沖縄から-「慰霊の日」を感じ取るために(4)

 沖縄の「慰霊の日」を、県知事の「平和宣言」として捉えてきた感があるが、もしかしたら、それ以上に気にしていたのは、「平和の詩」だったのかもしれない。
 これまでも、多くのものを受け取ってきた。
 今年もまた、凛とした詩が会場を包みこんだ。
その様子を、沖縄新聞は、「追悼式で、自作の平和の詩『みるく世がやゆら』を朗読した与勝高校3年の知念捷君(17)。第1連の琉歌は、『つらね』と呼ばれる独特の節をつけて歌い上げた。凜(りん)とした響きに会場は一気に引き込まれ、呼応するように指笛や拍手も起きた。」と、伝えた。
 「戦争が終わってから70年たっても、悲しみを背負っている人がこんなにいると感じた。少しでも寄り添いたい」という思いは、充分に伝わった。
 「今は平和でしょうか」と問うた摩文仁の風は、この地の大地を芯から揺さぶる風として繋がる。

「みるく世(ゆ)がやゆら」知念 捷

みるく世がやゆら
平和を願った 古(いにしえ)の琉球人が詠んだ琉歌(りゅうか)が 私へ訴える
「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下(しんか) 命(ぬち)ど宝」
七〇年前のあの日と同じように
今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終りを告げる
七〇年目の慰霊の日
大地の恵みを受け 大きく育ったクワディーサーの木々の間を
夏至南風(かーちーべー)の 湿った潮風が吹き抜ける
せみの声は微かに 風の中へと消えてゆく
クワディーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます
みるく世がやゆら
「今は平和でしょうか」と 私は風に問う
花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
戦後七〇年 再婚をせず戦争未亡人として生き抜いた 祖父の姉
九十才を超え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥する
一九四五年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
一人 妻と乳飲み子を残し 二十二才の若い死
南部の戦跡へと 礎(いしじ)へと
夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
彼女のもとには 戦死を報せる紙一枚
亀甲墓に納められた骨壺には 彼女が拾った小さな石
戦後七〇年を前にして 彼女は認知症を患った
愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
すべての記憶が 漆黒の闇へと消えゆくのを前にして 彼女は歌う
愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく
七〇年の時を経て 彼女の哀しみが 刻まれた頬を涙がつたう
蒼天に飛び立つ鳩を 平和の象徴というのなら
彼女が戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る
みるく世がやゆら
彼女の夫の名が 二十四万もの犠牲者の名が
刻まれた礎に 私は問う
みるく世がやゆら
頭上を飛び交う戦闘機 クワディーサーの葉のたゆたい
六月二十三日の世界に 私は問う
みるく世がやゆら
戦争の恐ろしさを知らぬ私に 私は問う
気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
伝えねばならぬ 彼女の哀しさを 平和の尊さを
みるく世がやゆら
せみよ 大きく鳴け 思うがままに
クワディーサーよ 大きく育て 燦燦(さんさん)と注ぐ光を浴びて
古のあの琉歌(うた)よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
今が平和で これからも平和であり続けるために
みるく世がやゆら
潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
みるく世の素晴らしさを 未来へと繋ぐ

 以下、沖縄タイムスの引用。






沖縄タイムス- 平和ですか? 知念君、壇上で凛と平和の詩を朗読-2015年6月24日


 鎮魂の思いを込めた古(いにしえ)の歌が夏の風に乗り、人々の胸に届いた。

 「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世(ゆ)ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下 命(ぬち)ど宝」

 追悼式で、自作の平和の詩「みるく世がやゆら」を朗読した与勝高校3年の知念捷君(17)。第1連の琉歌は、「つらね」と呼ばれる独特の節をつけて歌い上げた。凜(りん)とした響きに会場は一気に引き込まれ、呼応するように指笛や拍手も起きた。

 「琉歌には沖縄の人の悲しみも喜びも、価値観もアイデンティティーもすべて含まれる。心に伝わるものがあったならうれしい」。琉球舞踊などの素養があり「緊張することなく思いを表現できた」と、涼やかな笑顔で話す。

 詩では「みるく世がやゆら(今の世は平和でしょうか)」との問い掛けが、静かに繰り返される。参列者はうなずいたり目を閉じたりしながら、思いを巡らせている様子だった。
 詩作に駆り立てたのは、戦争で夫を失った祖父の姉の姿。会場には、同じような年代のお年寄りも多数詰め掛けた。「戦争が終わってから70年たっても、悲しみを背負っている人がこんなにいると感じた。少しでも寄り添いたい」と誓う。


by asyagi-df-2014 | 2015-06-27 06:09 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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