本からのもの-水俣病事件と認定制度

著書名;水俣ブックレット 水俣病事件と認定制度
著作者;宮澤 信雄
出版社;熊本日日新聞

 宮澤は、水俣病事件の混迷の歴史はこれからも続くとし、その原因は、「この国の水俣病政策に根本的な誤りがあるからに他ならない」と論破します。
 水俣病は終わっていないということについて、その原因が何だったのかについて、認定制度の問題から説明してくれます。それは、次のような政策的な誤りがあったからだと。
 まず1点目は、「水俣病五十年の歴史を振り返ると、行政が選んだのは、被害拡大を防ぐ対策ではなく、水俣病によってチッソ水俣工場のアセトアルデヒドの生成(その時出る排水が水俣病の原因だった)が妨げられないようようにする対策」だったということ。
 2番目は、行政が選んだ政策は、認定制度の運用によって被害者を少なくすること、被害がなかったように見せかけることではなく、認定制度は終始、医学的と見せかけながら、実は補償負担者の都合に合わせて運用されてきたということでした。
 そして、最高裁判決(2004年10月15日)が最終的に被害者側の主張を認めたにもかかわらず、政府、環境省はその政策的誤りを認めないだけでなく、それすら聞き入れようとしない姿勢を続けているという実態があるとも。だから、これからも混迷は続いていくと。
 さらに、「水俣病そのものの制度への取り込み」があったと指摘する。
 「汚染魚介類を食べて神経症状を現すことが事実上の水俣病発症である。ところが、発症した人が認定制度にのっとって申請し、検診を受け、審査会にかけられ、水俣病だと認定されて、はじめて水俣病とされる。一方、水俣病を発症していても、申請しなければ、検診を受けても症状が的確に拾われなければ、さらに審査会で水俣病とされなければ、認定制度上は水俣病ではなく、水俣病被害者はいないことにされる。こうして、制度の運用次第で患者の数や「発生」そのものが操作される。」
 また、村山富市首相の「水俣病問題の解決に当たっての談話」についても、政治解決が事件史を無視した「まやかし」であることをかえって露わにするものだと、切ってみせる。 さらに、ここでの「公健法上の未認定患者は水俣病被害者ではないという前提は、水俣病の被害をなかったことにして問題解決を図ったものということができる。そして、『最終解決』や『もやい直し』の呼び声に包まれて、『苦渋の選択』をした人たちは、『水俣病の被害者と認められることで人権を回復する機会』を放棄させられた」と。
最高裁は、大阪高裁判決(国・熊本県が1960年以降排水規制を怠ってことについて賠償責任を認め、原告のほとんどをメチル水銀被害者とする原告勝訴の判決)を追認した。 しかし、政府はこの判決に従うことはしなかった。
宮澤は、このことは、「それは取りも直さず、行政が確信犯的に三権分立の理念を踏みにじっている」ことであると言い当てる。

 こうした宮澤の分析に、大いに頷く。
 水俣病における政府の背信行為にいては、2014年5月21日の「関西電力大飯原発3、4号機をめぐり、住民らが関電に運転の差し止めを求めた訴訟の判決」のその後を思い起こさせる。すでに、原発の再稼働については、司法基準と政府(規制委員会)基準が存在すると、言われている。
 宮澤の水俣病事件における指摘は、原発問題のこれからの収集の仕方を暗示させるものである。
 水俣病事件が終わらないように、このままでは、原発問題も終わらせないシナリオに当てはめられてしまうことになる。
 では、どうするか。


by asyagi-df-2014 | 2014-07-21 05:34 | 本等からのもの | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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