沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第8回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記
 日記の中で、「ガンバローで締めた集会。直後に壇上の翁長氏に駆け寄った二人の女性がいた。東村高江から駆けつけた「ヘリパッドいらない」高江住民の会のメンバーだった。
 「辺野古も高江も同じ闘いです。翁長さんの公約にぜひ高江も反対と入れてください」。目には涙を浮かべていた。」と報告されている。
 日記の最後は、次のようにまとめられている。
 「沖縄県知事選挙の各候補者は、是非とも崖っぷちにある高江区民の生活を守るためにどのように行動するつもりなのか、明確に公約に掲げ、議論するべきだ。
 もちろん、言われなくてもそうするつもりだというなら、この文章は杞憂だったと笑ってくれて構わない。でも万が一にも、再び「オール沖縄」の事情の中で沖縄県民が高江を黙殺する形にならないよう、県内外から大きな声をあげて注視していただき、高江現地を支えて欲しいと願っている。」
 
 確かに、私自身も、まだ高江に行ったことはない。
 改めて、高江現地を注視していきたい。

以下、三上智恵の沖縄(辺野古・高江)撮影日記第8回の引用。






第8回「オール沖縄」で熱狂した9・20辺野古県民集会、一方で高江は・・・

 人口約1800人の辺野古集落。その西側にある大きな坂道が、70台あまりの観光バスで埋め尽くされた。そこから溢れ出す人、人、人。辺野古に通って17年、初めて見る光景だ。
 9月20日に開かれた県民集会には、政府が進める基地建設に合意していないという意思を示そうと、県内各地から怒涛のように人が押し寄せた。辺野古の砂浜は、前回ゲート前の大会を上回る5500人(取材者発表)で覆い尽くされた。

 息子の肩を借りて歩くおばあ。孫を抱いて参加するおじい。波打ち際では、水遊びをする子供たちの歓声が響いている。
 「子供に集会の意味はわからないかもしれないけど、この透明な海で遊んだことや、それを守るために頑張った大人の姿を記憶にとどめて欲しい」。ある母親の言葉だ。

 日本政府は「辺野古の反対運動は一部の活動家がやっているに過ぎない」と喧伝しているようだが、最新の世論調査(琉球新報社)で県民の8割が反対という結果が出ているように、圧倒的な県民の思いを受けて座り込みや海上の抗議行動が成り立っていること、目を背けずに見て欲しい。この人たちを敵に回して強行すればどうなるのか、是非、見誤らないで欲しい。

 集会では、公約も反故にし、県民を無視して埋め立てを承認した仲井真現知事への批判が相次いだ。一方、サプライズゲストとして登場した知事選候補の翁長那覇市長は拍手喝采で迎えられた。「オール沖縄で、辺野古の基地建設は許さない」。はっきりノーを突きつけてくれるリーダー像に、観衆は歓喜した。「この闘いは勝利すると確信した!」。テント村のリーダーたちも頬を紅潮させる。

 ガンバローで締めた集会。直後に壇上の翁長氏に駆け寄った二人の女性がいた。東村高江から駆けつけた「ヘリパッドいらない」高江住民の会のメンバーだった。
 「辺野古も高江も同じ闘いです。翁長さんの公約にぜひ高江も反対と入れてください」。目には涙を浮かべていた。
 オスプレイが使うとわかっているヘリパッドが6つも新設され、それに囲まれてしまう高江区。7年に渡って座り込みで抵抗するも、二つのヘリパッドは既に完成、引渡しはまもなくと見られている。そうなれば年間1200回というオスプレイの訓練が始まり、生活空間は破壊される。三つ目の工事も目前に迫り、夜を徹した監視が続けられる中、高江こそ待った無しの状況が続いているのだ。

 ところが、高江にとって「オール沖縄」の枠組みには苦い思い出がある。
 2012年9月、10万人の県民が参加したオスプレイの配備直前の県民大会では、オスプレイ配備撤回、基地の県内移設反対などの要求項目の中に、なんと高江のたの字も入らなかったのだ。共同代表を務め、県民大会をリードしたのは翁長那覇市長だった。
 しかしこれは翁長氏個人の意向云々ではなく、県知事も、野党が多数を占める県議会でさえも、高江については「北部訓練場の返還に伴う移設で基地強化ではない」という政府の認識を踏襲、オスプレイが使うとは聞いていないという立場をとっていて、それを今日まで修正できないでいる。
 もちろん2012年9月の大会当時、高江に作っているのはオスプレイ用のヘリパッドであることは米軍の資料で明白になっていた。野党系議員の間では、オスプレイに反対なら高江にも反対しなくては、という認識は広がっていた。ところが、保革があらゆる政策の齟齬を棚上げして繋がる「オール沖縄」の駆け引きの中で、高江は抜け落ちてしまった。
 最前線で苦しい闘いを展開している只中にあった高江の住民にとってそれは、オール沖縄に見殺しにされたと感じるに十分だったと思う。10万の県民が心を一つにオスプレイに抵抗したはずの宜野湾市の会場で、高江の人たちは、これだけの県民が結集して配備に反対してくれる嬉しさと同時に、大きな悲しみと悔しさを抱えて立っていた。あの日、やりきれない思いを抱え、荒れていたゲンさん(映画『標的の村』主人公)の表情を忘れることはできない。

 辺野古と高江。ともにオスプレイの配備先と訓練先であり、ともに日米両政府から欺かれ続けた末の建設計画であり、表裏一体の関係にあることはもう共通認識になっていると思う。辺野古に反対する政治家は、高江にも反対してくれるはずだと多くの人が思っているだろう。だからこそ、沖縄の命運を決する今度の知事選挙の公約に「高江」は当然含まれるべきだし、堂々と論じられるべきだ。それさえ叶わないのではと焦っている高江の住民を孤立させないで欲しい。

 沖縄県知事選挙の各候補者は、是非とも崖っぷちにある高江区民の生活を守るためにどのように行動するつもりなのか、明確に公約に掲げ、議論するべきだ。
 もちろん、言われなくてもそうするつもりだというなら、この文章は杞憂だったと笑ってくれて構わない。でも万が一にも、再び「オール沖縄」の事情の中で沖縄県民が高江を黙殺する形にならないよう、県内外から大きな声をあげて注視していただき、高江現地を支えて欲しいと願っている。


by asyagi-df-2014 | 2014-09-27 16:48 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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