集団的自衛権を考える02-戦争させない1000人委員会編「すぐにわかる集団的自衛権ってなに?」から受け取るもの


集団的自衛権を考える02-戦争させない1000人委員会編「すぐにわかる集団的自衛権ってなに?」から受け取るもの

 この本を読みながら痛切に感じること、それは、安倍政権の論理的整合性のなさである。
だとしたら、何故。
このことを考え続けなければならない。
 
この本から、読み取れるもの。以下のように収録された文章から抜粋してならべてみる。

大江健三郎
 私は生き直すことができない、しかし
 私らは生き直すことができる。

組坂繁之
 戦争は最大の差別、最大の人権侵害だ

左高信
 「集団的自衛権行使容認ということは、「自衛」から「他衛」、他の国、つまりアメリカの戦争に参加する義務を負うということになるんですね

辛淑玉
 国際社会は、不愉快なヤツと生きていくことです。国際化というのは、過剰適応して、あなたも私も言いたいことも言わずに、どちらか一方の色になることではありません。違いがあって、違う意見があって、違う立場があって、それでも一緒に生きていくんだということ、これが「のりこえねっと」の目標です。・・・いまここで政権と立ち向かうことが反日・非国民であるというのなら、むしろそれは誇りと思いたい。それは国際社会に対して、「私たちはいまここに生きている」というメッセージになります。

高橋哲哉
 いまでは欧米各紙は(靖国神社を)「戦争神社」"war shrine”と書きます。そして安倍首相は「歴史修正主義者」”revisionists”と書かれます。

山内敏広
 憲法は96条で改正手続きを定めています。この手続きを経ることなくして、その時々の内閣の憲法解釈によって、あるいは首相の一存によって、憲法の改正を実質的に行うということは、この96条に抵触するだけでなく、立憲主義そのものを破棄するものであると確信しています。・・・首相が憲法の最終的な解釈権者であるとは書いていません。

 ある論者は、憲法には集団的自衛権行使を禁止する規定がないと言っています。しかし、それは当たり前です。日本国憲法は戦争の放棄を規定し、武力の行使を禁止しています。そういう憲法の下で、集団的自衛権の行使をわざわざ禁止する規定を書く必要はないのです。

 ある論者は、国際法上許されている集団的自衛権の行使を憲法が禁止することはおかしい、という理論を説いています。これは国際法と国内法との違いについての無知の表明です。国連憲章は加盟国に集団的自衛権の行使を認めていますが、集団的自衛権というのは、国連の集団安全保障システムのなかにあっては例外的規定としてのみ認められているものに過ぎません。そのようなものの保持行使を日本国憲法が否認したからといって、国連憲章の趣旨になんら抵触するものではありません。

 このようにならべさせてもらうと、こうした意見がいかにまっとうであるかがわかる。 特に、この本で引用されている安倍首相の以下の発言を並べて比較してみると、このことは歴然としている。

安部晋三
 憲法について、考え方の一つとして、いわば国家権力を縛るものだという考え方はありますが、しかし、それはかって王権が絶対的権力を持っていた時代の考え方であって、今まさに憲法というのは、日本という国の形、そして理想と未来を語るものではないか、このように思います。


 最高の責任者は、私です。私が責任者であって、政治の答弁に対しても私が責任を持って、その上において、私たちは選挙で国民から審判を受けるんですよ。審判を受けるのは、法制局長官ではないんです。私なんですよ。だからこそ、私は今こうやって答弁をしているわけであります。


 軍事同盟というのは、”血の同盟”です。日本がもし外敵からの攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します。しかし今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、少なくともアメリカが攻撃されたときに血を流すことはないわけです。・・・日米安保をより持続可能なものとし、双務制を高めるということは、具体的には集団的自衛権の問題だと思います。

 
こうしてみると、安倍政権が強行しようとしている政策がいかに矛盾だらけであるかがこれだけでもわかる。特に、安部晋三の論理性の無さは際立っている。

 また、このほかに、この本では以下のことが明快に分析されている。
 是非、読んでみては。


・集団的自衛権とは
・「武力行使の違法化」
・集団的自衛権は自然権?
・集団的自衛権は実際どのように行使されてきたのか
・ゲレーゾーンとは
・積極的平和主義とは
・限定的な集団的自衛権は認められる?
・アメリカの戦争と一体化した安保協力はさらに深化していくこと
・韓国、中国らの批判は、靖国参拝に対してなされるのであって、死者に対する追悼、慰霊が批判されているのではないこと


 最後に、北岡伸一安保法制懇座長代理の中日新聞・東京新聞の2014年4月21日のインタビュー記事を載せる。
 こうした類の能力を持った人たちが今を動かしている。


 「憲法は最高規範ではなく、上に道徳律や自然法がある。憲法だけでは何もできず、重要なのは具体的な行政法、その意味で憲法学は不要だとの議論もある」


by asyagi-df-2014 | 2014-06-11 05:30 | 書くことから-憲法 | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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