「2011.3.11」を考える。(1)

 東日本大震災、福島原発震災の次の事実が実態である。

・総務省消防庁 2015年3月1日現在資料
○死者=19,225人
○行方不明=2,614人
○負傷者=6,219人
○住宅全壊=127,830件
・復興庁 2015年2月12日現在資料
○避難先での生活を余儀なくされている人=22万8,863人
・内閣府 2015年1月現在資料
○仮設住宅への入居者=8万2,985人
○みなし仮設入居者=11万6,712人

 この事実を基に、各新聞社の2015年3月11日を中心とした社説から、その意見を主観的に抜粋しまとめてみた。
 「2011.3.11」を考えるための一つの方法として。

(1)復興政策とそのあり方をどのように捉えるか。
①北海道新聞
 東日本大震災から丸4年の日を迎えた。
 地震や津波で約1万6千人が犠牲となり、約2500人がなお行方不明だ。23万人近くが避難し、自宅に帰れないでいる。
 「未曽有の大災害」の爪痕はいまでも生々しい。
 まちの再建が活発になってきた被災地もある。だがほとんどは将来が見えず、苦悩を深めている。
 気になるのは政府が「自立」の名の下に徐々に復興政策を縮小させようとしていることである。
 いまはまだその時期ではない。復興の遅れは政府の責任が大きい。安倍晋三首相をはじめ国が十分な支援を確約すべきだ。
 この状況で支援を打ち切れば、復興は立ちゆかなくなる。
 必要な予算が途切れることがあってはならない。実質的に全額国費で事業を進める集中復興期間の体制は維持すべきだ。
 被災者が安心できる日まで支援の手を緩めるわけにはいかない。それを実践するのは与野党の垣根を越えた政治全体の責任である。
②河北新報
 被災者を置き去りにして、耳に心地いい掛け声だけが一人歩きする事態は戒めなければならない。「創造的復興」は、象徴的な一例だろう
 万里の長城にも例えられた巨大防潮堤への過信は、それを上回る大津波への油断を生んだ。とすれば、重視すべきは自然の驚異をはね返すというより、受け流す発想ではなかったか。再びの巨大防潮堤建設と減災思想に、整合性は見いだし難い。
 誰もがあの時、ここで変わらなければ未来はない、と胸に刻んだはずだ。
 巨額予算を奇貨として「夢の未来都市」を造ることだけが復興ではあるまい。
③京都新聞
 国が総額26兆円を投じる「集中復興期間」は15年度で終わる。自治体は延長を求めるが、政府は16年度からの5年間を「後期復興期間(仮称)」とし、自立を促すために事業を絞り込み、自治体の一部負担も検討する。
④朝日新聞
 戻らないことが故郷との絶縁を意味するわけではない。
 江東区の仮住まいから夫婦で参加した女性(42)は、津波で家を失ったこともあって「もう浪江には戻らない」と決めている。それでも、タブレットを通じて町の様子や知り合いの近況が知りたいという。
 あなたにとって町は? そう問うと、しばらく考えてから、
こう答えた。「生まれ育った景色、近所の人との関係、自分の日常、中心にあるもの。別の土地に移り住んだとしても、ずっと関わっていたい」
 復興は、町村を元の姿にもどすことではない。
 日本学術会議が昨年9月に発表した提言は、一つのヒントになるだろう。
 帰還か移住かの選択肢に加えて「避難継続」という第三の道を用意し、「二重の住民登録」制度の導入を検討するよう言及したのだ。
 早くから二重住民登録の必要性を提唱してきた福島大学の今井照教授によれば、国土のすべてがどこかの自治体に属し、市町村が土地の線引きによって人を管理するようになったのは明治以降だという。
 「もともとは人の集合体が村の原点。飢饉(ききん)などがあると土地を移動した」。土地に縛られない、つながり重視の発想だ。
⑤毎日新聞
 復興で生活再建の比重が増すと、行政だけで対応しきれない課題もこれからは増えてくる。
 安定した雇用の確保が生活安定のカギを握る。公共事業を中心とする復興需要はあと数年で必ず終わりが訪れる。付け焼き刃でない持続可能な地域づくりが問われている。
 復興の道は長く険しい。それでもかつて多くの人がボランティアとして現地で復旧作業に参加したように国民一人一人が被災地に関心を持ち続け、できる限りの協力を惜しまないことが自立への大きな力となるはずだ。4回目の「3・11」にあたり、その思いを共有したい。
(2)福島「原発震災」とどのように向き合うか。
 秋田魁震央は、きちっと「原発震災」と定義していた。
①河北新報
 福島第1原発の事故で首都圏を含む東日本は、壊滅の一歩手前まで追い詰められた。日本はいつの間にか、経済効率を人命の上に置く社会になっていた。がむしゃらに原発の再稼働を急ぎ、あまつさえ有望な輸出産業として売り込む政策は、災後の時代精神から大きく懸け離れているようにみえる。
②秋田魁新報
 福島原発では、地震・津波被害に原発事故が重なって被害が増幅する「原発震災」を世界で初めて経験した。この事故は発生から4年たつにもかかわらず、一向に収束できそうにない。大量の汚染水は処理のめどが立たず、その先にある廃炉作業も難航することは必至だ。
 原発震災がもたらした大きな変化の一つは節電意識の定着である。大量に電気を使い続ける生活に人々が疑問を持つようになったのだ。その結果、昨年は震災後初めて原発稼働ゼロで電力需要の多い夏を乗り切り、今冬もゼロで過ごせそうだ。
 しかし政府は「原発回帰」の動きを強め、再稼働に向けた準備が進んでいる。原発震災の過酷さと約12万人に上る福島の避難者の厳しい現実を一体どう考えているのだろうか。
③徳島新聞
 東日本大震災の復興に大きな影を落としているのが、東京電力福島第1原発事故だ。
 事故発生から4年がたつのに、高濃度汚染水の処理などの問題が続発し、周辺住民は不安にさいなまれている。国や東電は原発事故の処理に全力を挙げなければならない。
 炉心溶融(メルトダウン)が起きた1~3号機では、溶融燃料の取り出しが最大のネックである。いまだに溶融燃料の位置や状態さえ、はっきりと分からないのだ
 さらに東電は先月、2号機原子炉建屋の屋上から高濃度の放射性物質を含む雨水が、外洋に流出していた事実を明らかにした。
 新たな問題が浮上するたびに、住民が不信感を募らせるのは当然だ。東電には適切な情報開示を求める。
 風評被害をどのように払拭するか、政府が関係者とともに知恵を絞ることが大切だ。
 放射線の健康への影響も気に掛かる。原発事故当時18歳以下の福島県内全ての子どもを対象に放射線の影響を調べる甲状腺検査は、1巡目で約30万人が受診。昨年末時点でがんが「確定」したのは86人で、「疑い」は23人に上る。
 子どもを抱える家庭の悩みはとりわけ深い。国や県は健康管理に格段の配慮をしてほしい。
 政府は原発の再稼働に前のめりにならず、事故の処理と被災者らの心身のケアに力を注ぐべきである。
④琉球新報
 ドイツのメルケル首相は東京都内での講演で、ドイツが22年までの「脱原発」を決めた理由を「技術水準の高い日本でも予期しない事故が起こり得ると分かったからだ」と述べた。大地震も津波もないドイツだが国民の安全を考え、原発推進から脱原発に転換したのである。
 「フクシマの教訓」をメルケル首相は生かし、安倍政権は何ら学んでいないと言わざるを得ない。未曽有の原発事故の教訓に反する原発回帰は見直すべきだ
⑤沖縄タイムス
 過酷事故を起こした原発の廃炉作業は、高い放射線量との闘いでもある。東電は昨年12月、4号機の使用済み核燃料の取り出しを完了したが、メルトダウン(炉心溶融)を起こした1~3号機については高い放射線量に阻まれ、作業が難航している。
 建屋内の除染が思うように進まず、使用済み核燃料の取り出しに向けた調査なども遅れている。炉内に溶け落ちた核燃料の状態などは分かっていない。
 安倍晋三首相は、東京五輪の招致演説で「(原発の)状況はコントロールされている」と語ったが、福島第1原発の現状とはほど遠いと言わざるを得ない。
 政府は昨年、廃炉作業への国の関与を強めるための組織を発足させている。廃炉作業を最重要政策として取り組み、収束に向けたペースを速めるべきだ。
 福島原発事故に関しては、被災者への関心や事故の風化が進んでいると感じている人も少なくないとも言われる。原発事故は次世代へも影響を及ぼす問題である。国民一人一人が事故と向き合い、どのような支援ができるか、考え続けたい。
⑥東京新聞
 ところが、3・11以降、世界的にも原発の安全基準が厳格化され、建て替えの費用もかさむ。原発大国フランスさえ、新設に二の足を踏むような状況だ。
 少なくとも先進国では、原発は割に合わないという認識が進んでいる。四十年という原子炉の法定寿命が守られる限り、近い将来、国内の原発はゼロになる。
 松下さんは、脱原発依存のキーワードとして、「地産地消」ではなく、「地消地産」を提唱する。地域で消費するものを地域で自給することから始めよう、という考え方だ。
 過疎地にある原発で大量につくった電気を、はるかな都会に送り込むのとは、正反対の考え方だ。
 大切なのは、小さな成功例を積み上げて、地域が自信を持つことだ。大都市本位で原発を推進してきた国は、結果として立地地域の自立の芽を摘んできた。その反省を踏まえ、「地消地産」の活動に支援を惜しむべきではない。

 以下、各社社説の引用。(非常に大量の引用になります。)






北海道新聞-大震災から4年 支援の手は緩められぬ-2015年3月11日

 東日本大震災から丸4年の日を迎えた。

 地震や津波で約1万6千人が犠牲となり、約2500人がなお行方不明だ。23万人近くが避難し、自宅に帰れないでいる。

 「未曽有の大災害」の爪痕はいまでも生々しい。

 まちの再建が活発になってきた被災地もある。だがほとんどは将来が見えず、苦悩を深めている。

 気になるのは政府が「自立」の名の下に徐々に復興政策を縮小させようとしていることである。

 いまはまだその時期ではない。復興の遅れは政府の責任が大きい。安倍晋三首相をはじめ国が十分な支援を確約すべきだ。

 被災者にとって緊急課題は住まいの確保である。

 岩手、宮城両県では高台移転や災害公営住宅の建設が進み、入居が始まった所もある。だが、ここにきて懸念されるのは、計画通り建設しても全戸が埋まるかだ。

 復興事業は住宅用地の所有権をめぐる煩雑な事務手続きや安倍政権の経済政策に伴う建設資材の高騰、人手不足などで遅れた。

 避難者には待ちきれずに帰還をあきらめたり、自立再建の道を選んだりする人が増えた。
 住まいが整っても、仕事がなければ生活は成り立たない。津波の被害を受けた太平洋沿岸は主力の水産加工業の立ち直りが遅い。大きな原因は人手不足だという。

 避難先の内陸で安定した仕事を見つける人が目立っている。子どものいる働き盛りの世代ほど、地元に戻らない傾向が強い。まちづくりの担い手不足は深刻である。

 被災地の高齢化は進む一方だ。独り暮らしの家を見回るなどの人材確保は欠かせないが、自治体はどこも財政的な余裕がない。

 この状況で支援を打ち切れば、復興は立ちゆかなくなる。

 首相は2015年度までの集中復興期間の後、次の5年間の支援枠組みを夏までに策定すると表明した。高台移転など復興本体の事業は継続するが、その他は地元にも応分の負担を求める姿勢だ。

 税金を特例的に被災地に投入し続けることに慎重論はあろう。だが政府が被災地以外の地域に復興予算を流用してきたのも事実だ。

 必要な予算が途切れることがあってはならない。実質的に全額国費で事業を進める集中復興期間の体制は維持すべきだ。

 被災者が安心できる日まで支援の手を緩めるわけにはいかない。それを実践するのは与野党の垣根を越えた政治全体の責任である。


河北新報-大震災4年 創造的復興/あの日に戻って考えよう-2015年3月11日

 被災者を置き去りにして、耳に心地いい掛け声だけが一人歩きする事態は戒めなければならない。「創造的復興」は、象徴的な一例だろう。
 そもそも私たちは、掛け替えのない被災地に何を打ち立てようとしていたのか。急がれる復興も、きょう一日ぐらいは立ち止まり、時計の針を4年前のあの日に戻して思い起こしたい。途上にある復興の軌道を確かめ、新たな知恵と行動を呼び込むためにだ。
 政府の復興構想会議は「復興への提言」に「未来に向けた創造的復興を目指す」とうたった。その意味を問われ、構想会議に名を連ねる村井嘉浩宮城県知事は「震災がなければできなかったことをやる」と説明してきた。
 抽象的な言葉だけに人それぞれの解釈があるのは致し方ない。当然、災禍を力強い発展へのバネとする捉え方もあっていいだろう。
 ただ、20年前の阪神大震災で世に示された創造的復興に込められたニュアンスは、そうではなかった。
 阪神大震災では、仮設住宅に入居した人の30%が65歳以上の高齢者だった。社会資本さえ整備すれば、人々が自力で暮らしを再建する時代は過ぎ去っていた。その事実を踏まえて「人口構造の転換」にどう臨むかに目が向いた。
 経済成長に陰りが訪れ、官主導、中央集権の限界がささやかれ始めた時期にも重なった。旧来の手法では復興も危うい。創造的復興は「社会構造の転換」も目指した。
 日差しの傾き始めた時代状況を冷静に受け止める中から、被災世帯の住宅再建を公的に支援する「被災者生活再建支援法」が生まれ、1995年が「ボランティア元年」と呼ばれるようになった。
 一方でもう一つ、手付かずの目標があった。わが国の近代化を根底から問い直す「価値観の転換」。創造的復興の提唱者、貝原俊民元兵庫県知事も生前「これだけはかなわなかった」と吐露していた。
 大都市を襲った直下型地震は、積み上げた都市構造が被害を広げた側面がある。にもかかわらず巨額の復興予算は、都市機能を一層高度化させる公共事業に消費された。創造的復興が本来の文脈を離れて一人歩きした典型だ。
 翻って東日本大震災後の4年間はどうだったろうか。
 万里の長城にも例えられた巨大防潮堤への過信は、それを上回る大津波への油断を生んだ。とすれば、重視すべきは自然の驚異をはね返すというより、受け流す発想ではなかったか。再びの巨大防潮堤建設と減災思想に、整合性は見いだし難い。
 福島第1原発の事故で首都圏を含む東日本は、壊滅の一歩手前まで追い詰められた。日本はいつの間にか、経済効率を人命の上に置く社会になっていた。がむしゃらに原発の再稼働を急ぎ、あまつさえ有望な輸出産業として売り込む政策は、災後の時代精神から大きく懸け離れているようにみえる。
 誰もがあの時、ここで変わらなければ未来はない、と胸に刻んだはずだ。
 巨額予算を奇貨として「夢の未来都市」を造ることだけが復興ではあるまい。


東奥日報-地域の防災力を高めよう/東日本大震災4年-2015年3月11日

 本県にも多大な被害を及ぼした東日本大震災の発生から4年を迎えた。

 復興の足取りは確かか。どのような課題があるか。政府や自治体、関係機関はもちろん、個人一人一人が現状と課題を見つめ直す必要がある。検証を重ね、震災を風化させることなく、教訓を次世代へ継承しなければならない。

 被災地では、津波浸水区域の土地のかさ上げや移転先の宅地造成が進む。八戸市と仙台市を結ぶ高速道路「三陸沿岸道路」は工事の4割が終わり、常磐自動車道が全線開通するなどインフラは整いつつある。一方、自治体職員や作業員らのマンパワー不足、入札不調の影響で、災害公営住宅などの完成は遅れている。

 復興はこれからが正念場。政府の「集中復興期間」は2015年度で終わるが、引き続き手厚い支援が要る。

 安倍晋三首相はきのうの会見で、16年度以降の復興事業に関し、今夏までに次の5年間の枠組みを策定すると表明した。また、公営住宅については、さらに1万戸の完成を目指し、高台移転を加速させる意向を示した。

 今もなお、約22万9千人が避難生活を強いられている。避難先は全国に及び、本県でも575人(2月12日現在)が暮らす。避難者の一日も早い生活再建を望む。

 懸念されるのはコミュニティーの崩壊と高齢化だ。避難所から仮設住宅、復興住宅へと住環境が変わるたびに、住民らが築いた人間関係や見守り活動は振り出しに戻る。

 仮設住宅での生活が長期に渡り、心身の不調を訴える人は多い。孤独死も増えており、日常のきめ細かいケアが欠かせない。

 被災地に限らず、高齢者ら災害弱者を支えるには地域の力が鍵を握る。災害への備えを総点検すべきだ。

 県防災消防課の調べでは、県内自治体の自主防災組織の組織率は45.2%(15年1月1日現在)と全国平均80%(14年4月1日現在)を大幅に下回る。階上町や深浦町など10町村は100%だが、21市町村は50%以下にとどまる。組織づくりが急務だ。

 災害対策は行政や関係機関の力だけでは限界がある。過去にも自助や共助の力で被害が軽減され、多くの命が救われた。日ごろから近隣のつながりを強め、「地域は自分たちで守る」という防災意識を共有し、住民同士が助け合う地域の防災力を高めたい。


秋田魁新報-[大震災4年]進む風化 あの日思い教訓伝えよ-2015年3月15日

 1万8千人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災の発生から、きょうで丸4年。津波に加え、東京電力福島第1原発事故で故郷を離れて生活する人は計約23万人に上る。

 この震災は津波と原発事故両方の恐ろしさを見せつけた。

 岩手県宮古市の田老地区では、「万里の長城」の異名を取る高さ10メートルの防波堤を津波が乗り越え、市街地を襲った。そのすさまじさは、津波が陸地の斜面を駆け上がった高さを見ても分かる。田老地区ではそれが約38メートルにも達した。

 福島原発では、地震・津波被害に原発事故が重なって被害が増幅する「原発震災」を世界で初めて経験した。この事故は発生から4年たつにもかかわらず、一向に収束できそうにない。大量の汚染水は処理のめどが立たず、その先にある廃炉作業も難航することは必至だ。

 原発震災がもたらした大きな変化の一つは節電意識の定着である。大量に電気を使い続ける生活に人々が疑問を持つようになったのだ。その結果、昨年は震災後初めて原発稼働ゼロで電力需要の多い夏を乗り切り、今冬もゼロで過ごせそうだ。

 しかし政府は「原発回帰」の動きを強め、再稼働に向けた準備が進んでいる。原発震災の過酷さと約12万人に上る福島の避難者の厳しい現実を一体どう考えているのだろうか。

 被災地の沿岸部では人口減が著しい。宮城県女川町では震災前よりも人口が3割以上減り、岩手県大槌町などで2割余り減少した。復興の遅れで内陸部に人口が移動したとみられる。

 岩手、宮城、福島3県の仮設住宅で孤独死が増えていることも深刻な問題だ。今年1月末までの累計は146人で、うち65歳以上は6割近くを占める。見守り活動などをもっと強化し、これ以上の犠牲者を出さないようにしなければならない。

 復興が遅れれば遅れるほど、命が失われる恐れが強まる。安倍内閣の閣僚は相次いで復興加速への決意を表明したが、重要なのは被災者が求める対策をきちんと実行することだ。

 ただし、復興を急ぐあまり、強引に事業を進めるのは疑問だ。地域再生の姿を被災者が徹底して話し合い、納得してこそ、その土地にふさわしい復興が可能となるのではないか。

 震災の記憶が風化に向かう中で、教訓を伝えようと若者らが積極的に動いているのは頼もしい。仙台市では14日から5日間の日程で国連防災世界会議が開幕。若い世代や女性を中心としたフォーラムがある。

 シンポジウムに参加する岩手県出身の大学生は「被災した自分たちこそ防災を学び、伝える責任がある」と語る。津波で両親を失ったつらい記憶を抱えての参加であり、震災4年の新たな決意を見る。

 きょうは、あの日の記憶を呼び起こし、風化させないことを再び誓う日でもある。


福島民友新聞-「3.11」から4年/未来を見つめ確実に進もう-2015年3月15日

 「3・11」と刻まれる、忘れてはならない日を迎えた。

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から4年。ようやく形になってきた復興施策がある一方、再建が進んでいない被災の現状も残る。諦めることなく前を向き、5年目となる復興の歩みを確かなものにしたい。

 今月1日には常磐道が全線開通し、津波と原発事故で大きな被害を受けた浜通りに人や物の流れを生む効果が期待される。

 産業復興に向けてはロボットの研究拠点を整備する政府の構想がまとまり、具体化に向けて動きだす。再生可能エネルギーや医療機器産業を根付かせるための研究施設も整備が進む。

 これらの動きを復興の強みに生かしたい。が、忘れてならないのは、いまもなお、約12万人の県民が古里から避難したままという厳しい現実だ。

 暮らしの復興を急がねばならない。復興公営住宅の整備を加速させる必要があるが、避難によって失われた隣近所との触れ合いのようなコミュニティーの場を新たな生活圏でどのように構築していくかが課題になる。

 若い人とは違って生活再建に踏み出せないお年寄りも多く、孤立化が心配だ。NPOなどの民間支援や福祉、保健分野の人材を充実させ、人に優しい復興も加速させなければならない。

 放射線への不安解消も暮らしの復興に欠かせない。原発事故から4年がたち、子どもたちには放射線の影響よりむしろ、外遊びや戸外の運動を控えることからくる肥満などの健康上のリスクが顕在化してきた。

 放射線のリスクコミュニケーションを深め、子どもの健康を守る取り組みを強めたい。

 子どもは次代を担う宝だ。4月開校の中高一貫校「ふたば未来学園」を教育復興につなげ、子どもたちの未来に明るい光を届けたい。

 農林水産業や観光業の再生に向けては、5年目以降が風評と風化の正念場になると肝に銘じたい。官民を挙げて情報の発信力を強めることが重要だ。

 苦渋の判断を迫られる県民がいることにも心を寄せたい。

 県内の除染で出る汚染土壌などを保管する中間貯蔵施設が、政府の設置要請から3年半を経て着工した。ただ、本体施設の大半の用地交渉はこれからだ。

 政府は施設の本格稼働を目指し、地権者の理解を得る努力を丁寧に進める必要がある。

 福島第1原発の廃炉、汚染水対策は厳しい闘いが続く。政府と東電は安定した作業に全力を挙げていかなければならない。


京都新聞-大震災4年  生活再建を加速させよ-2015年3月11日

 マグニチュード9・0の巨大地震が東日本を襲い、津波が街をのみ込んだ「あの日」から4年がたった。死者・行方不明者は岩手、宮城、福島の3県で1万8千人を超え、20年前の阪神・淡路大震災をはるかに上回る。離れた地にいても、決して記憶を風化させず、被災地に思いを寄せ続けたい。
 復興は道半ばだ。今も3県の23万人近くが避難生活を送り、8万人以上が仮設住宅で暮らす。
 生活の基盤である住宅の整備は最優先の課題だが、災害公営住宅は建設予定戸数の2割も完成していない。かさ上げした高台に住宅などを移転する事業でも、宅地造成の完了は3割にとどまる。
 復旧・復興工事の遅れの一因は資材高騰や人手不足だ。2013年度は復興予算の3割以上が使い残され、14年度も3県の発注工事で応札者が現れない「入札不調」が平均で2割を超える。東京五輪に向けた工事に伴い、一層の深刻化も懸念される。復興支援を掲げる五輪のために被災地が後回しになるようでは本末転倒だ。
 国が総額26兆円を投じる「集中復興期間」は15年度で終わる。自治体は延長を求めるが、政府は16年度からの5年間を「後期復興期間(仮称)」とし、自立を促すために事業を絞り込み、自治体の一部負担も検討する。
 4年を経て、被災地には復興の進み具合や住民の帰還状況などに差が生まれている。当初の計画を実情に応じて柔軟に見直すことは重要だろう。一方で、地域経済の停滞や仮設住宅の老朽化など共通の課題も多い。国は支援の手を緩めず、生活再建に目を向けた事業を加速させるべきだ。
 高齢者の見回りや心のケアなど被災者に寄り添う支援も今後の課題といえる。長期の避難生活で体調を崩すなどした震災関連死は3千人を超え、昨年は仮設住宅での孤独死が最多の44人に達した。
 高齢者の入居が進む災害公営住宅は、独り暮らしの高齢者が全世帯の4分の1近くを占める。仮設住宅のような近所付き合いが少なく、孤独死の恐れが高まるとされる。自治体や社会福祉協議会が取り組む見回りに民間の力を借りたり、地域コミュニティーづくりを促したりするなど、孤立化を防ぐ対策を急ぎたい。
 京都府と滋賀県への避難者は今も千人を超える。福島第1原発事故の影響から逃れてきた人の多くは、帰郷のめどが立っていない。公営住宅の提供などの一時的な支援にとどまらず、今後は永住を見据えた住宅や雇用の確保にも策を講じたい。


愛媛新聞-東日本大震災4年 暮らしの質を高め心の復興を- 2015年03月11日

 東日本大震災から4年。国が決めた集中復興期間は1年を残すのみとなった。
 先日全通した常磐自動車道をはじめ、道路や鉄道、漁港など社会基盤の復旧が進む一方、住宅再建や地場産業の回復などはまだ不十分だ。被災者が肌で感じられる復興は道半ばと言わざるを得ない。
 今なお23万人近くが避難生活を余儀なくされ、当たり前の日常を取り戻せていない現実は重い。暮らしの質が向上してこそ、心の復興につながる。政府はもちろん、すべての国民の共通認識としたい。
 政府は被災地の要望が強い集中復興期間の延長はせず、2016年度から5年間を後期復興期間と位置付け、6兆円前後を追加投入する方針を固めた。国の財政事情の厳しさから、被災自治体に負担を求めない特例を見直す可能性もあるという。
 検討中の計画案は、自立を促すという表現で事業を絞り込む姿勢をにじませる。一方的に15年度までで復興を一区切りとする考えなら、容認できない。財政難のしわ寄せが暮らしに及び、高齢者や子どもたちなど、本当に必要とする人に支援が届かないことがあってはならないのだ。
 公共インフラの復旧・復興進捗(しんちょく)率が10%台と最も遅れていた災害公営住宅は、用地確保がほぼ完了した。30%台の高台移転も、着工率は90%を超す。数字の上では軌道に乗ったかに見える。
 しかしながら、賃金の高い公共事業に労働力が流れ、主力産業の水産業は人手不足にあえぐ。復興事業が企業再建の足かせになる本末転倒な事態だ。政府は「目に見える復興」に満足せず、地域ごとの事情をくみ取り対策を講じる責務を肝に銘じてほしい。
 孤立化を防ぐ長期的な取り組みの重要性も高まる。プレハブの仮設住宅に暮らす被災者は岩手、宮城、福島の3県で8万人を超す。警察の集計で「孤独死」は昨年44人に上り、1月末までの累計は146人になった。しかも行政が賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」は含まれていないため、実態がさらに深刻なのは想像に難くない。
 地域コミュニティーがばらばらになった阪神大震災の教訓から、東北の仮設住宅では集落ごとに入居するなどの配慮もなされた。それでも孤独死は年々増える。災害公営住宅は自力再建が難しい被災者が入居するという性格上、高齢化率が一段と高くなるのは必至だ。行政と地域が情報を共有し、見守りとコミュニティー維持に知恵を絞りたい。
 われわれも、関心が薄れてはいないか自らに問いかけてみなければなるまい。避難、移住してきた人は愛媛にもいる。その人たちの声に耳を傾け、被災地に気持ちを向けることは決して難しくはない。


徳島新聞-大震災4年(上) 復興を実感できる支援に-2015年3月11日

 死者・行方不明者が1万8千人を超えた東日本大震災から、あすで4年を迎える。
 
 あの日、大津波に襲われた東北の沿岸各地では、連日のように工事を急ぐ重機がうなりを上げている。
 
 だが、津波や原発事故の影響で、今も23万人近くの人が不自由な避難生活を強いられており、復興と呼ぶには程遠いのが実情である。
 
 被災者がかつての暮らしを取り戻せるように、復興を急がなければならない。
 
 生活の拠点となる住宅の再建が、用地取得の難航や建設に携わる人手不足の影響からはかどっていない。
 
 プレハブの仮設住宅に暮らす被災者は、ピーク時に比べて3割減少したものの、今でも岩手、宮城、福島の被災3県に計8万2千人近くいる。
 
 阪神大震災では、約5年間で4万8300戸の仮設住宅全てが撤去された。
 
 3県に約5万3千戸が整備されたが、岩手、宮城両県で来年度末までに解体予定は約10%にとどまる。福島県の状況も大きく変わらない。
 
 仮設住宅は長期間の使用でカビや雨漏りなどによる傷みも目立ってきた。高台の土地造成や災害公営住宅の整備を加速させたい。
 
 沿岸部で住宅再建の見通しが立たず、避難先に定住する被災者も数多い。住宅整備の遅れは、沿岸部から人口が流出する一因にもなっている。
 
 宮城県女川町の人口は、震災直前の2011年3月から31・5%減り6805人になった。減少した3127人のうち、転入から転出を差し引いた社会減は2043人に上る。同県山元町、南三陸町や岩手県大槌町の減少率も20%を超えている。
 
 人口減少は全国共通の課題であるが、20~30%もの減少は復興計画にも暗い影が差す深刻な問題だ。
 
 震災後いったんは下がった生活保護受給者の割合が、上昇に転じる自治体が相次いでいるのが気に掛かる。
 
 上昇しているのは宮城県東松島市、岩手県大槌町、福島県南相馬市など10自治体。義援金など一時的な収入で生活保護から脱したが、職を得られず再び受給する人が多いとみられる。
 
 被災地は復興需要で有効求人倍率は堅調だが、求人は建設業に偏っている。非正規雇用者の増加率も全国平均を大きく上回っており、必ずしも雇用環境の底上げにつながっていない。
 
 水産加工業など地場産業が大きな打撃を受けた。生活再建には安定した雇用は欠かせない。産業振興や雇用の拡大への手厚い支援が求められている。
 
 国は来年度末までを特例的に支援する集中復興期間とし、5年間で26兆3千億円を投じる。被災地が広く、高台移転や防潮堤建設といった津波対策が大きい影響で、阪神大震災の3倍近い額である。
 
 復興予算の内訳は、インフラ中心の「まちの復旧と復興」が約10兆円で全体の約40%を占める。一方、被災者支援は2兆円と、インフラ整備の20%にとどまっている。
 
 地元では「インフラ整備に偏っている」との指摘も出ている。
 
 被災者が復興を実感できる支援と言えるのだろうか。
 
 集中復興期間終了を1年後に控えて、生活支援を重視した形に見直すことも検討するべきだろう。

徳島新聞-大震災4年(下) 原発事故の処理に全力を-2015年3月11日
 東日本大震災の復興に大きな影を落としているのが、東京電力福島第1原発事故だ。

 事故発生から4年がたつのに、高濃度汚染水の処理などの問題が続発し、周辺住民は不安にさいなまれている。国や東電は原発事故の処理に全力を挙げなければならない。

 炉心溶融(メルトダウン)が起きた1~3号機では、溶融燃料の取り出しが最大のネックである。いまだに溶融燃料の位置や状態さえ、はっきりと分からないのだ。

 事故当時、定期検査中で原子炉内に燃料がなかった4号機は昨年末、使用済み核燃料プールに保管されていた燃料の取り出しを終えた。

 1号機では、放射性物質の飛散防止のために建屋全体を覆うカバーを約1年がかりで解体して、燃料の取り出しに着手する。

 2、3号機でも燃料の取り出しを目指すが、遠隔操作も必要で、全て取り出すにはかなりの困難を伴いそうだ。

 原子力損害賠償・廃炉等支援機構が廃炉スケジュールの軸となる「戦略プラン」の策定を進めており、その方策に注目したい。

 地下水が原子炉建屋に流れ込み、高濃度汚染水になっているのも大問題である。凍土遮水壁を設置して地下水を食い止める計画は、前提となる作業が難航している。打開策を急がなければならない。

 さらに東電は先月、2号機原子炉建屋の屋上から高濃度の放射性物質を含む雨水が、外洋に流出していた事実を明らかにした。

 新たな問題が浮上するたびに、住民が不信感を募らせるのは当然だ。東電には適切な情報開示を求める。

 岩手、宮城、福島の被災3県では、約22万9千人が県内外で避難生活を余儀なくされている。福島県が約12万人を占めており、いかに原発事故の影響が大きいかが分かる。

 徳島県内でも福島県からの12世帯33人が避難生活を送っている。地域住民の温かい支援が励ましになろう。

 政府は除染作業を進め、被災者の早期帰還の願いがかなうよう、道筋をつけたい。

 だが、除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設は本格稼働の時期が見通せない。福島県と建設予定地の双葉、大熊の2町が搬入の受け入れを決めたが、地権者との用地交渉が難航しているためだ。

 産業、交通インフラの課題も残る。福島県沿岸では原発事故の影響で、JR常磐線のうち46キロが運休している。

 水産庁が東北・関東5県の水産加工業者を対象に行ったアンケートで「売り上げが震災前の8割以上に回復した」とする回答は福島県が最も低く、21%にとどまった。復興への問題点は「販路の確保・風評被害」が31%と最多だ。

 風評被害をどのように払拭するか、政府が関係者とともに知恵を絞ることが大切だ。

 放射線の健康への影響も気に掛かる。原発事故当時18歳以下の福島県内全ての子どもを対象に放射線の影響を調べる甲状腺検査は、1巡目で約30万人が受診。昨年末時点でがんが「確定」したのは86人で、「疑い」は23人に上る。

 子どもを抱える家庭の悩みはとりわけ深い。国や県は健康管理に格段の配慮をしてほしい。

 政府は原発の再稼働に前のめりにならず、事故の処理と被災者らの心身のケアに力を注ぐべきである。


西日本新聞-復旧復興の検証 国会で総ざらいすべきだ-2015年03月11日

. ■大震災から4年■ 
 東日本大震災の被災地の関心は今、2016年度以降に向いている。11年7月に政府が示した復興の基本方針では復興期間を10年間と見通した上で、前半の5年間を「集中復興期間」として一刻も早い復旧・復興を進めるとした。
 では、集中期間後はどうなるか。安倍晋三首相は新たな枠組みを夏までに決めて、今後も必要な支援や事業は行うと強調した。だが、国の厳しい財政事情から16~20年度の事業は縮小されるのではないかと被災地は懸念している。
 復興期間の折り返し点に差し掛かり、これまでの取り組みを総ざらいすることには意味がある。
 必要な施策が抜けていなかったか。支援の時期や方法が適切だったか。丁寧に検証していきたい。
 今後の災害に備える教訓にもなる。検証は政府任せにせず、国会が積極的に役割を担うべきだ。
 ▼国民に見える場で議論を
 「『後期復興』5年で6兆円」。本紙8日付朝刊にこんな見出しの記事が載った。16年度から5年間を「後期復興期間(仮称)」とし、6兆円を追加投入する。ただ、再増税はせず、自治体の一部負担も検討する。政府の新たな財政計画の素案が明らかに-とある。
 6兆円の中身はどんなものか。まず岩手、宮城、福島3県と市町村での災害公営住宅の整備と土地のかさ上げなどに約5兆円が必要だと想定する。残る約1兆円は復興債の利払いに充てるという。
 これに地元から不安や反発の声が上がるのは当然だろう。
 政府は当初、岩手、宮城、福島3県を中心とした被災地の被害額を約16兆9千億円と推計し、集中復興期間に実施する事業規模を少なくとも19兆円程度と見込んだ。
 政権交代後の13年1月、事業とその財源の規模は見直され、25兆円程度と大幅に上積みされた。さらに住宅再建・復興まちづくりの加速化策なども講じられてきた。
 巨額の復興予算が投じられた。だが、被災地からは生活の再建や地域の再生はまだ道半ばで復興の実感は乏しいとの声が上がる。
 国の都合ではなく、被災地・被災者の視点から必要な事業や予算の確保を-との声も理解できる。
 これまでやってきたことを振り返り、被災地の現状を見つめ、今後やるべきことを考える。国民の目に見える場で議論されれば、国民の理解も深まるのではないか。
 昨年11月の衆院東日本大震災復興特別委員会でも話が出た。復旧・復興を進める中で復興と直接関係ない事業への予算の流用、工事の入札不調、人材・資材の不足、用地取得と地籍問題など、さまざまな問題が起きた。これまでの事業を検証した上で今後5年間の復興を進めるべきだとの指摘だ。検証はぜひやるべきである。
 会計検査院が2日、大震災の復旧・復興事業に関する検査結果を発表した。事業が当初の予定通りに進まなかったり、需要に関する見通しが過大だったりして、補助金などが十分に活用されていない実態を浮き彫りにした。
 検査結果の報告書で目を引いたのは別表の資料編である。13年度までの復旧・復興事業の実施状況などが盛り込まれている。例えば11年度の補助事業などは農林水産業が42事業で、それぞれの執行率や不用額はいくらなどとある。
 ▼詰めるには時間の制約が
 東日本大震災復旧・復興事業一覧(経費項目別)となると、ほぼ100ページにわたって細かい字による説明と数字が並び、眺めているだけでも頭が痛くなりそうだ。
 ただ、検査院の資料は議論や検証作業の出発点になる。一つ一つの事業をまな板の上に置いて吟味してみる。必要性が乏しい事業は論外として、使い勝手の悪い事業や効果の低い事業をえり分け、もっと良いものに変える。仕分け作業がきちんとできれば理想的だ。
 国会で細かく詰められるだろうか。衆院東日本大震災復興特別委のこれまでの開催状況などを見ると、とても手が回りそうにない。
 時間の制約もある。年末の政府予算案の編成に向けて通常は8月に各府省の要求が出そろう。その前に通常国会が会期末を迎える。
 急いで議論を始める必要があるが、国会の動きは鈍い。息の長い復興を続けるには国民の後押しが欠かせない。国民の理解を得るため国会がもっと汗をかくべきだ。


琉球新報-東日本大震災4年 復興を加速すべきだ 原発回帰は「教訓」に反する-2015年3月11日


 多くの命を奪い、ふるさとが失われた東日本大震災から11日で4年となった。
 道路の復旧などによって一部では、生活の再建に向けた環境が整いつつある。その一方で岩手、宮城、福島の被災3県では今なお約22万9千人が県内外で避難生活を送り、8万人以上が仮設住宅で暮らす。被災者が望む復興には程遠い状況がいまだ続く。
 政府には復興を加速させ、あらゆる手段を講じて被災者の生活再建、地域の再生を早期に成し遂げることを求めたい。国民も被災者の支援を続けてほしい。

被災者視点の施策を

 警察庁によると、東日本大震災の死者は2月10日現在、岩手、宮城、福島の被災3県で計1万5823人、行方不明者は計2586人に上る。未曽有の被害とその教訓を語り継ぐ必要がある。
 岩手、宮城両県が整備した仮設住宅は計3万6079戸ある。政府が被災自治体を財政支援する5年間の「集中復興期間」が終わる2016年3月末までに解体予定の仮設住宅は約3600戸、全体の約10%にすぎない。
 仮設住宅を長期にわたって使用させることは、それだけ復興が遅れているということである。阪神大震災では、兵庫県が約5年間で全仮設住宅4万8300戸を撤去したのと比べ、遅さが際立つ。
 あの日から4年たち、仮設住宅は老朽化も進む。それでも住まざるを得ない被災者がいることを、私たちは忘れてはいないか。
 被災者支援のために日本赤十字社に寄せられた義援金は震災発生1年間で約3千億円を超えた。だが、14年度は2月20日時点でその100分の1に満たない約29億円に激減している。国民挙げて支援の輪を広げたい。
 被災自治体は「集中復興期間」の延長を強く求めていたが、政府は延長には応じず16~20年度の5年間を「後期復興期間(仮称)」とし、6兆円前後を追加投入する方針である。財源は主に歳出削減や税収の自然増分で賄い、被災自治体の財政力に応じて一部負担も検討する。
 負担を求めることで、被災自治体独自の復興事業に予算が割り当てられない可能性がある。「後期復興期間」も政府予算を充てるべきだ。
 政府は原発事故の被災地以外は発生から10年以内の事業完了を掲げ、「自立に向けた施策」を打ち出すことにしている。「自立」を促すことは当然である。だが「自立」に向けた施策は被災者の視点に立ったものでなければならない。住民の声を反映した街づくりなしに、復興はあり得ない。

国策の責任自覚せよ

 東京電力福島第1原発事故の影響が続く福島県の避難者は約12万人に上る。4年程度では放射線の影響を排除できないということであろう。
 復興庁などが実施した14年度の住民意向調査で、放射線量が高い福島県の帰還困難区域への帰還を望む世帯は双葉町12・3%、大熊町13・3%にとどまっている。帰ることを諦めざるを得ない状況に追い込まれているのである。原発は国策で進められた。その責任を政府は自覚すべきだ。
 ところが政府にはその自覚が決定的に欠けている。世論調査では原発再稼働反対が賛成を上回っている。にもかかわらず昨年4月にエネルギー基本計画を閣議決定し、原発回帰に大きくかじを切ったことが何よりの証しである。
 ドイツのメルケル首相は東京都内での講演で、ドイツが22年までの「脱原発」を決めた理由を「技術水準の高い日本でも予期しない事故が起こり得ると分かったからだ」と述べた。大地震も津波もないドイツだが国民の安全を考え、原発推進から脱原発に転換したのである。
 「フクシマの教訓」をメルケル首相は生かし、安倍政権は何ら学んでいないと言わざるを得ない。未曽有の原発事故の教訓に反する原発回帰は見直すべきだ。


沖縄タイムス-[原発事故から4年]収束に国の英知を注げ-2015年3月11日

 東日本大震災から4年。津波によって未曾有の過酷事故を起こした東京電力福島第1原発では廃炉に向けた作業が進むが、事故の収束は見通せない。事故で県内外に避難している住民は、なお12万人に上る。あの日から多くの人が、出口の見えないトンネルにいるような思いを強いられている。

 30~40年かかるとされる福島第1原発の廃炉作業。前例のない取り組みだけに相次ぐトラブルに見舞われている。廃炉への道のりは、実質的には緒に就いたばかりといえよう。

 課題の一つが汚染水の問題だ。先月下旬、汚染水が海に流れ出ていたことを、東電が1年近く黙っていたことが発覚した。

 汚染水は2号機の建屋屋上にたまっていた雨水だった。高濃度の汚染された雨水が排水路から外洋に流出していたのである。東電は大雨のたびに排水路の放射性物質濃度が上がることを認識していた。

 原子力業界の隠蔽(いんぺい)体質がまたもあらわになった。住民や漁業関係者の憤りは当然である。国や東電は、積極的に国民に情報を開示しなければならない。

 福島第1原発では、原子炉建屋に流入した地下水が、溶け落ちた核燃料に触れ、1日に300~400トンの汚染水が発生している。

 汚染水の問題は、いまだに抜本的な対策の実現には至っていない。建屋への地下水流入を防ぐ「凍土遮水壁」の建設も進められているが、効果を疑問視する声もある。
    ■    ■
 過酷事故を起こした原発の廃炉作業は、高い放射線量との闘いでもある。東電は昨年12月、4号機の使用済み核燃料の取り出しを完了したが、メルトダウン(炉心溶融)を起こした1~3号機については高い放射線量に阻まれ、作業が難航している。

 建屋内の除染が思うように進まず、使用済み核燃料の取り出しに向けた調査なども遅れている。炉内に溶け落ちた核燃料の状態などは分かっていない。

 安倍晋三首相は、東京五輪の招致演説で「(原発の)状況はコントロールされている」と語ったが、福島第1原発の現状とはほど遠いと言わざるを得ない。

 政府は昨年、廃炉作業への国の関与を強めるための組織を発足させている。廃炉作業を最重要政策として取り組み、収束に向けたペースを速めるべきだ。
    ■    ■
 復興庁が実施した住民意向調査によると、福島第1原発周辺の浪江、双葉、大熊、富岡の4町で帰還の意向を持っている人は1~2割にとどまっている。

 長引く避難生活で、先行きが見通せず帰還をためらう人。あるいは、避難先での新たな生活が軌道に乗り始めた人もいるだろう。

 福島原発事故に関しては、被災者への関心や事故の風化が進んでいると感じている人も少なくないとも言われる。原発事故は次世代へも影響を及ぼす問題である。国民一人一人が事故と向き合い、どのような支援ができるか、考え続けたい。


朝日新聞-福島の復興―住民の選択いかす政策を-2015年3月11日

 東日本大震災と福島第一原発の事故から丸4年が経った。政府は26兆円に及ぶ復興予算を組み、今月1日には首都圏と被災地を結ぶ常磐自動車道が全線開通した。インフラの復旧は着実に進んでいる。

 しかし、原発事故収束のめどはたたず、福島県では今も約12万人が県内外に避難している。約2万4千人が暮らす県内の仮設住宅は、避難の長期化で傷みも目立ち始めた。復興公営住宅は用地の造成などに手間取り、建設が遅れている。5万人近くは県外で暮らす。

 原発から20キロ圏内では昨年から、線量の比較的低い地域で避難指定の解除が進む。約7500人の町民ほぼ全員が避難した楢葉町も、近々、解除を決める見通しだ。

 だが、住民の帰還は進まない。復興庁が3月に発表した調査でも、原発の立地・周辺4町の住民で「戻りたい」という世帯は、1~2割にとどまる。反対に「戻らない」は半数前後を占める。避難区域外に住宅を買い、移住を決める人も増えた。
■人々をつなぐ機能
 戻らないことが故郷との絶縁を意味するわけではない。

 全町避難が続く浪江町は今年1月から全国に散った住民に無償でタブレットを配り始めた。町からの情報発信に加え、町民同士で近況をやりとりできる。町内の放射線量が詳しくわかるアプリも載せる予定だ。

 3月初めに東京都内で開いたタブレット講習会には、100人を超える人が集まった。千葉、神奈川、埼玉、栃木と現住所は様々。見知った顔を会場で見つけては笑みがこぼれ、おしゃべりがはずんだ。

 江東区の仮住まいから夫婦で参加した女性(42)は、津波で家を失ったこともあって「もう浪江には戻らない」と決めている。それでも、タブレットを通じて町の様子や知り合いの近況が知りたいという。

 あなたにとって町は? そう問うと、しばらく考えてから、

こう答えた。「生まれ育った景色、近所の人との関係、自分の日常、中心にあるもの。別の土地に移り住んだとしても、ずっと関わっていたい」

 復興は、町村を元の姿にもどすことではない。

 福島県立「ふたば未来学園高校」が4月に浪江や楢葉と同じ双葉郡の広野町に開校する。寮を完備し、県内外に避難する子供たちも通える学校になる。自宅生だけでは存立が難しくても、こういう形なら学びの場を新設できる。これも一つの復興の形だろう。
■早期帰還に焦りも
 一方、自治体側には早期帰還への焦りも生まれている。

 大熊町は、町内の復興拠点とする大川原地区での居住再開を2018年度中とする方針を固めた。これまで帰還のめどは必ずしも明確にしてこなかったが、具体的な時期を示さないと帰還をあきらめる人が増えるとの危機感からだ。

 別の町の幹部は「周辺で避難解除が進むと『うちだけ遅れている』と見られる」とこぼす。

 たとえ少なくても「戻りたい」住民のために行政が手を尽くすのは当然だ。除染はもちろん、インフラ整備や商業施設、雇用先の確保など、国の支援も含めて急ぐ必要がある。

 一方で、戻らないと決めても元の町とつながっていたいと考える人や、迷っている人もいる。帰還だけを優先させれば、そうした人たちへの支援がおろそかになりかねない。

 住民本位の復興は、柔軟でいい。住民が避難先で新生活を築きながら、故郷の町とも関わり続ける。そんな仕組みができないか。
■自治の形を柔軟に
 日本学術会議が昨年9月に発表した提言は、一つのヒントになるだろう。

 帰還か移住かの選択肢に加えて「避難継続」という第三の道を用意し、「二重の住民登録」制度の導入を検討するよう言及したのだ。

 早くから二重住民登録の必要性を提唱してきた福島大学の今井照教授によれば、国土のすべてがどこかの自治体に属し、市町村が土地の線引きによって人を管理するようになったのは明治以降だという。

 「もともとは人の集合体が村の原点。飢饉(ききん)などがあると土地を移動した」。土地に縛られない、つながり重視の発想だ。

 震災と原発事故があった福島には課題が山積している。第一原発は雨が降れば汚染水が流れ、壊れた核燃料の取り出しもこれからだ。避難元の町は、放射線量が高くて数十年戻れないところもある。復興は、世代にまたがる取り組みになる。

 この4年間、賠償や放射線問題を巡って住民の意見が割れることもあった。再生は容易ではない。それでも、政府や自治体は住民ニーズに目をこらし、柔軟に応じてほしい。事故が真に収束するまで、行政全体に課せられた責務である。


毎日新聞-東日本大震災4年 復興に関わり続けよう-2015年03月11日

 東日本大震災の発生からきょうで4年を迎えた。約23万人がなお避難生活を送り、そのうち8万1730人はプレハブ仮設住宅での暮らしが続く。家族らが犠牲となり、住居を失った多くの人たちにとって、時計の針は止まったままだ。

 ◇生活再建の正念場に
 JR石巻駅からバスで1時間の沿岸にある宮城県石巻市桃浦(もものうら)地区。早春の午後、作業場でパートの主婦たちが手際よくカキの殻むきを進めていた。一見、他の漁村と変わらぬ光景だが、漁師が漁協に漁場使用料を払ってカキを取り、漁協に販売を委託する通常のシステムと大きく異なる。15人の地元漁師は震災後に設立した合同会社(代表社員・大山勝幸さん)の社員となり「サラリーマン漁師」として給与で収入を得ている。

 震災で桃浦地区はカキ養殖施設を失った。沿岸はがれきで埋もれ、漁師の大山さんらは漁業をあきらめかけた。だが、普通なら漁協が独占する漁業権を企業が取得して生産から販売まで行える復興特区制度ができると聞き、思い切って手を挙げた。

 漁業権取得への県漁協の反発を受けながら五里霧中の船出だったが、品質を評価した流通業界の反応は早かった。水揚げは今シーズンから本格化しており、大手外食チェーンと提携するなど販路を拡大している。「震災前からカキ養殖業は値崩れで疲弊していた。漁協を通さず流通できるから桃浦ブランドで勝負できる」と大山さんは手ごたえを語る。

 地域主導の取り組みはむろん、産業分野に限らない。高台や内陸部などに被災者が集団移転するいくつかの自治体では移住する人たちが行政と連携し、まちづくりを計画段階から何度も話し合い、合意形成を進めてきた。さまざまな試みが芽生え、育ち始めている。

 一方で、生活再建の土台となる住居建設が全体的に遅れている厳しい現実がある。高台などに集団移転するための住宅や、賃貸の復興住宅の完成率は来春時点でそれぞれ48%、65%にとどまる。用地買収が難航したり、資材や人件費の高騰で入札が難しくなったりしているためだ。

 中心市街地が津波で壊滅した岩手県陸前高田市や大槌町などいくつかの自治体の住まい再建はこれから本格化する。高台移転の予定が被災地全体で当初より7000戸も減ったのは、事業が長期化し、住宅再建をあきらめた人が多い実態を物語る。

 総額25兆円の財源を確保した国の5年間の集中復興期間は来春終了する。政府は国による費用の全額負担を見直し、住宅や堤防建設など本体と位置づける事業以外での地元負担を検討している。

 だが、25兆円のうち9兆円近くは事業の遅れなどから使われていない。しかも、少なからぬ財源は被災地以外で流用されていた。被災自治体が集中期間の延長を強く求めるのは、住宅や公共施設の整備以外にもまちづくりに必須な支援事業があり、新たな需要への対応を迫られる可能性もあるためだ。公共事業重視の復興予算のあり方を点検すると同時に、地元負担に慎重に対応することを政府に求めたい。

 ◇重み増す「共助」の役割
 復興で生活再建の比重が増すと、行政だけで対応しきれない課題もこれからは増えてくる。

 毎日新聞の調査では復興住宅に入居する住民の高齢化率は36%にのぼる。今後さらに進む高齢化に対応するため見守りの徹底や地域共同体の維持など、孤立化の防止が欠かせない。きめ細かく住民の相談に応じるなど、民間やNPOとも連携した「共助」が重みを増してくるだろう。

 安定した雇用の確保が生活安定のカギを握る。公共事業を中心とする復興需要はあと数年で必ず終わりが訪れる。付け焼き刃でない持続可能な地域づくりが問われている。

 第1次産業の再興、急速な高齢化と人口減少、地域共同体の維持など被災地が向き合う問題は決して特殊なものではない。むしろ、日本の社会全体が直面する課題の縮図だ。被災地で苦闘する人たちの姿は、明日の私たちの姿でもある。

 東京電力福島第1原発事故に伴い12万人がなお避難する福島の苦悩は、大都市圏の電力供給を地方に立地した原発が担ういびつな構図から生み出された。だとすれば、生活を再建していく責任を国民全体が分かち合わねばなるまい。

 桃浦の会社では最近、希望を感じさせる出来事があった。千葉県など首都圏に住む若者2人が事業に関心を持ち、入社したのだ。震災前には考えられなかった都会からの人材の参入である。

 復興の道は長く険しい。それでもかつて多くの人がボランティアとして現地で復旧作業に参加したように国民一人一人が被災地に関心を持ち続け、できる限りの協力を惜しまないことが自立への大きな力となるはずだ。4回目の「3・11」にあたり、その思いを共有したい。

東京新聞-東日本大震災4年 原発のまちに未来図を- 2015年3月11日

 あの日から四年。福島の傷はまだ癒やされない。だからこそ、原発に依存しない地域の未来図を、描き始めてもいいころだ。私たちも、原発のある町も。

 四年前のきょう、元福井県美浜町議の松下照幸さん(66)は、東日本大震災の映像を見て「福島原発が大変なことになるぞ」と直感したという。

 原発銀座と呼ばれる福井県若狭地方で、反原発を唱え続ける少数派。「原発は地震に弱いと常々思っていたが、想像を絶する事故が起きた」と振り返る。

◆ふるさとはどうなるの
 「地震にやられたら、おしまいや」という近所の声を、松下さんもしばしば聞いている。

 「いつかあること」。原発のある町で暮らす人なら、そんな不安にとらわれることがあるはずだ。予感は現実になったのだ。

 福島原発の被災者は、放射能でふるさとさえも失った。あまりに過酷な現実の渦中にある。再び原発と共存できるとは思うまい。 

 他の原発立地地域にも、もはや原発の安全神話を信じる人はいないだろう。

 だが、原発がなくなれば、仕事は、暮らしはどうなるの。

 過疎化する町は、老後は、どうなってしまうのか。

 「原発がある不安」と「原発がなくなる不安」のはざまで、住民は今も揺れ続けている。

 松下さんは、かつては原発推進派に身を置いた。しかし、一九八六年のチェルノブイリ原発事故を境に、考えを改めた。

 そして三年前の九月、欧州視察の成果を踏まえ、美浜町長に宛てた脱原発の提言書をしたためた。その中で次のように書いている。

 <都市部の多くの人たちは、『危険な原発は止めればよい』という思いなのでしょうが、私にはそうはいきません。原子力発電所で働いている人たちの生活があります。自治体の財政問題もあります。それらを解決しようとせずにただ『止めればよい』と言うのであれば、私は都市部の人たちに反旗を翻さざるを得ません>

 立地地域の暮らしの不安を解消できないうちは、大手を振って脱原発とは言い難い。

 電力事業者は、原発再稼働の勢いに乗り、老朽化した小型原発を廃炉にし、大型に建て替える計画を進めている。

 ところが、3・11以降、世界的にも原発の安全基準が厳格化され、建て替えの費用もかさむ。原発大国フランスさえ、新設に二の足を踏むような状況だ。

◆キーワードは地消地産
 少なくとも先進国では、原発は割に合わないという認識が進んでいる。四十年という原子炉の法定寿命が守られる限り、近い将来、国内の原発はゼロになる。

 原発に代わる産業、雇用、財源をどうするか。

 たとえ今ある原発の再稼働がスムーズに進んでも、立地自治体が早晩直面する課題である。

 廃炉や核のごみの中間貯蔵を受け入れて、一時的に雇用を生み出すことはできるだろう。しかしそれでは、放射能の不安から逃れることはできないし、大企業の下請け的体質から抜け出せない。

 松下さんは、脱原発依存のキーワードとして、「地産地消」ではなく、「地消地産」を提唱する。地域で消費するものを地域で自給することから始めよう、という考え方だ。

 人口約一万人の美浜町全体の光熱費は、年間五十億円に上るという試算がある。そのエネルギーは町外から買っている。

 新築の住宅は、大手のハウスメーカーなどが建てている。町内に豊富な森林資源が活用できていない。

 たとえば、木材のかけらや廃棄物(バイオマス)を燃やして沸かしたお湯を送り込む事業を起こす。ドイツでは総発電量の7%をバイオマスで賄っている。

 百世帯に一社の割合で、そのような熱供給の会社ができれば、エネルギーとお金が地域で回る。送電網の必要な発電事業とは違い、給湯の配管網なら地元で無理なくインフラも整えられる。

 過疎地にある原発で大量につくった電気を、はるかな都会に送り込むのとは、正反対の考え方だ。

 近々、同じ若狭のおおい町で、木材チップと太陽熱のハイブリッド(併用)による熱供給のモデルづくりに着手する計画という。

◆真の地方創生モデル
 大切なのは、小さな成功例を積み上げて、地域が自信を持つことだ。大都市本位で原発を推進してきた国は、結果として立地地域の自立の芽を摘んできた。その反省を踏まえ、「地消地産」の活動に支援を惜しむべきではない。

 大企業の恩恵に頼らない、地域にあるものを生かした地域のための産業おこし、これこそ本物の「地方創生」なのである。


by asyagi-df-2014 | 2015-03-12 19:30 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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