琉球新報の決意を支持します。

 2014年6月19日の琉球新報の社説は、「基地問題だけでなく、個人の表現活動や住民運動なども抑え込み、人権や民主主義よりも国や大企業など強者の論理、施策を優先する風潮が強まりかねない。特定秘密保護法も年内施行の見込みだ。国民の言論や表現活動を萎縮させ民主主義を形骸化させる動きに、司法までもが追従、加担するならば、もはや暗黒社会というほかない。とはいえ、人権や民主主義を守る取り組みに終わりはない。敗訴が確定した住民らも『今まで通り』と運動継続を誓った。言論機関としてもあらためて肝に銘じたい。」と、自らの反省を基に、静かにしかし強くその決意・使命を示して見せた。

 マスコミのあり方が批判されて久しい。読売をはじめとする大マスコミの本来の立ち位置を失った報道ぶりは、もはや無残という領域にまで落ちてしまっている。
 マスコミの立ち位置については、「中立でいいのか」という批判が、追い込まれた側からは疑問としてマスコミ側に常に投げかけられてきた。しかし、現在の状況は、権力を縛ることを目的とする立憲主義の解体に実行部隊としての役割を果たすような、むしろ強者の鎧を身にまとい、弱者に向けて権力そのものを振りかざそうとしている。
 だとしたら、琉球新報は、「人権や民主主義を守る取り組みに終わりはない。敗訴が確定した住民らも『今まで通り』と運動継続を誓った。言論機関としてもあらためて肝に銘じたい」との表明を通して、マスコミとしての立ち位置を、あらためてはっきりさせた。
 被害者・弱者に寄り添うことの使命と、権力者に向けて「異」の論理を突きつけることで闘いを挑むという決意は、もしかしたら、沖縄タイムスや東京新聞とともに、日本では希有の存在になりつつあるのではないか。 


 この間、沖縄からの異論の投げかけを自分たちの問題として、「ちゃーすが」(どうするのか)と考えることを大事にしてきた。
 今また、被害者・弱者に寄り添うことの使命と、権力者に向けて「異」の論理を突きつけることで闘いを挑むその決意を、一人一人が「あらためて肝に銘じる」ことが求められている。
 少なくとも、自分自身にまず問う必要がある。


by asyagi-df-2014 | 2014-06-20 19:49 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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