本からのもの-「自己決定権 とはどういう権利か」

著書名;「自己決定権 とはどういう権利か」
著作者;島袋純
出版社;沖縄タイムス 2015年7月20日・21日・22日掲載 

 島袋純さんは、「沖縄には自己決定権などない。したがって沖縄の合意を事前に取り付ける必要などなく日米両国の政府による合意だけで基地について決定できる。それが戦後一貫した日米両政府の沖縄への取り扱いである」という現在の沖縄への状況認識を基に、これを打破するために必要なことは、「沖縄が国連を中心として国際立憲主義に基づく『人民の自己決定権』を持ちうる人民に該当すると自己規定するという共通認識を持つ」ことであると、結論づける。
 そのために、「沖縄が今なすべきことは少なくとも自己決定権を持つ集団として自己規定し、その権利宣言を行うことである」と、説く。
 また、その具体的な行動指標について、「まず、沖縄県議会は、国連植民地独立付与宣言を引用した1962年2.1決議を採択し世界に発信した琉球立法院の後継としての自負があるならば、決議としてのこの権利宣言を行うべきだろう。第2に、この宣言に基づいて、世界にそして日米両政府に基地についても沖縄に自己決定権あるとしてその権利を発信し発言していく必要がある。少なくとも自己決定権に基づく協議の場を設定しなければならない。」と、提起する。
 こうした結論を導くために、島袋は、「自己決定権とはどういう権利なのか」ということを理論的にこのなかで展開する。

 島袋は、まず最初に、その理論の目的を、「沖縄の基地問題を解決しうるあるいは辺野古の基地建設を阻止しうる自己決定権とは、いかなる法規範や考え方に基づくものなのか明らか」にし、その上で「国際人権法と国際立憲主義に基づいて沖縄の自己決定権を明らかにし、この権利回復の道筋を考える」ことに置く。

 島袋は、自己決定権の意味を、次の三つに定義する。
 第1の定義は、自己決定権を個人の権利(幸福追求権、人格権等)として見る捉え方。憲法13条をこの権利の憲法的裏付けとするすることもある。
 第2の定義は、自治体の権利、つまり「自治権」とほぼ同義として用いる場合もある。憲法では、92条から95条に裏付けられた権利ということができる。
 第3の定義は、「人民」という集団に与えられた集合的権利の意味で自己決定権(Right to Self-Determination)を用いる場合がある。ここでの自己決定権は、「主権」に近い概念で、権利の主体は「人民(people)」という集合体である。  
 島袋は、このように自己決定権の意義を整理した上で、「日本の法令によって認められた自治体および住民の自治の権利は、47都道府県および住民全てに等しく与えられている。沖縄にそのような一般的な自治権を上回る権利があってしかるべきではないか。」という問題提起を行う。
 島袋は、国際人権法等の国際的規範として確立している強固な自決の権利である上記の第3の定義を、この問題の解決のために取り入れる。
 なぜなら、この第3の定義は、「憲法および地方自治法上に保障された自治権よりもはるかに強い権利を意味する。国際人権規約第1条において、すべての人民が自己決定権を持つと規定される。『人民』は既存の主権国家の国民と同義ではなく、国家内ににおける特定集団(先住民族等)も『人民』とされ、自己決定権があるという国際的な規範が確立されている。」ものであるから、とする。

 島袋は、次の論理展開として、、「(1)『沖縄の人々は自己決定権を持つ人民に該当するか否か』、(2)「自己決定権の具体的な中身は何か」の二点について明らかにする。
 まず、(1)「沖縄の人々は自己決定権を持つ人民に該当するか否か」について、 二つの考え方を提示する。
 第1に、「既存の主権国家内において自己決定権を持つ『人民』であるとされる要件は、まず沖縄の人々を、『差別される少数派』ととらえることである」とする考え方である。しかし、この考え方には非常に難しい立証責任が生じるという問題点がある。また、この根拠規範は、国連友好関係原則宣言(1970年国連総会決議)であるが、完全に確立した国際規範とは言い切れない部分もある。
 第2に、「国連や国際法の疑念でいう『先住民族』に該当する場合である。」。この場合、沖縄の人々が国際法的に先住民族に該当するかどうかということである。
 もちろんこの場合の先住民族とは、通俗的にいう「未開の原住民」的なニュアンスではなく、「主権国家建設の際にその意思に背き強制的に併合された集団のことである。その集団が、多数集団と比べ未開であるかどうか、人種的民俗学的に同じか否かについては、全く関係がない。」ものであり、「主権国家建設の際の強制併合の歴史的実を確認すればよく歴史学的また政治学的な立証が可能である。」とされる。この場合の根拠規範は、先住民族権利国連宣言(2007年国連総会決議)やJLO169号条約による。
 実は、この第2に関連して、沖縄の人々が自己決定権を持つ『人民』に該当するか否かにについては、すでに、国際人権(自由権規約)委員会第5回日本政府報告書審査総括所見(2008年10月30日付)で、「委員会は、アイヌ民族及び琉球・沖縄の人々を特別な権利や保護を受ける視角がある先住民族として締結国(日本)が公式に認めていないことに、懸念を持って留意する(規約27条)、締結国は、アイネと琉球・沖縄の人々を国内法で先住民族と明確に認め、彼らの継承分化や伝統的生活様式を保護、保存及び促進する特別な措置を講じ、彼らの土地についての権利を認めるべきである」と、結論が出されている。 島袋は、沖縄の人々については、第2の観点で、「特別な権利、自己決定権を持つ先住民族である」という認識が、国際的にすでに成り立っているとする。

 次に、(2)「自己決定権の具体的な中身は何か」について、島袋は明らかにする。
 その具体的な中身は主に三つあるとする。
それは、国際自由権規約及び社会権規約第1条から導き出されるもので、①「政治的地位の自由」の権利、②「経済的、社会的及び文化的発展の自由」の権利と、国連先住民族権利宣言およびILO169号条約等に明記された、③土地や資源等に関する集合的な権利、の三つの権利であるとする。
この自己決定権に関わっての具体的に権利についてのそれぞれについて、島袋は説明していく。
 最初に、①「政治的地位の自由」の権利とは、「主権国家、国家連合、連邦制、自治州、自治体等々のいずれの形であれ、自分たちで政治体制、つまりいかなる権限と構造を持つ政府をつくるか、自分たちで選択し決定できることである。」。ただし、この「選択肢には幅がある」、と。
 これを、沖縄の自己決定権に当てはめると、「主権国家として独立する権利もあり、連邦的な仕組みの中で高度な自治権を持つ自治州政府として基本法をつくっていくことも選択しにあり、また既存の県の仕組みのなかで自己決定権を持つ存在といて、基地を含む沖縄のすべての問題に対して、その代表が対等な立場で参加する公式的定期的な政府との協議および決定の場を設けることもできることになる。」ということになる。この場合、その選択は、「沖縄の人々の意志に基づく」ことになる。
 次に、②「経済的、社会的及び文化的発展の自由」の権利について、「経済的」・「社会的」・「文化的」の発展の3つに分けて、それぞれ説明を加える。
 「経済的発展」の権利とは、「単に特別な経済振興計画や経済振興策があればいいというのではない。独自の社会的および文化的な発展の自由を犠牲にすることなくより調和し、その発展の自由を助長する形で経済発展が達成されているかどうかがじゅうようである。」と、する。「社会的および文化的発展」の権利とは、「社会的な格差や亀裂を解消し、連帯を強化していく」と、される。特に、独自の文化の継承と発展については、「言語教育、歴史教育を含め世紀の教育課程の中に独自の文化的継承と発展が保障されていることなどが極めて重要となる。また歴史および自然遺産の保全と継承は自己決定権の最も重要な権利の一つである・」と、押さえる。 

 ③「土地や資源等に関する集合的な権利」とは、2007年の国連総会において議決された先住民の権利に関する国連宣言に明記されており、沖縄にとって大きな意味を持つものである。
 島袋は、沖縄の自己決定権を、この『「人民』という集団に与えられた集合的権利の意味で自己決定権」として位置づけている。
これに基づくと、「沖縄の土地、沿岸域と海洋資源の保全と活用については、沖縄の人々の集合的な権利であるということである。沖縄の人々が集合的に利用してきた土地について、個人や政府の権利に優先する重要性を与えられている。沖縄の人々の集合的な意志として利用に制限をかけることができるのである。それは、沖縄の人々が先祖伝来の保全と活用の対象としてきた沿岸域においても適用される。」ということになる。
 だから、当然、辺野古新基地建設は、「辺野古の海の埋め立ては、このような土地および沿岸域いよび海の資源に関する集合的な権利の侵害であり且つ明らかにFPIC(自由で事前の情報に基づいた同意)原則に違反する、一方的な軍事基地建設であり、沖縄の自己決定権を侵害しているとしか言いようがない。」と、いうことである。

 こうした問題を捉えるために、島袋は、沖縄の実態を突きつける。
「施政権返還後、沖縄振興計画に基づく沖縄振興予算により、沖縄の経済振興が推し進められてきたが、自由な予算編成権が沖縄になく、日本政府の予算編成による統制に従属せざるを得ない問題があった。結果は特定分野の過剰供給とまた必要分野への過小供給の構造的な問題があり、最貧困地域から現在に至るまで抜け出すことができないでいる。それにより、経済格差は拡大し、貧困率が特出して高い地域であり、社会的な発展と連帯の強化に極めて重大な障害をもたらしている。
 また、独自文化の継承については、正規の教育課程の中で、琉球史・琉球語などが必修化されておらず、文化継承の権利が侵害されている。さらに米軍基地の存在と立ち入りを拒否できる米軍の特権は、歴史的遺産自然遺産の保全と継承に極めて大きな障害となっており、沖縄の人々の権利を侵害している」

 さらに、人種差別撤廃委員会2013年3月の日本政府への「最終見解」での指摘を取りあげる。この委員会は、次のようにまで、指摘している。

「委員会は、沖縄の独自性について当然払うべき認識に関する締結国(=日本)の態度を遺憾に思うとともに、沖縄の人々が被っている根強い差別に懸念を表明する。沖縄における不均衡な軍事基地の集中が住民の経済的、社会的、文化的な権利の享受を妨げいるとする、人種主義・人種差別に関する特別報告者の分析をさらに繰り返し強調する。委員会は締結国に対し、沖縄の人々が被っている差別を監視し、彼らの権利を推進し、適切な保護措置・保護政策を確立することを目的に、沖縄の人々の代表と幅広い協議を行うよう奨励する。」(21パラグラフ)


 島袋は、最後に、このように結んでいる。

「国連人権諸機関では、沖縄の人々を『先住民族』に該当するとして、沖縄が独立するか否かを含めて政治的な地位決定の自由と、沖縄の経済振興と社会的文化的な発展に関して沖縄が自由に決定する権利があること、つまり国政の都合を優先させない。自らの意志を優先させる権利=自己決定権を持ちうる存在であること、そして集合的な権利としての土地や海、資源の権利を持ちうる存在であることが共通認識となっている。だからこそ、国際人権法と国連の解釈に基づく勧告から、辺野古建設を阻止する自己決定の権利を沖縄が持つ、ということが引き出せる。」
 「解決策として国連機関は最低限、日本政府が『沖縄の人々の代表との幅広い協議』の場を設けることを要求している。民主的に正当に選出され、選出の際の沖縄の人々との公約=民意に基づく代表制を備えた代表が、沖縄の人々に人民の自己決定権があるということを前提として、沖縄の政治行政に関する多方面にわたる日本政府と協議の場を設けよ、という意味である。」

 そして、島袋は、現代階、緊急に可能な道筋として、「協議」の場の設定を提起する。

 「その協議において事前に自由にアクセスでき開かれた情報の提供がなされることが前提であり、そのような情報に基づいた同意または拒否の権利を沖縄側が持つ会議体でなければならず、またその場の形成においては沖縄の人々の意志が適切に反映されなければならない。それが現代階、緊急に可能な沖縄の人々の自己決定権の保障の道筋である。」


 現在の状況を見つめたとき、「私たちは、島袋の指摘・提起から何を受け取ることができるのか」を、緊急な課題として問われている。



by asyagi-df-2014 | 2015-07-27 05:40 | 本等からのもの | Comments(0)

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