貧困問題-子どもの貧困。「布団なんて3年ぶりやな」。少年は言った。

 成人までの2年の「福祉の空白」について、朝日新聞は2015年10月11日、「成人までの2年『福祉の空白』親失踪の兄妹、施設頼れず」、との記事を掲載した。
 問題は、「児童福祉法の『児童』は18歳未満をさす。児童養護施設への入所は児童に限られ、2人がすぐに入れる施設は見つからなかった。」、ということであり、成人までの2年の「福祉の空白」であった。
 このことについて、「18歳から成人までの2年間は『福祉の空白』と言われる。児童福祉法では守られず、一方で未成年のため大人として扱われず、部屋を借りるなど生活に必要な契約行為を単独で行うのが難しい。日本弁護士連合会は親権を代行する未成年後見制度での弁護士活用を呼びかけるが、ほぼ無報酬なうえに親並みの損害賠償責任を負うなどのリスクもあり、担い手が少ない。行政やボランティアによる支援もまだ十分ではない。
 西南学院大の安部計彦(かずひこ)教授(児童福祉論)は『空白の2年を支援する福祉メニューは限定的で、希望と合致しないことも多く、改善が必要』と指摘。『貧困状態の親元に仕方なく戻り、厳しい状況に追い込まれるケースも少なくない。施設を出た後のケアができる人材と態勢を整え、選挙権同様、18歳を大人とすることで一定の解決にはなるのではないか』と話す。」、と指摘する。

 この記事からの言葉を並べてみる。


・弁護士は「このままでは死ぬ」と感じた。
・「布団なんて3年ぶりやな」。
・「みんなが少しずつ泣いてこの子らを助けませんか」と説得して回った。
・冬は毛布1枚を親子3人で取り合って寝た。「真ん中が一番、毛布にくるまれるから、いかに先に寝るか争っていた」
・「もうダメだわ」。父が家を出て約3週間。施設に残っている友人に連絡した。その初めてのSOSが施設を支援する弁護士に届き、妹と共に保護された。
・「あの電話をしていなかったら人生終わってた」
・「死ぬ心配ないし、昔よりは幸せ」


 「このままでは死ぬ」という状況まで追い込んでしまったことを解決するには、受けとめなくてはならないものがあまりにも多い。

 以下、朝日新聞引用。








朝日新聞-成人までの2年「福祉の空白」親失踪の兄妹、施設頼れず-2015年10月11日

■子どもと貧困
 昨年10月、大阪府内のアパートの一室。弁護士の男性(36)がドアを開けると、室内は薄暗かった。電気はつかず、カーテンのない窓から街灯の光が差し込み、ごみに埋もれた部屋を照らす。床には、携帯電話を充電するための乾電池が50個以上転がっていた。

保護された姉妹、1カ月ぶり入浴 親子が月4万円で生活

 住んでいたのは高校3年で18歳の少年と、無職で17歳の妹。一緒に暮らしていた父親は3週間ほど前に失踪した。家財道具は炊飯器と洗濯機と毛布1枚で、所持金は110円。ハムスターだけがえさを与えられ元気だった。弁護士は「このままでは死ぬ」と感じた。

 児童福祉法の「児童」は18歳未満をさす。児童養護施設への入所は児童に限られ、2人がすぐに入れる施設は見つからなかった。

 弁護士は親から引き離し2人を独立させようと家を探したが、20歳未満のため親権者の同意がないと契約もままならない。生活保護の受給も渋られた。「みんなが少しずつ泣いてこの子らを助けませんか」と説得して回った。

 事情をくんだ大家が部屋を貸してくれ、生活保護を受けて布団も買った。「布団なんて3年ぶりやな」。少年は言った。

 少年が物心つくころに両親が離婚。母親は失踪し、父親は育てられず、少年は小学3年から児童養護施設で妹と暮らした。月1、2回父が面会に訪れ、焼き肉などを食べに行った。

 施設では生活に困らなかったが、もっと自由が欲しかった。中学卒業と同時に父と暮らす道を選んだ。面会のときのような生活ができると期待した。

 伯父のアパートの5畳ほどの部屋で暮らした。父は働かず、ギャンブルにはまっていた。施設で妹とためた小遣い約15万円は、制服代などとして取り上げられた。

 布団はなく、冬は毛布1枚を親子3人で取り合って寝た。「真ん中が一番、毛布にくるまれるから、いかに先に寝るか争っていた」

 食事は毎日、ご飯と味付きの焼いた肉。野菜を食べた記憶はほとんどない。ささいなことで暴力を振るう父に文句は言えなかった。

 部屋には常にごみの悪臭がただよっていた。制服ににおいが移るのが嫌で、帰宅後はすぐ袋に入れた。

 高校3年になるころ、父が伯父ともめ、3人で引っ越した。食事はたまにしか出なくなった。少年は賄い付きのアルバイトを選んだが、バイト代は取り上げられた。妹は高校を辞め、彼氏の家に逃げた。

 ある時から、父が帰らなくなった。業者から家賃の催促が繰り返しきた。

 「もうダメだわ」。父が家を出て約3週間。施設に残っている友人に連絡した。その初めてのSOSが施設を支援する弁護士に届き、妹と共に保護された。

 「あの電話をしていなかったら人生終わってた」

 少年は19歳になり、高校を卒業して、地元の工場で正社員として働き始めた。妹も工事関連の仕事に落ち着いた。2人の新居には、たまに父が訪ねて来る。お金のことでもめて暴れることもあるが、少年は言う。

 「死ぬ心配ないし、昔よりは幸せ」(後藤泰良)
■支援策は限定的
 兄妹が暮らした児童養護施設は、児童福祉法に定められた児童福祉施設の一つ。原則、家族の元で生活できない18歳未満の児童が暮らす。厚生労働省の調査では全国約600施設に約2万8千人(2014年10月1日現在)が入所する。

 18歳から成人までの2年間は「福祉の空白」と言われる。児童福祉法では守られず、一方で未成年のため大人として扱われず、部屋を借りるなど生活に必要な契約行為を単独で行うのが難しい。

 日本弁護士連合会は親権を代行する未成年後見制度での弁護士活用を呼びかけるが、ほぼ無報酬なうえに親並みの損害賠償責任を負うなどのリスクもあり、担い手が少ない。行政やボランティアによる支援もまだ十分ではない。

 西南学院大の安部計彦(かずひこ)教授(児童福祉論)は「空白の2年を支援する福祉メニューは限定的で、希望と合致しないことも多く、改善が必要」と指摘。「貧困状態の親元に仕方なく戻り、厳しい状況に追い込まれるケースも少なくない。施設を出た後のケアができる人材と態勢を整え、選挙権同様、18歳を大人とすることで一定の解決にはなるのではないか」と話す。


by asyagi-df-2014 | 2015-10-13 05:27 | 書くことから-貧困問題 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧