沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第32回

 沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
 だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
 三上知恵の沖縄撮影日記。

 
 今回の報告では、「今全国に伝えたいと思って映画にした。」のは、この映画が、「今の政権に抗う日本の大衆にとって特効薬になりうると思った。」から、と。

 そして、山城博治の人となりを次のように描くとともに、三上智恵の思いを伝える。


 「沖縄には歴史に残る大衆運動のリーダーたちがたくさんいる。阿波根昌鴻、瀬長亀次郎、安里清信、挙げればキリがない。辺野古の闘い20年を振り返っても金城祐治、当山栄、大西照雄…他界された方だけでも、これだけ素晴らしい方々がいた。そんな伝統ある辺野古の現場を今任されているヒロジさんの凄さというのは、類い稀な作戦を繰り出す能力だけではなく、実はこのゲート前を大芸能大会付きのピクニックの場に仕立て上げていったことだと思う。
 日米両政府を向こうに回して終わらない闘いを強いられてきた沖縄の知恵は「鈍角の闘い」である。まさに老若男女が好きな時間に好きなスタイルで参加していい、それこそが強みなんだという場を作りきれたのは、ヒロジさんのキャラクターと経験値である。私は、みんなが参加したくなる空気を維持していくこの知恵こそ、今全国に伝えたいと思って映画にした。」

 「政治なんて興味ない、何をやっても変わらないと、大衆が汗も知恵も絞らずに来た数十年の積み重ねでここまで日本が劣化したのだ。巻き返しを図るには、大衆が危機感で集まるだけでなくそこから心躍らせ、面白がることができる、さらに人を呼べる抵抗の現場をどう作っていくのか。継続しない運動は、権力者にとって恐れるに足りない。折れず、ひるまず、継続するパワーを獲得することが、実は一番大事なポイントだ。
 ヒロジさんというリーダー像は、今の政権に抗う日本の大衆にとって特効薬になりうると思った。権力を笑い、自らの可笑しさも笑い合いながら、歌って踊って怒って泣いて座り込むのだ。ここは私たちの暮らす土地であり、子どもたちに渡す、先祖から引き継いだ大切な島なのだから。」


 私たちに見えるのは、「間もなく迎える知事の承認取り消しを、辺野古の現場は揺るぎない体制で迎えようとしている。」、と静かな笑みを浮かべながら、沖縄の、辺野古の闘いに居る彼女の姿である。

 以下、三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第32回の引用。






三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記-第32回 不死鳥 山城博治、復活


 「悪性リンパ腫で闘病生活に入ります」
 今年4月20日、辺野古ゲート前で、リーダー山城博治さんは無念の表情で公表した。去年夏から24時間体制で建設阻止の座り込みを指揮してきたヒロジさんが、どんなに無理に次ぐ無理をしてきたか。ゲートに立つ人は全員それを知っていただけに、「なぜ」、「どうしてもっと早く」、「どうにか」と、それぞれに自分を責めたと思う。口を一文字に結び、不安も涙も見せずに「安心して治して来い」と送り出すのに精一杯だった。対峙してきた名護署の警察官までもが、早く治して戻って欲しいと彼の肩を抱いた。ゲート前にあいた穴はとてつもなく大きく、そのことを乗り越えるために一人ひとりが覚悟を三倍にして事実に向き合う日々が始まった。

 衝撃が大きすぎて、当時はこんな描写もできなかった。奇跡の日を迎えたから、いま初めてこうして書ける。
 あれから5カ月後の9月20日。
 ヒロジさんの63回目の誕生日となるこの日、辺野古シンカ(仲間)たちは三線を練習し、琉舞を覚えて最大限の歓迎の体制を整えてこの日を迎えた。

 ヒロジさんがゲートに帰ってくる!

 座り込み1年2カ月の中で、知事選勝利をこえるほどの笑顔に包まれる日が来ようとは。秋晴れの空の下、ヒロジさんは不死鳥のようにゲート前に舞い戻り、復活を宣言した。

 今回は、その時の彼の表情、祈るようにこの日を待ち、必死に留守を預かってきたゲート前の人々、そして病魔を退散させ、勢いを増して炸裂するヒロジ節、それを映像でみなさんにお届けするだけで、多くを書くことは蛇足だからやめておこうと思う。ただ、動画を見て欲しい。
 以下は、まだ山城博治さんを知らない方、すぐに映像を見られない方のために書いた。 私は小さい頃から忍者好きで、心の中でよく彼を忍者に例えていた。そんなバカバカしい記述もあるが許していただきたい。
 
 県の職員だったヒロジさんは、自治労(全日本自治団体労働組合)から沖縄の平和運動をリードする平和運動センターの中心人物になるのだが、いつの頃からか、あらゆる反戦平和の現場には必ず彼がいた。取材に行くとどの抗議集会でも、メガホンを握っている。まさに分身の術で、ホワイトビーチの原潜入港反対でシュプレヒコールを上げていた日の夕方には、石垣島の米軍艦阻止で県警と揉み合っている。ニュースの編集をしながら、「ヒロジさんって何人かいるの?」とカメラマンが笑うこともしばしば。
 PAC3配備に反対する集会で、人がまばらで各社撮影チャンスを探しあぐねている時も、ヒロジさんが登場した途端に集会のエネルギーが増幅し、シュプレヒコールを上げる頃には、50人が100人いるほどの勢いになる。まさに影分身の使い手である。
 
 去年7月から毎日、いつ寝ているのか全くわからないほど辺野古の現場に張り付き続けたヒロジさんだが、長期間泊まり込んでの闘争は初めてではない。ヘリパッド建設に反対する高江の闘争では、7年間、住民の会の座り込みを県民運動の側から支えた。片手にハンドル、片手に携帯を持ったまま、車で仮眠をとる日々が長引き、熊のように髭を蓄えていたこともあった。変身の術の如く、私もヒロジさんだとわからないほどだった。
 そうやってオスプレイに必死に反対してきたからこそ、2012年、岩国からの飛来をどんなことをしても止めねばならないと、暴風域の中での普天間基地完全封鎖を仕切ったのも彼だ。ある時は予告してメディアを動かし、ある時は自分の組織にさえ明かさずに隠密行動をとる策士であり、信頼できる内外の仲間が影の軍団となって彼の一言であっという間にフォーメーションを作り出す。撮影で追いかけるこちら側も、ジェットコースター感覚だ。

 ヒロジさんの人柄は、映画『戦場ぬ止み』を見ていただければ誰でも虜になるように、短気で口が悪くて足が短い以外には欠点がない、底抜けに優しい人情派。弱者、はみ出しもの、斜めから見てる人、飛び出す人、どんな人もゲート前の渦に巻き込んで仲間にしていく手腕は圧巻。そして誰のことも切り捨てない。しんどいことは自分がやる。仲間の欠点や失敗は体を張って守る。彼のアジテーションは超一級品だが、二級レベルの歌や踊りも惜しげもなく披露し、みんなが安心してテントで一芸を披露し楽しんでいい空間を作った。ヒロジさんを指して過激派という人がいるが、それは彼と30分も共に時間を過ごしていない可哀想な人だ。

 沖縄には歴史に残る大衆運動のリーダーたちがたくさんいる。阿波根昌鴻、瀬長亀次郎、安里清信、挙げればキリがない。辺野古の闘い20年を振り返っても金城祐治、当山栄、大西照雄…他界された方だけでも、これだけ素晴らしい方々がいた。そんな伝統ある辺野古の現場を今任されているヒロジさんの凄さというのは、類い稀な作戦を繰り出す能力だけではなく、実はこのゲート前を大芸能大会付きのピクニックの場に仕立て上げていったことだと思う。
 日米両政府を向こうに回して終わらない闘いを強いられてきた沖縄の知恵は「鈍角の闘い」である。まさに老若男女が好きな時間に好きなスタイルで参加していい、それこそが強みなんだという場を作りきれたのは、ヒロジさんのキャラクターと経験値である。私は、みんなが参加したくなる空気を維持していくこの知恵こそ、今全国に伝えたいと思って映画にした。

 政治なんて興味ない、何をやっても変わらないと、大衆が汗も知恵も絞らずに来た数十年の積み重ねでここまで日本が劣化したのだ。巻き返しを図るには、大衆が危機感で集まるだけでなくそこから心躍らせ、面白がることができる、さらに人を呼べる抵抗の現場をどう作っていくのか。継続しない運動は、権力者にとって恐れるに足りない。折れず、ひるまず、継続するパワーを獲得することが、実は一番大事なポイントだ。
 ヒロジさんというリーダー像は、今の政権に抗う日本の大衆にとって特効薬になりうると思った。権力を笑い、自らの可笑しさも笑い合いながら、歌って踊って怒って泣いて座り込むのだ。ここは私たちの暮らす土地であり、子どもたちに渡す、先祖から引き継いだ大切な島なのだから。

 白土三平著『忍者武芸帳・影丸伝』の中で、忍者のリーダー・影丸は、何度首をはねられてもまた復活して大衆を率いる。それは、権力がいくら力ずくで首謀者たちを消し去ったつもりでも、優れたリーダーは必ずまた現れるということなのだと思う。私は沖縄の闘いを見てきたこの20年間で、それを実感している。
 取材を始めた当初、ヒロジさんのような土臭い人情型ヒーローが生まれるとは思ってもみなかった。しかし、彼のいない5カ月間に、また、力も魅力もある準リーダーたちが頭角を現してきている。『忍者武芸帳』は、まさに大衆運動の凄さを描いていたのだと納得する。

 ところで、復活したヒロジさんはもちろん影武者ではない、ホンモノのヒロジさんだ。死神に会って追い返してきたという。悪性リンパ腫の末期宣告から見事に蘇ったのは、沖縄にとって大事な方だからと万全の体制で臨んでくれた医師団の力も大きかったそうだ。まだリハビリ優先で全面復帰はしばらく先になるが、ヒロジさん不在の期間に、鋼のように鍛えられた現場の強さは5カ月前の比ではない。

 間もなく迎える知事の承認取り消しを、辺野古の現場は揺るぎない体制で迎えようとしている。

三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画「標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~」は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。これまで300回を超える自主上映活動が続いている。現在、次回作の準備を進めている。


by asyagi-df-2014 | 2015-10-02 05:30 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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