沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第9回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記。
 今回の報告は、次のように閉められる。

 「三上さん、どうする。埋められるよ。今度こそ本当に埋められるよ」
 明らかに彼は、悲しんでいた。私よりずっとこの海と向き合って生きてきたんだ。埋められていいわけがないのだ。
 基地建設を巡り、 辺野古の海人を悪役にする言説に触れると、胸がえぐられる思いがする。なぜ沖縄中の海人が、日本中の海人が、誇りを持って海に出ることが出来ないのか。いつから海人の尊厳を奪うばかりの国になったのか。
 私はなにより、その構図の残酷さを問いたいのである。

確かに、沖縄の無念さが体を締め付ける。

  以下、三上知恵の沖縄撮影日記の引用。






第9回-海人(漁師)の尊厳を奪い続ける国~ある漁師の肖像

 「QAB(琉球朝日放送)のやなかーぎー(不細工女)!」
 それが、彼の私に放った最初の言葉だった。辺野古の漁師、宜志富紹司さんがまだ30代前半の頃だ。

 10年前、辺野古の海の上では今と同じように、反対する市民の船と基地の工事を進めたい防衛局の船が衝突していた。今と違うのは、住民らと直接ぶつかったのが海保ではなく防衛局に雇われた地元の漁師たちだったこと。
 基地を容認する形になった自分たちの立場をろくに伝えずに反対運動ばかりを放送するのが気に入らないと、彼はイラついていた。一部の漁師たちは私たち放送局にも牙をむいた。防衛局に建設中止を迫るつもりが、漁業者と敵対する形になっていくのは反対運動をする側にとっても辛かった。
 敵ではない彼らといがみ合わないで済む今は、少なくとも10年前よりは精神的にはましだ。

 私を嫌っていた宜志富紹司さんは、別の意味で沖縄の有名人だった。彼は長い間、沖縄の角力界のチャンピオンの座を守り続けている。最初からがっぷり四つに組んで始める沖縄角力は、道着を着るスタイル一つとってもヤマト相撲と趣が違う。しかし、誰と当たっても次々になぎ倒していく彼の試合には王者の風格がある。
 辺野古の大会では、もっと屈強に見えるアメリカ海兵隊員を簡単に投げてしまい、観衆は胸の空く思いで彼に拍手を送るのだ。そして、彼の一人息子も幼い頃から父に憧れ、角力に果敢に挑戦してきた。父に負けないファイトを見せる少年力士の勇姿が忘れられない。彼は今、尊敬する父の後をついで漁師の修業をしている。

 そんなスポーツマンシップ溢れる彼が、基地建設を巡っては苛立ちをあらわにし、反対運動を毛嫌いする。あの体でやぐらにしがみつく市民の胸ぐらをつかむのだから、座り込みメンバーからは恐れられた存在だった。彼の心を波立たせているものは、いったいなんだろうか。
 
 一方で、宜志富さんは人一倍、海人(ウミンチュ)に誇りを持っている。辺野古の漁師の中で、埋め立てられる海域で一番頑張って漁をしているのは彼だ。沖合の無人島、平島や長島に地元のおばあたちを連れて行く役を買って出る彼は「力持ちで優しい」人気者だし、アイゴの稚魚、スクが寄ってくる旧暦6月には、みんな彼の収穫を心待ちにしている。

 力士としても、漁師としても、誇り高くありたいと努力する彼を、私はよく知っている。彼も、当初私を嫌っていたのに、罵声にも屈せず、追い払われても寄っていくうちに、嫌々ながらもインタビューに答えてくれるようになった。そして彼なりの論理と正義で、基地に理解を示しているのに、漁業者として尊重されない状況を嘆いた。

 「国の代表も県知事も、一度だってここにきたことないよ?この海を埋めてもいいですかって聞かれたことないよ? 埋めます。はい。勝手に決めた。じゃあ、見返りは何なのってなるしかないさ」

 この6月、彼らの口座には有無を言わせず補償金が振り込まれた。額は人によってかなり違う。でも多い人で3,000万を超すという噂だけは、島の隅々まで流れている。

 辺野古区全体への振興策や個別の補償、この17年間、生々しい話がまことしやかに幾度となく流れたが、確約されたものは今のところない。それなのになぜ、漁師ばかりがもらうのか。地元の空気はざわついている。
 区長たちは8月、慌てて仲井真知事と並んで官邸に出向き、充分な配慮がないなら反対も辞さないと要求した。迷惑料は漁師以外にもあってしかるべきだという論理だ。

 確かに、金額は大きい。が、実際、多くの漁師は船の購入、修理などで漁協に借金があり、補償はその解消に回されるケースが多いという。ところが巷では、海人が2台目の車を買ったとか、家を建てるとか、補償金の邪推の類いがかまびすしい。
 「自分たちだけお金をもらった」「税金なのに」という地域の視線が、今後何年彼らに注がれるのか。それを思うと、そんな金はない方がいいに決まっている。

 海沿いに造る原発も同じだが、迷惑施設の建設は、まずは地元が反対するなか、漁協に大きな見せ金を提示して揺さぶる。やがて折り合いをつけなければならなくなり、漁師は「真っ先に地域を売った」と悪役を演じさせられるのだ。
 漁師に建設の是非を決める決定権はない。漁業補償をもらう権利があるだけだ。しかし、補償金に食いつけば一枚岩が崩れ、あとは地域紛争に発展して正論派は弱体化する。国はツボを心得ている。

 またしても典型的な手法に漁師が利用されたことに、はらわたが煮え繰り返る思いがする。6月23日の朝、最後まで反対していた老夫婦は、口座を見るのが恐ろしいと言って港で泣いた。

 「補償は当然。恥じることはない。反対は反対で貫いていいはずよ?」

 という私に、漁師のおばあは、

 「もう、人の口が怖い。子どもたちも肩身が狭い。ごめんね。もう、来ないで」

 そして今後はカメラを持って来ないで欲しいと懇願し、顔を覆った。悔しくて、私も一緒に泣いた。

 早朝、毎日のように防衛局の監視船や調査船で海人が汀間漁港を出港していく。私がカメラを持ってくれば、いい気持ちがするはずもない。宜志富さんだって嫌なはずだが、彼は逃げない。

 「どうやったって国は作るというのに、あんな反対反対して。意味わからん」

 相変わらず反対運動は大嫌いだ。

 でも、少し前に彼が珍しく酔って電話してきたことがあった。

 「三上さん、どうする。埋められるよ。今度こそ本当に埋められるよ」

 明らかに彼は、悲しんでいた。私よりずっとこの海と向き合って生きてきたんだ。埋められていいわけがないのだ。

 基地建設を巡り、 辺野古の海人を悪役にする言説に触れると、胸がえぐられる思いがする。なぜ沖縄中の海人が、日本中の海人が、誇りを持って海に出ることが出来ないのか。いつから海人の尊厳を奪うばかりの国になったのか。
 私はなにより、その構図の残酷さを問いたいのである。


by asyagi-df-2014 | 2014-10-04 05:28 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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