原発問題-福井地裁の仮処分決定を社説に読む

 福井地裁の樋口裁判長の仮処分決定(2015年4月15日)に関して、各紙の社説や論調に現在の原発への意思を読み取ることができる。
 神戸新聞の「新規制基準では人格権を十分に守れない。それを示した判決だ。」という意味をしっかりと確認したい。
 琉球新報の「脱原発を求める世論と向き合い、エネルギー政策の議論を根本からやり直す契機とすべきである。」という主張がこの仮処分決定の理解に相応しい。

 以下に、各紙の主張を抜粋する。

(1)南日本新聞
「それでも事故は起きる、というフクシマの教訓が生かされているのか。再稼働の不安に応えた司法判断といえよう。」
(2)北海道新聞
「目を引くのは、規制委の新しい基準に対する見方だ。『緩やかに過ぎ、適合しても安全性は確保されていない。新規制基準は合理性を欠く』とまで踏み込んだ。」
「今回の決定を機に、過酷事故時の責任の所在など、根本から議論をやり直さなければならない。」
(3)河北新報
「何をもって誰が『安全』と判断するのか、そのための議論は十分なのか、審査手続きと再稼働の判断に拙速はないのか。先行した九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)も含めて再稼働が既成の流れになりつつある中で、地裁決定は大きな一石を投じた。」
「高レベル放射性廃棄物の処理の行方も含めて、原発政策の将来像が不透明であることにも不信が募る。今回の仮処分決定を機に『とりあえず再稼働』の姿勢は許されないことを確認すべきだろう。」
(4)茨城新聞
「再稼働を含めた原発の今後は、基準に合致しているかどうかという技術論や、ごく数が限られた立地自治体の議会や首長の議論や判断のみによって決められるべきものではない。 潜在的に事故の被害者となり得るすべての市民の広い参加の下、技術論だけでなく、原発事故の直後にドイツで行われたように、社会や倫理の問題まで視野に入れた奥深い議論の結果、決められるべきものである。」
(5)新潟日報
「今回の仮処分決定は、経済を最優先するあまり、原発回帰路線へと前のめりになっている政府のこうした姿勢にも、疑問を呈したといえよう。政府は再稼働方針に変更はないとしているが、福島事故がもたらしたものに正面から向き合い、仮処分決定の重みを厳粛に受け止めるべきだ。」
(6)中日新聞
「関電も規制委も、普通の人が原発に対して普通に抱く不安や疑問に、しっかりとこたえていないのだ。従って、『万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険』があると、福井地裁は判断した。新規制基準の効力や規制委の在り方そのものを否定したと言ってもいいだろう。新規制基準では、国民の命を守ることができないと、司法は判断したのである。」
「今回の決定でも、“命の物差し”は踏襲された。命を何より大事にしたい。平穏に日々を送りたい。考えるまでもなく、普通の人が普通に抱く、最も平凡な願いではないか。」
(7)福井新聞
「東京電力福島第1原発事故から4年たっても原因究明ができず、本県含め住民避難態勢にも課題が多い。経済性より憲法が保障する『人格権』を明確に位置付けた二つの判決・決定は、再稼働に前のめりな国に『待った』をかけた。国は国民の不安をどう払拭(ふっしょく)するのか。司法の重い警告である。」
「樋口裁判長は大飯原発訴訟で『学術的論議を繰り返すと何年たっても終わらない』と指摘したように早期判断に導いた。今後、上級審で一体誰がどのように判断していくのか、司法全体の責任は一段と重くなる。」
(8)京都新聞
「決定は福島第1原発事故の深刻さに鑑み、国民の安全は何よりも優先されるべきとし、原発には極めて厳格な安全対策が求められるという明快な判断だ。矢継ぎ早に進む再稼働に対する多くの国民の不安に応え、安全性判断に踏み込んで歯止めをかけた意義は大きく、画期的な決定と言える。」
(9)神戸新聞
「新規制基準では人格権を十分に守れない。それを示した判決だ。」
(10)愛媛新聞
「樋口英明裁判長は、政府が『世界で最も厳しい』と自賛する新規制基準を『合理性を欠く』『緩すぎる』と切り捨てた。安倍政権の原発推進政策の全否定に等しい。速やかに再稼働方針を撤回しなければなるまい。多くの国民が求める原発に依存しない社会の実現こそが責務なのだと、肝に銘じてもらいたい。新基準自体が否定された影響は、高浜原発だけにとどまらない。示された懸念は、分離して仮処分の審理が進む関電大飯原発3、4号機(同)や、原子力規制委員会の審査をほぼ終えた四国電力伊方原発など、全国どの原発にも当てはまる。」
「主に国の手続きの適否を対象としてきた従来の審理への反省に立ち、安全性に正面から向き合って審査しようとの強い決意が伝わる。国民の願いにも合致していよう。」
(11)西日本新聞
「東京電力福島第1原発事故を『なかったもの』にすることはできない。言うまでもないことだ。だから、新たなエネルギー政策を考えるに際しては福島原発事故が出発点になる。これも当然だ。だが、政府の本音はどうか。2030年の電源構成比率をめぐる政府の動きなどを見ると、原発回帰が明らかである。福島事故は過去のものとなりつつあるようだ。」
「脱原発の声を無視して新たなエネルギー政策を考えても絵に描いた餅に終わる恐れが強い。異論を排すのでなく、政府は今回の決定をまずは重く受け止めるべきだ。」
(12)琉球新報
「関電側は『十分な安全対策を講じている』と反論した。だが樋口英明裁判長は、全国の原発で過去10年足らずの間に5回、電力会社の想定を超える地震があったと指摘し『基準地震動を超える地震が到来しないというのは根拠に乏しい楽観的見通しにすぎない』と批判した。極めて妥当だろう。」
「脱原発を求める世論と向き合い、エネルギー政策の議論を根本からやり直す契機とすべきである。」
(13)朝日新聞
「格納容器のような施設に閉じ込められていないことを指摘して、国民の安全を最優先とせず『深刻な事故はめったに起きないという見通しにたっている』と厳しく批判した。そして①基準地震動の策定基準の見直し②外部電源等の耐震性強化③使用済み核燃料を堅固な施設で囲む④使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性強化――の必要性をあげ、4点が解決されない限り脆弱(ぜいじゃく)性は解消しないと指摘した。これらはいずれも全国の原発に共通する問題だ。」
「安倍政権は『安全審査に合格した原発については再稼働を判断していく』と繰り返す。そんな言い方ではもう理解は得られない。司法による警告に、政権も耳を傾けるべきだ。」
(14)毎日新聞
「原発再稼働の是非は国民生活や経済活動に大きな影響を与える。ゼロリスクを求めて一切の再稼働を認めないことは性急に過ぎるが、いくつもの問題を先送りしたまま、見切り発車で再稼働をすべきでないという警鐘は軽くない。」

 以下、各新聞社の社説の引用。






南日本新聞社説- [高浜原発仮処分] 再稼働の不安に応えた-2015年4月15日


 福井地裁は1年前の関電大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止め訴訟でも「地震対策に構造的欠陥がある」として、再稼働を認めない判決を言い渡した。

 差し止め訴訟判決にしろ今度の仮処分決定にしろ、東京電力福島第1原発事故による「安全神話」の崩壊が念頭にあったのだろう。

 発生5年目に入ったのに事故収束の見通しは立たない。

 一方、安倍政権は原発を「重要なベースロード電源」と位置づける。関電も差し止め訴訟が高裁で係争中なのに、その判決を待たずに再稼働の準備を進める。

 それでも事故は起きる、というフクシマの教訓が生かされているのか。再稼働の不安に応えた司法判断といえよう。

 仮処分は昨年12月、福井県の住民らが申し立てた。関電が想定する基準地震動を超える地震などにより、過酷事故に陥る危険性を主張した。関電は十分に安全性が確保できているとして、住民側と全面的に争った。

申し立てた当時、高浜3、4号機は原子力規制委員会による新規制基準の適合性審査が進められ、ことし2月に合格した。

 決定は新規制基準を「緩やかにすぎ、適合しても安全性は確保されない」と明快に否定している。誠実に受け止めるなら、影響は2基にとどまらないはずだ。

 新規制基準は原発事故後につくられ、地震や津波への備えは確かに格段に強化された。安倍晋三首相は「世界で最も厳しい」基準への適合を、再稼働を進める「お墨付き」にしてきた。

 もっとも当の規制委の田中俊一委員長は新規制基準を「世界最高のレベルに近い」と評しながら、「安全だとは申し上げない」とも述べている。

 日本は世界有数の火山国、地震国である。自然災害への備えを固めたのは当然であり、むしろ遅きに失したぐらいだ。

 2基の運転差し止めをめぐっては昨年11月、大津地裁が仮処分申請を却下した。福井地裁と一見正反対の判断にみえるが、避難計画などの未整備を指摘し、「規制委が再稼働を容認することはありえない」との理由だった。

 首相は先月の参院予算委員会でも「安全神話と決別する」と答えた。そうであるなら、おざなりの避難計画などでいいはずがない。


北海道新聞-「高浜」差し止め 原発回帰に重い警鐘だ-2015年4月15日


 福井地裁がきのう、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の再稼働を認めない仮処分決定を出した。福井県や関西の住民が安全対策が不十分として差し止めを申し立てていた。

 高浜3、4号機は既に原子力規制委員会から「合格証」を得ている。だが決定は規制委の安全基準の問題点も指摘した。

 仮処分で原発の運転を禁止する決定は初めてだ。安倍晋三政権の推し進める「原発回帰」への重い警鐘と受け止めたい。

 仮処分決定は本訴訟と異なり、すぐに効力が生じる。関電は決定を不服とし、異議を申し立てる構えだ。11月の運転開始にこだわっているようだが、ここは決定内容の意味を深く考えるべきだ。

 福井地裁は関電の地震想定について、全国の原発で10年間で5回にわたり想定を上回る地震があったことを挙げ、「信頼に値する根拠が見いだせない」とした。

 また、事故時に使われる外部電源や給水ポンプなどの耐震性が不十分であると指摘。想定を下回る地震でも「冷却機能喪失による炉心損傷に至る危険が認められる」と断じた。

 決定は福井地裁が昨春、大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた判決の流れを引き継いだ。

 「想定外」を連発して未曽有の規模となった福島第1原発事故の教訓をくみ、国民の生命と安全を最優先する姿勢を明確に示した判断と言える。

 目を引くのは、規制委の新しい基準に対する見方だ。「緩やかに過ぎ、適合しても安全性は確保されていない。新規制基準は合理性を欠く」とまで踏み込んだ。

 そもそも新基準に基づく審査をめぐっては、解釈に齟齬(そご)が生じている。

 政府は「世界一厳格な基準による審査」と再稼働の前提条件に位置づけている。しかし当の規制委の田中俊一委員長は「安全を保証するものではない」と会見などで語ってきた。

 これでは本当に新基準で安全かどうか判断できるのか、判然としない。今回の決定はそうした疑問や不安を突いたものだ。

 菅義偉官房長官は仮処分決定を受け「国は当事者ではない」と述べた。だが、かつて担当の宮沢洋一経済産業相は「万が一、事故が起きた場合、国が責任を持って対処する」と強調したではないか。

 今回の決定を機に、過酷事故時の責任の所在など、根本から議論をやり直さなければならない。


河北新報社説-再稼働不可仮処分/問題提起を重く受け止めよ-2015年4月15日

 年内再稼働に向けて手続きが進む関西電力高浜原発3、4号機(福井県)について福井地裁がきのう、再稼働を認めない仮処分を決定した。
 関電側が速やかに不服を申し立てる方針のため、決着までになお審理が続くことになるが、安全性に不安を抱く住民らの訴えを認めて緊急性のある差し止め仮処分まで踏み込み、地裁が稼働不可の決定を下した影響は大きい。
 高浜2基については、原子力規制委員会が福島第1原発事故後の新規制基準に沿って安全対策を審査し、2月に「適合」と判断したばかりだ。
 政府が「世界で最も厳しい」と強調する新基準と規制委の合格判断が、司法によって否定される展開は、再稼働を取り巻く不信感や不透明感を象徴する事態と言える。
 何をもって誰が「安全」と判断するのか、そのための議論は十分なのか、審査手続きと再稼働の判断に拙速はないのか。先行した九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)も含めて再稼働が既成の流れになりつつある中で、地裁決定は大きな一石を投じた。
 政府をはじめ関係者は、下級審による不規則な判断と軽視することなく、司法による問題提起の意味をしっかりと受け止める必要がある。
 決定を下した裁判長は昨年5月、高浜原発と隣り合う関電大飯原発の訴訟でも、運転差し止めを命じている。
 控訴審で係争中だが、判断の前提は「具体的危険が万が一でもあれば差し止めが認められるのは当然」との考え方だった。特に「福島事故後は万が一の判断を避けることは許されない」と強調した。
 その姿勢に立てば、仮処分決定は当然の帰結になる。安全対策の前提となる基準地震動など新基準の設定自体を「合理性を欠く」と批判し、「関電の地震想定は信頼に値しない」と指摘した。
 規制委も実は、新基準適合と安全はイコールではない、と再三繰り返している。高浜2基の適合を決定した後の会見でも、田中俊一委員長は「リスクをゼロと確認したわけではない」と述べた。
 あくまで科学的に求める基準に対応できたかどうかを判断するだけとの姿勢に徹する構えだが、安倍政権は規制委が適合と判断した原発の再稼働を進める、と言明する。
 基準適合判断をお墨付きと位置付けたい政府とそれを避けたい規制委の間で、再稼働の前提になる「安全」の判断が宙に浮いている格好だ。
 再稼働推進の立地自治体からも「誰が最後の安全性を確認して守ってくれるのか」と苦言が出ている。責任の所在が曖昧なまま、なし崩し的に手続きや準備が進む状況では不安が収まるわけはない。
 万が一の危険があり得るならば、事故が起きた場合の避難が最も重要になるが、規制委の審査対象ではない。政府が「前面に立つ」と言いつつ、実効ある避難計画の立案や訓練は後手に回る状況だ。
 高レベル放射性廃棄物の処理の行方も含めて、原発政策の将来像が不透明であることにも不信が募る。今回の仮処分決定を機に「とりあえず再稼働」の姿勢は許されないことを確認すべきだろう。


茨城新聞【論説】-再稼働差し止め仮処分 立ち止まる機会にしよう-2015年4月15日


福井地裁は、関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の再稼働差し止めを求めて周辺の住民らが申し立てた仮処分を認める決定をした。

高浜3、4号機は2月、原子力規制委員会による新規制基準の適合性審査に合格し、立地する高浜町議会が再稼働に同意している。

東京電力福島第1原発事故から4年余。事故の原因究明の努力は道半ばで止まり、重大な事故が起こった際の防災、避難態勢の不備が指摘される中、高浜原発を含めて急速に進む再稼働の動きに、司法が「待った」をかけた形だ。

仮処分の決定は、原発事故が突きつけた多くの課題に関する議論をなおざりにし、新たな規制基準をクリアしたことを金科玉条とするような国の政策に関する重い警告だといえる。これを機に前のめりの姿勢を改めて立ち止まり、原発の必要性とリスクやコストについての国民的な議論を始めるべきだ。

原発の周辺住民らはこれまでの審尋の中で「福島での原発事故発生直後の対応に重要な役割を果たした免震重要棟が設置されていない高浜原発は、再稼働させるべきではない」と主張。耐震設計の目安となる基準地震動を超える地震などによって放射性物質が周辺に飛散する過酷事故に陥る危険性があることなどを指摘した上で、「再稼働の時期が差し迫っている」として仮処分の決定を求めた。

関西電力は、福島の原発事故を教訓に、十分な地震や津波対策を取ったことを強調し「安全性は確保されている」と却下を求めていた。

再稼働の動きに対し「福島の事故の教訓が生かされていない」との立場から司法が「待った」をかけた例としては、昨年5月、同じ福井地裁が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを命じた判決がある。

だが、関電は判決を不服として控訴した上で、その結論を待つことなく再稼働に向けた作業を進めている。

今回、住民が通常の訴訟の判決とは異なり、決定が出ればすぐに効力が生じる仮処分命令を求めたのは、司法の決定や原発再稼働に反対する世論を無視するような関電の動きがあったからだ。

そして福井地裁は、住民の主張を認める形で、仮処分命令を出した。

福島の経験は、原発の過酷事故が起これば、一国の経済に多大な影響を与え、その存続すら危うくしかねない性格のものであること、いったん起こったら、将来の世代にまで多大な悪影響を与えるものであることを教えた。

再稼働を含めた原発の今後は、基準に合致しているかどうかという技術論や、ごく数が限られた立地自治体の議会や首長の議論や判断のみによって決められるべきものではない。

潜在的に事故の被害者となり得るすべての市民の広い参加の下、技術論だけでなく、原発事故の直後にドイツで行われたように、社会や倫理の問題まで視野に入れた奥深い議論の結果、決められるべきものである。

電気をつくる一手段にすぎない原発のほかに、代替手段がないのかも重要な論点だ。

議論には時間がかかる。今回の仮処分決定は、われわれにそのための時間を与えてくれたものだと考えるべきだ。


新潟日報社説-再稼働差し止め 安全神話に警鐘鳴らした-2015年4月15日


 東京電力福島第1原発事故が収束していないのに、再び「安全神話」にすがり、再稼働を進めようとしている政府と電力会社への警鐘といえよう。

 関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の安全対策に問題があるとして周辺の住民らが再稼働の差し止めを求めた仮処分申請で、福井地裁の樋口英明裁判長は再稼働を認めない決定をした。

 仮処分で原発の運転を禁止するのは初めてのことだ。関電は不服を申し立てる見通しだが、主張が通らなければ11月に想定する再稼働は不可能になる。

 樋口裁判長は昨年5月の関電大飯原発3、4号機(福井県おおい町)をめぐる訴訟でも、地震対策の構造的欠陥を理由に再稼働を認めない判決を言い渡しており、再び厳しい判断を示した形だ。

 高浜3、4号機は、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使う「プルサーマル」を前提としている。

 今年2月、九州電力川内1、2号機(鹿児島県)に続き、原子力規制委員会の審査に合格した。

 仮処分決定の理由として樋口裁判長は、福島事故後に定めた規制委の新規制基準について「合理性を欠く」とし、適合しても安全性は確保されていないと断じた。

 規制委の審査を根本から否定したといえる。

 さらに想定を超える地震が起きれば「250キロ圏内の住民に、人格権が侵害される具体的な危険がある」と指摘した。

 そもそも問題点は少なくない。規制委は高浜3、4号機で同時に事故が起きても対応できることを確認したとしているものの、1、2号機の原子炉に燃料がなく、停止していることが前提だ。

 高浜原発のある若狭湾沿いには原発が全国最多の14基あるが、複数にまたがって事故が起きた場合どうなるかといった集中立地の問題は考慮されていない。

 避難計画の実効性も疑問視されている。福島事故の教訓から、3府県にまたがる30キロ圏の全自治体を再稼働の同意対象に加えるべきだとの声は強い。多くの問題を積み残したままなのが実情である。

 政府は原発を「ベースロード電源」と位置づけ、2030年の電源比率で割合を18~19%とする方向で検討している。

 2割を切ることで、原発に批判的な世論への配慮をにじませているようにも見える。

 だが、この数字は再稼働だけにとどまらず、新規制基準で定めた40年を超えて運転するか、建て替えや新増設をして初めて達成可能となるものだ。

 核燃料サイクルや放射性廃棄物の最終処分といった重要な問題も事実上、先送りとなったままだ。

 今回の仮処分決定は、経済を最優先するあまり、原発回帰路線へと前のめりになっている政府のこうした姿勢にも、疑問を呈したといえよう。

 政府は再稼働方針に変更はないとしているが、福島事故がもたらしたものに正面から向き合い、仮処分決定の重みを厳粛に受け止めるべきだ。


中日新聞社説-国民を守る司法判断だ 高浜原発「差し止め」-2015年4月15日


 関西電力高浜原発(福井県高浜町)の再稼働は認めない-。福井地裁は、原子力規制委員会の新規制基準を否定した。それでは国民が守られないと。

 仮処分は、差し迫った危険を回避するための措置である。通常の訴訟とは違い、即座に効力を発揮する。

 高浜原発3、4号機は、動かしてはならない危ないもの、再稼働を直ちにやめさせなければならないもの-。司法はそう判断したのである。

 なぜ差し迫った危険があるか。第一の理由は地震である。

 電力会社は、過去の統計から起こり得る最大の揺れの強さ、つまり基準地震動を想定し、それに耐え得る備えをすればいいと考えてきた。

当てにならない地震動

 原子力規制委員会は、新規制基準による審査に際し、基準値を引き上げるよう求めてはいる。

 関電は、3・11後、高浜原発の基準地震動を三七〇ガルから七〇〇ガルに引き上げた。

 しかし、それでも想定を超える地震は起きる。七年前の岩手・宮城内陸地震では、ひとけた違う四〇二二ガルを観測した。

 「平均からずれた地震はいくらでもあり、観測そのものが間違っていることもある」と地震学者の意見も引いている。

 日本は世界で発生する地震の一割が集中する世界有数の地震国である。国内に地震の空白地帯は存在せず、いつ、どこで、どんな大地震が発生するか分からない。

 だから基準地震動の考え方には疑問が混じると判じている。

 司法は次に、多重防護の考え方を覆す。

 原発は放射線が漏れないように五重の壁で守られているという。

 ところが、原子炉そのものの耐震性に疑念があれば、守りは「いきなり背水の陣」になってしまうというのである。

 また、使用済み核燃料プールが格納容器のような堅固な施設に閉じ込められていないという点に、「国の存続に関わるほどの被害を及ぼす可能性がある」と、最大級の不安を感じている。

 福島第一原発事故で、最も危険だったのは、爆発で屋根が破壊され、むき出しになった4号機の燃料プールだったと、内外の専門家が指摘する。

 つまり、安全への重大な疑問はいくつも残されたままである。ところが、「世界一厳しい」という新規制基準は、これらを視野に入れていない。

 それでも規制委は新基準に適合したと判断し、高浜原発は秋にも再稼働の運びになった。

 関電も規制委も、普通の人が原発に対して普通に抱く不安や疑問に、しっかりとこたえていないのだ。従って、「万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険」があると、福井地裁は判断した。新規制基準の効力や規制委の在り方そのものを否定したと言ってもいいだろう。

 新規制基準では、国民の命を守ることができないと、司法は判断したのである。

 昨年五月、大飯原発(福井県おおい町)3、4号機の差し止めを認めた裁判で、福井地裁は、憲法上の人格権、幸福を追求する権利を根拠として示し、多くの国民の理解を得た。生命を守り、生活を維持する権利である。国民の命を守る判決だった。

 今回の決定でも、“命の物差し”は踏襲された。

 命を何より大事にしたい。平穏に日々を送りたい。考えるまでもなく、普通の人が普通に抱く、最も平凡な願いではないか。

 福島原発事故の現実を見て、多くの国民が、原発に不安を感じている。

 なのに政府は、それにこたえずに、経済という物差しを振りかざし、温暖化対策なども口実に、原発再稼働の環境づくりに腐心する。一体誰のためなのか。

 原発立地地域の人々も、何も進んで原発がほしいわけではないだろう。仕事や補助金を失って地域が疲弊するのが怖いのだ。

 福井地裁の決定は、普通の人が普通に感じる不安と願望をくみ取った、ごく普通の判断だ。だからこそ、意味がある。

不安のない未来図を

 関電は異議申し立てをするという。しかし司法はあくまで、国民の安全の側に立ってほしい。

 三権分立の国である。政府は司法の声によく耳を傾けて、国民の幸福をより深く掘り下げるべきである。

 省エネと再生可能エネルギーの普及を加速させ、新たな暮らしと市場を拓(ひら)いてほしい。

 原発のある不安となくなる不安が一度に解消された未来図を、私たちに示すべきである。


福井新聞社説-高浜原発再稼働認めず 重い警告どう受け止める-2015年4月15日


 関西電力高浜原発3、4号機の安全対策は不十分として本県の住民らが再稼働差し止めを申し立てた仮処分で、福井地裁の樋口英明裁判長は再稼働を認めない決定を下した。同裁判長は昨年5月にも住民側の言い分を全面的に認め、大飯3、4号機の差し止めを命じる判決を言い渡している。今回も予想された結果だ。

 決定が即効性を持つ仮処分で原発の運転を禁止する決定は例がない。11月再稼働を見込んでいた関電は「到底承服できない」として地裁に異議と執行停止の申し立てを行う予定。政府は「粛々と進める」と静観するが、エネルギー政策や全国の原発差し止め訴訟にも影響を与えるだろう。

 政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置づける。「世界で最も厳しい」と強調する原子力規制委員会の審査に合格すれば再稼働へ動くことになる。今回はその新規制基準をも一蹴、「緩やかすぎ安全性の合理性を欠く」と断じ、基準に適合しても再稼働を認めない決定をした。

 樋口裁判長は、関電が想定する耐震設計の目安となる基準地震動に関し「信頼に値する根拠は見いだせない」「楽観的」と指摘。全国の原発で2005年以降だけでも、想定外の地震が5回起きているとして「基準地震動を超える地震が到来すれば、炉心損傷する危険がある」と住民側の主張をそのまま認めた。

 関電側は「多重防護の考え方に基づく対策を講じ、安全性は確保されている」と反論してきたが、決定は万が一でも災害を引き起こさない基準を求め、施設の不備を指摘している。

 再稼働した場合「250キロ圏内の住民に、人格権が侵害される具体的な危険がある」との結論は、大飯原発訴訟と同様の導き方だ。このことは「ゼロリスク」に程遠い地震国日本における原発そのものの存在を全否定するに等しい。

 東京電力福島第1原発事故から4年たっても原因究明ができず、本県含め住民避難態勢にも課題が多い。経済性より憲法が保障する「人格権」を明確に位置付けた二つの判決・決定は、再稼働に前のめりな国に「待った」をかけた。国は国民の不安をどう払拭(ふっしょく)するのか。司法の重い警告である。

 だが現実的課題も横たわる。高浜3、4号機は今年2月、新規制基準の適合性審査に合格し、高浜町会がいち早く再稼働に同意。町長や知事の判断待ちだ。

 国策民営の原発判断が行政と司法で相反すれば、住民を抱える立地自治体は「股裂き状態」となり、困難な状況になりかねない。脱原発の世論は勢いを増し、原発から一部が30キロ圏内に入る京都府や滋賀県の「同意」判断も一層難しくなる。

 原発の安全性に関しては科学的、技術的見地による客観性の高い判断が求められてきた。過去の裁判では高度な専門性を理由に原発の危険性について科学的判断に踏み込まず、事実上、行政裁量に任せてきた。

 樋口裁判長は大飯原発訴訟で「学術的論議を繰り返すと何年たっても終わらない」と指摘したように早期判断に導いた。今後、上級審で一体誰がどのように判断していくのか、司法全体の責任は一段と重くなる。


京都新聞社説-高浜差し止め  新規制基準への疑義は重い-2015年4月15日


 原発の安全性に対する国民の不安が払拭されない中、再稼働を急ぐ電力会社と政府に、司法が強く「待った」をかけた。
 福井地裁は、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転を認めない仮処分を決定した。樋口英明裁判長は「(原子力規制委員会の)新規制基準に適合していても安全性は確保されていない」と断じた。
 仮処分で原発の運転を禁止するのは全国初で、仮処分は即時効力を持つ。関電は不服を申し立てる方針を表明したが、認められない限り再稼働はできなくなった。
 決定は福島第1原発事故の深刻さに鑑み、国民の安全は何よりも優先されるべきとし、原発には極めて厳格な安全対策が求められるという明快な判断だ。矢継ぎ早に進む再稼働に対する多くの国民の不安に応え、安全性判断に踏み込んで歯止めをかけた意義は大きく、画期的な決定と言える。
 高浜原発の2基は今年2月、九州電力川内原発(鹿児島県)に続き新規制基準に合格。関電は11月の再稼働を目指して地元同意手続きを進めている。政府は「世界一厳しい」基準とし、適合すれば安全性が確認されたとして順次再稼働させる方針を示してきたが、今回決定が「新規制基準は合理性を欠く」と否定した意味は重い。
 電力会社と政府は、7月の再稼働を目指して最終手続きを進める川内原発をはじめ、新規制基準の妥当性と他の原発の再稼働計画を再検討することが求められよう。

問われた人格権

 仮処分は昨年12月、再稼働が差し迫っているとして周辺住民らが申し立てた。争点となったのは重大な事故が発生する可能性だ。
 住民らは、関電が想定する基準地震動(耐震設計の目安となる揺れ)を超える地震により、放射性物質が飛散する過酷事故に陥る可能性があると主張し、人格権が侵害されると訴えた。これに関電側は「十分な安全対策を講じている」と反論していた。
 決定は、関電の地震想定は過去の地震の平均値から算出しており、基準を超える地震動が理論的にも経験上も起き得るとして「信頼に値する根拠が見いだせない」と指摘。基準未満の揺れでも耐震性不足から外部電源や主給水が絶たれる恐れがあり、「冷却機能喪失による炉心損傷に至る危険が認められる」とした。
 住民側の主張を認めた形で、再稼働した場合「250キロ圏内の住民に、人格権が侵害される具体的な危険性がある」と認定した。
 樋口裁判長は昨年5月にも福井地裁で、関電大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を下しており、控訴審が係争中。一方、大津地裁は昨年11月、京滋の住民らが求めた高浜、大飯両原発の計4基の再稼働差し止めの仮処分を「規制委が早急に再稼働を容認するとは考えがたい」と却下しており、判断が分かれた。

リスク「ゼロ」要求

 今回の福井地裁の決定で特に注目されるのは、高浜3、4号機が審査に適合した新規制基準そのもののに疑問を投げかけたことだ。
 基準地震動の想定や外部電源、使用済み核燃料プールの耐震性の不十分さについて規制の対象にしていないことを問題視。規制基準は「深刻な災害を引き起こす恐れが万が一にもないといえるような厳格な内容を備える」ことがなければならないとした。
 専門性の高い規制委の判断は、尊重されるべきだ。だが、規制委の田中俊一委員長は高浜原発について、「稼働に必要な条件を満たしているかどうかを審査した。イコール事故ゼロではない」と説明してきたことを忘れてはならない。
 司法の指摘は、限りなく事故のリスクを「ゼロ」にすることを求めたものだ。いまだに福島事故の収束や原因究明のめどが立たず、故郷に戻れない住民が多い中、万一の事故でも取り返しがつかないという大原則をあらためて提示したと言えよう。

懸念解消の努力を

 関電側は決定への異議と執行停止を求める一方、再稼働に向け「手続き自体は進んでいく」としている。だが決定は、関電の安全対策に対し「楽観的見通し」「多重防護の意義から外れる」と姿勢を疑問視している。
 関電は火力燃料費増による赤字経営の改善を掲げ、電力料金の値上げ申請でも再稼働の必要性をアピールしているが、利用者の公聴会では原発ありきの姿勢が強い批判を受けている。安全性への懸念に真摯(しんし)に耳を傾け、これを解消しない限り幅広い理解は得られないだろう。
 仮処分決定に対し、菅義偉官房長官は「再稼働の方針に変わりない」「粛々と進める」と強調した。福島事故を教訓に地震対策などを強化したと説明してきた新規制基準自体の正当性が揺らぐ中では、説得力を欠かざるを得ない。
 政府が安定的なベースロード電源とする原発の再稼働に司法が突き付けた判断は、将来の電源構成比率の議論にも影響を与える可能性がある。国民も注視しており、司法からの警告を軽視すべきではない。


神戸新聞社説-高浜差し止め/安全審査の正当性揺らぐ-2015年4月15日


「原発を再稼働してはならない」とする司法判断がまた示された。

 周辺住民らが関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の再稼働差し止めを申し立てた仮処分で、福井地裁が決定した。決定に効力があり、関電が不服を申し立て、主張が認められなければ再稼働できない。

 原子力規制委員会は2月、高浜の2基は新規制基準に適合しているとする審査書を決めた。関電は、地元同意手続きを経て年内にも再稼働の方針と伝えられるが、大幅な見直しを迫られる可能性が高い。

 昨年5月の大飯原発3、4号機の運転差し止め判決に続き、司法が地震対策の甘さを指摘したことを重く受け止めねばならない。

 政府は、規制委の安全審査で合格した原発は再稼働させると明言している。だが、地裁の決定は新規制基準に適合しても安全性は確保されていないと批判した。規制委の審査に「合理性がない」としたことは、再稼働に向けた手続きの正当性を疑わせるもので、極めて重大だ。

 昨年の判決は2005年以降、全国の原発で5回、想定の地震動を超える地震があったことを挙げ、地震大国日本で、基準地震動を超える地震が大飯原発に来ないというのは根拠のない見通しだと指摘した。

 樋口英明裁判長は、高浜原発にも同じ理屈を当てはめた。想定を超える地震が起きれば、やはり炉心損傷の危険があるとした。

 基準地震動を大きく見ると、耐震補強工事にお金がかかり、出費を抑えたい電力会社は数値を低くしておきたがる。地震対策で関電は規制委の指摘をすぐに反映させず、譲歩の材料にしていると、批判されてきた。それがどれほど危ういことか。

 大飯、高浜両原発は立地条件が似ており、沿岸部から内陸にかけて断層が確認されている。敷地内に断層がないからといって油断できない。現在の地震学では予測に限界があるからこそ、最悪を想定して備えなければならない。関電にその自覚と責任感が欠けていないだろうか。

 4年前の原発事故では、250キロ圏の住民に避難勧告の可能性が検討された。それをもとに、運転差し止め判決も今回も250キロ圏内の住民の人格権侵害の恐れを認めた。その場合、兵庫県民も含まれる。

 新規制基準では人格権を十分に守れない。それを示した判決だ。


愛媛新聞社説-高浜原発差し止め 政府は再稼働方針を撤回せよ- 2015年04月15日

 住民の不安に向き合い、命と安全を最優先した重い判断といえるだろう。関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の再稼働差し止めを周辺住民らが申し立てた仮処分で、福井地裁は再稼働を認めない決定をした。原発の運転を禁止する仮処分は全国初だ。
 樋口英明裁判長は、政府が「世界で最も厳しい」と自賛する新規制基準を「合理性を欠く」「緩すぎる」と切り捨てた。安倍政権の原発推進政策の全否定に等しい。速やかに再稼働方針を撤回しなければなるまい。多くの国民が求める原発に依存しない社会の実現こそが責務なのだと、肝に銘じてもらいたい。
 新基準自体が否定された影響は、高浜原発だけにとどまらない。示された懸念は、分離して仮処分の審理が進む関電大飯原発3、4号機(同)や、原子力規制委員会の審査をほぼ終えた四国電力伊方原発など、全国どの原発にも当てはまる。
 住民らは、基準地震動を超える地震で炉心が損傷し、重大事故に陥る可能性があるとして人格権が侵害されると訴えた。決定は「関電の想定は信頼に値する根拠が見いだせない」と、住民側の主張を認めた形だ。「250キロ圏内の住民に具体的危険がある」という指摘を、社会全体で受け止める必要がある。
 高浜3、4号機は2月に新基準に事実上「合格」し、関電は11月の再稼働を目指していた。判決と異なり、仮処分決定は直ちに発効する。不服を申し立てても、取り消しや変更などがない限り再稼働はできず、今後のスケジュールへの影響は避けられない。
 合格イコール「安全」ではないことも、再確認しておきたい。規制委の田中俊一委員長自らが「リスクはゼロではない」と繰り返し強調している。合格は基準への適合を確認しただけであり、安全性の担保にはなり得ないのだ。
 樋口裁判長は昨年5月、大飯3、4号機の運転差し止めを命じる判決を出している。判決理由の中で「具体的な危険性が万が一でもあるかが判断の対象とされるべきで、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するのに等しい」と述べた。東京電力福島第1原発事故を受けたものであり、今回の決定にも反映されている。
 主に国の手続きの適否を対象としてきた従来の審理への反省に立ち、安全性に正面から向き合って審査しようとの強い決意が伝わる。国民の願いにも合致していよう。
 決定を受け、菅義偉官房長官は再稼働方針の堅持を強調した。憤りを禁じ得ない。福島の事故は、原子力を完全に制御することはできず、想定外の事態は起こり得るとの教訓を残したはずだ。政府は目をそらしてはなるまい。


西日本新聞社説-高浜原発仮処分 決定を重く受け止めたい-2015年04月15日


 東京電力福島第1原発事故を「なかったもの」にすることはできない。言うまでもないことだ。

 だから、新たなエネルギー政策を考えるに際しては福島原発事故が出発点になる。これも当然だ。

 だが、政府の本音はどうか。2030年の電源構成比率をめぐる政府の動きなどを見ると、原発回帰が明らかである。福島事故は過去のものとなりつつあるようだ。

 福井地裁(樋口英明裁判長)が関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の再稼働を認めない決定をした。周辺住民らが安全対策が不十分だとして再稼働差し止めの仮処分を申し立てていた。

 福井地裁の樋口裁判長は昨年5月、福井県おおい町の関電大飯原発3、4号機の運転差し止めを求める住民らの訴えを認める判決を下した。樋口裁判長は判決で、福島事故で明らかになった原発の危険性と被害の大きさに比べ、事業者の安全対策が不十分とした。

 今回の決定も福島事故で実際に生じた事実や生じる恐れがあった事実を踏まえたとする。結果、新規制基準も事業者の対策も甘い見通しの上にあり、不十分とした。

 高浜原発3、4号機は原子力規制委員会が定めた新規制基準に適合していると認められ、再稼働の準備が進む。今回の決定にも政府は「規制委の判断を尊重し、再稼働の方針に変わりない」という。

 昨年の判決も今回の決定も同一裁判長で地裁の判断である。最終決定でもないから、政府としては一つの意見と聞き流すつもりか。

 反対の動きを横目に見ながら既成事実を積み重ねていく。結論先送りで時間を稼ぎ、最後は仕方ないなと相手に思わせる-。この作戦が裏目に出たのが国営諫早湾干拓事業の開門調査問題である。

 潮受け堤防排水門の開門をめぐり、認める判決と差し止めの仮処分決定が出て、開門してもしなくても制裁金を払う事態になった。

 脱原発の声を無視して新たなエネルギー政策を考えても絵に描いた餅に終わる恐れが強い。異論を排すのでなく、政府は今回の決定をまずは重く受け止めるべきだ。


琉球新報社説-再稼働差し止め 脱原発の世論と向き合え-2015年4月15日

 関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)について、福井地裁が再稼働を差し止める仮処分決定を出した。再稼働の動きに司法がブレーキをかけた画期的な判断と言えよう。
 3、4号機をめぐり安全対策が不十分として、周辺住民らが再稼働差し止めを求め仮処分を申し立てていた。仮処分で原発の運転を禁止する決定は全国で初めてだ。
 決定はすぐに効力を持つ。関電は不服を申し立てる方針だが、主張が認められない限り再稼働はできない。
 再稼働に関しては昨年5月に福井地裁が関電大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた。だが関電は判決を不服として控訴し、その結論を待たずに再稼働に向けた作業を進めていた経緯がある。
 住民側が今回、再稼働の動きをすぐに止めようと仮処分を求めたのは、昨年5月の判決を事実上無視した関電の姿勢が背景にある。
 関電は仮処分決定に対して「当社の主張を理解いただけず誠に遺憾。到底承服できない」とコメントして仮処分の取り消しを求めたが、関電は今回の決定や再稼働に反対する国民世論と今こそ真摯(しんし)に向き合うべきだ。
 仮処分では重大事故の発生可能性などが争点だった。住民側は、関電が想定する基準地震動(耐震設計の目安となる揺れ)を超える地震で、放射性物質が飛散する過酷事故に陥ると主張した。
 関電側は「十分な安全対策を講じている」と反論した。だが樋口英明裁判長は、全国の原発で過去10年足らずの間に5回、電力会社の想定を超える地震があったと指摘し「基準地震動を超える地震が到来しないというのは根拠に乏しい楽観的見通しにすぎない」と批判した。極めて妥当だろう。
 東京電力福島第1原発事故からわれわれが学んだことは「安全に絶対はない」という教訓だったはずだ。ところが安倍政権や電力会社は4年前の過酷事故を忘れたかのように再稼働に前のめりになっている。
 政府、自民党はエネルギー政策の焦点である2030年の電源構成比率で、原発について約2割を確保するなど原発回帰路線を鮮明にしているが、今回の決定は、なし崩し的な再稼働の動きに、司法が強い警告を発したものだ。
 脱原発を求める世論と向き合い、エネルギー政策の議論を根本からやり直す契機とすべきである。


朝日新聞社説-高浜原発差し止め―司法の警告に耳を傾けよ-2015年4月15日


 原発の再稼働を進める政府や電力会社への重い警告と受け止めるべきだ。

 福井地裁が関西電力高浜原発3、4号機の再稼働を禁じる仮処分決定を出した。直ちに効力が生じ、今後の司法手続きで決定の取り消しや変更がない限り再稼働はできなくなった。

 裁判所が仮処分で原発の運転を認めないという判断を示したのは初めてだ。高浜3、4号機は原子力規制委員会が「新規制基準を満たしている」と、事実上のゴーサインを出している。

 福島での事故後、規制当局も立て直しを迫られ、設置されたのが規制委である。その規制委が再稼働を認めた原発に、土壇場で司法がストップをかけた。国民に強く残る原発への不安を行政がすくい上げないとき、司法こそが住民の利益にしっかり目を向ける役割を果たす。そんな意図がよみとれる。

■新規制基準への疑問

 注目したいのは、規制委の新規制基準に疑義を呈した点だ。

 規制委は、最新の知見に基づいて基準を強化した場合、既存原発にも適用して対策を求めることにした。再稼働を進めようとする政治家らからは「世界一厳しい基準」などの言説も出ている。

 しかし、今回の決定は「想定外」の地震が相次ぎ、過酷事故も起きたのに、その基準強化や電力会社による対策が、まったく不十分と指摘している。

 地裁は、安全対策の柱となる「基準地震動」を超える地震が05年以降、四つの原発に5回も起きた事実を重くみて、「基準地震動を超える地震が高浜原発には到来しないというのは楽観的見通しにすぎない」と断じた。再稼働の前提となる新規制基準についても「緩やかにすぎ、これに適合しても原発の安全性は確保されていない」とまで指摘、「新基準は合理性を欠く」と結論づけた。

■燃料プールの安全性

 また決定は、燃料プールに保管されている使用済み核燃料の危険性についても触れた。

 格納容器のような施設に閉じ込められていないことを指摘して、国民の安全を最優先とせず「深刻な事故はめったに起きないという見通しにたっている」と厳しく批判した。

 そして①基準地震動の策定基準の見直し②外部電源等の耐震性強化③使用済み核燃料を堅固な施設で囲む④使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性強化――の必要性をあげ、4点が解決されない限り脆弱(ぜいじゃく)性は解消しないと指摘した。

 これらはいずれも全国の原発に共通する問題だ。

 政府内では、2030年に向けた電源構成を決める議論が続いている。電源ごとの発電コストについても再検証中だ。

 04年時に1キロワット時あたり5・9円だった原発コストは、事故直後に8・9円以上とされた。電力各社は規制委の新基準に沿った安全対策費としてすでに2兆円以上を投じてきているが、今回の決定に則して対策の上積みを迫られれば、費用はさらに上昇しかねない。

 関電は決定に対し、不服申し立ての手続きをする意向だ。

 もちろん規制委も電力会社も、専門的な立場から決定内容に異論があるだろう。

 だが、普通の人が素朴に感じる疑問を背景に、技術的な検討も加えたうえで「再稼働すべきでない」という結論を示した司法判断の意味は大きい。裁判所の目線は終始、住民に寄り添っていて、説得力がある。

■立ち止まって考える

 今回のような司法判断が定着すれば多くの原発で再稼働ができなくなる。電力会社にとっては受け入れ難いことだろう。

 だが、原発に向ける国民のまなざしは「福島以前」より格段に厳しいことを自覚するべきではないか。

 今回の決定を導いたのは、昨年5月に大飯原発の運転差し止め判決を出した樋口英明裁判長だ。この判決について、経済界などから「地震科学の発展を理解していない」などと批判もあった。現在は、名古屋高裁金沢支部で審理が続いている。

 しかし、決定を突出した裁判官による特異な判断と軽んじることは避けたい。

 それを考える材料がある。

 昨年11月、大津地裁で高浜、大飯の原発再稼働の是非を問う仮処分申請の決定が出た。同地裁は運転差し止め自体は却下したものの「多数とはいえない地震の平均像を基にして基準地震動とすることに、合理性はあるのか」と指摘し、今回と同様、基準地震動の設定のあり方について疑問を呈していた。

 政府や電力会社の判断を追認しがちだった裁判所は、「3・11」を境に変わりつつあるのではないか。

 安倍政権は「安全審査に合格した原発については再稼働を判断していく」と繰り返す。

 そんな言い方ではもう理解は得られない。司法による警告に、政権も耳を傾けるべきだ。


毎日新聞社説-高浜原発差し止め 司法が発した重い警告-2015年04月15日


 関西電力高浜原発(福井県)3、4号機に対し、福井地裁は再稼働を認めない仮処分決定を出した。原子力規制委員会の安全審査に合格した原発の再稼働についての初の司法判断だったが、決定は審査の基準自体が甘いと厳しく指摘した。

 私たちは再生可能エネルギー拡大や省エネ推進、原発稼働40年ルールの順守で、できるだけ早く原発をゼロにすべきだと主張してきた。それを前提に最小限の再稼働は容認できるとの考え方に立っている。

 それに対し、決定が立脚しているのは地震国・日本の事情をふまえると、原発の危険をゼロにするか、あらゆる再稼働を認めないことでしか住民の安全は守れないという考え方のようだ。

 確かに事故が起これば、広範な住民の生命・財産・生活が長期に脅かされる。そうした危険性を思えば、現状のなし崩し的な再稼働の動きは「安全神話」への回帰につながるという司法からの重い警告と受け止めるべきだ。

 決定は新基準に対して、適合すれば深刻な災害を引き起こす恐れが万が一にもないと言える厳格さが求められると指摘した。事実上、原発の再稼働にゼロリスクを求めるに等しい内容だ。

 関電は規制委への申請後、想定する地震の最大の揺れ「基準地震動」を550ガルから700ガルに、最大の津波の高さ「基準津波」を5.7メートルから6.2メートルに引き上げ、安全性を高めたと強調した。

 しかし、決定は全国の原発で10年足らずに5回、基準地震動を超える地震が起きており、高浜でもその可能性は否定できないと指摘。このままでは施設が破損して炉心損傷に至る危険が認められると結論付けた。

 そのうえで、基準地震動を大幅に引き上げて根本的な耐震工事を施し、外部電源と主給水の耐震性を最高クラスに上げ、使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込むことでしか、危険は解消できないと指摘した。

 関電は11月の再稼働を見込んで手続きを進める予定だったが、日程の見直しを迫られかねない。

 今回の決定が示した考え方は、再稼働を目指そうとする国内の多くの原発にあてはまる。関電の大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた昨年5月の福井地裁判決と同じ裁判長の決定で、共通した安全思想が根底にあるようだ。

 原発再稼働の是非は国民生活や経済活動に大きな影響を与える。ゼロリスクを求めて一切の再稼働を認めないことは性急に過ぎるが、いくつもの問題を先送りしたまま、見切り発車で再稼働をすべきでないという警鐘は軽くない。


by asyagi-df-2014 | 2015-04-15 18:37 | 書くことから-原発 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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