-16 05:46 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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