集団的自衛権15-閣議決定を批判する20140704

(最初に)

 7月1日の閣議決定について、次の観点から反対する。

  第1に、今回の閣議決定は、近代国家の成立基盤である立憲主義や日本国憲法を破壊しようとするものであり、ひいては命の問題を軽視するものである。
 第2に、この閣議決定は、アメリカの覇権戦略に日本を組み込む新しい米軍再編-アメリカの戦争のための武力行使-の一環として強行されたものである。
 第3に、この閣議決定は、国民の中で十分に議論されることがなかった。また、憲法に拘束されるはずの政府が閣議決定を行ったことは、背理である

 以下、具体的に考える。
 沖縄県の地方紙である琉球新報と沖縄タイムスの社説は、この閣議決定を「クーデター」あるいは「憲法クーデター」と厳しく批判する。
 何故なら、沖縄にとっては、「集団的自衛権の行使容認、ガイドライン見直し、辺野古移設の3点セットによって沖縄の軍事要塞(ようさい)化が進むのは間違いない。沖縄が標的になり、再び戦争に巻き込まれることがないか、県民の不安は高まるばかりである」(沖縄タイムス)という道筋が、辺野古や高江への日本政府のこれまでの施策を通して、沖縄県民にとっての将来の現実として明確に捉えられるからである。
 しかし、これは沖縄だけにとどまる問題ではなく、日本全体が、「日本が集団的自衛権を行使すると、日本が他国間の戦争において中立国から交戦国になるとともに、国際法上、日本国内全ての自衛隊の基地や施設が軍事目標となり、軍事目標に対する攻撃に伴う民間への被害も生じうる」(日弁連会長声明20140701)ことになる。
 つまり、第1に、今回の閣議決定は、近代国家の成立基盤である立憲主義や日本国憲法を破壊しようとするものであり、ひいては命の問題を軽視するものである。
 だとしたら、この閣議決定は、やはり「クーデター」的行為として位置づけるだけの状況認識が必要である。もちろん片方では、「閣議決定だけではほとんど意味はありません。確かにこれまでの政府解釈を根本的に変更するのですから、大きな一歩を踏み出したことは間違いありません。しかしそれだけで物事が変わるというものではないという点も、抑えておく必要があります」(NPJ通信・井上正信弁護士)ということもこれからの運動の視点として、あわせて持たなければならない。

 かって訪れた韓国ピョンテクの平和センターは、「在韓米軍の役割を韓半島固定の軍隊ではなく、いつでもどこでも移動可能な迅速機動軍として再編することが在韓米軍再編の本質だ。これによるアメリカの覇権戦略に基づいて不必要な地域紛争に巻き込まれ、日常的にテロと戦争の驚異に苦しむことになる」と、米軍再編問題の本質について説明してくれた。これまでも、日本が「『武力行使』に踏み込むことは『アメリカの戦争』に組み込まれることだ」との指摘がなされてきた。
 この視点から考えた時、第2に、この閣議決定は、アメリカの覇権戦略に日本を組み込む新しい米軍再編の一環として強行されたものであると捉える必要がある。そしてその結果日本は、「アメリカの覇権戦略に基づいて不必要な地域紛争に巻き込まれ、日常的にテロと戦争の驚異に苦しむことになる」という実態がもたらされることになる。

 また、今回の閣議決定までの手続きについて、「自民、公民両党の与党協議はわずか11回、非公開だった。議論を尽くすことをせず、結論だけを急いだ。国会論議も衆参でわずか2日間しか設定しなかった。しかも閣議決定案が出る前である。横暴この上ないやり方でなされた閣議決定はとても歴史的審判に耐えられない」(沖縄タイムス20140702)と、その結論ありきの強行手法が指摘される経過をたどった。
 したがって、第3に、この閣議決定は、憲法の基本原理に関わる重大な変更、すなわち憲法第9条の実質的な改変を、国民の中で十分に議論することすらなく、解釈変更で強行的に行ったものであり、「憲法に拘束されるはずの政府が閣議決定を行うことは背理である」(日弁連会長声明20140701)ということに尽きる。
 今回の閣議決定までの過程でふと思い浮かべたのが、日本憲法第12条の次の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」という記述である。まさに、「国民の不断の努力」を妨げてしまうのが、この閣議決定ではないのか。

(閣議決定全文を読む)

 閣議決定全文について、具体的に考える。
 以下、閣議決定全文を「全文」と読み替える。

 「国際社会もまた、わが国がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことを期待している」とされている。
 端的に言えば、この「国力」という言い方は、「軍事力」という言葉に置き換えて使用されている。本来、国際社会が期待するものは、それぞれの国家が、それぞれの憲法に基づくその国のあり方を追求する中で、その役割を主体的に果たしていくことのはずである。しかし、「全文」では、「軍事力」(「国力」)が備わればこの役割を果たすと結論づけられている。このことを立証するものは、この「全文」では全くない。これまでの国のあり方を変える以上、このことについてきちっと説明する必要がある。

 「国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の下、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するためには、切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければならない」とされている。
 この場面でも、またぞろ出された「積極的平和主義」という表現であるが、これについての具体的な定義はなされていない。また、その具体的なイメージも提起されていない。
 どうやら、ここでいう「積極的平和主義」とは、前段までの文章とのつながりから考えると、「軍事力を背景にした威嚇及び軍事力の実行による恫喝行為や侵略行為に基づく『平和的行為』」ということらしい。明らかに論理矛盾である。

 「無力攻撃に至らない侵害への対処」や「国際的な平和協力活動に伴う武力行使」について縷々述べられている。
 こうしたことへの対処の基本は、まずは外交的努力が前提とされなけねばならないはずである。このことへの記述はほんのわずかしか表現されていない。

 「米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第95条による武器等防護のための『武器の使用』の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携してわが国の防衛に資する活動(共同訓練を含む)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請または同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の『武器の使用』を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする」と位置づけられている。
 このことによって、自衛隊の軍事的役割の拡大を、一方的に決定するもののなっている。結局、自衛隊の「国軍」化であり、活動領域の拡大と海外での「武力行使」の容認である。

 あわせて、「自衛隊は、各種の支援活動を着実に積み重ね、わが国に対する期待と信頼は高まっている。安全保障環境がさらに大きく変化する中で、国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の立場から、国際社会の平和と安定のために、自衛隊が幅広い支援活動で十分に役割を果たすことができるようにすることが必要である」とされている。
 そもそも、わが国に対する期待と信頼は、日本国憲法下における外交的努力によるものであったはずである。ここでも、自分に都合のよい論理展開だけが行われている。

 「米国の要請または同意があることを前提に、・・・受動的かつ限定的な必要最小限の『武器の使用』を自衛隊が自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする」とされている。
 これは、今回の閣議決定が「アメリカの戦争のための武力行使」ということの表明であることを示している。自衛隊の軍事的役割が拡大され、自衛隊の活動範囲は、「戦地」にまで広がることになる。

「国際的な平和協力活動に伴う武器使用」という表現
 ここでいきなり、「武力行使」は、集団的自衛権の範疇を飛び越えて、集団安全保障まで拡大される。やはり、到底許されるものではない。

「憲法第9条の下で許容される自衛の措置」という表現
 ここでいう「自衛」とは、明らかに「武力行使」を指す。この「武力行使」が許される根拠は、次のように組み立てられている。
①これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができない恐れがある
② 憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取ることを禁じているとはとうてい解されない。
③この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。
④1972年10月14日に参院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである
⑤この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。
 こうして並べてみると、説明しているようで、全く説明になっていない。特に、④の説明は、「集団的自衛権は使えない」とした見解を解釈変更したものに過ぎない。これは、「倒錯の論理」そのものでしかない。こうした論理を使用しなければならないほど、①②③については、説明できなかったことを表している。これまた、論理矛盾である。

 最後に、公明党が関与したとされる「武力行使(自衛のための措置)の新三要件」について。
 従来の「自衛権発動の三要件」は、①我が国に対する急迫不正の侵害あること、すなわち武力攻撃が発生したこと、②この場合、これを排除するために他に適当な手段がないこと、③必要最小限実力行使にとどまるべきこと、であった。
 これに対して、新三要件は次のように規定されている。
 第一要件は、①我が国に対する武力攻撃が発生した場合、我が国と密接な関係にある国に対する武力攻撃が発生した場合、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合。
 第二要件はこれを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない場合。
 第三要件は、必要最小限度の実力を行使すること。
 具体的には、次のように記述されている。
「こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った」
 この新三要件は、従来の「自衛権発動の三要件」とどのように違うのか。なかなか理解することは難しいので、NPJ通信・井上正信弁護士の文書から、これを説明として引用する。
 「新三要件は、第一要件で集団的自衛権が行使できること、『明白な危険』という新しい要件を付け加えたことで、これまでの三要件とは異質なものである。第二要件でも第一要件に対応して、『我が国の存立を全うし、国民を守るため』が加えられている」
 「海外派兵とは政府解釈によると、『武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣すること』(昭和55年10月28日政府答弁書)である。閣議決定文書では新三要件のうち、③要件がそれに該当する可能性があるが、『他国の領土、領海、領空には派遣しない』とはどこにも述べていない。政府見解(想定問答集)でも、その点は曖昧であり、機雷掃海では他国の領海内でも活動できるとしている。そうすると、海外派兵の上記定義を前提にする限り、海外派兵は許されないとの従来の原則は放棄されたものである」


by asyagi-df-2014 | 2014-07-04 22:05 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


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