表現の自由、報道の自由を否定する暴挙むしろ私たちが愚弄されているのだ。

 「ハッキリ言ってしまえば、傲慢、以外の何物でもないかと思います。」
 この言葉が、すべてを説明する。
 明日の自由を守る上糧弁護士会ブログは、このように続ける。
 「このような勉強会が開かれ、あからさまな発言があるのは、 裏を返せば、それだけ国民がナメられている、ということでは ないでしょうか。そういうこと言っちゃっても人気は落ちないしー、と思っているから、 言えるのですよね。国民を愚弄するのも、たいがいにしてほしいと思います。」

 今回のこの動きを論理的に判断するために、琉球新報と沖縄タイムスの共同抗議声明を引く。
 両社は、その問題点を次のように挙げる
①百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという”言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。
②むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。
③「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、琉球王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大だ。その訂正も求めたい。
 この暴挙に対して両者は次のように主張する。
①戦後、沖縄の新聞は戦争に加担した新聞人の反省から出発した。戦争につながるような報道は二度としないという考えが、報道姿勢のベースにある。
②政府に批判的な報道は、権力監視の役割を担うメディアにとって当然であり、批判的な報道ができる社会こそが健全だと考える。にもかかわらず、批判的だからつぶすべきだ―という短絡的な発想は極めて危険である。
③沖縄の2つの新聞に限らず、いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険きわまりないものだと思う
 この上で、両社は、「沖縄タイムス・琉球新報は、今後も言論の自由、表現の自由を弾圧するかのような動きには断固として反対する。」と抗議した。

 また、新聞労連もその声明の中で、次のように指摘する
 「安全保障関連法案(戦争法案)を批判する報道に関し、出席した議員から『マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい』」との発言もあったとされる。報道の自由を侵害しているという自覚がないとすれば、憲法軽視も甚だしく、立憲主義国家の国会議員としての識見が問われかねない。」

 この問題は、安倍晋三政権の政治的手法がもたらしたものである。
 まさしく強圧的で国民を愚弄するものでしかない。

 以下、共同抗議声明、新聞労連声明及び若手弁護士の会ブログの引用。






百田氏発言をめぐる琉球新報・沖縄タイムス共同抗議声明-2015年6月26日


 百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという”言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。 
 百田氏の発言は自由だが、政権与党である自民党の国会議員が党本部で開いた会合の席上であり、むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。
 さらに「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、琉球王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大だ。その訂正も求めたい。
 戦後、沖縄の新聞は戦争に加担した新聞人の反省から出発した。戦争につながるような報道は二度としないという考えが、報道姿勢のベースにある。
 政府に批判的な報道は、権力監視の役割を担うメディアにとって当然であり、批判的な報道ができる社会こそが健全だと考える。にもかかわらず、批判的だからつぶすべきだ―という短絡的な発想は極めて危険であり、沖縄の2つの新聞に限らず、いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険きわまりないものだと思う。沖縄タイムス・琉球新報は、今後も言論の自由、表現の自由を弾圧するかのような動きには断固として反対する。
 琉球新報編集局長・潮平芳和
 沖縄タイムス編集局長・武富和彦


日本新聞労働組合連合声明- 百田尚樹氏と自民党国会議員の発言に抗議


 憲法改正を推進する自民党若手議員が集まった25日の勉強会で、作家の百田尚樹氏が沖縄の地元紙を「つぶさないといけない」と発言したことに、新聞労連は「新聞メディアへの弾圧であり、報道の自由への侵害だ」として強く抗議する。

 報道によると、沖縄県の地元紙が政府に批判的だとの意見に対し、百田氏は「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない。あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」と主張した。個人の発言は自由であり、新聞への批判や異なる主張について我々は真摯に受け止める。しかし百田氏は今年2月までNHKの経営委員を務めるなど、メディアに関わってきた人物であり、約40人の国会議員が集まる場で講師として発言している以上、看過するわけにはいかない。「島が中国に取られれば目を覚ます」という発言も、米軍基地集中の負担に苦しむ沖縄県民の思いを逆なでする危険な発想だ。

 安全保障関連法案(戦争法案)を批判する報道に関し、出席した議員から「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」との発言もあったとされる。報道の自由を侵害しているという自覚がないとすれば、憲法軽視も甚だしく、立憲主義国家の国会議員としての識見が問われかねない。

 沖縄タイムスと琉球新報は、太平洋戦争で住民の4人に1人が命を落とした激しい地上戦を経験し、今も米軍基地が集中する沖縄の地元紙として、文字通り市民に寄り添った報道を続けている。昨年の知事選や衆院選で明確に示された「辺野古への新基地建設反対」「集団的自衛権の容認反対」という民意を反映し、市民目線の論調を守り続けている。新聞労連は、沖縄の加盟単組の仲間が地元に密着して取材、報道を続ける姿勢に敬意を表し、ともに連帯して不当な批判と闘っていくことを約束する。

2015年6月26日
日本新聞労働組合連合(新聞労連)
中央執行委員長 新崎盛吾


明日の自由を守る若手弁護士の会ブログ
自民党がメディア規制を本気で考え始めています。顔がこわばっちゃうね。


 報道によると、25日、安倍晋三首相に近い若手議員が立ち上げた勉強会「文化芸術懇話会」が開かれました。

 出席議員からは、「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が
経団連に働き掛けてほしい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」などと、広告を出す企業やテレビ番組のスポンサーに働きかけて、メディア規制をすべきだとの声が上がったそうです。

 講師として招かれた首相と親しい作家の百田尚樹氏は、政府に批判的だと名指しされた沖縄の地元紙(2紙)について、「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない。あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」と主張したとのこと。

 …顔がこわばるといいますか、怒りを通り越して、これは夢だ ろうかと思ってしまいます。

 権力が、メディアをコントロールしよう、と。権力に都合の悪いことを書くメディアを「つぶさないといけない」と。こんなにまで、あからさまに動き出しているのです。

 自由に情報が飛び交うという前提で、自由な議論をし、自由な発信をする。それが民主主義国家が民主主義国家たりえる条件です。

 私たち国民が政治をしっかり考えるためには、毎日国会に通って すべての議事を膨張するわけにはいきませんから、新聞や雑誌を読んだり、TVを観ることで情報をつかむしかありません。

 だからこそメディアは、国民の目として耳として、しっかり権力を監視して、権力が間違った方向に進んでいるようであれば、しっかり批判する記事を書く使命があります。
それは民主主義国家におけるメディアの最大の使命です。

 そのメディアが、権力に都合の悪い記事を書くからという理由で規制されたら、もはや私たちは、権力に都合のいい「政府のやって ることは全て正しいんだよすばらしいんだよ」という報道しか読め なくなってしまいます。
 本当は何が正しいのか、何が間違っているのか、考える機会すら奪われる、そこに「国民が主人公」の社会はありません。
国民主権は名ばかりの、専制国家が、すぐにできあがります。
 
 だからこそ、表現の自由が日本国憲法21条に書かれて、権力に向けて宣言されているわけです。

 昨日開かれた、この勉強会(に参加された講師と議員さんたち)には、その理解がないばかりか、民意に対する敵意、「自由な議論」に対する敵意を、まざまざと感じます。

 また、主権者が国民であること、その国民に奉仕するために選ばれた身分である自覚も感じられません。
 
 ハッキリ言ってしまえば、傲慢、以外の何物でもないかと思います。

 このような勉強会が開かれ、あからさまな発言があるのは、 裏を返せば、それだけ国民がナメられている、ということでは ないでしょうか。そういうこと言っちゃっても人気は落ちないしー、と思っているから、 言えるのですよね。

 国民を愚弄するのも、たいがいにしてほしいと思います。

 表現の自由(報道の自由)を軽視して民意を敵視する権力が、 自由で豊かな社会を作れるはずは、ありません。


by asyagi-df-2014 | 2015-06-28 09:38 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
画像一覧