沖縄から-三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記第7回

沖縄の地で、体を張って新しい歴史を作ろうとしている人たちがいる。
 そこには、その煌めきの記録を残そうとしているジャーナリストがいる。
だとしたら、その生きざまの瞬間を私たちは受け取る必要がある。
三上知恵の沖縄撮影日記

 第7回レポートの最後は、こう結ばれている。
 「なにはともあれ、大衆の熱気をうまく利用し心を掴んでいく政治家が有力候補になったことを不都合だと捉える空気が、政府にもメディアにもあるようだ。」

 沖縄からの異論が、本当は、本土の根底を崩すものであることに気づかない。いやむしろ、恐れている。
 水島朝穂のいう「沖縄問題の本質をごまかす時に使う『5つの言葉』」を思い出すことだ。どういう使い方でごましているかということ。
 「3.11」が命の問題に立ち返らせたように、沖縄問題は、人らしく生きるための道筋だ。 

以下、三上知恵の沖縄日記(第7回)の引用。






第7回
沖縄の抵抗するリーダーを歓迎しない中央メディアの記者たち〜翁長那覇市長の知事選出馬会見の一コマ

 11月の沖縄県知事選挙まであとちょうど2ヶ月。この選挙が、いま8割の県民が反対する中で強硬に進められている辺野古の海上基地建設のカギを握っていることは、マガ9読者の皆様はよくご承知のことと思う。

 そしてこの選挙は、歴史に残るものになるだろう。沖縄の県知事選としては初めて、「辺野古基地建設反対」という一点で保革が手を結んで一人の候補者を推した。自民党の翁長雄志現那覇市長。
 彼は対抗馬となる現職の仲井真知事の選対本部長まで務めた、バリバリの保守で鳴らした人物である。その翁長氏が社民党、社大党や共産党と共に知事選に打って出るとは、彼の経歴からはにわかに信じがたいが、去年1月、オスプレイの配備撤回を求める建白書を携えて政府に対峙した頃には「オール沖縄」を象徴する存在になっていた。公約を破棄して辺野古埋め立てを承認した仲井真知事から袂を分かち、県内移設反対堅持で出馬と筋を通した形である。

 まずは13日に行われた翁長氏の出馬会見の模様をご覧いただきたい。

 翁長氏のスローガンは「イデオロギーではなく、アイデンティティ」。保革のイデオロギーは今は脇に置いて、沖縄の歴史に根ざした沖縄の人間としてのアイデンティティで繋がる部分に焦点を絞り、手を携えて重大な危機を乗り越えましょうと呼びかけているのだ。
 動画にもあるように、県民はアメリカ軍統治のもとの「プライス勧告」(注)の時は、それこそ一方的な土地の取り上げ手法に対し島ぐるみで闘った。それは、祖国から見捨てられ絶望する中にあっても、政治的スタンスなど度外視して一丸となれば、沖縄から何かを動かせるのだという、県民が掴み取ったひとつの確かな手応えとなって記憶に刻まれている。

(注)プライス勧告…1956(昭和31)年、沖縄の基地・軍用地問題に関して、米下院軍事委員会のプライス調査団が発表した調査報告書。米軍による強制的な土地接収や強引な土地買い上げ策に対し、沖縄政府は適正補償、新規接収反対などを求めていたが、勧告はこれをほぼ無視し、米軍のそれまでの軍用地政策を正当化する内容だった。しかしこれに対し、沖縄県民の間では大規模な抵抗運動(島ぐるみ闘争)が巻き起こったことから、米軍は一定の譲歩をやむなくされることになる。

 翁長氏の後ろにいる吉田勝広・山内末子両県議が涙ぐむ姿を見て欲しい。土地接収に対する抵抗の歴史が語られると、沖縄県民としては悔し涙を禁じ得ない。そこに保革の差はない。翁長氏が歴史を語れば語るほど、県民は眠っていたアイデンティティを掻き立てられるのだ。

 もちろん、革新側にも不安はある。「所詮は自民党の翁長だ。政府側に取り込まれるのでは」「一度は県知事が認めた埋め立てを、新知事が白紙に戻せるのか」投票するからには担保が欲しいと思うのは当然のことだ。
 ところが最近驚くのは、中央メディアの翁長氏への姿勢が、この革新サイド以上に懐疑的、いや全否定的ですらあることだ。
 「結局何もできないのでは? 埋め立て承認は白紙撤回できないのでは?」
 各社とも、ここまできて反対しきれるわけはないとタカをくくった物の言い方を平然とするようになっている。動画の中で翁長氏も怒ったように、県民の代表に名乗り出ようという候補に対して、ずいぶん礼を欠いた態度だと私も思う。

 そんな中央メディアの冷たさは、今年1月の名護市長選挙でも痛感した。辺野古の基地建設に反対する稲嶺進名護市長の再選に当たり、私は辺野古にある稲嶺応援団の事務所で彼の登場を待っていた。勝利の報告にきた稲嶺市長。涙ぐみながら迎えるおばあたち、指笛、カチャーシー…。
 そこに中央メディアの記者たちがぶら下がって聞く質問は「市長権限でどこまで反対できるんですか」「振興策を止められたらどうするんですか」「政府との対決姿勢を鮮明にして、やって行けるんですか?」。
 まるで何かをやらかした芸能人を追及するような態度であり、名護市民の選択に対する敬意は感じられなかった。当選したはずの稲嶺市長の表情はどんどん暗くなっていく。

 辺野古まで来て、狂喜乱舞する人々の姿をその目で見ても心動くことなく、聞きたいことだけを聞いていく記者たち。こんな嫌な空気を一掃したいと、私は割り込んだ。
 「首を長くして待っていたおじい、おばあに勝利の報告を終えた今のお気持ちは?」
 すると稲嶺市長は気を取り直して微笑み、誇らしげに語りはじめた。県民が見たいのはその姿である。

 一方で中央メディアが見たいのは一体なんだろう? いつまでも政府に楯突いたって無駄では? と突っ込まれて絶句する力不足な沖縄のリーダー像なのだろうか。どうやら、抵抗するリーダーを歓迎しない中央の記者たちと県民との間にできた溝は、隠しようがなくなってきたようだ。

 3度目に同じ趣旨の質問をした読売新聞の記者に対し、翁長氏は不快感を顕にした。それに対する会場の喝采が、図らずも本土VS沖縄という構図を際立たせてしまった。その功罪についての見方は分かれるかもしれない。
 なにはともあれ、大衆の熱気をうまく利用し心を掴んでいく政治家が有力候補になったことを不都合だと捉える空気が、政府にもメディアにもあるようだ


by asyagi-df-2014 | 2014-09-19 05:30 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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