内田雅俊弁護士の講演会に参加して

 2015年9月5日、大分市のホルトホールで開催された大分県弁護士会主催・日本弁護士連合会共催の憲法講演会に参加しました。
 「アジアの平和と友好にために-集団的自衛権と安保法案の何が問題か-」と題した内田雅俊弁護士による講演で、現在の状況に立ち向かうために改めて問題の整理をすることになりました。
 この講演会で記憶に残ったものをまとめてみました。

 靖国神社発行のパンフレットには、次のように記載されている。

「日本の独立と日本を取り巻くアジアの平和を守ってゆくためには、悲しい事ですが、外国との戦いも何度かおこったのです。明治時代には、日清戦争、日露戦争、大正時代には、第一次世界大戦、昭和に入って、満州事変、志那事変、そして大東亜戦争、第二次世界大戦が起こりました。戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立をしっかりと守り、平和な国家としてまわりのアジアの国々とともに栄えていくいくためには戦わねばならなかったのです」

 この靖国の聖戦史観についての種明かしをする。 
 ます、その歴史観には、①靖国神社は新しい歴史か持っていないこと、②戦死者の魂を独占する必要があること、ということから派生する靖国神社の限界があると。
 それは、①であるがゆえに、靖国神社を守るためには②のための聖戦史観を維持するしかないという構図にならざるを得ないのだと。
 つまり、「戦争賛美」は靖国の生き残り策でしかないということがわかるのである。

 他方、2014年5月30日のシンガポールでのアジア安全保障会議での安倍晋三首相の演説は次のものである。

「国際社会の平和、安定に、多くを追う国ならばこそ、日本は、もっと積極的に世界の平和に力を尽くしたい。“積極的平和主義”のバナーを掲げたい・・・自由と人権を愛し、穂と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平和を希求する一本の道を一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできました。これからの幾世代、変わらず歩んでいきます。この点、本日はお集まりのすべての皆さまに一点の曇りもなくご理解いただきたい」

 内田は、安倍晋三首相の歴史認識は、靖国神社の聖戦史観と同じであると、説明します。
 2015年8月14日の「70年首相の談話」に込められた際立つ歴史認識のありかたも、この内田の説明で納得がいく。

 また、内田は、アジアの平和と友好のために本当に必要なものは、「70年首相の談話」が表現するものではなく、平和、反省、寛容、だと説明する。 

 この場合、平和とは、石原慎太郎のような軍事冒険者の説く武力衝突ではなく、「あくまで武力衝突を避ける」ということであると。
 反省とは、真に歴史に向き合うことであると説明する。例えばそれは、「日中共同声明文」や「村山首相談話」及び「歴代政権の歴史認識」を汲み取ることであるとする。
 また、中国との間においては、中国側が強調する日中間における四つの基本文書-(「日中共同声明」1972年)、(「日中平和友好条約」1978年)、(「日中共同宣言」1998年)、(「戦略的相互関係を推進するための日中共同声明」2008年)-を積極的に活用すべきだと説明する。
 さらに、寛容については、独仏の和解の例を示している。例えば、シュレーダー首相の「ドイツ人はあの戦争を阻止しえなかった。それゆえ歴史的な責任を拒否することは出来ないと深く思う。」の演説を。ここでも、「70年首相の談話」との差異に唖然とさへする。

 最後に、内田さんは、魯迅の「希望」を紹介しました。
 今、魯迅のこの言葉を振り返っています。


「思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは、地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それは道になるのだ。」


by asyagi-df-2014 | 2015-09-07 05:30 | 連帯を通して-市民運動の場で | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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