「共謀罪」を考える。(44)-日弁連会長声明2017年6月15日より-

 日本弁護士連合会は、2017年6月15日、「いわゆる共謀罪の創設を含む改正組織的犯罪処罰法の成立に関する会長声明」を発表した。
この声明では、まず、「参議院本会議において、参議院法務委員会の中間報告がなされた上で、同委員会の採決が省略されるという異例な手続により、本会議の採決が行われ、成立した。」、とその異様さを指摘する。
 また、日弁連がこれまで指摘した問題点-「法案が、市民の人権や自由を広く侵害するおそれが強いものとして、これまで本法案の制定には一貫して反対してきた。」-が、政府答弁では解決されていないこと。
 また、あわせて、「本法案に対しては、国連人権理事会特別報告者であるジョセフ・カナタチ氏が懸念を表明する書簡を発出するという経緯も存した。」ということに関連して、、次のように指摘する。


(1)本国会における政府の説明にもかかわらず、例えば、①一般市民が捜査の対象になり得るのではないか、②「組織的犯罪集団」に「一変」したといえる基準が不明確ではないか、③計画段階の犯罪の成否を見極めるために、メールやLINE等を対象とする捜査が必要になり、通信傍受の拡大など監視社会を招来しかねないのではないか、などの様々な懸念は払拭されていないと言わざるを得ない。
(2)277にも上る対象犯罪の妥当性や更なる見直しの要否についても、十分な審議が行われたとは言い難い。
(3)本法案は、我が国の刑事法の体系や基本原則を根本的に変更するという重大な内容であり、また、報道機関の世論調査において、政府の説明が不十分であり、今国会での成立に反対であるとの意見が多数存していた。にもかかわらず、衆議院法務委員会において採決が強行され、また、参議院においては上記のとおり異例な手続を経て、成立に至ったことは極めて遺憾である。


 日本弁護士連合会は、「当連合会は、本法律が恣意的に運用されることがないように注視し、全国の弁護士会及び弁護士会連合会とともに、今後、成立した法律の廃止に向けた取組を行う所存である。」、と決意表明する。


 確かに、次のことが重要になる。


Ⅰ.本法律が恣意的に運用されることがないように注視すること。
Ⅱ.今後、成立した法律の廃止に向けた取組を行うこと。





# by asyagi-df-2014 | 2017-06-27 08:20 | 共謀罪 | Comments(0)

沖縄-辺野古- 高江-から-2017年6月26日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 慰霊という言葉の重みを考えさせられる。
沖縄で行われる慰霊の積み重ね。
 人の思いが加わる度に、未来もまた見えるようにしなければ。
 「うちなーてぃーどぅしまや/いちんいくさゆ/やしやしやしとくらす/しちやいちが(沖縄という島は/いつも戦争なのか/安心して暮らせる時代は/いつ来るのか)」
 今は、この歌を魂に置こう。


 2017年6月26日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-父と涙の“初対面” 宜野湾の米須さん 慰霊碑訪問で刻銘確認-2017年6月25日 14:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「戦後72年になる『慰霊の日』の23日、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた沖縄全戦没者追悼式をはじめ、県内各地で慰霊祭や平和を考える催しがあった。週末となった翌24日も慰霊祭が執り行われた。慰霊祭を訪れた遺族らは沖縄戦で亡くなった犠牲者の冥福を祈るとともに、恒久平和への誓いを新たにしていた。」
②「徴兵された父を沖縄戦で亡くした宜野湾市の米須清一さん(73)が23日、糸満市真壁の独立重砲兵第百大隊の慰霊碑に父の名前が刻まれていることを初めて知った。宜野湾市遺族会の企画で慰霊碑を初めて訪問した。戦後72年で、父の名前が刻まれた慰霊碑にたどり着いた米須さんは『父も喜んでいるはず』と涙を抑えきれなかった。」
③「独立重砲兵第百大隊は戦死した734人のうち、52人が旧宜野湾村出身者だった。市遺族会は例年、糸満市の平和祈念公園と魂魄の塔などを訪れていたが、同隊の慰霊碑はこれまで訪問していなかった。今回、自身も父が同隊に徴兵され亡くなった玉那覇祐正さん(84)が、宜野湾出身の戦没者が多いとして市遺族会に訪問を提案。23日は85人が参加し、碑の裏に連なる名前から家族を捜した。」
④「沖縄戦当時1歳に満たなかった米須さんは、父清次さん(享年32)の顔を覚えていない。写真も遺骨も残っていなかった。糸満市真壁で亡くなったことは国の資料で分かっていたため、これまで真壁周辺を訪れてはどこともなく手を合わせていた。米須さんは父の名前を見つけると、その場を少し離れ、ハンカチで目を押さえた。『お父さん、私は幸せですよ。元気に頑張っていますから』と声を詰まらせ、『感無量だ。来て良かった。毎年来るようにしないといけない』と語り、名前が刻まれた場所を静かになでた。」


(2)琉球新報-祖父へ届け三線の音 鳥越さん、高江に眠る魂案じる-2017年6月25日 11:17


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「鳥越佐代子さん(74)=宜野湾市=は沖縄戦で亡くなった祖父照屋唯良(いりょう)さんの名が刻まれた刻銘板に向け、三線を奏でた。照屋さんはほかの家族を山に逃がして一人だけ東村高江の家に残り、家とともに焼かれて亡くなった。鳥越さんは今でも高江の自宅跡では『祖父の魂を感じる』と話す。」
②「祖父に会ったことはない。でもマッサージの仕事を始めた40年前、父から祖父がはり・きゅう師をしていたと聞き、親近感を持った。『人を元気にするところが祖父に似ていると言われてうれしかった。それから祖父は私の心にいる』。しかし、祖父の本当の死因を知ったのは今から10年前。それまで『病死』と聞いていた。『ひどい死に方で、話せなかったのかもしれない』と目を潤ませた。」
③「祖父の魂が眠る東村高江には米軍の新しい着陸帯ができた。『残念。静かな場所であってほしかった』と悔しがる。『うちなーてぃーどぅしまや/いちんいくさゆ/やしやしやしとくらす/しちやいちが(沖縄という島は/いつも戦争なのか/安心して暮らせる時代は/いつ来るのか)』。鳥越さんの歌が礎に響いた。」


(3)琉球新報-知念さん「平和の詩」記念碑に 「みるく世」願い込め-2017年6月26日 07:31


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「戦後70年の2015年に『児童・生徒の平和メッセージ展』で最優秀賞を受賞し、沖縄全戦没者追悼式で朗読された詩『みるく世がやゆら』の記念碑がうるま市具志川の具志川アシビナーに建立された。『慰霊塔改修・【平和の詩】記念碑建立委員会』が25日、記念碑の建立記念式典と慰霊祭を開いた。作者の知念捷(まさる)さん(19)=東京在住、大学生=は具志川区の出身。記念式典で『後世に戦争の記憶を伝え、平和を築く、みるく世への懸け橋となることを祈ります』と願いを込めた。参列者は日露戦争や沖縄戦などで亡くなった字出身者271人の冥福を祈った。」
②「『平和の詩』が記念碑として建立されるのは県内で初めて。記念碑建立委員会の実行委員長を務める知念恒男元うるま市長(77)は『金武湾を一望し、風光明媚(めいび)な由緒あるアシビナーに建つ。平和を希求するウチナーンチュの思いを未来へつなぐ発信地にしていただきたい』とあいさつした。」
③「詩は、認知症を患った祖父の姉が戦争で失った夫を想起する姿を描写し、沖縄戦の記憶の継承を訴えている。1年前に碑の建立計画が決まり、区民や区出身の海外移民、企業などから寄付を受けて完成に至った。慰霊塔は1947年に具志川グスクに建立され、57年に現在のアシビナーに移転した。今回、慰霊塔の改修も行われ、追加刻銘と併せて平和の詩の記念碑が建立された。」
④「戦争で亡くしたきょうだい3人が慰霊塔に追加刻銘された比嘉幸徳さん(76)は東京から参列した。『ずっと平和であるように願った。きょうだいも具志川に戻って安堵(あんど)するだろう』と述べ、冥福を祈った。慰霊祭では、遺族代表として義田充さん(81)が『ありったけの地獄を集めたと言われる戦争で、多くの県民の命が奪われた』と述べ、戦没者に手を合わせた。」


(4)琉球新報-対馬丸の悲哀を劇に 那覇の児童生徒熱演-2017年6月25日 16:36


 琉球新報は、「那覇青少年舞台プログラム(玉城祐子会長)は23日、那覇市の対馬丸記念館前広場で平和劇と詩の朗読会を行った。市内の小学5年生から高校3年生までの32人が、対馬丸の悲劇を描き、平和への思いを込めた踊りや歌を披露した。劇は同会が平和について考える企画として2012年から毎年実施している。子どもたちは、同記念館の屋上が対馬丸の甲板の高さに合わせて造られているのを利用して出航や沈没の場面を演じた。歌や踊りを交えて疎開する学童らを乗せた対馬丸が撃沈した悲劇を表現した。」、と報じた。
 また、「力強いダンスを踊った多和田百恵さん(13)=上山中2年=は『つらい思いをして亡くなった人の代わりに伝えようと、100%の心で演じた』と述べた。那覇商業高3年の城間慶さん(17)は詩の朗読で『平和ってあるんだろうか』と問い掛け、与儀小5年の城間奏生君(10)は『何で戦争をするのか分からない』と語った。」、と報じた。


(5)琉球新報-悪夢苦しんだ戦後 米映画モデルのデズモンド・ドスさん 95年来沖-2017年6月26日 05:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「日本各地で24日から上映されている映画『ハクソー・リッジ』の主人公として描かれ、沖縄戦で武器を持たずに負傷兵75人を救出した衛生兵デズモンド・ドスさん(2006年死去)が1995年6月に沖縄を訪れた際、琉球新報の取材に応じていた。浦添市前田高地の戦闘で負傷したドスさんは戦後5年半、陸軍病院で入院生活を送り、戦時中の夢を見続けるなど、心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような症状に苦しんだことを明かした。『悪夢を見続けてきたが、今はもう見ない。自身の体験を語ることで克服することができた』と話していた。」
②「ドスさんは取材時の95年は76歳だった。戦後に沖縄を訪れたのは69年に次いで2度目で、米陸軍の戦後50年記念行事などに参加するため、6月18日から28日まで11日間滞在した。ドスさんは1945年4月、米陸軍第77師団第307歩兵連隊第1大隊B中隊の衛生兵として沖縄に上陸した。キリスト教セブンスデー・アドベンチスト教会の信者で、聖書の『十戒』にある『汝(なんじ)殺すことなかれ』を守るため、銃を携行せずに従軍することを条件に志願した。『戦場に行って、人を殺すのではなく助けに行くためだった』と理由を話した。5月5日、前田高地の丘に上がったドスさんらB中隊の兵士は予想以上の激しい戦闘に巻き込まれていった。」
③「映画の題名になっている『ハクソー・リッジ(のこぎり崖)』とは浦添市の前田高地の切り立った崖を指す。映画のモデルとなったデズモンド・ドスさんは、45年5月5日に前田高地での戦闘にドスさんは同行した。所属していた米陸軍第77師団第第307歩兵連隊第1大隊B中隊の約150人は崖をよじ登って丘の上に立った。『頂上で仲間のために祈った。無事に戻ることができるようにと』と振り返った。しかし丘の奥には日本軍が潜んでおり、機関銃などで激しい攻撃を受けた。このためB中隊は撤退を決める。兵士が次々と崖下に下りたが、自力で動けない負傷兵は取り残された。このためドスさんは丘にとどまり、日本軍の攻撃が続く中、一人一人を崖の近くに移動し、足の根元と胸の辺りにロープを通して崖下に下ろす作業を4時間にわたって繰り返した。『母親が子どもをなりふり構わず救うのと同じ。夢中だった』と当時を思い起こす。」
④「翌日の戦闘で、塹壕(ざんごう)にいたドスさんは日本軍から手りゅう弾を投げ入れられ、足を負傷した。さらに5時間後に担架で運ばれている時、日本軍の銃弾を左腕に浴びた。グアムの陸軍病院に移送され、その後結核になって、片方の肺も摘出した。入院中のドスさんを襲ったのが、戦時の光景がよみがえる悪夢を見続けることだった。『眠れぬ日が続き、眠っても夢の中で爆弾が破裂して自分が死んだ。戦友たちも爆死した。なぜか戦場にいる私のところに母親が来て、目の前で爆弾で亡くなる夢も見た。途中で起きて、涙を流した。戦友たちの中に、精神的におかしくなってしまった人を知っている。今はもう悪夢を見ない。自身の体験を語ることで克服することができた』と振り返った。」
⑤「沖縄滞在中、前田高地を4度訪れた。理由について『行くことによって当時を確認する。そこで自分が体験したことを把握し直したかった』と話していた。」(松永勝利)
⑥「今月初め、映画『ハクソー・リッジ』の予告編をネットで目にした。信仰を理由に武器を持たない衛生兵が多くの負傷兵を救出した物語だった。聞き覚えのある話だった。具志川支局(現在は中部支社に統合)時代に取材した元米兵のことだと気づいた。自宅に保管している取材ノートを探してみた。見つかった。冒頭に『デスモンド・T・ドス氏』とボールペンで走り書きし、6ページのメモを残していた。」
⑦「取材した当時、社会部に記事を送ったが掲載されなかった。戦後年の節目の『慰霊の日』を目前に、紙面は沖縄戦の記事であふれていた。私の記事は時機を逸してしまったようだ。映画上映を機に、22年前の取材ノートをめくり、記事を書き直すことにした。」(松永勝利)


(6)琉球新報-ヘリパッド反対運動継続 高江座り込み10年報告会-2017年6月26日 07:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場への新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設に反対し続けてきた『ヘリパッドいらない住民の会』が25日、東村農民研修施設で『高江座り込み10周年報告会』を開いた。約350人が訪れ、引き続き反対運動を続けていくことを確認した。米国出身の詩人アーサー・ビナードさんが講演した。」
②「新たなヘリパッド六つは東村高江区を取り囲むように建設され、2007年から同区の住民らが中心となって反対運動を続けてきた。一部訓練道の整備はまだ終わっていない。全ての工事は8月ごろに終了すると沖縄防衛局から地元自治体に伝えられている。現在は、国の特別天然記念物ノグチゲラの営巣期間のため、沖縄防衛局は工事を中断しており、7月からは再開される見通し。」
③「同会の安次嶺現達さんは『ヘリパッドが完成したといっても、赤土が海に流れるなどしている。これからも運動が広まっていけばいい』とあいさつ。講演したビナードさんは『森が破壊されて、次の軍事産業の拠点になる可能性が高い』と述べ、軍事産業に力を入れる米国の実情を危惧した。」


(7)沖縄タイムス-嘉手納で4月実施の降下訓練、米本土から移転 今後継続の可能性も-2017年6月26日 08:01


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「米空軍嘉手納基地で4月に実施されたパラシュート降下訓練について、これまで米本土で実施されていた各軍の特殊作戦部隊に所属する兵士らを対象にした合同訓練の一部を移転したものだったことが25日までに分かった。同訓練が沖縄で継続される可能性があることから、新たな負担増を招く恐れがある。」
②「米海兵隊は4月26日、公式ウェブサイトに『移動訓練チーム、米国外で初めて降下訓練を実施』と題した記事を掲載。沖縄に駐留する第3海兵遠征軍第31海兵遠征部隊の第3偵察大隊の主宰で、これまでアリゾナ州ユマ郡の米陸軍性能試験場内で実施されていた合同訓練の一部を嘉手納基地で実施。第3偵察大隊や海軍や陸軍、空軍の特殊作戦部隊に所属する兵士ら27人が参加したと伝えた。また、同訓練の沖縄での実施に際し、第3偵察大隊などから4人の指導教官を選び、移動訓練チームを組織したと指摘。今後は沖縄で特殊作戦部隊所属兵の合同訓練が可能になるとし、『政府の支出が削減され、沖縄に駐留する軍人の訓練能力が向上する』と利点を強調した。同訓練の詳細や今後の展開について、在沖米海兵隊や空軍第18航空団は現時点までに本紙の取材に回答していない。」
③「米軍は4月24日に6年ぶりに嘉手納基地でパラシュート降下訓練を実施。午前7時半から約2時間で30人、5月10日には午後7時から約30分間、計14人が降下したのがそれぞれ確認されている。」


(8)沖縄タイムス-米軍の暴力、解決へ連帯 国際女性ネットワーク会議-2017年6月26日 07:09


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「第9回軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議の公開シンポジウムと分科会が25日、沖縄大学で開かれた。米軍が駐留する国・地域の女性たちが集い、それぞれが直面する問題を共有。女性の人権侵害や環境汚染など共通の問題があらためて浮き彫りになり、解決に向けて連帯することを確かめ合った。国内外から150人以上が参加した。」
②「公開シンポジウムでは韓国、ハワイ、フィリピン、グアム、プエルトリコ、米国本土の女性たちが報告に立ち、問題を共有した。韓国のアンギム・ジョンエーさんは、米軍基地に隣接する歓楽街『基地村』の女性たちの性被害に触れ、『軍事主義は女性の安全保障と相反する概念』と強調した。グアムのサビーナ・ペレーズさんは、在沖米海兵隊のグアム移転に伴い予定されている実弾演習場建設を取り上げ、『絶滅危惧種がいて水源にもなっている聖地に建設されようとしている』と訴えた。」
③「五つの分科会は、軍隊に関連した性暴力や環境汚染のほか、安全保障の再定義などをテーマに開かれ、共通の課題にどう取り組むか議論を深めた。」


(9)琉球新報-F35が県内初飛来 嘉手納基地、騒音懸念-2017年6月26日 15:07


 琉球新報は、「米海兵隊の垂直離着陸型の最新鋭ステルス戦闘機F35B2機が26日午後2時16分、県内基地に初めて飛来した。F35はエンジンが単発な分、推進力が大きく、双発エンジンのF15戦闘機などに比べて騒音が懸念されている。地元の嘉手納町、沖縄市、北谷町はF35が飛来しないよう米軍嘉手納基地や米国総領事館などに求めていた。外来機の飛来や旧海軍駐機場使用でますます住民への負担が増加しており、反発が強まるのは必至だ。」、と報じた。
 また、「嘉手納町が道の駅かでなから測定した2機の着陸時の騒音はそれぞれ71・6デシベル、74・0デシベルだった。70デシベルは「騒々しい街頭」の騒音に相当する。F35は1月に米軍岩国基地(山口県)に米国外で初めて配備され、2月から県内の鳥島射爆場(久米島町)などで訓練しているとみられていた。」、と報じた。


(10)沖縄タイムス-違法建設をやめろ」 シュワブゲート前、辺野古新基地に抗議-2017年6月26日 12:21


 沖縄タイムスは、「沖縄県名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前では26日、新基地建設に反対する市民らが座り込み抗議の声を上げた。午前8時50分ごろから、機動隊が市民ら約70人を排除し、50分近く拘束した。その間にコンクリートミキサー車8台、ダンプカー51台を含む計67台の工事車両が基地内に入った。市民らは『違法建設をやめろ』『県警は人権侵害をやめろ』と抗議した。シュワブ内の砂浜では、トラックが運んできた採石をクレーンが次々と海に投入するなど護岸工事が続いている。」、と報じた。





# by asyagi-df-2014 | 2017-06-26 16:45 | 沖縄から | Comments(0)

「共謀罪」を考える。(43)-日本雑誌協会及び日本書籍出版協会の声明2017年6月15日より-

 「共謀罪」法案(組織的犯罪処罰法改正案)が参議院本会議で可決・成立したなかで、日本雑誌協会及び日本書籍出版協会は2017年6月15日、連名で「強行採決に抗議し、あくまでも『共謀罪』に反対する」とする声明を発表した。

 この声明では、日本雑誌協会、日本書籍出版協会も、閣議決定のあった本年3月21日にいち早く反対の声明を発表し、その後も様々な機会に反対を表明し、「我々が何度も繰り返し指摘し主張してきた」として、次のように問題点を再度挙げた。


(1)共謀罪は、犯罪を「計画」した段階から、それを計画した人を罪に問う法律であり、人々の自由な発想を阻害し、「内心の自由」「表現の自由」の妨げになるものである。
(2)共謀罪の対象犯罪は277と幅広く、その中には「組織的強要罪」や「組織的信用毀損・業務妨害罪」「不正競争防止法・営業秘密侵害罪」「児童ポルノ禁止法・提供罪」など、出版や報道の現場へ捜査機関が足を踏み入れる口実に使われかねない犯罪が数多く含まれている。


 また、新たな問題点も次のように付け加えて指摘した。


(1)多くの市民が懸念する共謀罪の問題点に対して、政府は国会で十分な説明をしたと言えるだろうか。
(2)国連特別報告者からも、「計画」「準備行為」の定義が抽象的で恣意的な適用がされかねない点や対象犯罪が幅広すぎる点、プライバシー保護の仕組みがなく表現の自由への過度の制限につながりかねない点などが指摘された。だが、これらにも政府は向き合おうとせず、委員会採決を省略するという異例の本会議採決が強行された。


 日本雑誌協会及び日本書籍出版協会の連名の声明は、「我々は、十分な議論のないままの採決に抗議し、あくまでも共謀罪に反対する。同時に、今後、共謀罪の恣意的な運用がなされないよう、出版メディアとして厳しく監視を続けていく。」、と決意を表明するものになっている。


 確かに、「共謀罪」法案(組織的犯罪処罰法改正案)がで可決・成立させられたなかでは、それぞれの分野で、それぞれの方法で、力強く連帯して闘っていくことができる。





# by asyagi-df-2014 | 2017-06-26 09:00 | 共謀罪 | Comments(0)

国労闘争団岩崎松男さんの偲ぶ会が開かれた。

 レイバ-ネットは、2017年6月25日、「ブレない不器用な男のたたかい~国労闘争団『岩崎松男さんを偲ぶ会』開かれる」、と伝えた。
 会場には、2000年「四党合意」で国鉄闘争が危機に陥ったときに「四党合意」反対の先頭に立っていた岩崎さんの勇姿が流されたという。
 国鉄闘争での国労闘争団岩崎松男さんの姿が脳裏にあるだけに、68歳で亡くなられたことに、心からの哀悼の意を表します。
 この偲ぶ会の様子を、レイバ-ネットは、次のように伝えてくれています。


(1)6月24日、東京・スペースたんぽぽで「岩崎松男さんを偲ぶ会」が開かれた。岩崎さんは元国労闘争団で、30年前の国鉄分割・民営化で解雇された1047人の一人。鹿児島で解雇されたが上京して専従としてたたかってきた。近年は地元の反原発運動にも関わっていたが、今年2月がんのため68歳で亡くなった。韓国民衆歌謡グループ「コッタジ」応援団の中心メンバーでもあり、偲ぶ会には韓国からコッタジ関係者が2名来日した。コッタジ歌手のパク・ヒャンミさんは金芝河の詩に歌をつけた「鳥」を歌って追悼、会場を魅了した。
(2)「偲ぶ会」は本人にふさわしく明るく楽しい集いになった。呼びかけ人のスピーチで名古屋哲一さんは「私は郵政だったが、同じ解雇仲間でウマがあった。かれは上が変わってもブレなかった。たぶんブレたり他の選択を考える頭がなかっただけかも…。不器用な人間だった」と笑わせた。そして「とにかく本をよく読んでいて教えてもらった」という。同じ闘争団仲間の成田雄一さんは「闘争団で一番尊敬できる先輩。遺志を継いでいきたい」と語った。ビデオプレスの佐々木有美さんは、エピソードを話そうとしたが思いがこみあげて絶句。代わりにこの日のために書いたメッセージを読みあげた。
(3)会場に流された映像は、2000年「四党合意」で国鉄闘争が危機に陥ったときに「四党合意」反対の先頭に立っていた岩崎さんの勇姿だった。臨時大会の「演壇占拠」のシーンも流れた。この日は国労関係者も多く、「俺はあの時あそこにいて壇上に突っ込んだ」「俺は呼び水をつくった」など「自慢話」に花が咲いた。全部で51人が参加したが、参列者は次々とマイクを握り、岩崎さんのエピソードや思い出を語った。国労関係だけでなく、「東京総行動」で一緒にたたかった仲間、「コッタジ応援団」の仲間、「労働情報」のメンバーなど幅広い人たちだった。
(4)『地域と労働運動』編集長の川副詔三さん(写真上)は「四党合意は、国鉄闘争が敗北するか生きのこるかの分岐点だった。あのとき岩崎さんは仲間と『貫徹グループ』をつくり、四党合意をつぶすことに人生を賭けた。そして四党合意はつぶれ、その結果2010年の名誉ある解決につながった。これはかれの人生の勲章だと思う」と岩崎さんのたたかいと生き方を讃えた。
(5)鹿児島の妻(幸子さん)からは、鹿児島焼酎の差し入れとお礼の手紙が寄せられた。そこには「主人は全身全霊で自分の信念を貫き、それに伴う人と人との結びつきを唯一の喜びとし、残された命を鹿児島の地で変わることなく全うしたのだと思います」と記されていた。
       (松原明)


                           




# by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 21:46 | 書くことから-いろいろ | Comments(0)

在特会と桜井誠前会長は、大阪高裁で再び敗訴。

在特会と桜井誠前会長は、大阪高裁で再び敗訴。



 朝日新聞は2017年6月19日、標題について次のように報じた。


(1)「民族差別的な発言で名誉を傷つけられたとして、在日朝鮮人のフリーライター、李信恵(リシネ)さん(45)が『在日特権を許さない市民の会』(在特会)と桜井誠・前会長に計550万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が19日、大阪高裁(池田光宏裁判長)であった。高裁は、在特会側に77万円の支払いを命じた一審・大阪地裁判決を維持した。」
(2)一審では桜井氏が2013~14年にインターネット放送で『朝鮮ババア』と発言したことなどを侮辱と認定。高裁は、発言が李さんの容姿をおとしめていたとも指摘し、新たに『女性差別との複合差別に当たる』と述べた。」
(3)賠償額の増額はなかった。在特会側に加え、李さんも一審判決に一部不服があるとして控訴していた。





# by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 20:29 | 書くことから-ヘイトクライム | Comments(0)

沖縄-辺野古- 高江-から-2017年6月25日

 沖縄で起こっていること、その現場の事実をきちんと確認すること。
 2017年も、琉球新報と沖縄タイムスの記事を、「沖縄-辺野古-高江-から」を、報告します。


 「軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議in Okinawa 2017」が、沖縄県那覇市で開催されている。
その中で出された ハワイで起こっていること。
 「『米本土の人々はハワイを帝国主義的な考え方で見ている。そこに人種差別と性差別が加わり、(住民にとっても)日常化している』と指摘し、構造的な差別が被害を見えにくくしていると断じた。」、と。
 またもや、世界のどこかで指摘され続けている差別構造の確認。


 2017年6月25日、沖縄-辺野古-高江の今を、沖縄タイムス、琉球新報は次のように表した。


(1)琉球新報-軍隊の性暴力、根底に差別 那覇の国際女性会議、各国に申し入れへ-2017年6月25日 08:30


 琉球新報は、標題について次のように報じた。


①「沖縄県那覇市で22日に始まった『軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議in Okinawa 2017』は24日、那覇市の沖縄大で分科会を開いた。米軍基地などを抱えるハワイ、フィリピン、韓国、グアム、沖縄などからの参加者が軍隊による性暴力と人権侵害、基地と環境汚染、安全保障の再定義などをテーマに4分科会で討議した。参加者らは後を絶たない性暴力の背景に人種差別や性差別、抑圧があると指摘した。各地域の課題を共有し、連帯して国際機関や各国政府に申し入れる方向を確認した。」
②「『軍隊と性暴力、女性、子どもの人権』をテーマにした分科会は約20人が意見を交わした。ハワイで脱軍事化に取り組む団体『Women,s Voices Women Speak』のリサ・グランディナッティさんは、米兵による性暴力に対し『抗議する団体がなく、性暴力が表立って語られない』と懸念を示した。その背景について『米本土の人々はハワイを帝国主義的な考え方で見ている。そこに人種差別と性差別が加わり、(住民にとっても)日常化している』と指摘し、構造的な差別が被害を見えにくくしていると断じた。」
③「フィリピンからは『ブックロードセンター』のアルマ・ブラウンさんが発言した。ブラウンさんは1992年ごろまで、フィリピン政府と米軍が性産業に従事する女性を対象に性病検査を義務付けていたと説明した。性病が見つかると、米兵らにはバーへの立ち入りを禁じたが『女性を保護するような取り組みはなかった』と性搾取が問題視されずに、米兵のみを保護してきたとして批判した。」
④「25日午前9時~午後5時まで那覇市の沖縄大学で、一般参加も可能なフォーラム『軍事主義に抗し、持続可能な未来を!』が開かれる。参加費千円。」


(2)沖縄タイムス-「辺野古新基地イラナイ」プエルトリコのアナヤさん 自国の歴史重ね-2017年6月25日 12:07


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「県内で開催中の『第9回軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議』の海外参加者が24日、名護市辺野古の新基地建設現場を訪れた。抗議船に20人以上が分乗して米軍キャンプ・シュワブ内の砂浜で進む護岸工事に対し、スペイン語や英語、覚えたての日本語で『基地いらない』と声を上げた。」
②「ドミンガ・フローレス・アナヤさん(64)は2003年、ビエケス島の米軍射爆撃場を撤去させた米自治領プエルトリコからやって来た。『米軍との闘い方を学ぶ』ため、自ら米陸軍に志願して22年間の軍隊生活を送った。内側から見た軍の論理は『貧困をつくり、軍隊に取り込み、地元の人間同士を争わせる』ことだった。」
③「米軍基地を造るはずの辺野古の海上にも米兵は見当たらず、日本人同士、沖縄人同士が衝突する。共通の構図を見抜いたドミンガさんは『それでも私たちは米軍と闘い、追い出した。次はここで同じことが起きる』と語った。プエルトリコの小旗を誇らしげに掲げ、闘争の中で歌い継がれてきた歌を歌った。『やつらは恐れている 私たちが恐れないことを知っているから』-。初めての来沖で、『帰ったら沖縄のことを訴える運動を始める。ビエケスでも国際社会が力になってくれた』と語った。」
④「国際女性ネットワーク会議の公開シンポジウムと分科会は25日午前9時~午後5時、沖縄大学で開かれる。」


(3)沖縄タイムス-山城博治氏、外国特派員協会で講演「反日や反米、反中国の感情ない」-2017年6月25日 10:10


 沖縄タイムスは、標題について次のように報じた。


①「沖縄平和運動センターの山城博治議長は『慰霊の日』の23日、都内の日本外国特派員協会で会見し、沖縄が基地建設を反対する理由について『沖縄戦で県民は悲劇、地獄を見た。二度と戦争を繰り返したくないという思いだ』と強調した。」
②「山城議長は『政府は台頭する中国に対抗するために沖縄にたくさんの基地を造ろうとしている』と説明。『私たちは反日や反米、反中国という感情で動いていない。沖縄の地域社会を中心とする極東アジアが平和であることを望んでいる。政府から抑圧され続ける沖縄の思いを理解してほしい。国際社会の力が必要だ』と訴えた。」
③「抗議活動中に逮捕された山城議長は、保釈条件として事件関係者との接触が禁止されているため、現場に復帰できていない。『裁判が終われば現場に行って、みんなと一緒に抗議の声を上げたい』と語った。」


(4)琉球新報-「闘いはまだ続く」 東村高江で座り込み10周年報告会-2017年6月25日 14:25


 琉球新報は、「東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場に新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)が建設されたことを受け、ヘリパッドいらない住民の会は25日午後、東村農民研修施設で『高江座り込み10周年報告会』を開いた。約250人が訪れ、登壇者の話に耳を傾けた。米国出身の詩人アーサー・ビナードさんも講演する。」、と報じた。
 また、「新たなヘリパッド六つは東村高江区を取り囲むように建設され、2007年から東村高江区の住民らが中心となって反対運動を続けてきた。ヘリパッドいらない住民の会の安次嶺現達さんは『10年は長いようで短かかった。数人で始まった闘いが全国的に広まって、皆さんと一緒に運動に携われたのは良かった。ヘリパッドが完成したと言っても赤土が海に流れるなどしている。これからも運動が広まっていけばいい』とあいさつした。」、と報じた。


(5)沖縄タイムス-飲酒検知を拒否、米空軍兵を逮捕 沖縄署 酒のにおいさせ運転-2017年6月25日 14:27


 沖縄タイムスは、「沖縄署は25日、飲酒検知の呼気検査を拒んだとして、米軍嘉手納基地所属の米空軍上等兵(22)を道交法違反(飲酒検知拒否)の疑いで現行犯逮捕した。
逮捕容疑は同日午前6時5分ごろ、北谷町美浜1丁目付近の道路で、巡回中の警察官がスピードを出していた車を停止させ、職務質問したところ、容疑者から酒のにおいがしたため呼気検査を求めたが拒んだ疑い。」、と報じた。





# by asyagi-df-2014 | 2017-06-25 18:07 | 沖縄から | Comments(0)

壊される前に考えること。そして、新しい地平へ。「交流地帯」からの再出発。


by あしゃぎの人
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