あしゃぎ  散歩の道すがら考えています。

 必要に迫られて散歩をしています。
 散歩をしていると、やはり、それなりに感じるものがあります。
 人が働いている時間に、健康第一と歩いているからかもしれません。
 私が利用させてもらっている道路は、中間山地の狭いとはいへ、重要な生活道路ではあるのです。 
ただ、気になるのは、道路端に家は建てられているのですが、すでに空き家になった家が多く見られるということです。
 私自身は、新参者ですので、その詳しい事情はわかりませんが、すでに住めなくなってしまった状況は進んでいるのかもしれません。

 歩いていると、鳥の音と、水路の音が、何も考えないでいいようにと、リズムを刻んでくれます。
 音を拾いながら、歩いていると、はたと気づくのです。
 そうか、水路は生活の音だなと。
 人が住まなくなれば、この水路のリズムも、今とは違うものになるのだなと。
 この水路の音が、いろんな所から聞こえてくるこの音が、地域が生きているということなんだな、と。

f0345938_20485613.jpg
歩いて気づきました。
水路の水の分水機とも言えるものでしょうか。
水路の水を一定量たまると、下の水路に水路の水を流し込んでいます。
ちょっと感動しました。

f0345938_20490837.jpg
 歩いていると、こんな田んぼにも出会います。
 人が掛けてきた苦労は同じなのに。
 作れるものと、作れないものがある。
 もしかしたら、こんな大事な営為を、時代遅れだともいうのだろうか。
 人が住んでいるからこそ、生活の音は、刻まれるというのに。


by asyagi-df-2014 | 2015-07-12 05:59 | あしゃぎ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧