集団的自衛権-「閣議決定撤回!憲法違反の集団的自衛権行使に反対する10・8日比谷野音大集会&パレード」での発言を

2014年10月8日に、日比谷で、「閣議決定撤回!憲法違反の集団的自衛権行使に反対する10・8日比谷野音大集会&パレード」が開催されました。
 九州にいる人間にとっては、様子が全く伝わってこないのですが、「弁護士・金原徹雄のブログ」で中野晃一さんの挨拶を見つけました。

 中野さんは、この閣議決定の意味合いを次のようにまとめています。

「どちらかというと、法律というのは、実際のところ、内閣法制局の方が頑張ったり、色々するもんですから、どんな法律でもある程度ソーセージのように、それなりに食べられるものに出来上がっている訳ですね。弁護士の方であるとか法曹の方というのは、食べ物として法律を、一応理に適ったものだということでやってらっしゃるんだと思うんです。政治学というのは、その点、ソーセージができる過程を見るものでありまして、あまり見ない方がいいというようなことが言われています。クズ肉が入ったりスジが入ったり骨が混じったりよく分からない添加物が入ったりというようなことがある訳です。ただ、私のような政治学者であっても、青井さんのような憲法学者、そしてまた日弁連の方たちとこうやって一緒に立ち上がっているというのは、およそクズ肉どころか、入っていてはいけないものが、長靴だとか何だとか、よく分からないものが、今入っている法律が作られようと、そのための閣議決定がなされたということなんではないかと思っております。」

 そして、安部晋三政権の言う「積極的平和主義」については次のように触れています。

「政治学者のはしくれとして、一応、集団的自衛権、そしてその安倍さんがやろうと言っている『積極的平和主義』というのは何なのかということを自分なりに調べてみました。しかし、どのような報告書を見ても『積極的平和主義』といったもののきちんとした定義というのはなされていないようです。私が唯一知っているものというか、見つけることができたものは、日本経済新聞の『経済教室] に昔、北岡(伸一)さんが書いたものなんですけれども、ここで彼は、『積極的平和主義とは、消極的平和主義の逆である』(笑)『消極的平和主義とは、日本が非武装であればあるほど世界は平和になるという考えである』と、憲法を正確に定義しているんですね。どういうことかと言うと、『積極的平和主義というのは、日本が抑止力を高めれば高めるほど、いわば武装すればするほど平和になる』という、『消極的平和主義』と彼らが呼ぶものの真逆の考えであると、そういうことのようなんです。」

 確かに、7月1日の閣議決定以降、閣議決定の中心となる「積極的平和主義」の定義は、全く説明されていない。

 以下、挨拶の引用。






中野晃一さんの挨拶

 皆さん、こんばんは。「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人ということで、今日お招きいただきました。実は、青井さんも呼びかけ人なので、私だけがこのタイトルを持ってる訳ではおよそないんですけれども。
 政治学をやっております。政治学をやってる者からすると、日弁連主催のこのような集会にお呼びいただけるっていうのは、ちょっと自分が上り詰めたというような感慨があります(笑)。というのは、法律と政治というのは必ずしもあまり仲がいい分野ではなくって、近親憎悪のようなものがあると思うんですが、どちらかというと、法律というのは、実際のところ、内閣法制局の方が頑張ったり、色々するもんですから、どんな法律でもある程度ソーセージのように、それなりに食べられるものに出来上がっている訳ですね。弁護士の方であるとか法曹の方というのは、食べ物として法律を、一応理に適ったものだということでやってらっしゃるんだと思うんです。政治学というのは、その点、ソーセージができる過程を見るものでありまして、あまり見ない方がいいというようなことが言われています。クズ肉が入ったりスジが入ったり骨が混じったりよく分からない添加物が入ったりというようなことがある訳です。ただ、私のような政治学者であっても、青井さんのような憲法学者、そしてまた日弁連の方たちとこうやって一緒に立ち上がっているというのは、およそクズ肉どころか、入っていてはいけないものが、長靴だとか何だとか、よく分からないものが、今入っている法律が作られようと、そのための閣議決定がなされたということなんではないかと思っております。
 それだけの危機にある訳なんですが、政治学者のはしくれとして、一応、集団的自衛権、そしてその安倍さんがやろうと言っている「積極的平和主義」というのは何なのかということを自分なりに調べてみました。しかし、どのような報告書を見ても「積極的平和主義」といったもののきちんとした定義というのはなされていないようです。私が唯一知っているものというか、見つけることができたものは、日本経済新聞の「経済教室」に昔、北岡(伸一)さんが書いたものなんですけれども、ここで彼は、「積極的平和主義とは、消極的平和主義の逆である」(笑)「消極的平和主義とは、日本が非武装であればあるほど世界は平和になるという考えである」と、憲法を正確に定義しているんですね。どういうことかと言うと、「積極的平和主義というのは、日本が抑止力を高めれば高めるほど、いわば武装すればするほど平和になる」という、「消極的平和主義」と彼らが呼ぶものの真逆の考えであると、そういうことのようなんです。
 で、もうちょっとさらに調べてみて、安倍さんがまさにその与党協議という茶番が行われているときに、外国に行ってぺらぺら「これからこういうこやります」と話していった1つの例であるシャングリラ・ダイアローグという場での5月の30日の演説があります。結構、全文を読むとぞっとするような自己陶酔のたくさん入った気持ち悪いものなんですけども、ここでこんなことを言っています。「国際社会の平和、安定に、多くを負う国ならばこそ、日本は、もっと積極的に世界の平和に力を尽くしたい、「積極的平和主義」のバナーを掲げたいと、そう思うからです。自由と人権を愛し、法と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平和を追求する一本の道を、日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできました。これからの、幾世代、変わらず歩んでいきます」
 正気とは思えないですよね(笑と拍手)。「何世代にもわたって」、「ひたぶるに」って言葉が分かんないんですけども、「歩んできた」と言ってしまうんです。これは、戦争は何だったんだろうかと。あれは、青井さんも仰ってましたけども、せいぜい我々、戦争知らなくなって2世代目ぐらいの40代ぐらいなんですけども、それで一体なんで「何世代にもわたって」っていうことを安倍さんは言ってしまうのかと。
 彼の大好きな靖国神社、そちらで書いてある「靖国Q&A」というのが子ども向けにありまして、そこを見ると、子どもにも分かるように靖国神社を説明しているというものなんですけれども、そこでこんなことが書いてあります。「靖国にまつられている神は誰なんですか?」という問いに対してなんですが、「戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立をしっかり守り、平和な国としてまわりのアジアの国々と共に栄えていくためには戦わなければならなかったのです。こういう事変や戦争に尊い命を捧げられたたくさんの方々が靖国神社の神様としてまつられています」そこに平和を祈りに行くのが安倍さんな訳です。恐ろしいですよね。
 私は金曜日にノーベル平和賞を9条を利用(保持)してきた日本国民が受賞するか、どきどきしながら見守っているんですけれども、安倍さん、このままいくと、あの授賞式にのこのこ出て行って、そしてこのシャングリラ・ダイアローグの演説をコピペして、またもう1回読むんではないかと恐れています。必ず閣議決定を撤回させて、我々の手に主権を取り戻せるように一緒に頑張りましょう。


by asyagi-df-2014 | 2014-10-13 05:45 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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