本等からのもの-「沖縄を超える」

著書名;沖縄を超える -民衆連帯と平和創造の核心現場から-
編著作者;新崎 盛輝
出版社;凱風社

新崎盛輝の「沖縄同時代史シリーズ」の10冊を、沖縄問題の基本見解として読んでいた時期がありました。
ここでまた、凱風社から「沖縄を超える」とした本が出ていたのに気づき、早速読んでみました。

 新崎は、沖縄の現況を「逆風の中にある」と位置づけた上で、「とりわけ安倍政権の対沖縄政策は、沖縄敵視政策と言えそうな面もある。その強権的政権は、沖縄社会に小さな混乱や分裂を生んでいる。」と状況を分析してみせるが、「だが、沖縄の民衆闘争自体は、かつてより遙かに自信を持っているように見える。そこに歴史的体験の蓄積を見ることはできないだろうか。」とし、結論として「われわれは、沈黙することも、絶望することも必要ないようだ」とまとめる。
 思えば、日本という国から、例えば辺野古、高江、竹富島といった地名がすぐに出てくるように、諸々の闘いを強いられている沖縄の有り様を、「異論」として突きつけられた側の一員として、「われわれは、沈黙することも、絶望することも必要ないようだ」との言葉は、私たちの側の有り様をも勇気づけるものである。もちろん、こちら側の主体的闘いがあってのことなのだが。

 この本の中では、赤色鉛筆の書き込みが多くなった第3章と第4章を中心に触れてみたい。

 新崎は構造的沖縄差別について、その歴史の流れを次のように言及する。

「戦後の日米関係の総体が、構造的沖縄差別の上に成立している。構造的沖縄差別とは対米従属的日米関係の矛盾を沖縄にしわ寄せすることによって、日米関係(日米同盟)を安定させる仕組みである。この差別的構造は、敗戦国委日本に対する連合国(実質的には米国)の占領政策として始まり、対日講和条約の締結・発効によって公然化した。この差別構造は、一九五〇年代以降、日本政府によって積極的に利用されるようになった。とくに一九七二年の沖縄返還以後、この仕組みの利用・維持政策展開の主役は日本政府となった」

 また、構造的沖縄差別が日本という国で果たしてきた役割について、次のようにまとめる。

「日本占領当初、米国、少なくとも米郡部は、占領政策の円滑な遂行のために、日本国民の中に深く根を下ろす洗脳制の維持・利用を図った。そして、日本国民の天皇信仰・天皇への忠誠心それ自体に軍事的脅威を感じる太平洋地域の連合国の懸念を払拭するために,日本を非武装国家とする方針をとった。同時に、日本を監視し、非武装国家日本への周辺諸国の政治的・軍事的影響力の浸透を防ぐために、沖縄を日本から分離し、米国の軍事的拠点として、排他的な支配の下に置き続けることとした」
 そして、「『象徴天皇制』『非武装国家日本』『沖縄の軍事支配』という三点セットが、構造的沖縄差別の原型であった」と結論づける。 
 また、「その後、中国大陸における国共内戦の結末が見え始め、東西冷戦が信仰すると、アメリカはアジア太平洋地域における覇権維持のための目下の同盟者として日本を保護育成する方向に方針転換する。『非武装国家日本』は、「米国の目下の同盟国日本」に修正され、この修正された三位一体の関係が、対日平和条約や旧日米安保条約によって公然化した」と続ける。
 まさしく、構造的沖縄差別が、日本の戦後を支えてきたのである。
 だとしたら、「3.11」が構造的安全神話を暴露し、「命」の問題を中心に据えたように、構造的沖縄差別は、変革されなければならない時期を迎えている。

さらに、新崎は、一九九五年以降のおきなわの民衆の闘いの中では、単に「異論」という表現にとどまらず、「県内移設反対ではなく、県外移設を主張すべき」とした意見も台頭してきたとし、これは、「沖縄に基地を押しつけながら、日米同盟=安保体制のうえに安住しているヤマトへの告発」であったと分析する。
 この中で、鳩山由紀夫民主党代表の普天間代替施設は「国外、最低でも県外」の発言は、「個人的見解ではなく、民主党の『沖縄ビジョン』にまとめられた等の政策基づくものであり、当時の沖縄の世論に同調するものであった」とする。
結局、構造的沖縄差別のの上に立つ戦後の日米関係の是正に手をつけようとした鳩山政権は一年も持たずに崩壊させられた。これに大きく手を貸したのは、マスコミの「普天間合意の修正は、『日米同盟を傷つける』という大合唱」であったと、指摘する。
 この指摘は、三上智恵の「大衆の熱気をうまく利用し心を掴んでいく政治家が有力候補になったことを不都合だと捉える空気が、政府にもメディアにもあるようだ。」(三上智恵の沖縄撮影日記第7回)とどこか通じるものを感じさせる。

 この鳩山の反乱と挫折、その限界を次のようにまとめる。

 「『県外移設』を、単なる移籍先探しに使って失敗したのが鳩山政権であった。だが、そのことによって、この言葉の本来的意味が浮き彫りになった。それは、安保・基地問題とよそごとのように考えているヤマトの多数派世論に、基地・安保問題を、身近な問題として、主体的に考えさせる戦術的手段であった。もとより、『県外移設』という言葉は、安保体制の存在を前提にしているところに本質的限界がある。だが、日本に現存する米軍基地の実態が具体的に表現している構造的沖縄『差別』を撃つ言葉としては効果がある。そして構造的沖縄差別が揺らげば、安保が揺らぐ。」

 この鳩山の発言が、こういうと批判を受けるのだが、「首相であっても言っていいんだ」という安心感を少しでも与えたことは確かなのではないか。

 最後に、もう一つの構造的差別について次のように触れる。

 「沖縄では、日本の辺境沖縄に在日米軍基地の圧倒的多数を押し付け、日本(国民)は、『偽りの平和』を享受している、と認識している。ところが、福島の原発事故は、辺境に危険な原発に押し付け、そこから得られるエネルギーで日本(国民)は、『偽りの豊かさ』を享受していたという、もう一つの構造的差別をも浮き彫りにしたのである。
 ただ、両者の間には、明らかに、押し付けられたものと、受け入れさせられたもの、という差が存在する」
 この両者の違いについては、今後の課題としたい。

 新崎はこの本の題名を「沖縄を越える」とした。このことの意味は、恐らく、私たちに委ねられた問いかけであろう。


by asyagi-df-2014 | 2014-09-24 05:43 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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