水俣から-熊本県が水俣病審査を再開

 東京新聞は2015年7月12日、「熊本県は12日、2013年3月から中断していた水俣病の認定審査を2年4カ月ぶりに再開した。」と、報じた。
 この中断以来、熊本県の申請者は5月末現在で1082人まで膨らんでいた。
 しかし、水俣病の混迷の歴史の原因は、宮澤信雄の指摘する「この国の水俣病政策に根本的な誤りがあるからに他ならない」ということにある。
 それは、西日本新聞の「新たな立法措置などで2度の政治決着が図られながら、今も全面解決に至らないのが水俣病だ。その根本原因は、いまだに被害の全体像を把握しようとしない国の姿勢にある。」という指摘と重なる。
 やはり、「だが、新指針については数十年前のメチル水銀汚染を客観的に立証するのは困難な人もおり、被害者団体から『厳しくなった』との批判が出ている。」という状況が生まれている。

 ここで大事なのは、西日本新聞の「審査の再開で救済に向けた道が開けていくのか。」ということに尽きる。

 肝に銘じるべきは、西日本新聞の「すべての被害者が救済されるまで水俣病は終わらない。」ということだ。

 以下、東京新聞及び西日本新聞の引用。






東京新聞-熊本県が水俣病審査再開 2年4カ月ぶり-2015年7月12日


 熊本県は12日、2013年3月から中断していた水俣病の認定審査を2年4カ月ぶりに再開した。この日は県の審査会が20人を調査した。結果は1~2カ月後に蒲島郁夫知事に答申する。岡嶋透会長(大分医大名誉教授)は記者団に「汚染との関連やいつから発症したかを、以前より丁寧に審査した」と話した。

 県によると、20人は40代半ば~80代後半の男女。熊本県が7人で、残る人は熊本を除く九州や、関東、中部、関西地方の在住。

 審査は、公害健康被害補償法に基づき、国の基準に沿って水俣病かどうかを判定する。


西日本新聞社説-水俣病審査再開 被害者に寄り添う視点で-2015年07月12日


 熊本県がきょうから、公害健康被害補償法に基づく水俣病の認定審査を再開する。同じ国の機関で患者認定の考え方が異なることなどを理由に、県が2013年3月以降、審査を休止していた。

 この間、同県の申請者は5月末現在で1082人まで膨らんだ。審査の再開で救済に向けた道が開けていくのか。注視したい。

 県が審査を中断したのは、13年4月の最高裁判決が発端だった。感覚障害や視野狭窄(きょうさく)など複数の症状を認定要件とする環境省の基準に対し、最高裁は単独症状でも認定の余地はあると判断した。

 これを踏まえ、同年10月に国の公害健康被害補償不服審査会が、感覚障害だけだった男性の患者認定を棄却した県の処分を取り消して「認定相当」と裁決した。

 環境省と不服審で対応が食い違ったことに蒲島郁夫知事は「二重基準だ」と強く反発し、審査業務の一時返上を表明した。

 環境省は14年3月、認定基準を見直さずに新たな運用指針を決める。「メチル水銀との因果関係を証明できれば、感覚障害だけでも認定できる」とする内容だ。

 これに従い、県に代わって国の臨時水俣病認定審査会が同年4月から22人を審査し、全員が棄却処分となった。先月26日には、不服審が単独の症状しかない男性の請求を棄却すると裁決した。新指針導入後、初の判断だった。

 熊本県は審査内容を精査し「単独症状でも総合的に検討され、最高裁判決を最大限尊重している」と結論付けた。だが、新指針については数十年前のメチル水銀汚染を客観的に立証するのは困難な人もおり、被害者団体から「厳しくなった」との批判が出ている。

 新たな立法措置などで2度の政治決着が図られながら、今も全面解決に至らないのが水俣病だ。その根本原因は、いまだに被害の全体像を把握しようとしない国の姿勢にある。

 すべての被害者が救済されるまで水俣病は終わらない。被害者に寄り添う視点で、最高裁判決に沿う認定審査を熊本県に望みたい。


by asyagi-df-2014 | 2015-07-14 05:41 | 水俣から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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