自民党の憲法改正草案を覗く。

 現行の日本国憲法を批判する上で、「現行の憲法には環境権に関するものがない」と、よく言われている。
 このことについて、明日の自由を守る若手弁護士の会のブログで、次のように指摘していました。


それで、自民党の憲法改正草案で、環境権の箇所を読んでみました。

25条の2
国は、国民と協力して国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

うーん、これは権利ではありませんね。
「国」には、「配慮」する「努力義務」があるだけ。
「国民」の「国に要求できる」「権利」ではないのですね。

国の対応が不十分じゃないか!と主張しても、「配慮しました」「努力はしました」と言いくるめられておしまい。
努力義務なので、具体的な国の負担はなし。
配慮する努力義務なので、裁判での基準にもならない。
しかも、「国民と協力して」!!!

...ということは、国民が環境を守る負担を負うべきだという根拠に使われてしまう恐れすらあるわけです。例えば、税金を負担して。
あるいは、環境を守るためだと言って規制をかけられたり。こうなると、権利というより、ほとんど義務ですよね。

もし、企業法務で、こんな感じの契約書をチェックしてくれと言われたら、修正や削除を進言するレベルです。

今の憲法でも、憲法13条を根拠にして「新しい人権」を創造して、裁判で主張することはできます。
プライバシー権とか、肖像権とかですよね。
最近では「NOニュークス権」というものを主張して裁判をする動きもあると聞いています。今のままでも、憲法13条を根拠にして環境権を主張していくことは十分可能なんです。

それなのに、なんとなく、環境権とかいう表現で、「良さげな権利が入るならいいじゃないか」と思って、うっかり賛成してしまうと、かえって裁判で主張できないものになってしまう恐れがあるのです。
これは、もはや「権利」という言い方自体に問題があるでしょうね。


 自民党の憲法改正草案での環境権が、権利に当たらないということがよく分かりました。

 以下、「明日の自由を守る若手弁護士の会」 ブログの引用。








自民党のいう環境権は権利ジャナイヨ!】


自民党の憲法改正草案で環境権を定めようとしているとか、憲法改正は段階的に進めて、まずは異論のない環境権や緊急事態条項からやろう、っていう話があるじゃないですか。

でも、自民党政権の原発事故被害者救済って、ものすごく後ろ向きで、東電は全然賠償に応じないし(基本的には、東電基準の低額のものだけ応じている)、汚染水は垂れ流しで環境に甚大な被害を与え続けているし、裁判所からも批判されるような適当な基準で原発を再稼働させようとしているし、被災者支援でなくてオリンピックにお金をつぎ込んでいるし、復興のための増税のはずが別の目的に支出されているわけですよ。

本気で環境に配慮しようと思ったら、今の憲法のままでも、東電を解体して国が被災者支援をするようにしてもいいわけだし、脱原発を推進してもいいわけですし、復興税も別目的にはお金を出さないで被災者に回るようにすればいいわけですよ。
もし環境権が定められたら、国が本気で対応しなければいけなくなるわけで、汚染水だけでもとんでもなく大変な対応をしなければならなくなるはずだから、どうもおかしい。国の負担が増えるようなことをわざわざするなんて...?

それで、自民党の憲法改正草案で、環境権の箇所を読んでみました。

25条の2
国は、国民と協力して国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

うーん、これは権利ではありませんね。
「国」には、「配慮」する「努力義務」があるだけ。
「国民」の「国に要求できる」「権利」ではないのですね。

国の対応が不十分じゃないか!と主張しても、「配慮しました」「努力はしました」と言いくるめられておしまい。
努力義務なので、具体的な国の負担はなし。
配慮する努力義務なので、裁判での基準にもならない。
しかも、「国民と協力して」!!!

...ということは、国民が環境を守る負担を負うべきだという根拠に使われてしまう恐れすらあるわけです。例えば、税金を負担して。
あるいは、環境を守るためだと言って規制をかけられたり。こうなると、権利というより、ほとんど義務ですよね。

もし、企業法務で、こんな感じの契約書をチェックしてくれと言われたら、修正や削除を進言するレベルです。

今の憲法でも、憲法13条を根拠にして「新しい人権」を創造して、裁判で主張することはできます。
プライバシー権とか、肖像権とかですよね。
最近では「NOニュークス権」というものを主張して裁判をする動きもあると聞いています。今のままでも、憲法13条を根拠にして環境権を主張していくことは十分可能なんです。

それなのに、なんとなく、環境権とかいう表現で、「良さげな権利が入るならいいじゃないか」と思って、うっかり賛成してしまうと、かえって裁判で主張できないものになってしまう恐れがあるのです。
これは、もはや「権利」という言い方自体に問題があるでしょうね。

そういえば、「戦争法案」という表現に対して、「レッテル貼りだ!」という批判をしていた方がいましたねえ(遠い目)。
そっくりそのままお返しして「環境権という言い方はレッテル貼りだ!」と言わせていただきましょう。

公明党の一部からは、環境権を定めると、かえって経済活動の妨げになるという話が出たそうです。後で、公式には否定されたそうですけど、この本音の方がよっぽど正直ですよね。

結論として、「自民党のいう環境権」には、異論が大アリということで。

投稿者 明日の自由を守る若手弁護士の会


by asyagi-df-2014 | 2015-04-30 16:00 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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