安保関連法案の強行採決を考える。(1)

 自民党から弾圧の対象とされた沖縄タイムスは、強行採決の日を次のように描写した。

 「安保法案が強行採決された15日、国会前では朝から抗議行動が続いた。テレビ・ニュースを見ていて胸に突き刺さったのは『安倍のために死んでたまるか』という強烈なシュプレヒコールだった。安倍政権は、この言葉の意味を深刻に受け止めるべきである。この若者のシュプレヒコールは、国民の理解が得られていないどころか、法案そのものに対する拒否反応が極めて強いことを物語っている。」

 私たちが受け取った光景は、同様に弾圧を受けた琉球新報が映し出した「今は専制国家の時代か、ここは民主主義の国なのかと目を疑うほどの野蛮な光景だ。」という世界であった。

 安保関係法案に関しての二日続きの強行採決は、この法案がこの国のつくりを変えるものだけに、許されるものではない。
 まずは、2015年7月16日に出された各新聞の社説・論説を見る。

北海道新聞-新安保法制 特別委で強行採決 民意置き去りにした暴走
河北新報社説-安保法案強行可決/国民の理解は後回しなのか
東奥日報社説-国民世論無視した強行だ/安保法案特別委採決
デーリー東北社説-安保法案可決 立憲主義踏みにじる暴挙
秋田魁新報社説-「安保」特別委採決 国民の思いを置き去り
岩手日報社説- 安保法案可決 民意を踏みにじる強行
福島民報社説-【安保法案可決強行】違憲の疑いは消せない
新潟日報社説-安保法案採決 世論の支持は得られない
北國新聞社説-安保関連法案可決 理解得るには時間かかる
福井新聞論説-安保法案 衆院委可決 これで説得力があるのか
京都新聞社説- 安保の強行採決  民意を無視した暴挙だ
神戸新聞社説-安保強行可決/与党は聞く耳を持たないのか
山陽新聞社説-安保法案 議論は尽くされていない
山陰中央新報論説- 安保法案採決/国民の声に耳を傾けよ
徳島新聞社説- 安保法案強行可決 暴挙は断じて許せない
高知新聞社説-【安保法案採決】「決めるべき時」ではない
西日本新聞社説-安保法案 自公強行可決 「違憲立法」は許されない
宮崎日日新聞社説-安保法案強行可決
佐賀新聞論説-安保法案採決
南日本新聞社説-[委員会強行採決] 国民の声に耳ふさぐ政権に抗議する
琉球新報社説-安保法案強行採決 民意顧みぬ政府の野蛮 廃案にして審判を仰げ
沖縄タイムス社説-[安保法案採決強行]憲法を破壊する暴挙だ
朝日新聞社説-安保法案の採決強行―戦後の歩み 覆す暴挙
東京新聞社説-「違憲」立法は許さない 安保法案、採決強行
毎日新聞社説-安保転換を問う 衆院委員会採決
読売新聞社説- 安保法案可決 首相は丁寧な説明を継続せよ

 実は、この題目だけで、北國新聞・読売新聞を除き、安倍晋三政権への「否」を表現している。
 それは、「暴走」「暴挙」に留まらず「政府の野蛮」という表現にまで行き着いている。
 この中で、問題点として把握されているのは、「民意置き去り」「民意を踏みにじる」「国民の理解は後回し」「国民の思いを置き去り」「国民の声に耳をふさぐ」「議論は尽くされていない」「与党は聞く耳を持たない」「決めるときではない」、という安倍晋三政権の政治手法の問題点である。
 同じように問題として捉えられているのは、「立憲主義踏みにじる」「違憲の疑いは消せない」「違憲立法は許されない」「憲法を破壊する」「『違憲』立法は許さない」「安保転換を問う」、という基本理念に関わることへの問題点である。

 ここでは、各新聞社の主張の一部を、まとめることはせずに、気になるものだけを拾い上げてみた。

 「法案の撤回(北海道新聞)」、「今回の採決強行が踏みにじったのは憲法の平和主義、立憲主義であり、民意に背くこの暴挙を強く非難したい。(デーリー東北)」、「集団的自衛権が必要ならば手続きを踏んで憲法を改正するのが筋だろう。(秋田魁新報)」、「堂々と憲法改正を問えないまま無理を重ねた弱みと焦りが採決強行に表れている。それが国民を軽視し、憲法を損ねることに気づくべきだ。(岩手日報)」、「正攻法では無理、だから解釈変更で-との考えが安全保障関連法案の下に透けて見える。(福島民報)」、「問われているのは、憲法は権力を監視するという立憲主義と、国民を代表する議会制民主主義の実態である。(茨城新聞)」、「もはや『独裁』と批判されても仕方がない。(福井新聞)」、「60年安保(日米安保条約改定)やPKO協力法を引き合いに、首相は今回の法案も時がたてば評価されると考えているようだ。だが、それを独断専行の理由にするなら民主主義は成り立たない。(京都新聞)」、「異論に耳を傾けようとしない姿勢は「独り善がり」と言うしかない。強引な政治手法を改めなければ、有権者に見放される。(神戸新聞)」、「法案は歴代内閣が認められないとしてきた集団的自衛権の行使に道を開き、戦後日本が歩んできた平和国家の在り方を大きく変える恐れがあるものだ。国の将来に重大な影響を与える法案にもかかわらず、異常な形で採決が行われたことに、強い怒りを覚える。(徳島新聞)」、「安倍首相は、日本を取り巻く安保環境が変化したから法案が必要だと、繰り返し述べている。備えが重要なのは言うまでもない。だが、なぜ『専守防衛』の個別的自衛権では国民を守れず、集団的自衛権が必要なのか、説明は不十分だ。(徳島新聞)」、「ただし具体的な事例を問われると『(敵国に)中身をさらすことになる』『総合的に判断する』とかわしてきた。これでは自衛隊の武力行使や海外派遣が、時の政権の意向次第になりはしないか。与党の説明をいくら聞いてもその恐れは拭えない。(高知新聞)」、「国民が抱く多くの懸念が現状では何一つ解消されていない。(高知新聞)」、「政府、与党がやるべきなのは強行採決ではなく、法案の撤回である。あらためて強くそれを求める。(高知新聞)」、「憲法に基づき、国民の意思をくんで政策を実行する。民主主義の国なら、ごく当たり前のことだ。その大原則が、いとも簡単に突き崩された。これは、まさに『政権の暴走』と言っても過言ではあるまい。(西日本新聞)」、「『憲法違反』と指摘され、民意にも沿わない法律を成立させてはならない。あらためて一連の安全保障法案の撤回、廃案を求める。(西日本新聞)」、「問われているのは、憲法は権力を監視するという立憲主義と、国民を代表する議会制民主主義の実態である。(佐賀新聞)」、「『血の同盟』を命じる覚悟が安倍政権にあるのか。あらためて問いたい。(南日本新聞)」、「大戦後の集団的自衛権行使の例を見ると、ハンガリー民主化弾圧、ベトナム戦争、プラハの春弾圧と、全てが大国による小国への軍事介入だ。行使が相手国の怨嗟(えんさ)の的となるのは想像に難くない。今後、日本がテロの標的となる可能性は飛躍的に高まるだろう。(琉球新報)」、「法案は、憲法9条の下で抑制していた『軍事力』を積極的に運用し、米軍を地球的な規模で支援していくねらいがある。だが、どのような状況の時に集団的自衛権を行使するのかという肝心な点について、政府の答弁は迷走を続けた。安倍首相は『総合的に判断する』と説明するが、解釈の余地を広げ、時の政権の恣意(しい)的な判断に委ねるようなものである。(沖縄タイムス)」、「軍事力を過信し、対話の努力を欠けば、相互不信が高まり、不安定な軍備増強を招くおそれがある。いわゆる安全保障のジレンマと呼ばれる事態だ。東アジアはすでに安全保障のジレンマに陥っており、安保法案が逆に抑止力を低下させる可能性が高い。(沖縄タイムス)」、「『敵意に囲まれた基地は機能しない』のと同じように、主権者である国民から『ノー』を突きつけられた安保法案は違憲訴訟にさらされ脆弱(ぜいじゃく)にならざるをえないだろう。(沖縄タイムス))」、「それは憲法が権力を縛る立憲主義への反逆にとどまらない。戦後日本が70年かけて積み上げてきた民主主義の価値に対する、重大な挑戦ではないか。(朝日新聞)」、「『憲法違反』の疑いは結局、晴れなかった。衆院特別委員会で可決された安全保障法制関連法案。憲法九条の専守防衛を損なう暴挙を許してはならない。(東京新聞)」、「この法案の最大の問題点は、合憲性に対する疑義である。(東京新聞)」、「国の在り方や進むべき方向を決める主権者は私たち国民だ。政府や国会の暴走を止めるため、安保法案反対の声を上げ続けたい。(東京新聞)」、「日本の民主主義は健全に機能しているのだろうか。皮肉にも戦後70年の節目の年に、関連法案の進め方を通じて浮かび上がったのは、こんな根源的な疑問である。(毎日新聞)」。

 こうしてならべてみると、この強行採決の異常さが際立つ。
 今、私たちに必要なのは、「平和国家たる戦後日本の礎が、あっけなく覆された。われわれは新たな『戦前』のただ中にいる」とする琉球新報の認識を、共有するということであり、この法律の廃案へ向けた具体的な行動とそのための理論学習である。

 以下、各新聞社の社説・論説等の引用。(全部印刷すると、37ページになります)







北海道新聞-新安保法制特別委で強行採決 民意置き去りにした暴走-2015年7月16日


 法案の根幹にある疑念を置き去りにした、不当な質疑打ち切りだ。
 与党はきのう、安全保障関連法案を衆院特別委員会で強行採決した。きょうの本会議で可決し、衆院を通過させる方針だ。
 法案は、自衛隊の海外での武力行使に道を開き、平和主義に基づいてきた戦後日本の安保政策を大きく転換する内容で、違憲の疑いが強い。
 野党各党は、審議が尽くされていないとして特別委での採決を拒否した。その背景には、法案成立に反対する国民の声がある。
 安倍晋三首相はきのうの質疑での答弁で「まだ国民の理解が進んでいる状況ではない」と認めた。
 主権者である国民の理解が不十分と知りながら、国のかたちを左右する法案の採決を強行するとは、言語道断だ。
 与党の数の力を頼り、民意をないがしろにする安倍政権の姿勢は、議論による意思決定を旨とする民主主義の原則から大きく外れている。
 与野党の議員は、政権のさらなる暴走を食い止めねばならない。
■政府は法案の撤回を
 自民党の佐藤勉国対委員長は採決後、「現場の議論は出尽くした感があった。私どもに瑕疵(かし)があるとは考えていない」と述べ、特別委での採決を正当化した。
 しかし国会の外では、法案の採決を非難する市民の声が響いた。その動きは道内を含め、全国各地に広がっている。
 手続きに誤りがないといっても、問題なのは法案自体に大きな瑕疵があることだ。
 今回の法案と採決への疑義は政府・与党内にもくすぶっている。
 特別委での強行採決を担った自民党の浜田靖一委員長はその直後、法案10本を束ねた政府の手法について「いかがなものかと思う。もっと丁寧にという批判もある」と述べた。
 問題を自覚しながら採決を強行するとは、明らかな矛盾だ。とても見逃すことはできない。
 110時間を超える審議の結果、国民の多くが「反対」の意思を示したのならば、政府・与党のとるべき道は一つしかない。
 法案を潔く撤回することだ。
 審議の時間を重ねただけで採決を正当化する政府・与党の姿勢はとうてい容認できない。
■国民より対米公約か
 そもそも安倍政権には、昨年の衆院選で得た数の力を背景に、批判に耳を貸さない姿勢が鮮明だ。
 首相は、集団的自衛権の行使に関わる憲法解釈を変更した昨年7月の閣議決定から、安保法制を先取りした日米防衛協力指針(ガイドライン)の改定まで、国会での本格的な議論を拒み続けてきた。
 4月の米議会での演説では、安保関連法案の成立について「この夏までに実現する」と言明していた。
 今回の法案採決は、民意や国会での議論よりも、米国への公約を優先した結果ではないのか。
 首相はきのうの特別委でも、理解が不十分と認めながら「国民の生活を守る」として、法案成立を目指す姿勢を曲げなかった。
 憲法の規定では、参院に法案が送られた後、60日を過ぎても議決されなければ、衆院は出席議員の3分の2以上の賛成で再可決、成立させることができる。
 今国会でこの「60日ルール」を適用するには事実上7月24日までに衆院を通過させる必要がある。
 公明党幹部は「審議すればするほど政権の支持率が下がる」と嘆いたという。
 反対論が広がる前にと、法案の成立を急いでいるのだとすれば、本末転倒もはなはだしい。
■政治の責任自覚せよ
 きのうの特別委は混乱した。
 浜田委員長が審議の終結を宣言すると野党議員が詰め寄った。
 委員長の声すら聞こえない怒号が飛び交う中、採決が強行された。とても正常とはいえない。
 特別委の最終盤に繰り広げられたのはいつもの駆け引きだ。
 維新の党が提出した対案をめぐり、与党は野党の分断を狙った。
 一方の維新も、協議に応じることで自らの存在感を高めようとした。そんな思惑が空回りした。
 いまこそ国会は、国権の最高機関としての役割を思い起こさねばならない。
 とりわけ与党議員に問いたい。本当にこの法案が国民の安全につながると考えているのか。
 ただ政権につき従うのでは、有権者の代表としての責任を果たしたことにはならない。
 野党議員にも求めたい。議論を通じて、法案の問題点をもっとあぶり出す必要がある。
 いまこそ議員一人一人が、国民の声に真摯(しんし)に耳を傾けるよう求めたい。


河北新報社説-安保法案強行可決/国民の理解は後回しなのか-2015年7月16日


 「憲法違反」との批判が広がり、慎重審議に基づく国民の理解というよりどころも欠いたまま、安全保障政策の大転換を数の力で押し切るなど、乱暴で拙速に過ぎる。
 安保関連法案がきのう、衆院平和安全法制特別委員会で、自民、公明の与党による単独採決の結果、可決した。きょう、衆院本会議で可決、参院に送られる見通しだ。
 審議を重ねるごとに法案のあらが浮き彫りになる。憲法解釈の変更を閣議決定ですり抜け、専守防衛を国是とする国のあり方に深く関わる重大な法案の採決を与党が強行する。法案の内容も手続き、審議の経緯も容認できない。
 法案の要である集団的自衛権の行使について、憲法学者の大半が「違憲」の見解を示している。限定行使も曖昧さを拭えず、自衛隊派遣をめぐる政府判断への白紙委任にも等しい。改正法10本を一括した法案と新設の計2本に集約、審議の短縮化を図る。
 法案の欠陥を挙げれば、きりがない。
 安倍晋三首相は「丁寧な説明」「国民の理解」を強調する。確かに、時間だけは積み重ねたが、質問にまともに答えないなど、審議を尽くしたとは言えない。何より、世論調査が示す通り、主権者の賛同を得るに至っておらず、民意に背いているではないか。
 採決に先立つ中央公聴会で疑問視する意見が相次ぎ、地方参考人質疑では与党推薦の出席者でさえ、理解を深める審議を促した。反対や慎重審議を求める意見書を可決した地方議会も増え続けている。
 安倍首相自身、きのうの締めくくり質疑で「国民の理解が進んでいないのは事実だ」と答弁、そうした現状を認めた。自民党も平和安全法制推進本部の下に理解促進行動委員会を設置した。ならば、採決に踏み切る前に対応すべきことがあったはずだ。
 そもそも、今、なぜ安保政策の大転換なのか。安倍首相は「環境の変化」を根拠に据えるものの、依然、その内実が不透明で分かりづらい。
 中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発などを挙げてはいる。が、自衛隊の出動で中東・ホルムズ海峡での機雷掃海も例に挙がり、国民は自衛の拡散に戸惑う。
 行使の可否などをめぐり迷走する政府答弁に「根本的な背景」がうかがえる。
 実際、台頭する中国への対抗上、パワーバランスの維持に向けて米国を助け、同盟強化を図らざるを得ないとする強迫観念の前に、周辺環境の厳しさが必要以上に強調されている側面を否定できまい。
 平和国家の国柄をがらりと変え、憲法を超える日米一体化を進めようというのであれば、改正でその制約を解くなど国民の広範な支持が要る。
 安倍首相は安保条約改定などの歴史を例に、当初は反対でも後々、理解を得られる旨の答弁を繰り返す。独善的な政治に通じる、極めて危うい姿勢と言わざるを得ない。
 野党も責任を免れない。あらためて論点を整理、政府を徹底追及して法案の本質に迫るべきである。参院での審議がある。国民の不安、疑念に応える幅広い取り組みで、野党の存在を示してほしい。


東奥日報社説-国民世論無視した強行だ/安保法案特別委採決-2015年7月16日


 与党の自民、公明両党は衆院平和安全法制特別委員会で集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の採決に踏み切り、与党単独で可決した。報道各社の世論調査では反対の声が多数を占め、反対運動も広がっている。野党が採決に反対して委員長席に詰め寄り、混乱する中で行われた採決は世論を無視した強行と言わざるを得ない。

 政府、与党は16日にも衆院本会議で可決し法案を参院に送る構えだ。国民の疑念を置き去りにしたまま、衆院本会議の採決に国民の代表として自信を持って臨めるのか。与党の衆院議員はもう一度国民の声に耳を傾けるべきだ。

 安倍晋三首相は数日前に「私も丁寧に説明してきた」と述べたが、締めくくり総括質疑では「理解が進んでいないのも事実だ」と前言を撤回した。閣僚からも「理解が進んできたと言い切る自信はあまりない」(石破茂地方創生担当相)、「より深い理解の下で国の安全保障は考えられるべきだ」(塩崎恭久厚生労働相)との指摘がある。

 理解が進まない理由の一つは、政府側の答弁が明確でないことだ。多くの憲法学者による「法案は憲法違反」との指摘にきちんと反論していない。集団的自衛権を行使する場合の新3要件の定義、具体的な活動内容も曖昧なままだ。審議が110時間を超えたとはいえ、時間が来れば「決める」のではなく「立ち止まる」という政治判断もある。

 民主党など野党各党は締めくくり質疑に応じた上で、採決には強く抗議した。対案を提出した維新の党も与党側との修正協議が折り合わず、維新案は否決された。維新を採決に巻き込んで強行のイメージを回避しようとした与党側の思惑は失敗した格好だ。

 政府、与党が衆院採決を急ぐのは、参院で法案審議が難航しても60日たてば「否決」と見なし、衆院で再可決・成立させる「60日ルール」の適用が念頭にあるためだ。16日に衆院を通過させれば、9月中旬以降の再可決が可能となり、9月27日の国会会期末までの成立は確実になる。しかし、議席数で押し切ろうという国会運営で国民の納得が得られるだろうか。

 世論調査では内閣支持率も下がりつつある。審議を積み重ねるにつれて法案そのものと、安倍政権の姿勢への不信感が増しているのが実態ではないか。議会制民主主義の在り方が問われている。


デーリー東北社説-安保法案可決 立憲主義踏みにじる暴挙-2015年7月16日


 集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法案は、衆院平和安全法制特別委員会で野党が抵抗する中、自民、公明の与党が採決を強行、可決された。法案は16日にも衆院を通過し、参院に送付される。

 歴代内閣が「憲法上、行使できない」としてきた集団的自衛権を、憲法の改正手続きを経ずに解釈変更で「行使可能」に転換させた安倍政権の手法は、立憲主義に反すると言わざるを得ない。

 さらに「専守防衛」の安保政策を根底から覆す法案に対しては「憲法違反」の批判が専門家らの間でやむことなく続いている。審議に100時間以上費やしたが、安倍晋三首相も認めたように国民の理解は進んでおらず、逆に懸念が深まって法案反対のデモや集会が全国に波及している。今回の採決強行が踏みにじったのは憲法の平和主義、立憲主義であり、民意に背くこの暴挙を強く非難したい。

 安倍政権と与党が集団的自衛権行使容認の根拠としたのは最高裁の砂川事件判決(1959年)と、「集団的自衛権と憲法との関係」に関する政府見解(72年)だ。

 政府、与党は砂川判決のうち「わが国が自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然」という部分を引き「個別的、集団的を区別せずに自衛権を認めている」と強調。さらに「自衛の措置をとることを憲法9条は禁じていないが、必要最小限にとどまるべきだ」とした政府見解を持ってきて論理を補強した。

 だが砂川裁判の争点は在日米軍の駐留が認められるかどうかであり、集団的自衛権の合憲性が争われたわけではない。政府見解に至っては「集団的自衛権の行使は許されない」と結論付けている。政府、与党のやり方は「つまみ食い」して都合良く解釈するあしき典型例ではないか。

 安倍首相は法案の必要性について「安保環境の根本的な変化」を指摘、集団的自衛権を行使する「存立危機事態」の想定例として中東・ホルムズ海峡での機雷掃海や、朝鮮半島有事の際の米艦護衛を挙げた。だがどちらの例でも存立危機事態の認定基準は曖昧で、政府の裁量次第となる可能性が強い。

 法案が衆院を通過すれば、参院で手間取っても衆院再可決の「60日ルール」が適用できるため、会期内成立は確実だ。

 しかし、理不尽な手段で法を生み出すような安倍政権の姿勢は憲政に汚点を残すだろう。


秋田魁新報社説-「安保」特別委採決 国民の思いを置き去り-2015年7月16日


 集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案を審議していた衆院の特別委員会が採決に踏み切り、自民、公明の賛成により可決した。審議が不十分だとして野党が抗議する中での採決強行だ。国民の理解も進んでいない段階での暴挙であり、容認できない。

 法案はきょうの衆院本会議で可決されて参院に送られる見込みだ。安倍晋三首相は「決めるべき時には決める」と言うが、いま、ここが決めるべき時だとは思えない。

 与党は特別委での審議時間が110時間を超えたことから「過去の重要法案と遜色ない」(山口那津男・公明党代表)とした上で、論点は出尽くし、採決の環境が整ったと判断した。

 だが共同通信社が6月20、21日に行った世論調査では、安保法案に反対する人が58・7%、今国会での成立に反対する人が63・1%と、法案に否定的な回答が過半数を占める。採決の強行が国民の思いを置き去りにしていることは明らかだ。

 同じ世論調査では、政権が法案について十分説明していないと思う人が84%に上った。首相の答弁は持論の反復が目立ち、議論が深まらないためだろう。

 首相は衆院特別委で「国民の理解が進んでいないのも事実だ」と述べた。石破茂地方創生担当相や塩崎恭久厚生労働相も同様の見解を示している。そうであるのなら、さらに審議を重ねることが道理である。

 そもそも、集団的自衛権の行使を盛り込んだ法案は憲法違反だとの指摘に対し、納得できる説明がなされていない。

 集団的自衛権は自国が攻撃を受けていなくても、密接な関係にある国が攻撃された場合は攻撃できる権利だ。歴代政権は、日本への攻撃を排除するための必要最小限度の実力行使しか認めていない現行憲法の枠組みを超えるとして、集団的自衛権の行使を否定してきた。

 だが安倍政権は安全保障環境の変化を理由に、憲法の解釈変更によって行使容認を閣議決定した。特別委では違憲か合憲かの議論に時間が費やされたが、合憲と主張する政府・与党側から国民を納得させるだけの論拠が示されたとは言い難い。集団的自衛権が必要ならば手続きを踏んで憲法を改正するのが筋だろう。

 特別委で議論されないままの論点も多い。安保法案は新設法案と、関連10法を一括改正する法案の2本立てだ。一括法案の中には「米軍行動円滑化法」「特定公共施設利用法」など、現行法がどのように変わるのか不明瞭なものもあるのに、集団的自衛権の議論に紛れるようにして改正されようとしている。

 首相は4月、米議会での演説で「夏までに(安保法案の成立を)実現させる」と述べた。米国に対して顔向けできても、最も大切な国民の思いを踏みにじるような物事の進め方は、到底認められない。


岩手日報社説- 安保法案可決 民意を踏みにじる強行-2015年7月16日


 怒号が飛び交い、騒然とした中で、自民、公明両党は安全保障関連法案を与党単独で可決した。15日の衆院平和安全法制特別委員会の光景を目に焼き付けておく。民意が踏みにじられた瞬間だ。

 日本の憲政史に汚点を残した。法案は違憲の疑いが濃いまま集団的自衛権の行使に道を開いた点で重大だ。安倍晋三首相自身が「国民の理解が進んでいない」と認めた中での採決という点に至っては、これほど国民と国会をないがしろにするものはない。

 国民の不安ははっきりしている。判例を都合よく解釈して、集団的自衛権は合憲だとする政府の考え方に納得できないことがまず一つ。

 集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」は恣意(しい)的に判断される恐れが強く、国会承認など「歯止め」の危うさも浮き彫りにされた。

 さらに、自衛隊をはるかに危険な場所に送り込むのにリスクを語らず、戦後日本が築いた「平和ブランド」が変質する懸念が大きい。

 首相が言う「抑止力」はむしろ、専守防衛を手放し、外交による平和的解決を遠のかせるのではないかという不安も根強い。

 しかし、政府は審議の中でこれらの疑問に対してはぐらかしたり、抽象論で答えることが多かった。各世論調査で「説明不足」が圧倒的に多いことの理由だ。

 地方議会からの「異議申し立て」も多い。共同通信のまとめでは、「廃案」を求める意見書を可決した岩手県議会など、国への意見書は500件近い。ほとんどが撤回や慎重審議を求めるものだ。

 それなのに、なぜここで審議を打ち切るのか。日程ありきは明白だ。念頭にあるのは参院で採決に至らなくても、衆院で再可決すれば成立させられる「60日ルール」の適用に十分な日数だ。

 これまでの審議時間は確かに110時間を超えた。与党は、かつての国連平和維持活動(PKO)協力法などの審議時間を超え「論点は出尽くした」とする。

 今回の安保関連法案は2本だが、1本は国際紛争に対処する他国軍の後方支援を随時可能とする新法「国際平和支援法案」。もう1本の「平和安全法制整備法案」は自衛隊法、武力攻撃事態法、PKO協力法など改正10本をまとめたものだ。

 これまでの自衛隊の活動を大きく踏み出す法案だけに、本来ならばそれぞれの内容をもっと精査してもいい。審議時間の「長さ」も「深さ」も足りない。

 堂々と憲法改正を問えないまま無理を重ねた弱みと焦りが採決強行に表れている。それが国民を軽視し、憲法を損ねることに気づくべきだ。


福島民報社説-【安保法案可決強行】違憲の疑いは消せない-2015年7月16日


 憲法違反ではないのか-。国民の疑問に十分応えないまま、安全保障関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で自民、公明両党の賛成により可決された。与党は16日にも衆院本会議で可決し、衆院を通過させる方針だ。日本の安全保障政策を大きく転換する重要法案にもかかわらず、政権からは国民に丁寧に説明して共に進もうという謙虚さが感じられない。
 法案は、歴代政権が憲法九条に基づいて認められないとしてきた集団的自衛権の行使解禁を柱とする。安倍政権は昨年7月に従来の憲法解釈を変更して行使容認を閣議決定した。法が成立すれば、実際に行使が可能となる。
 昨夏の閣議決定後には、憲法改正ではなく解釈変更の手法を取った内閣の対応が批判を浴びた。今国会でも、6月初めの衆院憲法審査会で自民党推薦を含む参考人の憲法学者3人全員が法案を「憲法違反」と指摘するなど、各方面から違憲の声が上がっている。内閣の基本的姿勢と法案の根幹部分に疑問が突き付けられていると言える。
 国民も法案と憲法との関係を厳しく見ている。福島民報社などが6月下旬に実施した県民世論調査によると、法案を憲法に照らして「違反している」とする回答は54・3%、「違反していない」は15・3%だった。ほぼ同時期の共同通信社の全国世論調査では「憲法に違反していると思う」が56・7%、「違反していると思わない」は29・2%。法案そのものへの賛否では「反対」が58・7%、「賛成」は27・8%だった。
 国民の多くが法案を違憲と捉えている。政府が過去の政府見解と最高裁判決を合憲の根拠とし、安倍晋三首相が「合憲だと絶対的な確信を持っている」と強弁しても、国民の感覚との隔たりは埋まらない。批判に素直に耳を傾けるべきだ。
 日本を取り巻く安全保障環境の変容に伴い、対策を検討する必要はあるだろう。「国民の命と平和な暮らしを守り抜く」との首相の決意自体を否定するものでもない。国民のため、平和のために集団的自衛権を認めるべきだとの信念を持っているなら、閣議決定による憲法解釈変更などではなく、真正面から堂々と憲法改正を問うべきだった。
 今国会で首相は憲法九条について「国民の過半の支持がなければ改正できない。現状ではとても九条を改正せよという状況にはなっていない」と述べた。正攻法では無理、だから解釈変更で-との考えが安全保障関連法案の下に透けて見える。


茨城新聞論説-安保法案採決 国民無視の強行だ-2015年7月16日


与党の自民、公明両党は衆院平和安全法制特別委員会で集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の採決に踏み切り、与党単独で可決した。審議が110時間を超えたとはいえ、報道各社の世論調査では反対の声が依然として多数を占める。各地で反対運動も広がり、閣僚からも「理解が進んでいない」との声が出ている。

野党が採決に反対して委員長席に詰め寄り、混乱する中で行われた採決は世論を無視した強行と言わざるを得ない。

政府、与党は16日にも衆院本会議で可決し法案を参院に送る構えだ。なぜそんなに急ぐのか。衆院本会議の採決に国民の代表として自信を持って臨めるのか。与党の衆院議員はもう一度国民の声に耳を傾けるべきだ。

安倍晋三首相はわずか数日前に「私も丁寧に説明してきた」と述べたが、この日の締めくくり総括質疑では「理解が進んでいないのも事実だ」と前言を撤回した。

閣僚からも「理解が進んできたと言い切る自信はあまりない」(石破茂地方創生担当相)、「より深い理解の下で国の安全保障は考えられるべきだ」(塩崎恭久厚生労働相)との指摘がある。

理解が進まない理由の一つは、政府側の答弁が明確でないことだ。多くの憲法学者による「法案は憲法違反」との指摘にきちんと反論していない。集団的自衛権を行使する場合の新3要件の定義、具体的な活動内容も曖昧なままだ。

首相は「確固たる信念で政策を前に進めていく」と強調。菅義偉官房長官は「いつまでもだらだらやるべきではない。決めるときは決めることが必要だ」と述べた。

しかし「だらだら」は政府側の答弁であり、審議の時間数よりも重要なのはその内容であるはずだ。時間が来れば「決める」のではなく「立ち止まる」という政治判断が求められる時もある。

民主党など野党各党は締めくくり質疑に応じた上で、採決には強く抗議した。対案を提出した維新の党も与党側との修正協議が折り合わず、維新案は否決された。維新を採決に巻き込んで「強行」のイメージ回避を図ろうとした与党側の思惑は失敗した格好だ。国会での幅広い合意を形成できなかった与党の国会運営は厳しく責任が問われるべきだ。

政府、与党が衆院採決を急ぐのは、参院で法案審議が難航しても60日たてば「否決」と見なし、衆院で再可決・成立させる「60日ルール」の適用が念頭にあるためだ。16日に衆院を通過させれば、9月中旬以降の再可決が可能となり、9月27日の国会会期末までの成立は確実になる。しかし「衆院3分の2以上」という議席数で押し切ろうという国会運営は国民の納得が得られるだろうか。

ほとんどの世論調査では法案に「反対」や「評価しない」の声が過半数に上る。内閣支持率も下がりつつある。審議を積み重ねるにつれて法案そのものと、安倍政権の姿勢への不信感が増しているのが実態ではないか。

法案に反対する集会が各地に広がり、学生や子供を持つ母親たちのグループも声を上げている。地方議会からも法案の撤回や慎重審議を求める意見書提出が相次ぐ。問われているのは、憲法は権力を監視するという立憲主義と、国民を代表する議会制民主主義の実態である。


新潟日報社説-安保法案採決 世論の支持は得られない-2015年7月16日


 自民党、公明党の与党は15日、衆院平和安全法制特別委員会で集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の採決に踏み切り、可決させた。
 きょう衆院本会議で可決、通過させることを目指す。
 特別委では、全ての野党が反対する中で採決が強行された。少数意見を無視するかのような姿勢は、民主主義の基本を揺るがす暴挙といえる。
 真剣に説明を尽くそうとせず、国民に反対の声が強まるのを無視する形で議論をやめた。
 数をかさに着て自説を曲げずに押し通そうとするのは、傲慢(ごうまん)のそしりを免れない。世論の支持は得られない。
 私たちは昨年7月の集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に反対し、国民的な議論を経ない一内閣による解釈改憲は許されないと批判し続けてきた。
 その集団的自衛権行使を中核とする安保法案は、5月下旬から衆院特別委で100時間を超える審議がされた。
 国会における徹底した議論に期待感も持ったが、結果として肩すかしだった。
 政府・与党は自衛隊員のリスク拡大が避けられないという野党の指摘に正面から答えず、答弁内容にも一貫性を欠いた。
 集団的自衛権行使の要件や行使の例示は具体的とはいえなかった。その姿勢は、まるで政府への白紙委任を求めているのかと思わせるほどだった。
 後方支援は他国の武力行使と一体化する懸念が消えない。
 どの部分を取り上げても、議論は尽くされたとは言えない。自衛隊員が戦闘、戦争に巻き込まれ、他国民から傷つけられたり、傷つけたりする心配への答えにはならないだろう。
 安保法案整備は安保環境の大きな変化に対応するためという政府の説明を仮に理解するとしても、安保法成立で生じる危険に見合うものではない。
 審議内容ではなく政治日程優先で事を急いだのは明らかだ。参院議決に至らずとも衆院再議決で成立させるのが60日ルールだ。これを有効にしておくぎりぎりの線だったと思われる。
 安倍晋三首相が米議会で「夏までに」と明言した「対米公約」も背景にあるはずだ。
 与党は十分な審議時間を強調した。だが、二つの安保法案のうち一つは、10法案改正を強引に1本にまとめたものだ。
 それぞれが重い内容を含み、個別の審議ならこの程度の時間では済まないだろう。
 終盤で与党は、維新の党の対案に配慮する姿勢を見せた。「審議終結」を前にした演出だったのなら誠実さが疑われる。

 この間、自民党元議員らから、今国会成立を急ぐ安倍政権への異議が出された。議員にもそうした声はあるのに、党の顔色をうかがい、目立った動きにならないのが情けない。
 今からでもいい。政府・与党は国会内外の批判に耳を傾け、法案の再検討を決断するべきだ。


北國新聞社説-安保関連法案可決 理解得るには時間かかる-2015年7月16日

 衆院平和安全法制特別委員会で、安全保障関連法案の採決が行われ、与党の賛成多数で可決された。会期を2カ月以上残しながら、採決に踏み切ったのは「60日ルール」の適用をにらみ、安全保障関連法案の成立を確実にするためだろう。

 この日、質問に立った民主党の長妻昭代表代行は「本当に国民への説明を尽くしたのか。国民の理解が得られていない中、強行採決は認められない」と厳しく批判し、首相も「国民の理解が進んでいないのも事実だ。だからこそ理解が進むように努力を重ねていきたい」と答えた。

 法案への国民理解が進んでいないと認める声が政権内からも出ている。首相自身それを承知しながら採決に踏み切ったのだから、批判されても仕方がない面もある。

 ただ、審議時間が110時間を超えてなお、国民の理解がなかなか進まないのは、法案の中身が幅広く、複雑で理解しにくいからだろう。例えば、法案にある「存立危機事態」は、自衛隊の集団的自衛権を行使する基準であり、「重要影響事態」は、後方支援の話だと即座に答えられる人が、どれほどいるだろうか。

 いくら平易な言葉で説明されても、国民の側が条文の意味を知る努力をしないと理解はおぼつかない。読むのに骨が折れる上に、聞き慣れぬ用語の羅列が食わず嫌いにさせている面もあるのだろう。だからこそ、国民の理解を得るのは容易ではないと思わねばならず、一定の支持が得られるまで相当な時間がかかるのはやむを得ない。

 中国の軍事大国化や北朝鮮の核・ミサイル開発などで、東アジアの安保環境は、米ソ冷戦時代以上に緊迫化している。特に中国の海洋進出は各地であつれきを生み、偶発的な衝突が起きる懸念がぬぐえない。

 安保関連法案は、日本の備えを厚くするために必要であり、速やかに成立させることが望ましい。きょう16日に衆院を通過できれば、今国会での成立が確実になるが、国民の理解を得る努力は、むしろこれからだ。参院での審議はもとより、法案成立後も時間をかけて説明していく必要がある。


福井新聞論説-安保法案 衆院委可決 これで説得力があるのか-2015年7月16日


 数の力に頼り、傲慢(ごうまん)とも思える手法でごり押し。平和憲法をねじ曲げてまで推し進める安倍政権の安全保障法制の整備手法。もはや「独裁」と批判されても仕方がない。
 安倍政権が目指す集団的自衛権の行使容認は、歴代政権が憲法9条に基づき、「認められない」と自制してきた禁じ手である。法案の根幹を揺るがす疑念を払拭(ふっしょく)しないまま安保政策の大転換を図ろうとしている。
 自民、公明両党は衆院平和安全法制特別委員会で同行使を可能にする安全保障関連法案の採決に踏み切り与党単独で可決した。
 ■劣化する政治現場■
 野党議員が「強行採決反対」「アベ政治を許さない」などと書かれた紙を振りかざしながら委員長席に迫り、怒号が飛び交う中での採決。その異様な光景は強行そのものだ。だがメディア露出を多分に意識した野党側の派手な行為に違和感を抱いた国民もいるのではないか。極端な賛成・反対の二項対立に陥った拙劣な政治の現場である。
 法案の審議時間は今月10日で100時間を超えた。与党は、国連平和維持活動(PKO)協力法が87時間だったことなどを採決の根拠にしているが、果たして十分な根拠たり得るか。
 要は40年間以上続いた憲法解釈を変更するものだ。憲法学者の大半が「違憲」と批判している。審議対象は2法だが、一つは10法改正案を束ねている上、民主、維新も対案を出したばかり。これで100時間の論理が通るはずもない。
 ■進まない国民理解■
 政府が「厳格な歯止め」と強調する「武力行使の新3要件」は法案審議の重要な論点である。だが安倍晋三首相と閣僚の解釈が食い違ったり、「総合的に判断する」「例示がすべてではない」などと曖昧答弁を繰り返し、法案の危うさが浮き彫りになっている。
 各種世論調査で、国民の約8割が「説明不足」、6割近くが「憲法違反」と答えるのも、法案に疑問があるからだ。内閣支持率調査で「支持せず」が「支持」を逆転する事態になっていることを首相はどう受け止めているのだろうか。
 10日の特別委で「(国民の)理解が深まった」との認識を示したが、閣僚からさえ「国民の理解が進んできたと言い切る自信がない」(石破茂地方創生担当相)との声が公然と挙がった。すると首相は採決前の審議で「国民の理解が進んでいないのも事実だ」と前言を撤回。「理解が進むように努力を重ねる」と述べた。
 ■「私は総理大臣だ」■
 首相はこれまで「丁寧に説明する」と繰り返してきたはずだ。だが今回の法整備では従来の地理的線引きを取り払い、地球規模で自衛隊活動が可能。米軍などに対する「後方支援」の枠をはめ込んでも、他国並みの軍事行動になる危険性がある。「自衛隊のリスクは下がる」という首相の言葉には説得力がない。
 日米安保改定(1960年)やPKO法(92年)と比べはるかにリスクが高まり、多様な論点をはらんでいる。菅義偉官房長官が「いつまでもだらだらやるべきではない」と述べたが「だらだら」は政府側の答弁であり、時間より内容が重要なことを理解せず、力で法案成立を目指している。
 政府、与党は16日にも衆院本会議で可決し法案を参院に送る構えだ。参院で審議が難航しても衆院で再可決・成立させる「60日ルール」を適用すれば、9月27日の国会会期末までの成立が確実になる。
 「立憲主義、国民主権、議会制民主主義に反する」と憲法学者らが批判する安倍政権の強引な安保法制化手続きである。5月の党首討論で首相は「法律の説明は全く正しいと思いますよ」「私は総理大臣なんですから」と矜持(きょうじ)を示した。いくら正当性を訴えても「拙速」「違憲」のそしりは免れない。それで国民や歴史に責任を負えるのか。


京都新聞社説- 安保の強行採決  民意を無視した暴挙だ-2015年7月16日


 主権者である国民も、法治国家の根幹を成す憲法も軽んじる暴挙と言うほかない。
 政府・与党はきのうの衆院特別委員会で、集団的自衛権の行使を含む安全保障関連法案の採決に踏み切った。
 民主党など野党が審議続行を求め、怒号が飛び交う中、構わず数の力で押し切った。今国会で法案を成立させるための「日程ありき」の強行採決である。
 各メディアの世論調査では、法案に「反対」が「賛成」を大きく上回る。国民の多くは憲法違反と考え、今国会での成立に否定的な声が過半数を占める。
 特別委の採決に先立つ締めくくり質疑で、安倍晋三首相は「国民に十分な理解を得られていない」ことを認めた。
 ならば、さらに審議を続け、説明を尽くすのが筋だろう。その責任を放棄した採決強行は、もはや国民の理解を得られない法案であることを認めたに等しい。
 多くの憲法学者らが指摘する「違憲」の疑念は晴れないばかりか、ますます深まっている。自衛隊員のリスク増大への懸念についても、政府は説得力のある根拠を示すことなく否定を続け、国民の不安は募る一方だ。
 政府・与党はきょうにも本会議で可決する方針だが、このまま衆院を通過させるべきではない。
 政府が早期成立にこだわるのは、首相が米議会演説で「公約」していることや、来年夏の参院選への影響を最小限に抑える思惑からだろうが、身勝手な都合にすぎない。
 60年安保(日米安保条約改定)やPKO協力法を引き合いに、首相は今回の法案も時がたてば評価されると考えているようだ。だが、それを独断専行の理由にするなら民主主義は成り立たない。
 安倍首相に必要なのは、丁寧な国会運営と、国民の声に真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢だ。
 締めくくり質疑で首相は「理解が進むよう努力を重ねていきたい」とも述べたが、そのためには質問の論点をそらさず、正面から向き合う答弁が欠かせない。
 連日、国会周辺や京都など全国各地で、法案に反対する集会やデモが行われている。国民に身近な市町村議会からも廃案や慎重審議などを求め、450件を超す意見書が国会に提出されている。
 世論調査に表れた支持率低下は、法案への不安を無視した強引な政権運営への批判である。首相は厳しく受け止めるべきだ。


神戸新聞社説-安保強行可決/与党は聞く耳を持たないのか-2015年7月16日


 安全保障関連法案が衆院特別委員会で可決された。野党議員の怒号が飛び交い、議場が混乱する中で、与党単独での採決が強行された。
 歴代政権が憲法9条に基づき認められないとしてきた集団的自衛権の行使を可能にするなど、日本の安保政策を大転換させる内容だ。
 与党はきょうの衆院本会議でも数の力で強行可決する構えである。
 憲法学者が「違憲」と指摘し、国民が「説明が不十分だ」と訴えても全く聞く耳を持たない。民意に背を向けた与党の姿勢は、国会の歴史に汚点を残すことになるだろう。
 安倍晋三首相はきのう初めて「国民の十分な理解を得られていない」と認めた。「理解が進むよう努力を重ねる」とも語った。
 本当にそう考えるのなら、国民や学者らの声に謙虚に耳を傾け、法案の是非を再検討すべきだ。独善的な姿勢では決して理解は得られない。
       ◇
 自衛隊法、武力攻撃事態法、周辺事態法、国連平和維持活動(PKO)協力法、米軍行動円滑化法…。
 安保法案のうち1本は、こうした法律改正案を一つに束ねたものだ。関係する法律は計10本に及ぶ。
 併せて国際紛争に対処する他国軍の後方支援を随時可能とする恒久法の制定も目指す。形式上は二つの法案だが、中身は多岐にわたる。
複雑で難解な法案
 国会の審議時間は110時間に達した。与党は「目安となる80時間を超え、審議は尽くされた」として採決に踏み切ったが、事実は逆だ。まだ多くの論点を積み残している。
 過去、国会で80時間以上かけて審議したのはほとんどが単独法案で、3国会にまたがった有事関連法の審議も対象法案は3本にとどまる。
 それらと比べれば、国会提出からわずか2カ月での委員会採決は急ぎ過ぎだ。国民の理解が追い付かないのは当然と言える。
 与野党の質疑では「重要影響事態」「存立危機事態」「武力攻撃事態」「緊急対処事態」などの耳慣れない言葉が飛び交う。
 違いが分かりにくく、安倍首相や中谷元・防衛相も答弁に窮する場面が何度もあった。そのような難解な法案の成立を今国会だけで目指すこと自体、無理がある。
 ところが、首相は4月の米議会演説で「この夏までの成就」を明言した。日米防衛協力指針(ガイドライン)の見直し合意を受けて胸を張ったのだろうが、国会審議より対米公約を先行させる首相の言動は本末転倒と言うしかない。そうした前のめりの姿勢が、不信や混乱を招いていることは否定できない。
 法案が閣議決定された4月、「国民が法案の意味を理解するまで1、2年かけて議論すべきだ」という町の声を記事で紹介した。法整備が必要だと言うなら、一つ一つ時間をかけて説明してもらいたい。それが多くの国民の率直な思いだろう。
 そうした要請に応えようとしない政府、与党の対応は「国民不在」と批判されても仕方がない。
重い「違憲」の指摘
 何よりも憲法学者らが相次ぎ法案を「違憲」と指摘した事実は重い。だが、政府、与党には真摯(しんし)に向き合う姿勢が見られない。
 歴代内閣は憲法の制約の下、日本が武力攻撃を受けた場合にのみ個別的自衛権の発動を認めてきた。
 集団的自衛権を行使して日本を攻撃していない他国に武力を行使すれば、「先制攻撃」と受け取られる恐れは否定できない。許される憲法解釈の範囲を逸脱しかねず、歴代内閣法制局長官も「違憲」や「違憲の疑い」があるとする。
 しかし、首相は「憲法学者は安全保障の専門家ではない」などと取り合わず、議論を深めようとしない。法案の根幹に関わる問題を無視して自らの主張を押し通すばかりだ。
 そもそも、急いで安保政策を見直す理由は何なのか。
 首相は、邦人が巻き込まれたテロや北朝鮮の核兵器開発などを挙げ、「厳しい現実から目を背けてはならない」と語る。安保情勢の変化に対応するため、米軍などとの協力を拡大する。それには集団的自衛権の限定的な行使が必要だと力説する。
 だが、抽象的な議論だけでは法整備の理由にならない。対処すべき具体的な事実を示す必要がある。官僚として法案作成に携わった経験がある野党議員のそうした疑問にも、政府側の明確な答弁はない。
 「起こらないとは限らないという理由だけで法律をどんどん変えるのか」。そうした質問にも、首相は日本の存立を脅かす事態が発生する可能性があるなどと繰り返すのみだ。議論が深まらない原因の大半は政府、与党の側にある。
 異論に耳を傾けようとしない姿勢は「独り善がり」と言うしかない。強引な政治手法を改めなければ、有権者に見放される。


山陽新聞社説-安保法案 議論は尽くされていない-2015年7月16日


 集団的自衛権の限定的な行使を可能にすることなどを柱とする安全保障関連法案がきのう、衆院平和安全法制特別委員会で可決された。野党は審議が不十分などとして反対し、激しく怒号が飛び交う中での採決となった。

 これまでも指摘してきた通り、国会審議が進むにつれて関連法案の曖昧さが浮かび上がっている。自衛隊の武力行使や他国軍への後方支援を認める基準などをめぐり、政府の答弁が安定せず、分かりづらい場面が多くあった。

 安倍晋三首相は先週も次のような答弁をした。朝鮮半島有事の際に集団的自衛権を行使する条件について「ミサイル警戒中や、邦人輸送中の米艦が攻撃される明白な危険がある時点で認定し得る」と述べた。首相は先月末には「米艦に『艦対艦ミサイル』が発射された段階」と話し、「それから認定していては間に合わない」と野党が追及した。先週の首相答弁は、行使の要件を緩めたことになる。

 集団的自衛権は、わが国が「存立危機事態」にあると政府が認定した場合に行使できる。その条件について政府は具体的な状況も示しているが、結局は、その時々の状況を「総合的に判断する」などとして明確にしないケースが目についた。日本から遠く離れた中東・ホルムズ海峡での機雷除去についても、存立危機と認める要件を満たすのかといった当初からの疑問は依然として解消されていない。

 共同通信社が先月実施した全国電話世論調査では、法案への賛成約28%に対し、反対が約59%と5月の前回調査より約11ポイント増えた。

 計11本の法律からなる関連法案の中身は込み入っており、審議を通して論点が整理されることが期待された。5月下旬の審議入りから審議時間は110時間を超えたが、政府の説明不足もあって、国民の理解にブレーキがかかっている格好だ。きのうは首相自身も「国民の理解が進んでいないのも事実」と認めた。

 先週、維新の党などは、個別的自衛権の範囲を拡大して米軍を守れるようにする対案や、離島防衛を想定した領域警備法案を提出した。政府が集団的自衛権の行使で行おうとしているのと同等の活動が個別的自衛権の範囲内で可能とする見解をはじめ、掘り下げてみるべき論点があるように思えるが、1週間では議論は深まりようがなかった。

 対案の提出が遅かったことは否めないものの、真剣に吟味しようという姿勢が政府に見えなかったのは残念だ。

 法案はきょうの衆院本会議で可決される見通しだ。与党の数の力で法案の成立は可能となる。だが、国民に理解が広がっていない現状は軽視できない。どんな状況で自衛隊が海外に出て行くのか。歯止めはかかるのか。もっと明確にすることが必要だ。日本の安全保障政策を大転換させる関連法案を生煮えの議論で通してはならない。


山陰中央新報論説- 安保法案採決/国民の声に耳を傾けよ-2015年7月16日


 自民、公明両党は衆院平和安全法制特別委員会で集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の採決に踏み切り、与党単独で可決した。審議が110時間を超えたとはいえ、報道各社の世論調査では反対の声が依然として多数を占める。各地で反対運動も広がり、閣僚からも「理解が進んでいない」との声が出ている。採決は世論を無視した強行と言わざるを得ない。

 政府、与党は16日にも衆院本会議で可決し法案を参院に送る構えだ。なぜそんなに急ぐのか。衆院本会議の採決に国民の代表として自信を持って臨めるのか。与党の衆院議員はもう一度国民の声に耳を傾けるべきだ。

 安倍晋三首相はわずか数日前に「私も丁寧に説明してきた」と述べたが、この日の締めくくり総括質疑では「理解が進んでいないのも事実だ」と前言を撤回した。

 閣僚からも「理解が進んできたと言い切る自信はあまりない」(石破茂地方創生担当相)、「より深い理解の下で国の安全保障は考えられるべきだ」(塩崎恭久厚生労働相)との指摘がある。

 理解が進まない理由の一つは、政府側の答弁が明確でないことだ。多くの憲法学者による「法案は憲法違反」との指摘にきちんと反論していない。集団的自衛権を行使する場合の新3要件の定義、具体的な活動内容も曖昧なままだ。

 首相は「確固たる信念で政策を前に進めていく」と強調。菅義偉官房長官は「いつまでもだらだらやるべきではない。決めるときは決めることが必要だ」と述べた。

 しかし「だらだら」は政府側の答弁で、審議の時間数よりも重要なのはその内容だ。時間が来れば「決める」のではなく「立ち止まる」という政治判断もある。

 民主党など野党各党は締めくくり質疑に応じた上で、採決には強く抗議した。対案を提出した維新の党も与党側との修正協議が折り合わず、維新案は否決された。維新を採決に巻き込んで「強行」のイメージ回避を図ろうとした与党側の思惑は失敗した格好だ。国会での幅広い合意を形成できなかった与党の国会運営は厳しく責任が問われるべきだ。

 政府、与党が衆院採決を急ぐのは、参院で法案審議が難航しても60日たてば「否決」と見なし、衆院で再可決・成立させる「60日ルール」の適用が念頭にあるためだ。16日に衆院を通過させれば、9月中旬以降の再可決が可能となり、9月27日の国会会期末までの成立は確実になる。しかし「衆院3分の2以上」という議席数で押し切ろうという国会運営は国民の納得が得られるだろうか。

 ほとんどの世論調査では法案に「反対」や「評価しない」の声が過半数に上る。内閣支持率も下がりつつある。審議を積み重ねるにつれて法案そのものと、安倍政権の姿勢への不信感が増しているのが実態ではないか。

 法案に反対する集会が各地に広がり、学生や子供を持つ母親たちのグループも声を上げている。地方議会からも法案の撤回や慎重審議を求める意見書提出が相次ぐ。

 問われているのは、憲法は権力を監視するという立憲主義と、国民を代表する議会制民主主義の実態である。


徳島新聞社説- 安保法案強行可決 暴挙は断じて許せない-2015年7月16日

 衆院の特別委員会で、与党が安全保障関連法案の採決を強行し、可決した。野党が抵抗する中での暴挙である。

 法案は歴代内閣が認められないとしてきた集団的自衛権の行使に道を開き、戦後日本が歩んできた平和国家の在り方を大きく変える恐れがあるものだ。

 国の将来に重大な影響を与える法案にもかかわらず、異常な形で採決が行われたことに、強い怒りを覚える。

 採決に先立ち、安倍晋三首相は「国民に十分な理解を得られていない」と認めた。前日には「理解が進んできたと思う」と語っていたが、否定しきれないと分かったのだろう。では、なぜ採決を急いだのか。

 特別委での政府の説明は説得力に欠け、審議をすればするほど疑念が深まった。反発がさらに強まる前に通してしまおうと考えたのだとすれば、断じて許されない。

 納得できる説明ができず、国民の理解を得られないのなら廃案にすべきだ。

 法案には数々の問題がある。中でも見逃せないのは、集団的自衛権の行使は憲法違反だとの指摘である。

 政府は、1972年の政府見解を合憲論のよりどころとしている。だがそれは、必要最小限度での個別的自衛権を認めたうえで、集団的自衛権は憲法上、許されないとしたものだ。

 もう一つ、政府は砂川事件の最高裁判決も持ち出したが、これも集団的自衛権を認めた判例ではない。

 いずれも無理があるのは明らかだ。多くの憲法学者をはじめ、歴代の内閣法制局長官らが異を唱えているのは当然だろう。

 集団的自衛権の行使は限定的で、厳しい歯止めをかけると政府は強調している。武力行使できるのは、国の存立が根底から覆される明白な危険があるなど、三つの要件を満たす場合だけだというのだ。

 しかし、どんな事態が「明白な危険」に当たるのかは、総合的、客観的に判断するという。極めて曖昧であり、時の政権が恣(し)意(い)的に決める恐れは消えない。

 自衛隊の活動範囲が際限なく広がる懸念も、払(ふっ)拭(しょく)できていない。

 法案は、朝鮮半島有事を想定した現行の「周辺事態」から、事実上の地理的制約を撤廃した。「非戦闘地域」に限ってきた他国軍への後方支援は、「現に戦闘行為を行っている現場(戦場)」以外に大幅に拡大する。

 さらに、後方支援では弾薬の提供や戦闘作戦行動のため発進準備中の航空機への給油・整備まで可能にする。戦場以外なら、憲法が禁じる「他国の武力行使との一体化」にならないと政府は主張するが、到底容認できない。

 安倍首相は、日本を取り巻く安保環境が変化したから法案が必要だと、繰り返し述べている。

 備えが重要なのは言うまでもない。だが、なぜ「専守防衛」の個別的自衛権では国民を守れず、集団的自衛権が必要なのか、説明は不十分だ。

 今春に改訂した日米防衛協力指針は、自衛隊と米軍の協力を地球規模に拡大することを打ち出した。集団的自衛権の行使容認は、日本のためというより、むしろ米軍への協力強化のためではないのかとの疑念が浮かぶ。

 与党は、特別委の審議が116時間に及び、議論は出尽くしたと言うが、重要なのは内容であり、時間ではない。しかも法案は11本分を2本にまとめたものであり、その意味でも審議時間は足りない。

 多くの疑問点が残っている。このまま衆院を通過させてはならない。


高知新聞社説-【安保法案採決】「決めるべき時」ではない-2015年07月16日


 集団的自衛権行使の解禁を柱とする安全保障関連法案が衆院の平和安全法制特別委員会で自民、公明の与党の賛成で可決された。野党が抵抗する中、与党が採決を強行した。
 これに先立つ締めくくり質疑で安倍首相自身、「国民に十分な理解を得られていない」と認めている。首相は「決めるべき時には決める」とも主張してきたが、今が「その時」だとは到底言えない。
 与党はきょう衆院本会議で採決する構えだ。数の力に任せた強引なやり方は断じて認められない。
 安保法案について、首相は数日前の同特別委では「相当(国民の)理解が深まった」と言っていた。締めくくり質疑での認識とは全く逆である。このちぐはぐさは何なのか。
 専守防衛に徹してきた戦後日本のありようを、根本から変える重要法案の審議である。首相の言葉はあまりにも軽い。首相にとって「国民の理解」などはどうでもいいことなのか。そう疑われても仕方ない。
 中谷防衛相も集団的自衛権の行使を容認する新3要件の歯止め効果など、「論点は整理され(議論は)深まってきた」と述べている。
 本当にそうだろうか。
 新3要件について与党は「日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合などに厳しく制限していると強調する。ただし具体的な事例を問われると「(敵国に)中身をさらすことになる」「総合的に判断する」とかわしてきた。
 これでは自衛隊の武力行使や海外派遣が、時の政権の意向次第になりはしないか。与党の説明をいくら聞いてもその恐れは拭えない。
 自衛官のリスクについても同様だ。新安保法制の下では自衛隊の活動が地球規模に広がる。他国軍への弾薬の提供など後方支援の内容も、より「軍事色」が強まる。自衛官が殺し殺されるリスクが高まりはしないか。
 国民が抱く多くの懸念が現状では何一つ解消されていない。
 非は政府にある
 「いつになったら『分かりました』となるかというと、何カ月延ばしても同じだ」
 安保法案に対する国民の理解に関して、自民党の二階総務会長はこう語った。だが、理解されないことの非は国民の側にあるのではない。政府、与党の側にある。
 歴代政権が憲法9条に照らして禁じてきた集団的自衛権の行使を、一内閣の閣議決定でひっくり返す。そもそもの出発点から間違っている。
 その無理を押し通すための「前段」として、安倍政権は集団的自衛権の行使容認に前向きな人物を内閣法制局長官に充てた。異例の首のすげ替えにより、行使を認めてこなかった法制局の見解を変えることにつなげた。
 「安保法案は違憲」という批判に対しては、1959年の最高裁砂川判決や72年の政府見解を挙げて反論する。しかし砂川判決は集団的自衛権に言及しておらず、政府見解の結論も集団的自衛権の行使を認めていない。
 無理に無理を重ねて導き出した閣議決定と、それに基づく安保法案について、いくら時間をかけて説明されても安易に「分かりました」となるはずがないのである。
 政府、与党がやるべきなのは強行採決ではなく、法案の撤回である。あらためて強くそれを求める。


西日本新聞社説-安保法案 自公強行可決 「違憲立法」は許されない-2015年07月16日


 憲法に基づき、国民の意思をくんで政策を実行する。民主主義の国なら、ごく当たり前のことだ。
 その大原則が、いとも簡単に突き崩された。これは、まさに「政権の暴走」と言っても過言ではあるまい。
 安倍晋三政権が今国会で成立を目指す安全保障関連法案の採決が衆院の特別委員会で強行され、自民、公明両党による「数の力」で可決された。
 戦後日本の安全保障政策を根本から大転換させる重大な法案であるにもかかわらず、安倍政権は一気呵成(かせい)に突き進む構えだ。
 本当にこれでいいのか。
 最大の問題は法案が憲法違反である疑いが極めて濃厚なことだ。
 安倍政権は昨年7月、歴代の内閣が憲法上行使できないとしてきた集団的自衛権について、行使できるよう閣議決定で憲法解釈を変更した。その集団的自衛権の行使に道を開く法案である。
 これに対し、憲法学者から「解釈変更の限界を超えており、憲法違反だ」とする声が続々と上がっている。象徴的なのが、国会の憲法審査会で与党推薦の学者が「違憲」と明言したことだ。
 歴代の内閣法制局長官を含む専門家が「違憲」と警告する法案を政府と与党が数を頼んで成立を急ぐ。立憲主義の危機である。
 国民の理解も支持も、十分に得ていない。ほとんどの報道機関の世論調査で、法案成立に反対する回答が賛成を上回っている。共同通信社が6月下旬に実施した調査では反対が58・7%で、賛成は27・8%にとどまった。5月下旬の調査より反対が10ポイント以上増えている。国会で審議すればするほど国民の疑念は膨らんでいるのだ。
 全国各地でデモや集会が行われ、地方議会が意見書を出すなど、法案反対の動きが広がっている。東京・日比谷公園で14日開かれた集会には、2万人超(主催者発表)が参加した。
 「憲法違反」と指摘され、民意にも沿わない法律を成立させてはならない。あらためて一連の安全保障法案の撤回、廃案を求める。
 そもそも、安倍政権は異論や反論に耳を傾ける姿勢があるのか。安倍首相は国会で法案の問題点を問われ、「(法案は)まったく正しいと思いますよ。私は総理大臣なんですから」と答えた。
 権力者のやることだから正しい-という理屈は独裁国家ならともかく、民主主義国家では通用しない。首相に近い議員は「(法案に反対する)マスコミを懲らしめるには広告料をなくすのが一番」などと放言する騒動まで起こした。
 確かに、わが国を取り巻く東アジアの安全保障環境は変化している。関連法制の整備も含め、不断に体制を見直す努力は必要だ。
 しかし、立憲主義に背くような政権に国の針路を左右し、国民の権利や自由に関わる安全保障政策の転換を任せていいのだろうか。
 「戦争がまた始まりそうな気がしてね」。日比谷公園の抗議集会にやってきた75歳の男性は、終戦直後に幼い妹を栄養失調で亡くしたという。「この前はね、デモで土砂降りの中を歩いたんだよ」
 憲法と国民を軽んじるな。
 「政権の暴走」を阻止し、戦後70年の民主主義を守るために、私たちも声を上げ続けたい。


宮崎日日新聞社説-安保法案強行可決-2015年7月16日


◆国民の声は聞こえているか◆
 集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で可決された。
 国民の理解が十分深まったと言えないまま、騒然とした強行採決場面がニュースに映しだされた。テレビを前に、複雑な思いを抱いた県民も多かっただろう。国民の理解と世論をないがしろにした安倍政権の強硬姿勢は、後世にも問われることになろう。
曖昧表現目立つ首相
 安保関連法案の理解が進まなかった理由を国民の側から考える。やはりトップである安倍晋三首相の姿勢や発言の影響が大きい。
 国会審議の答弁では論点をすり替えたり、主張をまくし立てたりと、質問に真正面から答えようとしない場面が多かった。質疑が成り立たないのだから、話の筋を理解するのは極めて困難だ。
 曖昧さを残す内容も目立った。集団的自衛権の行使について尋ねられると「わが国に戦禍が及ぶ蓋然(がいぜん)性を総合的に判断する」と答えた。誰がどのように責任を持って判断するのか全く見えない。
 その行使の前提とする「存立危機事態」の定義についても「単なる経済的影響にとどまらず、国民の生死に関わる深刻、重大な影響が生じるかを総合的に評価する」と答弁。具体例に中東・ホルムズ海峡が機雷で封鎖された場合を挙げたが、それがなぜ、国民の生死に関わる深刻な事態なのか納得できる説明はなく、これもまた「総合的に評価」するという。
 憲法が厳しく制限してきた武力行使を、その時々の政府が評価し判断するという危うさ。どうなるか分からないが政府に任せよ、というメッセージだけ発せられても、頭から疑問符は消えない。
 説明は「一般的に」「例外的に」と次第に複雑化した。首をひねる国民の姿を、安倍首相はどれほど想像できていただろうか。
民主政治原点に戻れ
 報道各社の世論調査では、説明不足を指摘する声や反対の声が高い。それにもかかわらず安倍首相は「私も丁寧に説明して(国民の)理解が進んできたと思う」と述べていた。ところが15日は「国民の理解が進んでいないのも事実だ」と一転。遅すぎる。早く認め豊かな議論の土壌を耕すべきだった。
 審議開始後の自衛隊のリスク論に象徴されるように、安倍首相が核心に触れようとしない姿勢は議論を上滑りさせた。その間、国民の知る欲求は満たされなかった。ようやく野党の対案で論点が整理され始めようとしていた矢先の、強行採決。国民の知る権利が保障されているとは言い難い。
 審議の最中に起きた報道圧力問題も忘れられるものではない。
 なぜ理解を促す努力をしないのか。それは自信がないからか。憲法違反の疑念を抱えた法案は熟考されればされるほど問題が噴出する。しかし国民と共に築き上げるのが民主政治だ。衆院本会議の採決を控え、与党議員の心に国民の姿が映っていることを祈りたい。


佐賀新聞論説-安保法案採決-2015年07月16日


◆国民無視の強行だ
 与党の自民、公明両党は衆院平和安全法制特別委員会で集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の採決に踏み切り、与党単独で可決した。審議が110時間を超えたとはいえ、報道各社の世論調査では反対の声が依然として多数を占める。各地で反対運動も広がり、閣僚からも「理解が進んでいない」との声が出ている。
 野党が採決に反対して委員長席に詰め寄り、混乱の中で行われた採決は世論を無視した強行と言わざるを得ない。政府、与党は16日にも衆院本会議で可決し法案を参院に送る構えだ。なぜそんなに急ぐのか。衆院本会議の採決に国民の代表として自信を持って臨めるのか。与党の衆院議員はもう一度、国民の声に耳を傾けてほしい。
 安倍晋三首相はわずか数日前に「私も丁寧に説明してきた」と述べたが、この日の締めくくり総括質疑では「理解が進んでいないのも事実だ」と前言を撤回した。
 閣僚からも「理解が進んできたと言い切る自信はあまりない」(石破茂地方創生担当相)、「より深い理解の下で国の安全保障は考えられるべきだ」(塩崎恭久厚生労働相)との指摘がある。
 理解が進まない理由の一つは政府側の答弁が明確でないことだ。多くの憲法学者による「法案は憲法違反」との指摘にきちんと反論していない。集団的自衛権を行使する場合の新3要件の定義、具体的な活動内容も曖昧なままだ。
 首相は「確固たる信念で政策を前に進めていく」と強調。菅義偉官房長官は「いつまでもだらだらやるべきではない。決めるときは決めることが必要だ」と述べた。
 しかし「だらだら」は政府側の答弁であり、審議の時間数よりも重要なのはその内容のはずだ。時間が来れば「決める」のではなく「立ち止まる」という政治判断が求められるときもある。
 民主党など野党各党は締めくくり質疑に応じた上で、採決には強く抗議した。対案を提出した維新の党も与党側との修正協議が折り合わず、維新案は否決された。維新を採決に巻き込んで「強行」のイメージ回避を図ろうとした与党側の思惑は失敗した格好だ。国会での幅広い合意を形成できなかった与党の国会運営は厳しく責任が問われるべきだ。
 政府、与党が衆院採決を急ぐのは、参院で法案審議が難航しても60日たてば「否決」と見なし、衆院で再可決・成立させる「60日ルール」の適用が念頭にあるためだ。16日に衆院を通過させれば、9月中旬以降の再可決が可能となり、9月27日の国会会期末までの成立が確実になる。しかし「衆院3分の2以上」という議席数で押し切ろうという国会運営は国民の納得が得られるだろうか。
 ほとんどの世論調査では法案に「反対」や「評価しない」の声が過半数に上る。内閣支持率も下がりつつある。審議を積み重ねるにつれて法案そのものと、安倍政権の姿勢への不信感が増しているとみるべきではないか。
 法案に反対する集会が各地に広がり、学生や子どもを持つ母親たちのグループも声を上げている。地方議会からも法案の撤回や慎重審議を求める意見書提出が相次ぐ。問われているのは、憲法は権力を監視するという立憲主義と、国民を代表する議会制民主主義の実態である。


南日本新聞社説-[委員会強行採決] 国民の声に耳ふさぐ政権に抗議する-2015年7月16日


 安倍政権はきのうの衆院特別委員会で、安全保障関連法案を与党だけで強行採決した。
 歴代政権が一貫して禁じてきた集団的自衛権の行使を、憲法解釈を変えて認めた閣議決定から1年余り。憲法9条の下で抑制的だった安保政策の大転換である。
 これほどの重要法案を数を頼んで押し通すやり方は到底認められない。安倍政権に強く抗議する。
 法案には憲法違反の疑念がいまだに拭えない。

 憲法学者の大半や「法の番人」を自任する内閣法制局の歴代長官らが、解釈変更による集団的自衛権の行使容認に異を唱えている。
 「(違憲の)法案を多数決で承認したら、国会が憲法を軽視し、立憲主義に反する」(小林節慶応大名誉教授)などと、国会をけん制する指摘もあった。
 国民の理解も依然深まらない。世論調査では6割近い国民が法案に反対し、説明不足との回答は実に8割を超えた。
 反対集会やデモは国会周辺から鹿児島市など全国へ広がり、大きなうねりとなっている。
 法案はきょうにも、衆院を通過し参院へ送られる。与党は参院が議決しない場合、衆院で再可決して成立させる「60日ルール」の適用をにらむ。
 それでは重要法案に参院の意思が反映されないことになる。徹底審議を求めたい。
 もとより国民の支持が得られないなら、法案を撤回すべきだ。
■「戦争に備える国」
 そもそも、なぜ今、集団的自衛権が憲法解釈を変えてまで必要なのか。
 安倍晋三首相らは「東アジアの安全保障環境が根本的に変わった」と特別委で再々強調した。
 南シナ海での強引な「領土」拡張や、尖閣諸島で続く公船の領海侵犯など中国の軍事的な台頭に加え、北朝鮮の核ミサイル疑惑が念頭にあるのは間違いない。
 中央公聴会で、外交評論家の岡本行夫氏は「膨大な海域で日本人の命と船舶を守ることは、単独では無理だ」と訴えた。
 国民の間にそうした不安や、中国や北朝鮮の振る舞いに反発があるのは事実である。
 だからといって、憲法を無視して、立憲主義にもとる法案をつくってよいことにはならない。
 集団的自衛権の行使容認への道を振り返ってみたい。
 始まりは2013年11月、国家安全保障会議(日本版NSC)創設関連法の成立である。
 この会議は首相や防衛相ら4者だけの常設組織だ。「戦争をしない国」から「戦争に備える国」になることを意識していることは明らかだった。
 12月には、米国からより高度な情報などを得るためとして特定秘密保護法を強引に成立させた。
 武器の輸出を緩めたのは昨年4月だ。新たに「防衛装備移転3原則」を閣議決定し、即座に運用指針が施行された。
 今年4月になると、日米防衛協力の指針(ガイドライン)も改定した。国会の議決もなしに集団的自衛権の行使を反映させている。
 安保法案はこうした一連の流れの中にある。
 海外での武力行使は平和国家日本のイメージを喪失させ、国益を大きく損ねかねない。
 発足から61年の自衛隊はこれまで1人の戦死者も出していない。法が成立すれば、自衛隊員が戦争に巻き込まれ、殺し殺される危険は格段に高まる。
 「血の同盟」を命じる覚悟が安倍政権にあるのか。あらためて問いたい。


琉球新報社説-安保法案強行採決 民意顧みぬ政府の野蛮 廃案にして審判を仰げ-2015年7月16日


 平和国家たる戦後日本の礎が、あっけなく覆された。われわれは新たな「戦前」のただ中にいる。
 与党は衆院特別委員会で安全保障関連法案を強行採決した。歴代内閣が禁じてきた集団的自衛権行使に道を開く法案だ。憲法学者の大多数が違憲と指摘し、各種世論調査で国民の大半が反対する中での強行である。今は専制国家の時代か、ここは民主主義の国なのかと目を疑うほどの野蛮な光景だ。
 与党は衆院本会議でも強行採決する構えだが、民意に背く強行は許されない。国の形を一変させる法案だ。少なくともいったん解散し、国民の審判を仰ぐべきだ。
審議時間の偽装
 与党は「過去の重要法案と遜色ない審議時間だ」と言い繕うが、それは偽装にほかならない。
 特別委での審議は110時間を超え、確かに過去20年で4番目の長さとなった。だが法案は「平和安全法制整備法案」と「国際平和支援法案」の2本である。ことに前者は、周辺事態法や武力攻撃事態法など10本の法律の改正案を一つに束ねている。
 過去、武力攻撃事態法や国連平和維持活動(PKO)協力法は単独で約90時間を費やした。今回、束ねられた法案もそれぞれ専守防衛の国是に風穴を開けるほどの内容だ。それなのに、1本当たり実質的にたった数時間の審議で強引に可決したのである。
 時間だけではない。論議の質も問題だ。集団的自衛権行使の要件として安倍晋三首相は「存立危機事態」など新3要件を持ち出し、「厳格な歯止め」を強調した。だが要件は全て抽象語だ。何が対象になるか、首相は「手の内は詳細に言えない」と例示を避けた。憲法解釈も首相の胸先三寸で決める、「法治」ならぬ「人治」の国だ。どこに歯止めがあるか誰も分からない状態で、「審議を尽くした」と言えるはずがない。
 わずかに示した例では、ホルムズ海峡のタンカーも対象という。経済的利益のために軍を出すわけである。地理的限界もないから地球の裏側にも出動だ。他国軍に武器弾薬や食料も提供する。「兵站(へいたん)」を受け持つのを参戦と見るのは国際常識だ。参戦の機会を桁違いに広げておいて「わが国の安全が高まる」と言うのは、どう見ても倒錯の論理である。
 大戦後の集団的自衛権行使の例を見ると、ハンガリー民主化弾圧、ベトナム戦争、プラハの春弾圧と、全てが大国による小国への軍事介入だ。行使が相手国の怨嗟(えんさ)の的となるのは想像に難くない。今後、日本がテロの標的となる可能性は飛躍的に高まるだろう。
国民理解の結果
 この集団的自衛権行使容認で、米国が日本に米国の戦争の肩代わりを求めてくるのは火を見るより明らかだ。日本は戦後、米国の武力行使にただの一度も反対したことがない。徹頭徹尾、対米従属の国が、今後は突然反対できるようになるなど、空想に等しい。
 首相は明言しないが、専門家は、集団的自衛権行使の「本丸」は南シナ海での米軍の肩代わりだと指摘する。ベトナムやフィリピンの近海に自衛隊が出動するわけだ。日中間の偶発的衝突の危険性はにわかに現実味を帯びる。
 与党はよく「国民の理解が進んでいない」と言うが、言葉の使い方がおかしい。各種世論調査を見ると、審議が進むにつれ法案への反対は増えている。理解が広がらないどころか、国民はむしろ、政府の説明に無理があると知り、法案の危険性を「理解」した結果、反対を強めているのだ。
 衆院可決から60日たって参院が採決しなければ、衆院で再可決してよいとする暗黙の了解が、国会にはあるとされる。今回の強行採決がこの「60日ルール」から逆算してなされたのは間違いない。
 こんな単なる数合わせで戦後日本の在り方を根本から変えていいのか。このままでは参院の審議もまともになされるとは思えない。やはり廃案にすべきだ。


沖縄タイムス社説-[安保法案採決強行]憲法を破壊する暴挙だ-2015年7月16日


 これほど憲法を軽んじ、立憲主義をないがしろにした事例がかつてあっただろうか。
 ほとんどの憲法学者が安全保障関連法案を違憲だと指摘し、世論調査で過半数の国民が法案に反対し、およそ8割の人たちが慎重審議を求めているにもかかわらず、数の力で採決を強行する。主権者を無視した暴挙というほかない。
 憲法と民主主義を守るためにも「違憲」法案を成立させてはならない。
 集団的自衛権の行使容認を柱とする安保関連法案が15日、衆院の特別委員会で自民、公明両党の賛成多数で可決された。法案は、自衛隊法、武力攻撃事態法など現行法の改正案10本を一括した「平和安全法制整備法案」と、他国軍の後方支援を随時可能とする「国際平和支援法案」という名の新法1本。
 法案の審議時間が14日までに113時間を超え審議は尽くされたと与党は主張するが、これだけ多様な法案を一括して提出したこと自体が問題なのであって、過去の審議時間は参考にならない。
 安倍晋三首相自ら「国民の理解が進んでいる状況ではない」と認めているように、採決できる状況にないことは誰が見ても明らかだ。
    ■    ■
 法案は、憲法9条の下で抑制していた「軍事力」を積極的に運用し、米軍を地球的な規模で支援していくねらいがある。
 だが、どのような状況の時に集団的自衛権を行使するのかという肝心な点について、政府の答弁は迷走を続けた。安倍首相は「総合的に判断する」と説明するが、解釈の余地を広げ、時の政権の恣意(しい)的な判断に委ねるようなものである。
 武力の行使という国の命運にかかわる事態があいまいで、文言の理解が内閣の中でも与野党の間でも共有されていないというのは致命的だ。
 自衛隊は「自国防衛のための必要最小限度の実力組織」だというのが政府の公式見解である。しかし、安保法案と「日米防衛協力のための指針」(日米ガイドライン)によって日米軍事一体化が進めば、自衛隊の役割は大きく変わる。
 法律でもない事務方が決めた指針が、憲法の規範を突き崩し、安保条約の規定を超えて最高法規のように作動するのである。日米ガイドラインとリンクした安保法案が対米従属法案と批判されるのはそのためだ。
 安倍首相は、米国で安保法案を夏までに成立させることを約束した。
 安倍首相は、中国を念頭に、安保法案によって「抑止力が向上する」と繰り返し強調する。それはほんとうだろうか。
 軍事力を過信し、対話の努力を欠けば、相互不信が高まり、不安定な軍備増強を招くおそれがある。いわゆる安全保障のジレンマと呼ばれる事態だ。東アジアはすでに安全保障のジレンマに陥っており、安保法案が逆に抑止力を低下させる可能性が高い。
 沖縄にとって深刻なのは、安保法案とガイドラインに基づいて沖縄要塞(ようさい)化が進められていることだ。名護市辺野古の新基地建設はその一環である。
    ■    ■
 安保法案が強行採決された15日、国会前では朝から抗議行動が続いた。テレビ・ニュースを見ていて胸に突き刺さったのは「安倍のために死んでたまるか」という強烈なシュプレヒコールだった。
 安倍政権は、この言葉の意味を深刻に受け止めるべきである。
 この若者のシュプレヒコールは、国民の理解が得られていないどころか、法案そのものに対する拒否反応が極めて強いことを物語っている。
 「敵意に囲まれた基地は機能しない」のと同じように、主権者である国民から「ノー」を突きつけられた安保法案は違憲訴訟にさらされ脆弱(ぜいじゃく)にならざるをえないだろう。
 そもそも国民から「ノー」を突きつけられた法案のために海外で武力行使の任務に従事する自衛隊員の苦悩や迷いを為政者は考えたことがあるのか。リスクが増えるのかどうかさえまともに答えられない政府の姿勢は誠実さを欠く。
 この状況の中で法案を強引に成立させるべきではない。

朝日新聞社説-安保法案の採決強行―戦後の歩み 覆す暴挙-2015年7月16日


 安倍政権が、衆院の特別委員会で安全保障関連法案の採決を強行した。
 安倍首相にとっては、米議会で約束した法整備の「夏までの成就」に近づいたことになる。
 だが、ここに至ってもなお、法案に対する国民の納得は広がっていない。
 それはそうだろう。審議を重ねれば重ねるほど法案の矛盾があらわになり、疑問が膨らむ。首相自身が採決直前になっても「国民の理解が進んでいる状況ではない」と認めざるを得ないほどの惨状である。
■民主主義への挑戦
 政権はそれでも採決を押し切った。多くの国民、憲法学者や弁護士、内閣法制局長官OB、幅広い分野の有識者らが「憲法違反」と認める法案を数の力で押し通す。多数のおごりと無責任が極まった暴挙である。
 それは憲法が権力を縛る立憲主義への反逆にとどまらない。戦後日本が70年かけて積み上げてきた民主主義の価値に対する、重大な挑戦ではないか。
 審議の過程で、首相が繰り返した言葉を記憶にとどめたい。
 「熟議を尽くしたうえで、決める時には決める。これは議会制民主主義の王道であろう」
 だが、国民との合意形成に意を尽くそうとせず、ただ時間の長さだけで測る国会審議を「熟議」とは呼べない。
 選挙で多数を得たからと言って、「熟議なき多数決」によって、平和主義をはじめとする憲法の理念、民主主義の価値をひっくり返す。
 それが安倍政権の民主主義だというなら、決してくみすることはできない。
 これまでの安倍政権の歩みを振り返ってみよう。
 集団的自衛権の行使を認める昨夏の閣議決定に先立ち、少人数の閣僚だけで安全保障上の意思決定ができるようにする国家安全保障会議(NSC)を発足させた。あわせて成立させたのが特定秘密保護法だ。
 法案が成立すれば、国民や国会の目が届かない場で、日本に対する攻撃がなくても、地球のどこでも自衛隊による武力行使に踏み込む判断ができる。
 よりどころとなるのは首相や一握りの閣僚らによる「総合的な判断」である。政権に幅広い裁量がゆだねられ、国民の代表である国会の関与すら十分に担保されていない。
 国民より国家。個人より公。
 そんな安倍政権の民主主義観がうかがえる出来事はほかにもある。
 記憶に新しいのは「マスコミを懲らしめる」「国を過(あやま)てるような報道をするマスコミには広告を自粛すべきだ」など、表現の自由にかかわる自民党議員の一連の報道威圧発言だ。
■相次ぐ自由への威圧
 NHKやテレビ朝日の特定番組を問題視し、事情聴取に呼びつける。衆院選の際には各局に「公平中立、公正の確保」を求める文書を送りつける。
 報道機関だけの問題ではない。表現の自由、言論の自由を規制することは、国民の「知る権利」の制限につながる。国民全体に対する権利の侵害にほかならないのだ。
 国立大学の式典での国旗掲揚や国歌斉唱を文部科学相が要請した。18歳選挙権に向けて若者への主権者教育に取り組もうという教師たちに、罰則をちらつかせて「政治的な中立性」を求める自民党の動きもあった。
 権力に縛られることなく自由に報道し、研究し、教育する。健全な民主主義をはぐくむ基盤である表現や学問の自由に対し、許認可権やカネを背景に威圧する事態が進んでいる。
 石破地方創生相は「『なんか感じ悪いよね』という国民の意識が高まった時に、自民党は危機を迎える」と語ったが、危機を迎えているのは国民の自由や権利の方ではないか。
 自民党が野党だった3年前に決めた憲法改正草案に、その底流が象徴的に表れている。
 草案は、一切の表現の自由を保障した現憲法に「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」は認められない、とした例外を付け加えている。
■決着はついていない
 中国の台頭をはじめ、国際環境が変化しているのは首相らが言う通りだ。それに応じた安全保障政策を検討することも、確かに「政治の責任」だ。
 ただ、その結果として集団的自衛権の行使が必要なら、あるいは国際貢献策として他国軍への後方支援が必要と考えるなら、まず国民に説明し、国民投票を含む憲法改正の手続きを踏むことが、民主主義国として避けて通れぬ筋道である。
 これを無視しては、法治国家としての基盤が崩れる。
 法案をこのまま成立させ、「多数派が絶対」という安倍政権の誤った民主主義観を追認することはできない。
 まだ決着したわけではない。口先だけの「熟議」ではなく、主権者である国民の声を聞くことを安倍政権に求める。


東京新聞社説-「違憲」立法は許さない 安保法案、採決強行-2015年7月16日


 「憲法違反」の疑いは結局、晴れなかった。衆院特別委員会で可決された安全保障法制関連法案。憲法九条の専守防衛を損なう暴挙を許してはならない。
 安倍内閣と自民、公明両党には「ためらい」はないのか。政府提出の安保法案がきのう、衆院特別委員会で与党の賛成多数で可決された。抗議する野党の怒号が飛び交う中での採決強行である。
 与党側はきょう衆院本会議でも可決し、参院に送付する方針だ。論戦の舞台を参院に移し、今の通常国会会期末の九月二十七日までの成立を目指す、という。
◆立憲主義を揺るがす
 この法案の最大の問題点は、合憲性に対する疑義である。
 自民党政権を含め歴代内閣は、集団的自衛権の行使は憲法九条が許容する自衛の範囲を超え、許されないとの憲法解釈を堅持してきた。国会や政府部内での長年の議論を経て確立したものだ。
 しかし、安倍内閣は昨年七月、憲法解釈の変更を閣議決定し、集団的自衛権の行使に道を開く安保法案を国会に提出した。
 政府側は、法案は合憲だと強調し続けるが、多くの憲法学者や幅広い分野の有識者らが違憲と断じる。報道機関の世論調査でも違憲と考える国民は半数を超える。
 政府はなぜ、指摘を重く受け止めず、法案成立を急ぐのか。
 政府自らが長年、違憲と解釈してきたものを、一内閣の判断で合憲に変えてしまえば、憲法が権力を律する立憲主義は土台から揺らぎ、最高法規である憲法の法的安定性、規範性を損なう。
 例えば政府は、徴兵制を憲法一八条が禁じる苦役に当たるとするが、集団的自衛権のように一内閣の判断で憲法解釈の変更が認められるのなら、徴兵制が将来導入される懸念は消えない、というのが国民の皮膚感覚ではなかろうか。
◆現実、切迫性欠く想定
 そもそもなぜ今、集団的自衛権の行使を認めなければならないのか、説得力ある説明を安倍晋三首相の口からついに聞けなかった。
 首相は、冷戦構造崩壊による、アジア・太平洋地域を含む国際的なパワーバランスの変化を法案提出の理由に挙げている。
 相対的に低下している米国の力を、自衛隊の支援で補い、台頭する中国との軍事バランスを保とうという発想なのだろう。
 今や国際公共財ともされる日米安全保障条約体制の信頼性を高めることは必要だとしても、なぜそれが集団的自衛権の行使容認なのか、明確に説明できてはいない。
 東・南シナ海で海洋進出の動きを強める中国に対して今、必要なことは、国際法に基づいて対応するよう粘り強く説得する、国際社会と連携した外交努力である。
 日中間で偶発的な軍事衝突を避けるための当局者間の「連絡メカニズム」構築も道半ばだ。両国間の信頼を醸成できるよう、首脳同士が率直に意見交換できる環境づくりを急ぐよう一層促したい。
 地域の軍事的緊張をやみくもに高めては、軍拡競争を促す「安全保障のジレンマ」に陥るだけだ。
 首相が海外派兵の例外として挙げたのが、中東・ホルムズ海峡での機雷除去だが、機雷を敷設して海峡を封鎖する恐れがあったイランが、激しく対立してきた欧米と核協議で最終合意した今、どれほどの現実性、切迫性があるのか。
 現実離れした想定を基にいくら議論を重ねても、深まるわけがないのは当然だ。
 国民の命と暮らしを守る安全保障政策は、国民の理解なくしては成り立たない。百時間以上審議を重ねても、首相自身が認めるように国民の理解が進んでいないことを、深刻に受け止めるべきだ。
 違憲の疑いが晴れず、切迫性も乏しいことに加え、十本もの法案を一つにまとめて提出し、一気に審議を進めていること、首相自ら「アベノミクス解散」と位置付けた衆院選が終わった途端、安保政策も信任を得たとして強引に成立させようとすることへの反発も、理解が深まらない要因であろう。
◆国民が暴走を止める
 安保条約に基づく基地提供と引き換えに日本防衛の「矛」の部分を米軍に委ね、自衛隊は海外で武力の行使をしない専守防衛政策は米国の誤った戦争に巻き込まれないための先人の知恵でもある。
 平和国家の歩みを戦後七十年の今、止めるわけにはいかない。
 安保法案はきょう衆院を通過する見通しだが、今からでも遅くはない。政府には法案撤回の政治決断を、国権の最高機関である国会には廃案にする良識を求めたい。
 審議時間をいくら重ねても、論議が深まらないまま、採決に踏み切る愚を再び犯してはならない。
 国の在り方や進むべき方向を決める主権者は私たち国民だ。政府や国会の暴走を止めるため、安保法案反対の声を上げ続けたい。


毎日新聞社説-安保転換を問う 衆院委員会採決-2015年07月16日 


 ◇民主主義揺るがす強行
 憲法違反の疑いが濃い安全保障関連法案が、衆院の特別委員会で、与党の強行採決により可決された。野党の怒号が飛び交う中、与党が「数」の力で法案を押し通した。憲法学者、内閣法制局長官OBはじめ多くの国民が反対しているにもかかわらず、安倍政権がこうした声に耳を傾けず、審議が不十分なまま採決を強行したことを、強く非難する。
 戦後日本の平和は、戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条の縛りと、日米安保条約による抑止力のバランスの上に、保たれてきた。
 ◇異論を封じ民意を軽視
 集団的自衛権の行使容認を柱とする今回の関連法案は、憲法の制約をゆるめ、日米安保体制を世界規模の同盟に変質させるものだ。戦後の安全保障政策を根本的に転換させる重要法案である。
 それだけに私たちは、実質11本の関連法案を絞り込んで、与野党の幅広い合意と国民の理解を得るべきだと主張してきた。安倍政権の進め方はあまりに強引だ。
 きのうの質疑では、安倍晋三首相も「国民の理解は進んでいない」と認めざるを得なかった。
 それでも首相は、祖父・岸信介元首相の座右の銘だった孟子の言葉を引用し「自ら顧みてなおくんば(千万人といえども我行かん)、という信念と確信があれば、しっかりとその政策を前に進めていく必要がある」と語った。
 自らが進める政策は正しく、間違っているのは批判する側だと言っているかのようだ。たとえ今は反対が強くても、祖父が成し遂げた1960年の日米安保条約改定と同じように、関連法案は後世、歴史が評価すると考えているのかもしれない。
 約1カ月半の衆院審議を通じて、首相には、異論に謙虚に耳を傾け、批判から必要なものをくみ取り、国民の幅広い合意形成をはかろうという姿勢が乏しかった。
 関連法案は、審議が進むほど理解が深まるどころか、逆に根本的な問題があることが明確になり、各種世論調査で反対が強まる傾向にある。
 問題点は、大きく分ければ、集団的自衛権の行使を容認した憲法解釈変更の是非と、安全保障上の必要性の二つに集約される。
 政府の憲法解釈変更は、集団的自衛権の行使は「許されない」としてきた72年の政府見解の一部を抜き出し、結論を「許容される」へひっくり返した。論理的整合性がとれておらず、憲法は権力を制限するものだという立憲主義の理念に反する。
 関連法案は「違憲法案」との批判が高まると、59年の砂川事件最高裁判決が集団的自衛権の行使容認の根拠になり得ると強調し出した。だが、砂川事件は駐留米軍の合憲性が争われた事件であり、判決は集団的自衛権の行使を認めたものではない。
 安倍政権は、法案の根幹をなす憲法解釈変更の合憲性について、納得のいく説明ができていない。
 集団的自衛権行使を容認する理由として挙げる「安全保障環境の変化」についても、肝心の中身の議論を深めようとしない。だから、安保環境の変化と関連法案が具体的にどう結びつくのかが、はっきりしない。
 ◇三権の中で行政が突出
 安倍政権は、集団的自衛権の行使容認により抑止力が高まるというが、むしろ地域の緊張を高めかねない。行使の新3要件は拡大解釈が可能で歯止めにならない。
 立法、行政、司法が互いに抑制し合うことによって権力集中を防ぐ三権分立は、民主主義の基盤だ。だが安倍政権のもとでは、政府の力が突出し、国会や裁判所が軽んじられているように見える。
 政府が国の最高法規である憲法の解釈を恣意(しい)的に変更すると、「1強多弱」国会が、審議を十分に尽くさないまま政府決定を追認した。国会に関連法案が提出される前に、首相が米連邦議会での演説で、夏までの法案成立を約束した。
 最高裁が示した自衛権についての唯一の憲法判断である砂川判決を、政権が都合よく解釈する一方、衆参両院の「1票の格差」訴訟では、最高裁が「違憲状態」判決を出してもすぐに対処しようとせず、判決を軽視するような態度をとった。
 先月、首相に近い自民党議員らの勉強会では、関連法案をめぐって、批判的な報道機関に圧力をかけるべきだと、戦前の言論統制に通じるような議論が噴出した。言論の自由が揺らぎかねない状況も生じている。
 日本の民主主義は健全に機能しているのだろうか。皮肉にも戦後70年の節目の年に、関連法案の進め方を通じて浮かび上がったのは、こんな根源的な疑問である。

 関連法案はきょう衆院本会議で可決され参院に送られる見通しだが、これで決着するわけではない。違憲の疑いは全く払拭(ふっしょく)されていないし、衆院ではほとんど議論されなかった論点も多い。憲法も安全保障も議論をさらに深め、広範な国民的合意を作り上げていく必要がある。


読売新聞社説- 安保法案可決 首相は丁寧な説明を継続せよ-2015年07月16日


 安全保障関連法案が衆院特別委員会で、自民、公明両党の賛成多数で可決された。法案は16日に衆院を通過し、参院に送付される見通しだ。

 法案は、日米同盟と国際連携を強化するため、集団的自衛権の限定行使を容認し、自衛隊の国際協力活動を拡充する内容である。

 野党3党は採決に参加しなかった。法案の成立の阻止を目指す民主、共産両党はともかく、維新の党が退席したのは残念だった。

 日本の安全保障にかかわる法案は、できるだけ幅広い合意を形成し、多くの政党が賛成して成立させることが望ましいからだ。

 我が国を取り巻く国際情勢は、かつてないほど厳しい。朝鮮半島有事における米艦防護などを可能にして、抑止力を高めることが急務だ――。この基本的な認識で与党と維新は一致していた。

 維新は、政府案の対案として、領域警備法案など3本を衆院に提出し、与党との修正協議に臨んだ。集団的自衛権の限定行使の要件や領域警備のあり方などを議論したが、合意に至らなかった。

 修正協議を継続することでは一致した。政府案の参院審議と並行して、協議を再開し、接点を探ることが大切である。

 疑問なのは、多数の民主党議員らが採決時に委員長席に詰め寄って怒号を上げ、与党の「強行採決」を“演出”したことだ。カラフルな文字の紙を掲げるなど、テレビ映像を意識した行動だった。

 委員会での審議時間は約116時間に達し、1960年以降で6番目の長さとなった。

 論点はほぼ出尽くし、野党質問は繰り返しが多くなった。自民党勉強会の「報道規制」発言など、法案と関係ない質問も目立ち、採決の環境は概おおむね整っていた。

 少数意見を主張する機会を確保し、きちんと耳を傾けたうえ、最後は多数決で物事を決めるのは、民主主義の基本ルールだ。

 安倍首相は答弁で、法案について「まだ国民の理解が進んでいる状況ではない」と語った。確かに、法案の内容は専門的で複雑だが、日本と世界の平和と安全を守るうえで極めて重要な意義を持つ。

 様々な危機に、政府や自衛隊はどう動くのか。それによって、米国などといかなる関係が築け、どんな抑止力が期待できるのか。

 政府・与党は、あらゆる機会を利用し、国民に分かりやすく丁寧な説明を続ける必要がある。

 野党にも、批判一辺倒でなく、平和確保の具体策を示すなどの建設的な対応が求められる。


by asyagi-df-2014 | 2015-07-18 05:47 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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