沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第35回

 沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告は、国と県が起こす二つの裁判について。
 一つ目は、国による沖縄県へのを提訴(19日)。それは、辺野古の基地建設を巡る埋立て許可について、沖縄県知事がこれを取り消したことは「違法」だとし、国が県の権限を奪って代わりに執行する「代執行」という強権的な手法を裁判所に認めさせようというもの。
 もう一つは、沖縄県側からの裁判を提起。それは、国土交通大臣が沖縄県の効力を停止した「執行停止」に抗告する裁判。
 三上さんは、このことに関して、二つの指摘をする。
 一つは、「そもそも、この埋立てにかかる手続きには誤りがある、瑕疵がある、と沖縄県知事が言っているのに、なぜかその中身は全く議論されていない。政治の場でもメディアでも、もっと埋立ての引き起こす損失とそれに至る非民主主義的な手続きの異常さを取り上げて欲しい。」、ということ。
 もう一つは、「司法の場ではぜひ、この大原則について根本的な議論をしていただき、日本国における国と地方のあり方を全国民で考えるきっかけにして欲しい。そうすれば自ずと『沖縄県民への重大な損害を避けるための緊急性がある』と裁判所が判断し、工事の手を止めて国民的な議論に発展させて、国の暴走を許さず、地方の暮らしを守り地域の意思を尊重する歴史的な判決が出ると私は信じている。」、と。

 三上さんは、最後に次のように訴える。


 「だからこそ、司法はきちんと見て欲しい。機能して欲しい。もちろん国の言い分も聞いて、そして沖縄に住む人間がどんな過去を背負い、それと今、力尽くでも決別してつかみ取りたい未来とは、どんなものなのか。きちんと県民の声を聞いて考えていただくためには、最低限この身体を張った抗議を連日せざるを得ない異常な現場を黙殺せず、休戦のホイッスルを吹いてほしい。正義を実践するために司法があると、国民を安心させて欲しい。」


 今回も、「こんなにきつい思いをした翌日も、また翌朝は4時に起きてみんなのお弁当をつくって船を出す。そんな人たちが毎日数十人も海に出ているのが、辺野古の海上行動の日常なのだ。こんなことをずっと続けさせていいわけがない。本当の敵ではない海保のみなさんと、もう一日も対立したくも傷つけ合いたくもないのだ。」、との思いが胸をかきむしる。

 以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第35回の引用。





第35回 作業を中断し公正な判断を! 国と県が起こす二つの裁判


 国はきのう(19日)、ついに沖縄県を提訴した。
 辺野古の基地建設を巡る埋立て許可について、沖縄県知事がこれを取り消したことは「違法」だとし、国が県の権限を奪って代わりに執行する「代執行」という強権的な手法を裁判所に認めさせようというものだ。

 国が県を訴えるという構図は、20年前にもあった。米兵の起こした少女暴行事件に怒り、基地撤去へと立ち上がっていく県民を代表し、基地使用の「代理署名手続き」を拒否した、当時の大田県政にかけられた裁判だ。当時は戦後50年。沖縄戦から半世紀が過ぎてなおも重くのしかかってくる基地の負担、沖縄の屈辱の歴史を法廷で訴え、世論を喚起する意義はあったが、裁判としての勝ち目はなかった。
 しかし今回は少し違っている。今度は沖縄県側からも同時に裁判を提起する。国土交通大臣が沖縄県の効力を停止した「執行停止」に抗告する裁判だ。それを受けて、裁判所が「重大な損害を避けるために緊急性がある」と認めれば「執行停止の効力を止める」、つまり、今進んでいる工事を中断させることができるのだ。
 両方が裁判を起こす話になり、読者にはややこしくて申し訳ないが、つまり20年前の裁判と違うところは、毎日キャンプ・シュワブのゲート前と海上で、大勢の県民が命がけで止めようと奮闘しながらもずるずると進んでいく基地建設を、裁判所の判断によっては少なくとも一定期間止めさせる可能性がある、という点である。

 そもそも、この埋立てにかかる手続きには誤りがある、瑕疵がある、と沖縄県知事が言っているのに、なぜかその中身は全く議論されていない。政治の場でもメディアでも、もっと埋立ての引き起こす損失とそれに至る非民主主義的な手続きの異常さを取り上げて欲しい。

 世界的な環境アセスメント(アセス)学会である「国際影響評価学会」の会長も務めた環境アセス第一人者、原科幸彦東工大名誉教授も、辺野古新基地建設の環境アセスの中身は「環境保全に対応できていないという瑕疵がある」「翁長雄志知事の埋立て承認取り消しは妥当と思われる」(琉球新報11月17日付)と警鐘を鳴らしている。
 方法書や準備書の段階までオスプレイの配備を隠し通して進めてきた事や、海上でボーリング調査をして海の環境を攪乱した後にジュゴンの生息環境を調査するなど、科学的な評価ができず、道義的にも問題があったと指摘している。
 環境アセスは本来、大きな建設事業に先だって、事業の必要性について住民に理解してもらい、住民の懸念事項を払拭するために義務づけられている、極めて民主的な手続きである。8年前、辺野古環境アセスについて原科教授に直接取材させてもらった際、原科教授は、人類共通の財産である自然を極力壊さないという観点から環境アセスという概念を周知し、事業者側に義務づけることに成功してきたこと、その勝ち取ってきた民主的な精神まで手放すような悪しき前例に辺野古がなって欲しくない、と悔しそうにインタビューに答えてくださったのが印象に残っている。

 加えて、「公有水面埋立法」というのは、明治憲法の下で制定された中央集権的なものであり、時代遅れの法律と言われている。手続きを進める国にとって有利な法体系になっている。
 しかし今憲法は変わり、私たちは地方自治法の下、国家権力に地域の生活が蹂躙されないシステムを持っているはずだ。県民の生活環境を守る立場から、自分たちの住む環境への悪影響が限度を超えていると、地方政治の代表者として知事が判断したのであれば、その判断が尊重されるのは当たり前のことだ。
 司法の場ではぜひ、この大原則について根本的な議論をしていただき、日本国における国と地方のあり方を全国民で考えるきっかけにして欲しい。そうすれば自ずと「沖縄県民への重大な損害を避けるための緊急性がある」と裁判所が判断し、工事の手を止めて国民的な議論に発展させて、国の暴走を許さず、地方の暮らしを守り地域の意思を尊重する歴史的な判決が出ると私は信じている。

 ところで、海上の作業は着々と進んでいる。おととい3台目のスパッド台船が設置され、先の2台はすでに海底を掘削するボーリング作業に入っている。この日記の第15回でも紹介した水中映像を今一度見て欲しい。沖縄本島の海洋環境再生の鍵を握ると言っても過言ではない大浦湾の生態系がこの埋立てで危機に瀕しているのだ。1997年から座り込んで海の破壊を止めてきたおじい、おばあ、その遺志を受け継いで頑張ってきた無数の現場の人たちも、私も、今悔しくて仕方ない。

 その中でも、ゆり船長の積年の思いは、簡単には言葉にならないと思う。映画『戦場ぬ止み』のラストシーンで強烈な印象を残したゆり船長。実は私の前作『標的の村』にも、『海にすわる~辺野古600日間の闘い~』にも、ゆりさんは登場している。2004年の辺野古海上の闘いのときも、彼女は仕事の合間にやぐらに登って、海のボーリング調査の機械を稼働させない闘いに身を投じていた。それ以来、10年を超す付き合いだ。

 去年夏のある晩、少し酔った彼女が一人部屋で泣いていたことがある。
 10年前の闘いの写真集を見ながら
 「この人も居なくなった。この人は天国に行った。この人は来られなくなった…」。そうつぶやいてそれぞれの顔写真の上をなでては涙を流していた。

 「この人たちは戻ってこないのかなあ。来ないんだよねえ。私たちが頑張るしかないんだよね、ちえさん」

 彼女はお年寄りの皆さんと話すのが大好きで、介護の仕事に精を出していた。施設でおじい、おばあの話を聞くうちに、戦争と占領を体験した彼女・彼らの中にある癒えない悲しみ、悔しさに接し、そしてまた基地を巡って県民が苦しんでいる辺野古の現状を見て、いたたまれない思いでいることを知る。

 「私が元気なら行くけどね、悔しいね」「なら、私が行ってくるよ、代わりに」

 そんな会話が彼女の背中を押した。去年の夏から彼女は仕事を辞めて、あっという間に船舶免許を取って毎日抗議船に乗って海に出る船長になった。初めての航海がなんと去年の8月14日、あの辺野古崎が包囲された日だった。私は明け方からとんでもないことになった状況を撮影しつつも、ついに船長になった彼女のデビュー操船の模様も撮った。

 明るくて勝ち気で人なつっこい性格で、地元の海人や一部の海上保安官(海保)にも可愛がられているゆり船長。今回の動画の後半は、先週12日、ボーリング作業が再開された、海上チームがとても悔しい思いをした日の彼女の船上の奮闘を編集した。

 「県知事の許可のない工事はしないで下さい!」
 カヌーチームも船団も、もっと近くで訴えたくてもオイルフェンスに阻まれて簡単に台船には近づけない。中に入ったカヌーを海保のボートが容赦なく確保する。ゆり船長の船も越えていこうとするが、あっという間に海保に挟まれて確保されてしまう。状況は、「抵抗を試みている」に過ぎず、阻止行動の何歩も手前で歯ぎしりをしている現状だ。圧倒的な海保の数に、歯が立たない。

 それでも、彼女は乗り込んできた海保に操船キーを渡さない。新聞記者やカメラマンを乗せた船の責任者として。カヌーを牽引してきたリーダーとして、絶対に船を空けわたさない。
 「降りてください。なんでこんなことするの? 顔を見せなさい!」とサングラスを奪い、海保の船に投げる。仲間がまたサングラスを戻す。こんなやりとりを見ていると、私も海保が心底気の毒になる。背景を知らずにこの映像だけを見る人には、彼女の精一杯の抵抗が単なる悪ふざけに映るかも知れない。でも少なくても私の目には、この十数年のゆり船長の体内に蓄積した悔しさ、受け取ったバトンの重さ、日々の闘いでぼろぼろになっていく彼女がそれでも逃げないで毎日海に出て行く気高さが、圧倒的な存在となって映り、胸がいっぱいになる。そんなに背負わないでいいよ、ゆりちゃん、といって抱きしめて一緒に泣きたくなる。
 こんなにきつい思いをした翌日も、また翌朝は4時に起きてみんなのお弁当をつくって船を出す。そんな人たちが毎日数十人も海に出ているのが、辺野古の海上行動の日常なのだ。こんなことをずっと続けさせていいわけがない。本当の敵ではない海保のみなさんと、もう一日も対立したくも傷つけ合いたくもないのだ。

 だからこそ、司法はきちんと見て欲しい。機能して欲しい。もちろん国の言い分も聞いて、そして沖縄に住む人間がどんな過去を背負い、それと今、力尽くでも決別してつかみ取りたい未来とは、どんなものなのか。きちんと県民の声を聞いて考えていただくためには、最低限この身体を張った抗議を連日せざるを得ない異常な現場を黙殺せず、休戦のホイッスルを吹いてほしい。正義を実践するために司法があると、国民を安心させて欲しい。


三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画「標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~」は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。これまで300回を超える自主上映活動が続いている。現在、次回作の準備を進めている。


by asyagi-df-2014 | 2015-11-21 05:51 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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